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Zip #1

 朝早く、僕は電話で詩織に呼び出された。

 8時に学校の屋上に来て欲しいという内容だった。別段吃驚しない。彼女の突拍子もない行動は今に始まったものじゃないから、なんの疑いもなく家を出て学校についた。一応教室を覗いてみたら、彼女の机には鞄がかかっている。

 -----もう来てる。

 少し早めに到着したと思っていたのに、すでに彼女は屋上らしく姿は見えない。

 先に鞄でも降ろそうかと思ったが何分待たせてあるという意識が働いて、教室には入らずすぐさま渡り廊下へと足を向けた。


 まだシーンとして、冷気を漂わせている校内を一人で歩く。

 途中取れてしまったマフラーを後ろで結んで、屋上への扉をゆっくり開くと、見慣れた詩織の後ろ姿があった。

 姉さんに貰った真っ白なコートについたファーと赤いスカートが風と戯れている。真っ黒なタイツで脚は完全防寒され、左手には皆で買い物に行った時に購入した手袋が見える。後ろからではフードがあって確認出来ないが、きっと冷え性の彼女はマフラーもきっちりしているのだろう、耳には勿論耳当てがしてあった。


「詩織、来たよ?」


 ドアを閉めながら3歩程歩くと、彼女が振り返った。

 刹那。僕を見るなり、右手に握られていた警棒を一気に伸ばしながら姿勢低く走ってきた。

 -----な…に!?

 驚きつつも、持っていた鞄で振り下ろされる真っ黒なそれを受けた。

 バシンという如何にも痛そうな音がしたと思ったら、脚が僕の左側に飛んできていた。


「うわ!」


 腕で脇下をガードしたものの、少し遅れてほとんどが受けきれず脇腹に鈍い痛みを覚えた。さらに体は右によろめく。

 -----き、キレてる!?

 また左から襲ってくる警棒をなんとか避け、顔を見ると眉間にシワが寄っていた。

 どうしてキレたのか分からないが、とりあえず軽く構える。しかし一気に詰め寄られ、持ち替えられていた警棒がしなった。

 ポコン。


「イテッ」


 目を瞑って痛みを覚悟していたのに、そんな音。驚いて目を開ければ、にっこりと笑っている詩織の顔があった。すぐに理解してその場に座り込む。

 そしてチロリと睨んだ。


「騙すなんて…」


 唇をすぼめながら講義すると彼女は僕の目の前に立った。


「試験してみたの」


 トボケて言っている。そして「避けるのうまくなったのね」と僕に手を差し出してきた。

 手袋に包まれた手を握った。

 冗談じゃない、僕は痛い思いをしたって言うのに…。頬を膨らませてやると、彼女は笑って謝ってきた。


「今ので全力のどれくらい?」

「通常状態では70%くらい…かしら?」


 手加減されてこの仕打ちとは如何なものか。分かってはいたけどやっぱり僕には格闘のセンスなんてないらしい。

 ため息をつきつつ、手に体重をかけると彼女の顔が歪んだ。


「重い? 大丈夫?」

「ん、違うの。朝からちょっと首っていうか肩っていうか、そこら辺が筋違えちゃったみたいで」


 呆れた。そんな状態で僕を呼び出すなんて。彼女の辞書には“思い立ったらすぐ行動”が一番最初にあるのだろう。知ってたけど。

 -----だから70%…ね?

 もし彼女が万全だったら、手加減しては貰えなかったのかも知れないなと思いつつ、自分の力だけで立ち上がった。


「どこ痛いの?」


 後ろに回って肩をもんでやる。


「コートの上からじゃわからないわ。教室でしてもらってもいいかしら?」


 頷いて一緒に階段を下りた。


「ここ?」

「うーん、そこな気もするし、違うかも」


 何とも曖昧な答えを聞きながら、制服の上から肩を揉んだ。

 時刻はまだ8時を20分程回ったくらいで、誰もいない。

 ポイントを変えながらグイグイ肩を押すが、なかなかいい場所に当らないらしい。肩をもみ始めて既に10分が経とうとしていた。


「首かしら?」


 彼女が髪を前にするのを見ながら自分の椅子を近づけて座り、横に並んだ状態で右手で掴んでやる。


「んー。これが一番いいみたい」


 お風呂に入った時のようなため息をつきながら目を瞑っている。確かにここがイイというのは分かる、首の両側が骨以外の何か硬いもの、要するにコリに覆われていて、指で押す度にグリグリとなる。一体何をしたらこんなに首が凝るのか。何か無茶でもしたのではないだろうかと不安になった。


「何かした?」

「いいえ、朝起きたらこうなってたのよ」

「……」

「あ、もう少し上、そこ」


 ゴリゴリいう首を何度も揉んでやる。マッサージ機と化した僕は無言のまま余った手で携帯をマナーモードに切り替えた。

 -----っとに、酷い凝りよう。

 だんだん右手も疲れてきて握力が弱くなってきた。でも少しでも弱くすると「もっと強く」と要求されるので、なかなか休めない。そういえば、いつかこんなことあったな…。


「ねぇ、立ってみてよ」


 思い当たる節があって彼女の後ろに立った。


「背中触るよ?」

「ええ、いいけど?」


 人差し指で首から背中に1本の線を引いていく。

 -----ここ。あ、ここも。


「多分、首の骨がズレてる。あと、腰の方も。整骨に行った方がいいかも」

「ええ!?」


 彼女は驚いて振り返り、ピキっとなって止まった。

 違えている筋に響いたのだろう。呻きながら首の辺りを押さえている。よくさっきはあんなに動けたな…と感心しつつ、可哀想になって救出の為、手を出した。


「ひゃん」

「…何、今の声?」


 へたり込む彼女を見ながら眉を潜めた。フルフルっと詩織は体を震わせた後、顔を見上げてきた。

 僕は固まった。

 目の前の人物がキレた訳じゃないし、怒った訳じゃない…可愛かったからだ。

 顔が赤らんで、アヒル口になっていて上目遣いで。とにかく、僕に見せたことのない“女の子”の顔だった。思わず僕まで頬を染めてしまって、視線から逃げた。まごつきながらも謝る。


「ごめん」


 -----変なとこ触ってないんだけど。

 謝りながらも思った。僕の手が当ったのは背中だ。

 手を差し出しながらもう一度謝っておく。


「で…。多分骨ズレてるみたいだから、お兄さんにでもいい整骨院教えてもらった方がいいと思うよ」

「…そうね」


 お互いに平静さを保とうとぎこちなく会話を始めた。

 -----なんだったんだ、今の?


「でも、お兄ちゃんに電話なんてしたくない」

「僕は電話番号なんて知らないよ?」


 当然だが僕はKENさんから電話番号なんて貰っていない。サインもまだだ。

 と、詩織が白い携帯を投げてきた。慌てて受け取ると、彼女は両手を合わせて「お願い」と言った。僕にかけろってことだ。

 仕方なく彼にコールを試みる。日本にいるならかかるとは思うんだけど…。


『し、詩織!? 初めてだな、電話くれるなんて。お兄ちゃん感激だ!!』


 ヤバい、と思った。彼は勘違いしている。そりゃそうだ、この電話からかかれば当然向こうの画面には妹の名前が表示されるだろう。しかし、残念なことに性別も性格も名前も違う、全く別の人がかけている。

 詩織に顔で合図しながら声を出した。


『あの…』

『し…、テメー!! この声は優男か!? 何、人の妹の電話使ってかけてきてるんだよ!?』

『ですから…』

『お前は礼儀が結構なってるかと思ってたが、クソ女と一緒で礼儀知らずか、おお?!』

『詩織さんが…』

『詩織がどうした!?』

『背中が痛くて、整骨院を紹介して欲しいと言ってるんですが…』

『テメー! そんな大事なことは先に言え、姉貴と一緒に土に埋まりてーのか!?』


 自分から怒鳴りだして止まらなかったくせにそんなことをいう。

 詩織がまた顔の前で合唱した。別に想定の範囲内だ。大丈夫だと言うジェスチャーをして続けた。


『いいトコ知ってますか?』

『そこからちょっと遠いが縄文駅の前に“整骨院 ラフ”っていうとこがある。そこが俺も常連だ。俺から電話はしておく。今日行かせろ! …アイツそんなに悪いのか?』

『いえ、普通に生活する分には支障はないみたいです』

『はーーーー。ならいい。テメー詩織が弱ってるからって手ぇ出すなよ、出したらぶっ殺すからな!?』

『はい』

『それから! もうこの電話からテメーはかけてくんな!! いい迷惑だ!! お前の携帯に番号登録しておいていいから、2度とこの携帯を使うな、いいな!?』


 返事途中で不機嫌に携帯を切られてしまった。

 けど、僕は心底喜んだ。だって、憧れの人の携帯番号をなんだかんだで入手出来たからだ。ついでに整骨院の話も聞けたし(しまった、こっちがメイン)。思わずガッツポーズを取ると詩織が首を傾げた。

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