浮気バレー
職員室に質問しにきたら、担任の草原先生に呼び止められた。
「山田、まだ進路希望表でてないぞ。お前も含めてもうあと2、3人だ、出てないのは」
「はい…」
上履きを見ながら首を傾けた。
-----そうか、みんなもう結構提出してるんだ。
ちょっとした焦りが僕を襲う。
「お前の成績ならどこだっていけるだろうから特に言わんが、来週から授業が科目別に分かれるから…」
「そこのことで相談なんですが」
「どうした?」
「全教科受けようかと」
仰け反られた。
吃驚したのだろう。どこかに目を泳がせた後、考えるように腕を組み始めた。
「いや、でも…せめて文系か理系かだけでも決めんと。授業の時間が足りないぞ」
言われてみればそうだ。単純に言えば文系の子が1つ多くの社会をしている間に、理系の1つ多くの理科を習っている。それで丁度今の時間割になっているのだ。
思わず眉を潜めて考えた。文系は暗記、理系は要領…ならば。
「理系にします」
「お、おお。急に決めたな」
「文系は自分で勉強出来そうなんで」
社会の先生が聞いていたら多分叩かれるだろう。今はいないのをいいことに、勝手なコト言っている。
「でも、理科は3教科取りたいんです」
「医学部でも目指すのか?」
口をつぐんだ。本当に決めていないからだ。
-----進路希望表、なんて書こう?
別に医者を目指してもいいし、二宮先輩みたいに薬剤師でもいい、理工系からIT関係にいくのも楽しそうだし、商社関係もいいななんて思い始めている。僕は職業について調べれば調べるほどドツボに落ちていってしまっていた。全てが魅力的で、そして全てピンと来ない。よーく調べれば何かあるのだろうが、脳内イップスとでも呼ぶのだろうか? 考えれば考えるほど思考が動けなくなる。
「医学部を目指すなら3教科面倒見れるぞ。そういうクラス編制もある」
「え? 来年のクラス替え、医学部だけのなんてあるんですか?」
「あ、山田くんには転校する時言ってなかったかな? うちの高校は2〜3年生に上がるときはクラス替えはないんだ。今いった医学部受験用のクラス編制っていうのは教科数が人より多いからどうしても時間内に修まりきれないだろ? そこで、そいつらだけ集まって放課後特別に授業を行うんだ。どうだ? 願ってもない条件だろ?」
「考えておきます」
一礼をして先生と別れた。
そして目的の先生を捜す、あ、いたいた。
「湯浅先生」
「…えっとぉ」
「山田です」
湯浅先生は生物を受け持っている男子に人気の美人教師だ。25歳、独身…らしい。僕は受け持ってもらってない(専攻しているのは物理なため)からそれ以上の情報はない。でも生物に質問にいくなら彼女がオススメだと末長に言われた。
彼女はあまり見覚えのないであろう僕の顔をパチクリしながら見つめると、整った顔をにっこりして「どうしたの?」と優しくいってくれた。
「質問なんですけど」
「え、私…」
「生物の質問なので」
「…どこ?」
教科書をパラリと捲って指差した。
「遺伝のこれなんですけど」
「ああ…って、山田くんは物理専攻でしょ? まさか自分でここまで…」
「式を使ってもいいんですけど、逆に時間かかるので。何かいい方法ありますか?」
彼女の言葉を無視して用件だけ伝えた。仕方ない、草原先生に掴まったので休み時間がもう残り少ないのだ。次は体育でジュゴンだ。1分でも遅れたらげんこつを喰らってしまう。
甘い香水の匂いを嗅ぎながら、質問部分を教えてもらった。
「表にした方が…早いかもしれないですね」
「そうね。慣れれば式よりこっちの方が確実だし…えい!!」
「うわ!!」
思わず飛び退いた。
なぜか、先生が僕のお尻を触ったからだ。ううん、触ったっていうか思いっきり鷲掴みにされて揉まれた。思わず「変態!」と言いそうになった言葉を飲み込んだ。先生にそんな口聞けない、しかも女性だし…。
「ふむ、てっきりただのキャシャーンかと思いきや適度に筋肉がついてるね」
「な、何言ってるんですか!?」
「生物学的に山田という男子高校生のお尻が気になっただけよーん」
カラカラと笑って手を振ってきた。
少し腰を引き気味に「ありがとうございました」と言って踵を返した。この人も変な人かも知れない。好奇心があるのはいいことだけど、ああいうのはお酒の席だけにしてほしいよな…。
なんだかサラリーマンみたいなことを思いながら、職員室の出口を見ると一つの目とパチっと目が合った。
「山田くんの不潔ぅー!! 浮気者ー!!」
「え、ちょ!?」
急いでドアを開けると変なことを口走りながらクラスの女の子が階段を駆け上がって行った。
「不潔って…」
鼻で笑って教室に戻った。
危惧していた体育は部活の遠征だとかでジュゴンはいなかった。
だから今日は男女混合でレクリエーション、男女5人で8分ずつバレーの試合だ。僕は運良く坂東と田畑くんと一緒のチームになれた。腕のジャージを捲ってコートに入ると女の子達の目が痛い。っていうか、班を作ったときから気づいてた。痛い。
「僕、何かした?」
後ろを振り向きながらチームメイトの女の子に言ったら、
「自分の胸に聞いて」
と一喝されてしまった。
な、なんだよ?
不安になって田畑くんと坂東を見ると彼らは首を振った。呆れているのかそれとも理由を知っているのか、わからない。原因が分からないのが一番怖い。新しいイジメなんて嫌だよ?
セッターを上げながら聞く。
「田畑くん、どうして女子の目が痛いか理由知ってる?」
「知ってる」
「何? 教えてよ」
「ダメ」
「ええ?! イジメじゃないよね?」
「違う違う。そのうち分かるから、黙ってレシーブ受けろ!!」
バシっという音を聞きながら白いボールの衝撃を和らげた。
何回かコートを変わる度、女の子達から執拗にアタックを受ける。おかげで僕の腕は真っ赤だ。
-----本当にイジメじゃないんだろうね?
そう思ったが、男子はお気楽に大丈夫と僕の背中を叩くばかりで増々分からなくなった。
最後の試合になって、そろそろ疲れてきたなーと思いつつもコートに入ると、髪を一つに結んだ詩織が僕の顔を見て明らかにイタズラっぽい顔を一瞬だけした。ネット越しに話しかける。
「何?」
するとクラスの男子が爆笑し始めた。そして自分たちの試合そっちのけでワイワイ僕らのコートの周りを取り囲んできた。何がなんだか分からない。
さっき職員室の前にいた女の子がサーブを打ちながら叫んだ。
「山田くんの浮気者ー!!」
「山田くん、ご指名だ、レシーブ!!」
「んぇえ!?」
田畑くんに言われるまま、またしてもレシーブを受ける。坂東がトスを上げ、田畑くんがアタックする。
すると今度は向こうの男子が、
「山田くん!」
「生物の湯浅ちゃん…可愛かっただろ!?」
「図星だ!!」
言いながら僕に向かってアタックが返ってきた。
斜めだったので片手で上げてやる。
「か、可愛かったけど!?」
女の子が上げて、坂東が打った。
詩織がレシーブに回って、上げる。そしてすぐさま両手を持っていって「えーん」なんて言い始めた。涙のない嘘泣きだ。
女の子が高くボールを放り、詩織がジャンプした。
「浮気するなんて、酷いわ!!」
僕の顔面めがけて白いボールが振ってきた。辺りは爆笑。もちろん今まで怒っていた顔をしていた表情を崩して女子も笑い出した。
「うわ!!」
レシーブでは受けられないので思わず両手で跳ねさせる。
-----読めた。
そう、皆で僕をハメたのだ。多分、湯浅先生とのやりとりを見たあの女の子がクラスの皆に言ったのだろう。そしてノリのいいクラスメイト達は僕にドッキリを仕掛けたと…。まさかこのクラスが僕にイジメなんてとは思っていたけど。安心感でちょっぴり力が抜けてしまった。
「やれー詩織ちゃーん」
「キャー。山田くんのエッチー」
「ユーヤったら酷いわ。うう」
-----しかも詩織まで一緒になって…。
ノリノリになっている親友を見ながら、僕も一緒になってクラスのノリに便乗することにした。
いいトスが上がっている。
ジャンプしながら誰もいない所に落としてやる。
「誤解だって」
明らかに僕の声のトーンがふざけていると認識した皆はさらに腹を抱えて笑い出した。
どっちに転んでも、箸が転んでも可笑しいらしい。そんな年頃か?
「何が誤解なのよー、証人だっているじゃない」
「僕を信じてくれないの?」
「もう、何度目の浮気よ?」
「10人目!?」
「13人よ、不潔じゃなくて不吉よ!!」
「15でした」
「もう、貴方を殺して私も死ぬー」
よくもまぁ即興と言えど言葉が出てくるもんだ。
頭の回転がいいというか、詩織の場合は昼ドラの見過ぎだ。言ってることがドロドロしすぎている。
「幸子、幸子がいけないのね!?」
「お母様が反対したって、あなたの気持ちはどうなのよ!?」
ほらね。
もう、坂東も田畑も女の子2人も、詩織以外の向こうのコートの人も笑い転げて使い物にならならない。皆に囲まれネットを挟んでキャッチボールをしているだけの状態だ。
「もう怒った、私の愛の重さを受け取りなさい!!」
言いながら彼女はジャンピングサーブを思いっきり打った。そして笑って「もう無理ー!!」と委員長に抱きつきにいった。笑い転げている。
-----ああ、オチは僕か。
なんて思っている間に見る見るボールが迫ってきた。っていうか、冗談で打ったにしてはスピードや角度が半端ない。さすが、詩織だ。
でも、この勝負…
「重過ぎて無理」
ヒョイっと体を翻して避けた。
テン…と、白いボールが床に1度跳ねて後ろの壁に勢い良くぶつかった。冗談でも手加減はなし…か。
ボールを拾ってゲラゲラ笑い転げる男の親友、末長に近寄った。
「君でしょ? このドッキリを仕掛けたのは」
彼は笑いながら首を振ったが、周りを見れば明らかだった。眉毛を動かし、彼の頭の上にボールを落としてやる。
「酷い、僕は遊びだったんだね」
言うと田畑くんが走ってきて、続けた。
「お、俺とも遊びだったって言うのか!?」
「酷いよね、田畑くん」
「酷過ぎるな、山田くん」
二人で顔を見合わせて、すぐさま末長を見てニヤついてやった。そう、次は末長の番。しかも、男子からの愛を受けることになる。そこら辺に落ちてあるバレーボールを拾って、男子が口々に末長に痛くない程度に投げてやる。
「俺たちを捨てて神無月さんを取るなんて」
「バカヤロー」
「テメーいい想いしやがって!!」
「いつから付き合いだした、言え!!」
いつの間にか末長への暴露を促すボール投げ大会へと変わってしまった。
神無月さんは俯き、末長は痛いと言いつつ顔を真っ赤にして皆に投げ返している。
やり返し、成功っと。
「私って重いかしら?」
皆の輪から外れて笑っていると、詩織が僕の隣に座りながら聞いてきた。
先程のことを言っているのだろう。
周りを見渡せば誰もこちらを見ていない。僕は立ち上がって詩織の後ろに回った。
「重くないよ、ほら」
彼女の体を持ち上げて立たせてやる。驚いた表情を見せた顔を見てイタズラっぽく笑う。
「軽い君に、ジュースでも。どう?」
「ふふ、頂くわ」
笑って体育館を二人で後にした。