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少年相対性理論


 始業式の朝の会、白いプリントが配られてきた。

 表を向ければ、第1志望、第2志望、第3志望…大学、学部、学科…という感じで表が作ってある。進路希望だ。ペンで末長の背中を押した。


「何処行くの?」

「さぁな。まだ決めてないから」


 あっけらかんと言われた。

 -----なし、とでも書こうかな?


「あ、でも希望する大学とかでこれからの授業とかに関わってくるから、ちゃんと書いた方がいいよ」


 末長が首を捻って教えてくれた。そうなんだ、一応ここも進学を目指す学校ってことで、3学期に入ると受験の為、特定の授業がクラス別じゃなくて選択別にさせられる。例を挙げてみよう。高校で習う理科は物理、化学、生物の3つだ。もし工学系に行きたいのならば物理と化学を選択、生物系に行きたいなら生物と化学…といった感じだ。まぁ文系だとか選ぶ大学、学科なんかによって色々変わるんだけど。

 迷っていると草原先生が「提出は来週まで」と言っていたので、とりあえずファイルに直しておいた。

 残念ながら大正学園は始業式の日は1時間目が潰れるだけで、午後までキッチリ授業がある。


 そして昼休み前の4時間目、例によって僕はまた一足先に屋上に来ている。最近は寒くなったので屋上で昼ご飯は食べなくなったのだが、時間つぶしにきたのだ。

 なんだか予感がした。

 彼がいるんじゃないかって。

 ゆっくり屋上へ続くドアを開ければ、香ってくる甘くて苦い匂い。やっぱりと思いつつ、入って行くと振り向きもせず僕の名前を呼んだ。


「はい」

「そろそろ上達しようぜ?」

「すみません」


 言いながらドアを閉め、姿勢を正しながら構えた。

 覚えているだろうか? 僕は11月の初め頃から二宮先輩に武道を習っている。こうやってたまに屋上で会ったときや呼び出されて彼の家に行って何度も教えてもらっているのだけど、センスのない僕は全くと言っていいほど上達しない。根気よく付き合ってくれると思うよ。

 彼はタバコを携帯灰皿でもみ消すと、最後に白い煙をフーっと吐きながら手刀を打ってきた。


「あー、ユーヤ。お前、あれだ…頭でっかちだ」

「はあ」


 コンコンと自分の頭を軽く叩きながら隣に座ってボーッと空を見上げた。


「確かに頭で考えることも必要だ。でも、お前は考え過ぎてダメなタイプだ。悪ぃ。ダメってことはないんだけどな」

「はい」

「例えば、ほら」


 言いつつ僕の腕を握ってきた。


「……」

「な? 俺が斜め打ちで行くぞって言って打ちに行く分にはちゃんと反応するくせに、咄嗟になると動けないだろ?」

「はい」


 -----頭でっかち。

 先程の言葉を心の中で繰り返してみた。

 先輩の言うように確かに僕はそうなのかも知れない。いつも何かをする時はまず考えてから行動する。きっとコレはケンカにおいてはダメなのだと自分でも分かっているけど、治らない。多分、癖なんだと思う。ほら今だって思考を巡らせている。いい言い方をすれば慎重、悪く言えば臆病だ。


「詩織はどこに打つって言いながら、拳を出してくれないぜ?」

「分かってます」


 思いっきり伸びをしながら応えた。

 言うは易し、するは難し。分かってはいるけど出来ない、それが僕だ。

 隣でジッポの金属音を聞きながら、ふと気になった。


「どこ受験するんですか?」


 そう、今日は1月8日。来週辺りにはセンター試験を控えているはずだ。僕にこんなことを教えているってことは、もしかしてAO試験や推薦で受かってしまっているのかもしれないけど…


「俺? H大の薬科」

「え!?」

「ユーヤ、俺のことA組だから勉強出来ないと思ってただろ?」


 -----A組だからっていうか、僕とこんなことしてる時点でです。

 しかもH大といえば国立大学でも指折りの偏差値がいる大学で、さらに薬学部は狭き門だ。A組だとか言う前に、普通の人なら聞けば誰でも驚く。

 僕は否定しながら、どうしてそこを選んだのか聞いた。


「薬剤師って結構高給取りだろ? しかも医者までの成績はいらないし、金もいらない。丁度いいと思ったんだよ」

「他に理由は…」

「あー、あるにはあるな」

「聞いていいですか?」

「…誰にも言うなよ?」


 彼はいつもの如く一度僕にタバコを差し出し「吸う?」と聞いた後、笑いながら白い煙を噴いた。


「俺の彼女、安紗美(あさみ)っつーんだけど、アイツ体弱いからな。多少なり力になれれば…と」


 そこまでいうと「悪ぃ」と謝ってこれ以上は言いたくないと呟いた。

 僕は黙って頷いた。

 なんとなく、羨ましいという気持ちが生まれた。ちゃんと将来のことを考えつつ、しかも他人のことまで考えて行動出来るなんて。僕なんて自分の進路さえ全然決められそうにない。理系にするか、文系にするのか…さえだ。先日姉さんに聞いたら、普通は得意分野を受験に使って確実に受かるようにするもんだと言われた。僕の場合、特に目立った得意分野なんてない。強いて言うならば、英語は自信があると言うことぐらいだろうか? 間違えるのは記号の書き間違いだとか、文の最後にピリオドがないとかそういう感じだ。そうなると英文学科? 外交官なんていいかも知れない、名前の響きもいいし、海外行けるし、公務員だし。でも、ピンと来ない。


「そうか、これから受験生になるな」

「はい。でも、夢なくって」


 なぜか誰にも言えない“夢がない”という悩みを二宮先輩にさらりと告白してしまった。


「でもユーヤは成績いいんだろ?」

「そういう…」

「だったら、とりあえず全部科目制覇しとけ。大学受験の受験票書く前か、センター試験の申し込みする前までに決めればいい」


 なるほど、と思った。

 全く思いつかなかった。確かに全てを勉強しておけば、いざ行きたい大学やしたこいとが見つかった時、困ることはない。しかも進路の先延ばしも可能だ。ある意味裏技…。


「そうします」

「うわ、冗談だったのにな。全国模試5位は嫌みだな」

「…僕だって努力はしてるんですから」


 そう言ったが二宮先輩は「嫌だ嫌だ」とおばちゃん口調で笑いながら屋上から出て行った。

 僕も立ち上がる。


「とりあえず、本屋で生物の教科書でも買おうかな」


 ゆっくり屋上の扉を閉めた。





 教室に戻ると、末長が僕の顔を見て青筋を立てた。


「な、何怒ってるの?」

「山田くんに言ったら笑われるのに、言わなきゃいけないからだよ」


 なんのことだかさっぱり分からないが、言うと言うのだから聞こうじゃないか。そして期待通り笑ってやろう。

 すでに口の端を上げて聞く体勢を整えた。


「…今日、神無月さんとご飯食べるから、みんなと食べれない」


 何か加えてたら、確実に落としてた。

 でも何も加えてないので、落ちることなく、とりあえず口が開いただけという状態になった。急いで顔を元に戻して体裁を取り繕う。


「いってらっしゃい」

「眼を見て言えよ」


 無理な話を言う。

 笑って欲しくないくせに、笑わせようとしないで欲しい。とりあえずこっちを恥ずかしそうに見ている神無月さんを盗み見て、自分の席に走った。突っ伏して震える体を押さえつける。振動が伝わって、カタカタなる机を次は押さえ、何度か額を打ってみた。そして痛みがこみ上げてきた時に顔を上げて末長のいた方角を見る。


「い、いってらっしゃいませ」


 彼はふんと鼻を鳴らして神無月さんと教室を出て行ってしまった。

 -----末長に恋愛が絡むと、どうしてこんなに笑ってしまうのだろう?

 答えのないような疑問を自分にぶつけた。別に彼をからかいたい訳じゃないし、二人を応援したいのに、どうしてか僕のテンションは激しく変な場所に突っ込んでしまってニヤけから止められない笑いへきてしまう。やっぱり、近くにいる人がそういうことになると、想像しやすいからだろうか? うん、そんな気がする。どんな口説き文句を言っているのかなんて気になって仕様がない。というか、勝手に想像して「似合わない」なんて思って吹き出してしまう。相手にしてみれば失礼な話だが。


「ぷー」


 またしてもカタカタ机を貧乏揺すりのように揺らしてしまった。


「あー酷いですぅ。祝福しないで笑うなんて」

「しゅ、祝福はもうしたよ。はぁ。人の不幸を笑うより、人の幸せを笑ってあげた方がいいじゃない?」

「そういう笑いには見えないですぅ」

「…二人の関係に僕が慣れたら、そうだね、来週にはなれるよ。そしたら笑わない…から、今笑わせて!!」


 何度も自分で脳細胞を壊しながら落ち着くまで机に突っ伏した。

 ガーっと机が僕の方に引き寄せられる音を聞きながら、ゆっくり顔を上げた。


「はぁごめんなさい」

「ちゃんと謝っておいた方がいいですよ」


 坂東からお叱りをいただいた。素直に返事をして、コンビニ弁当を取り出した。

 いつも通り談笑をするが、やっぱり違和感は否めない。そう、いつもいる場所に末長いなくって、彼の声もない。

 さっきまで笑いでいっぱいだった僕の心は音を立てて違う方角へ行ってしまった。

 恥ずかしい話だが寂しいさの方へ気持ちが動いたのだ。そして、少ーしだけだけど、神無月さんに嫉妬を覚えた。でもそれ以上に、なんだか末長が遠くにいってしまったように感じた。距離じゃない、人間としてだ。恋愛というファクターを通った彼は、僕から見れば大人な感じがした。そう、いつか感じた委員長や坂東が夢があってそれに向かって動き出しているっていうのを聞いた時に近い感覚だった。僕だけ子どもで、置いてきぼりを喰らったような…。

 ボソボソとご飯を食べる。

 彼は友情よりも恋愛を重視するタイプなのは知っているから僕はこれから何も言うコトはないだろうが、たまには帰ってきて欲しいと思った。



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