LOVE SAVER
『今家にいる?』
『うん、さっき実家から戻ってきたとこ』
『今から行くから』
『え!? ちょ、末永くん!?』
まだ僕が話しているっていうのに電話を切られた。
今日はまだ冬休みだが、3日後に学校が始まるため少し早めに僕は戻ってきたのだ。
部屋を見渡せば、出掛けるときと変わらず特に汚い場所もない。まぁいっかと親友が来るのをテレビを見ながら待った。
インターフォンが鳴り、覗き穴から見てみると早く開けろと言いたそうな末長の姿があった。
「いらっしゃい」
「おじゃまー」
彼の姿を見て驚愕した。大きな旅行用バック2つにリュックサックをかるっている。まさか君まで僕の部屋に3日かくまって欲しいなんて言うワケないよね?
黙ってみていると彼は僕の了承もなく押し入れをガラリと開けて一つ大きなバッグを放り込んだ。
「ちょ、何勝手なコトしてるんだよ!?」
驚いて部屋に駆け込むと、両肩を掴まれ下に引っ張られた。向かい合ってあぐらをかく格好となった僕は憮然と続けた。
「勝手なことしないでよ」
「頼む、一生のお願いだ」
彼の一生のお願いは何度目のことだろう?
顔の前で両手を合わせる彼を見ながらため息をついた。
「今日はどんな頼み?」
言うなり彼は旅行用バックのチャックを一気に広げた。中に入っているのは、末長の大好きなグラビアアイドルのDVDだとか女の子の情報帳だとか、エロDVDだとか、まぁ彼の趣味が詰め込まれているようだった。
「誕生日はまだなんだけど」
「馬鹿、誰がやるか!! ちょっと預かってて欲しいんだよ」
「は?」
まさかくれるなんて思ってはいなかったけど、預かって欲しいとはどういうことか。
「実は…」
「うん」
「実はな」
「うん」
「うわー言えねー!!」
仰け反って一人で悶え始めた。
まるで塩をかけられたナメクジを見ているような気分だった。とりあえず彼を落ち着かせ、言うように言い聞かせる。
「ま、まだ誰にも言ってないからな。言うなよ」
「はいはい」
「実は、神無月さんと付き合い始めたんだよ」
「でぇえええ!?」
今度は僕が両手を後ろについて仰け反った。他人のことだと言うのに心臓がバクバクと音を立て、顔が紅潮してきた。しかし目の前の人物はそれ以上に顔を真っ赤にして俯いていた。
ついにこの時が…なんてドラマみたいな台詞が浮かび上がってきて、その後に神無月さんおめでとう、という台詞が出てきた。
でも今一緒にいるのは親友の末長なのだから、その言葉はオカしい。
とりあえず、
「お、おめでとうございます」
祝福しておく。
「おう」
「で?」
「え?」
「これと付き合い始めたことの関係性を教えてよ」
「山田くんて鈍いよな、そういうとこ」
眉をしかめながら彼の次の言葉を待つ。「あー」とか「うー」とか言いながら部屋の隅々を見渡してまた真っ赤になった。
「明日、部屋に遊びに来るんだと」
もう言葉さえ出てこない。
が、理解した。預かってて欲しいと言う意味を。この素敵な趣味を神無月さんに見られたくないと言うコトなのだろう。確かに見られたくない部分ではある。わかる、わかるよ、その気持ち。
こくこくと頷いた。
「いいよ、いつ取りにくる?」
「山田クーン!!」
ガバッと抱きつかれた。
2秒後、お互いに体を引きはがしゲンナリした。二人とも男と抱き合いたくなんてないのだ。しかも部屋に二人でなんて、気持ち悪いじゃないか。
僕は部屋の天井、末長は窓の外を見てしばらくして顔を合わせた。
「で、いつ取りにくる?」
「明後日には来る。悪いからな」
「うん。次はないからね」
「嘘!?」
「当たり前だよ。神無月さんが君の家に行く度に僕にお世話になるつもり? もうすっぱり止めるか、いい隠し場所でも見つけるんだね」
甘えさせないよう突っぱねた。コレは愛のムチだ、決して苛めている訳じゃない。
彼は少しだけ考えるような様子を見せた後「わかった」と呟いた。
それを聞いてから僕は責めに転じた。テレビをつけながらも視線は逃がさない。
「で、いつから?」
「どS」
「Sな君に言われたくないね」
「クリスマスイブから」
やっぱりと思いつつも口には出さず、へぇと言っておいた。
口角が自然と上がる。とりあえず根掘り葉掘り聞きたい所だが、怒らせてしまっては全てが聞けない。咳払いをするふりをして口元を手で隠しながら質問する。
「か、神無月さんから?」
「…ああ」
「初詣一緒に行った?」
「一応」
ぶっきらぼうながらもちゃんと応えてくれる。よしよし。
「好きだったんだ? 一言も言ってくれないから」
「ばっ!! 山田くんの馬鹿」
「阿呆だよ」
「山田くんの阿呆」
「で?」
「んん…いや、なんていうか、ほら。学祭の時から何となくいいな…と。だぁあああ!! 今の忘れてくれ!!」
僕は顔を抑えて必死に笑いを堪えた。
もう笑っているのはバレているのだけど、そんな愛の告白(?)を聞いておいて声を上げて笑うなんて失礼じゃないか。必死に堪えるが耐えきれそうにない。女子から貰ったピンクのクッションに顔を埋めて極力、息出来ないようにした。
顔の目以外をそれで隠してニヤついた目で彼を見た。頭を叩かれた。
「笑うな」
「ごめん。阿呆だからね」
クスリとまた笑うと睨まれた。そして「帰る」と言われた。
「チューしたら教えてよ」
「ばっ!!」
「経過報告くらいいいじゃん、今日の預かり賃だよ」
「…山田くんが吃驚して死んでしまうくらいのコトしたら言う」
「殺す前に全部言ってくれると嬉しいんだけど」
はははは、と二人で高笑いをすると彼は「じゃあな」と言って出て行った。
僕はその後、10分くらいニヤついた顔が取れなかった。最低かな?
やっぱり僕は最低だったんだと思う。
天罰が今日になって降ってきた。
どういうことかというと…紹介しよう今僕の家の玄関にいる人を。そう、ご存知もう一人の親友、詩織だ。
「今日は無理だよ」
「今日じゃないといけないのよ」
これ以上入れさせないよう、玄関のドアと壁に手をついてブロックしている。
もうお分かりだろうか? 末長から預かりものをしたのが昨日で、一応押し入れの中には大きな旅行用バックが1つとリュックサック1つが入っているが、もう一つの大きな鞄がどうしても入りきれず部屋の隅に置いてある。明らかに不自然だ。
見つからない訳はないので、突っ込まれるのが怖い。
突っ込まれたら僕はなんて応えればいい? 僕のって言う? それとも末長のですって正直に言う? どちらにしろ中身が知れたら最悪の事態は免れない。僕のケースで言うと「変態」とか「よくこんなに集めたわね」なんて言われてしばらく口をきいてもらえないだろう。末長のケースなら、学校が始まったと同時に詩織の口から神無月さんに告げ口されるだろう。知れてしまえば預かった意味もないし、何より末長からの信用を失ってしまう。さらに悪い場合を想像するなら、二人の破局だ。
「今日の14時にスカイプで電話するってリザへの手紙に書いてあるのよ、言ったじゃない?」
「え、そうだったっけ?」
確かに言ったと詩織は主張した。そういえば何日か前、そんな電話をもらった記憶があるような。ああ、だから僕は昨日こっちに戻ってきたんだっけ。
-----って、呑気なコト考えてる場合じゃないよ。
今すぐバッグを外に放り投げたい!! そんな衝動に駆られる。
「ねぇほら、もうすぐ約束の時間になっちゃうじゃない」
そう言いつつ、彼女は僕の肩を指一本で押した。ふらりとよろけた。
-----あ、合気道恐るべし。
確かコレ、二宮先輩が僕に何度かかけたことのある技だった。肩って言うのは体の一番外側にあって、ある重心ポイントと力を入れる方向さえ知っておけば指1本だけで人を倒したりよろけさしたり出来るのだ。まぁこれが出来るようになるのには結構時間がかかるらしいが。さすが詩織…だなんて感心してる場合じゃない!!
振り返ったがすでに彼女は一直線にパソコンに向かって行って椅子に腰掛けた後だった。
「……」
-----まぁ中身がバレなきゃいいか。
楽天思考に切り替えて、バッグの前を陣取った。
本を読みながら詩織とリザの声を聞く。キャッキャ話す内容は、女子高生とは思えない仕事人様のマニアーな話だった。しばらくすると詩織から呼ばれる。リザが話したいと言っているのだ。
「ユーヤ!!」
「はい、リザ。元気?」
「元気お茶いっぱいヨ。ユーヤこそ調子は?」
「悪くないよ」
-----詩織が気づかず帰ればね。
ふっと横を見ると詩織がいない。慌ててバッグの方を見れば目の前に座って首を傾げている。
「だっ!! ちょっと触らないでよ!?」
「何何? ユーヤどうしたネ?」
「わわわ、なんでもない。ほら、リザと話して!!」
無理矢理詩織を引っ張ってパソコンの前に座らせた。
「スカイプしに来たんでしょ?」
満面の笑みを作ってリザの映る画面を指差した。彼女は何の疑いもなしに素直に頷くとまたリザと楽しそうに話し始めた。ふいー。全く油断も隙もあったもんじゃない。
脂汗を拭ってまたバッグの前に座った。
「あー、楽しかった。ありがと」
「どういたしまして」
顔をあげながら詩織の顔を見る。
「送るよ」
「ありがと」
ポケットに携帯を入れながら思った。
これは割に合わないと。
人の恋路を守るのって、大変だ…。