末長の特殊能力
「何がそばにいて欲しい…だよ」
僕は昨日の昼のことを思い出して呟いた。
部屋には昨日の朝からそのまま、2人で家を出るときも、一人で帰ってきたときも何もせず眠りについてしまったため、隣にはまだ彼女が眠っていた布団が敷かれている。
ため息をつきながら、寝返りをうつ。
-----そばにいて欲しいなんて言うから、てっきりそう言う意味だと思ったのに。
勘違いを一瞬でも起こしてしまった自分がまた恥ずかしくなって、布団に潜った。
「友達としてなら、話の最初につけてくれよな」
まぁ詩織にそれがバレてなかったのには救われたけど。
結局昨日、詩織から「そばにいて欲しい」と言われたすぐ後、「私がキレてもすぐ止められるでしょ」とオチを付けられてしまった。彼女の言動と、モジモジとした態度から“友達として”という真意を読み取り、自分の勘違いを誤摩化すために二つ返事で了承してしまったことを少し後悔する。
----そんなに頼られても困るんだけどなー。
いまいち詩織が言っていた、自分に触るとプッツンが治るというのも信じきれない。第一、あんなに狂暴に暴れ回る彼女に近づくのは身の危険も顧みなくてはならない。恐怖だ。
でも…
「友達欲しがってたもんなー」
ぼんやりと、詩織の喜んだ顔を思い出す。
友達かぁ。
高校1年生の時に友に裏切られた時、絶対に友達なんてもういらないと思っていたのに。詩織やクラスメイトに接することで、いつの間にか“いいもの”という認識に出来てきたことに嬉しくなった。
柄にもなく“友”という言葉にニヤけていると、携帯電話の着メロが鳴った。
慌てて着信ボタンを押す。
『おー、山田くん取るの早いね』
『末長かぁビックリした』
『失礼だな。あ、今日なんだけど今から坂東とお前ん家行くから。たぶん11時には着くから』
『じゃーな』と用件だけを言われて一方的に切られる電話。
時計を見れば、すでに10時50分。あと10分しか時間がない!!
とりあえず服を着替え、顔を洗いに洗面所へ走る。歯を磨き、靴を揃え部屋の中に戻る。
あと5分。自分の布団を畳み、押し入れに突っ込んでベランダに続く窓を全開にする。昨日、詩織が寝ていた布団はついでだからと、ベランダの手すりにかけて干した。ベランダから戻ろうとすると、インターフォンが鳴った。
「はーい」
返事をして部屋に入ると、黒くて丸いものが目に入った。
なんだろう?
摘んで持ち上げると、力なく重力に引っ張られその姿を表した。
「うわぁ!」
--------キャミソール? なんで僕の部屋に。
「山田くん?」
「ああ、ちょ、ちょっと待って」
僕の手にあるのは、可愛いレースのついた真っ黒のキャミソール。
どうみても女物だ。そしてどう考えてもこのキャミソールを忘れていった人物は一人しかいない、詩織だ。少し顔を赤くしながらも隠し場所を探す。見つかってもなんて言い訳していいのかもわからない。
--------ど、どこに。そうだ!!
押し入れを開け、布団と布団の間にキャミソールの持った手を肘の辺りまで突っ込む。腕だけ引っ張りだして勢いよく戸を閉めた。よし。
「はいはい、ごめんね」
玄関を開けると、くいっと眼鏡を上げる坂東とコンビニの袋を持った末長が立っていた。
「差し入れだよー」
「僕たちのお昼とついでに山田くんのお昼も買ってきました。一緒に食べよう、ということですね」
部屋に上げながらお礼を言う。
「おーここが、一人暮らしの部屋かー。羨ましいな」
「意外に綺麗にしてますね」
坂東と末永を招き入れるのは実はこれが初めてだからか、2人は部屋にあるものを物色しながら奥へと入っていく。
鞄を降ろすと寛ぎモードに入る友人に、冷蔵庫からペットボトルに入ったお茶を差し出した。受け取ると坂東は一気にそれを飲み干した。
「今日はバーチャル戦隊*ネットマンの映画DVDのリリース日だったので、一緒に見ようと持ってきました」
「へぇ戦隊ものも映画なんてするんだ」
「最近はイケメン俳優が主役したりしてて、お母さん達の人気も凄いからね」
DVDのパッケージを受け取りながら、ゲーム機とテレビの電源を入れる。
戦隊ものを見るなんて何年ぶりだろう。たまにCMで見るけど、確かに最近のはすごい。かなり名前が売れてる芸能人を起用したりもそうだけど、僕たちが見ていた時とは話の複雑さがまるっきり違うようだった。なんていうか、ちょっと暗そうな感じだ。
コントローラーを握って、DVD再生ボタンを押そうとした時だった。部屋に入ってから一言もしゃべらなかった末長がボソリと言った。
「…美人の香りがする」
「「は?」」
僕と坂東の声がハモった。
クンクンと鼻を鳴らし、部屋を練り歩く末永。その姿はさながら警察犬が犯人の足取りを追うかのような動きだ。
「何も臭わないですよ?」
思いっきり息を吸い込んで坂東が言ったが、末長はそれを片手で制す。
「高性能美人センサーの一つである鼻と坂東くんの普通の鼻を一緒にしないでくれ。美人への嗅覚は犬をも凌ぐ」
僕は固まったまま、末永の動向を見守る。
彼の言う美人センサーというのはイマイチ信用していいのかわからないが、確かに昨日美人がいたことは確かだ。下手に動くとボロが出るかも。
なおも鼻をヒクヒクさせ、末長は窓際で立ち止まる。
「うーん、外から香ってくるような」
「じゃあ外に美人がいるんですよ」
ナイス坂東!!
先ほどの言われたことが気に食わないのか、すかさず口を挟む坂東を応援する。しかし警察犬よろしく美人センサーのあるという末長は「否」とか格好付けながら部屋をグルリと一周した。
「ここが怪しい」
そういって彼が向かった先は押し入れだった。
--------美人センサーは本物!? じゃない、そこには詩織のキャミソールが!!
慌てて末長の前に立ちはだかる。
「開けたら雪崩が起きるからダメだ!!」
色んな意味でパニックを起こして、理由があるようでないことを口走ってしまう。
ああ、僕って嘘ヘタ…。
「美人の雪崩なら甘んじて受ける!!」
さっきの言葉以上に訳の分からないことをいいながら僕を押しのけ、末長が見たこともない速さで押し入れのドアを開いた。
「ぶわっ」
末長が変な声を上げた。
本当に雪崩が起きた訳ではない。開けた瞬間に、ただ一人でなぜか倒れ込みながら咳き込んでいた。
「おおおおおお、男臭さが!! 鼻が、鼻がぁ!!」
「失礼だなー!!」
すぐさま開けられたドアを閉めながら、末長に訂正を求める。
僕はイケメンなんて呼ばれたことはないが、小さい頃は女の子のように可愛いと言われていたことを話してやった。だから男臭いなんて言われる筋合いはないのだと。
「いやーごめん。美人のものだと思って思いっきり吸い込んだから、ビックリしちゃって思わずね」
頭を掻きながら、先ほど用意したお茶をチビチビ飲み始める。反省の色は全くみえない。
「でもなーおかしいなー、絶対美人の臭いがしたんけどなー???」
「勘違いじゃない?」
「そうかなー、坂東だって知ってるだろ? 僕の美人センサーの精密を」
しばらく僕らの動きを見ていた坂東が呆れた顔でDVDを操作しながらなだめ始めた。しかし、僕は間違っていないと言い張る末長。
だんだん可哀想になってきて、僕は思いついた嘘で助け舟を出すことにした。
「あー昨日母さんが来てたから、その匂いかもね」
「美人なのか!?」
「昔はモデルやってたみたいだから、悪くないんじゃないかな」
「やっぱり、僕の美人センサーは正確だー!!」
雄叫びを上げる友を見つつ、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし押し入れの中にしまい込んでいるキャミソールの匂いと、外に干してある布団から匂いを嗅ぎ付けるとは…恐ろしい。
満足そうにしている彼を尻目に、坂東は「ほら始まる」と僕たちを画面へと向かわせた。
戦隊ものの映画の内容はと言えば、人を信じられなくなった少年がレッドの活躍により多くの友人を手に入れていくと言う話であった。
僕はその日なぜか、次に末長が見せてくれたグラビアアイドルではなく、レッドと詩織が重なって見えていた。