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X'mas Gift

 お酒をかけられたせいで軋む髪を何度か洗って姉さんの部屋にある小さな冷蔵庫から飲み物を盗んでいたら、詩織がドアの隙間から覗いてきていた。気配に気づいて振り向きながら2階の説明をする。


「トイレは姉さんの部屋の向かい側、洗面所はそこね。姉さんの部屋以外ならもう、好きに使っていいから」


 ミネラルウォーターを2本渡しながら自分の部屋のドアノブに手をかけた。


「あ、渡したいものあるんだけど、いい?」


 頷いて部屋に入ってくるので一応鍵を閉めておいた。よし、これで安全だ。

 バックに入れておいたプレゼントを差し出した。


「開けていい?」

「もちろん。リクエスト通りではないんだけど、まぁプッツンガールには丁度いいかなって思って」

「ヘッドフォンだ、可愛い!!」


 何も繋げない状態で詩織は被ってみせる。思わず顔を緩めて見つめてしまった。


「よく覚えてたわね」

「何が?」

「プッツンガールなんて言葉」

「印象的だったからね」


 テレビをつけると、すでに深夜番組が始まっていた。ベッドを背もたれ代わりに見ていたら、詩織は出て行かず僕の隣に同じように座ってテレビを見始めた。


「ねぇ、伝説の男の弟のはなしなんだけど…どういうこと? 詩織は女の子だよね」

「ええ」

「教えてくれないんだ?」

「…そんなこと、ないわ。ただ躊躇してるだけ」


 そう言って彼女は髪をかきあげて笑った。


「笑わないでね?」

「うん」

「実は…私、昔お兄ちゃんに憧れてていっつもお兄ちゃんにくっ付いてたのよ。で、なんでも同じようにしたくって、すっごく髪の毛も短くしてたの」

「へぇ、意外。ずっと長いのかと思ってた」

 

 長い綺麗な黒髪を見つつ、髪の毛が短かったという詩織を想像してみたが、全然ピンと来ない。

 フサフサのまつ毛が2度またたいた。


「それで…男の子に間違えられちゃったのよ」

「え?」

「ほら、キレたら私あんなでしょ? だから…」

「ああ。周りに暴れまくるから男の子だって勘違いされたの?」


 彼女は唇を尖らせた。


「そうよ。だから髪の毛長くしてるの」


 不貞腐れ気味に僕から目線を外し、テレビに目をやっている。

 -----ショックだったのかな?

 きっと今なら髪を短くしても男の子に間違われるなんて心配はいらないとは思うが、きっと彼女はコレからも髪を短くすることなんてないのだろう。

 それにしても、伝説の男の弟の正体が実は詩織自身だったなんて…。

 僕自身は二宮先輩じゃないか? なんて思ってて、周りは僕だと思ってたのに、まさかのダークホースだよな。考えもしなかった。

 -----どんな心境で僕が噂されるのを聞いてたんだろ?

 疑問に思ったが聞かなかった。

 だって、僕はいつの間にかクスクス笑っていて詩織に睨まれてしまったから。おっと、笑顔は災いの元。

 緩んだ顔を戻して、テレビに見入った。 


「下着…」

「え?」

「さすがに下着は盗めなかったのね」


 咽せながら当たり前だと言った。姉さんのを畳む意外で持つことなんて絶対にあり得ない。ってか、何処にそんな物をしまっているかなんて知る訳がない。僕は姉さん萌えじゃない。うん、決して萌えない。

 笑ってしまった嫌がらせだろう。詩織の顔はイタズラっ子そのものだ。

 -----あ、てことは詩織は今ノーブラノーパ…。


「今想像したでしょ」

「し、してないよ」


 赤くなりかけた顔と手を千切れんばかりに振って否定した。

 そして思う。こんな会話、下で未だバトルを繰り返す2人には絶対に聞かせられない、と。

 にんまり笑っている彼女を横目で見つつテレビを消した。悔しくなったのだ。


「もう、寝る」


 ふて寝でもしようかと項垂れながら布団をはぐった。

 シーンとなった部屋には、また何かを叩き割ったような音と姉さんとお兄さんの怒号が聞こえてきた。今、1階はどれだけ大変なことになっているのだろう? 想像するだけで恐ろしい。

 -----明日の掃除が大変だ。 

 脚まで滑り込ませた所で、敷き布団の上に詩織が座った。


「寝るんだってば」

「まだプレゼント渡してないもの」


 そういえばそうだったなと、動きを止めると詩織の両手が僕の顔を包み込んだ。そのままグイっと上体を倒された。


「ちょ!!」


 人差し指が僕の唇に触れて詩織が「シーっ」と言いつつウィンクしてみせた。

 上を見れば詩織の顔と白い天井、後頭部には柔らかくて暖かいもの。そう、膝枕の状態だ。長い髪が彼女が動く度に頬をくすぐる。

 赤くなる顔を隠すことも出来ず、僕は狼狽えた。


「な、何?」

「黙って…」


 にっこり笑いかけてきた。


「プレゼント」

「え?」

「クリスマスプレゼント。リクエストは、お姉さんも入って来れないような場所…でしょ?」

「そうだけど…“落ち着ける”が抜けてるよ」


 彼女はいつもの如く、ふふっと綺麗な笑みを零すと、僕の頭をお腹に付け反対側の耳を手で塞いだ。


「これで何も聞こえない」


 口パクで、確かに彼女がそう言った。

 一度部屋のドアの方を見て、ゆっくり目を閉じた。

 姉さんやお兄さんの出している声や暴れている音は言うように聞こえなくなった。けど、今度は心臓の音が五月蝿過ぎて落ち着けそうにない。

 -----どうしろっていうんだ。

 眠ることも、起き上がることも許されないこの状況に眉を潜めた。

 半年前、詩織のケンカに巻き添えをくった僕は、ドツボにハマってしまったのだろうか? 友人なんだから、こんなことしてはいけないと、COOLに構えようと思っていつも身構えているくせに、彼女の気まぐれと刺激を求めてしまっている自分がいる。

 -----勘違いしそう。

 何に? までは聞かないで欲しい。

 ため息一つ。

 -----僕は馬鹿か? 

 いつか夢の中で犯した過ちを繰り返さまいと大きく息を吸った。

 家のどこかでポーンという音が聞こえた。

 うっすら目を開ける。


「聞こえた?」


 手が耳から離された。


「金の音?」

「あれ12時のときの音だから」

「そうなの」

「そうだよ。だから…メリークリスマス」

「メリークリスマス」




 いつの間にか僕は眠っていて、気がつけば朝だった。

 あれだけ眠れないなんて思っていたくせに、意外に図太い自分の神経に吃驚した。しかしさらに驚愕することがあった。同じ布団の中で詩織が眠っていたのだ。

 あまりの出来事に飛び上がった。


「な、なん、なん、なんでいるの!?」

「他の部屋に行ってみたんだけどぉ、寒くって…。ふぁ…私、湯たんぽないと眠れないの。知ってるでしょ、冷え性酷いのよ」


 目を瞑ったままムニュムニュして寝ぼけ気味に僕の質問に応えた。さらに寒いから布団取らないでと、布団にみの虫のように丸まり始めた。思わず青ざめる。ベッドの下に降りて正座をして彼女の体を揺する。


「あの…」

「何?」

「僕、何かしたりしてないよね」

「何かって、何?」


 ガッツポーズを作りながら、立ち上がった。よく考えれば眠っていたのだからそんな訳ないが、パニックを起こしていたのだろう。つまらないことを聞いてしまった。

 同じ布団で寝てしまったが、何もしてなければ一切の事実は闇に葬れるのだ。絶対に姉さんとお兄さんには言えない事実だ。

 なぜかハイになってルンルンと部屋を開けた。

 と、ガシャンという音が聞こえた。

 -----まさか一晩中!?

 急いで降りて行くと想像以上に1階は壊滅状態だった。辺り一面水浸しで踏み場のない程ガラスが散乱し、窓も何枚かなく、冷たい風が吹きすさんでいる。しかもお酒の上には油まで浮いているし、酒臭いし、最悪だ。


「お前みたいな、骨のある女…始めてだ」


 ダイニングの椅子で項垂れている格闘のプロが苦笑しながら言った。


「私も、あんたみたいなヤリガイのある男、会ったことないわ」


 ソファーの上で転がっている姉さんもふっと笑った。

 ふふふ、はははと、2人が不気味に高笑いを始めた。多分、一晩中暴れまくって電池も切れ、精神状態も大変なことになっているのであろう。はっきり言って気味が悪い。


「次は必ず殺すわ」

「テメーこそ、覚悟してやがれ」

「あんた名前は?」

「KEN。見たことないか?」

「ああ、そう言えばユーヤがお正月の特番で見てた記憶があるわ」

「お前の名前は?」

「美嘉子よ。モデルやってるの」

「どーりで」


 そこまで言うと2人は事切れたように動かなくなってしまった。

 -----もう、僕じゃ無理。

 あまりの気持ち悪さに恐怖を覚え、思わず逃げ出した。

 そして僕はまた吃驚してしまう。1階での出来事があまりにショックすぎて自室での出来事を忘れてしまっていたのだ。先程詩織が布団の中にいたのを確認したくせに、もう1度驚いて同じことを繰り返してしまった。まぁ、同じことをしたって言うのがわかったのは、起きてから1時間後だったけど。

 




 その後。


「ちょっと、アンタのせいでこうなったのよ!!」

「テメーが最初にシャンパンぶっかけてきたんじゃねーか!!」

「ふん、五月蝿いわね。もういい、お風呂は入るわ!! アンタはそのままドブネズミのように帰りなさい」

「せめて風呂に入れて帰ろうっていう優しさはねーのか!?」

「アンタにそんな優しいコトする訳ないじゃない!」

「ああ?」

「はぁ?」


 復活したらしたでまた激論を交わし始めた2人を尻目に、僕はダイスキンへ清掃願いとハナホームの営業さんに窓ガラスの付け替えの電話をよこした。延々と続く口喧嘩は終わることを知らず、詩織が起きてくるまで(昼過ぎ)続いた。



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