X'mas War
「ユーヤ、全部持った?」
「うん」
12月24日、午後6時。
僕は姉さんの車に乗り込んだ。終業式が終わった今日はクリスマスイブということで家に詩織を呼んでいるため、僕はそのまま里帰りすることにしたのだ。携帯で目的の人物に今から車で迎えに行くことを伝えた。
「ホテルの前、駐禁(駐車禁止)だから少し離れた所にいるわね」
頷いてドアを閉めれば、冷たい空気が僕を包み込んできた。寒さに身震いしながら詩織の宿泊先であるホテルへ入ると、丁度詩織がエレベーターで降りてきたとこだった。
「メリークリスマス、イブ」
テンション高く詩織が挨拶をしてきた。そんな挨拶あるのかさえ分からないが、笑って同じことを言った。
ホテルの一つ目の自動ドアをくぐった時、僕の体は動けなくなった。転けたのではない、雷を喰らったのではない、呼び止められたのではない。
大きく目を見開いた。だって…
「詩織と優男!!」
「KEN!?」
「お兄ちゃん!!」
3人が同時に叫んだ。
「…え?」
-----今、確かに彼は僕のことを優男って呼んだよね、うん呼んだ。で、詩織はお兄ちゃんって言った、言った。あ、あれ? でも目の前にいるのは、KENで…でも、伝説の男の兄弟は弟じゃなかったの? え、でも確かに2人は顔見知りで、詩織はお兄ちゃんって呼んでて …!?????
半分放心状態になりながら彼を見れば、ホヤ〜ンと詩織を見ていた顔がリングに上がったときのように険しくなった。怖い顔のまま胸ぐらを掴まれた。
「テメー、優男。詩織とイブに何やってんだ!?」
「ユーヤを離して!!」
詩織がKENのスネを思いっきり蹴って僕の腕を掴んだ。導かれるまま、彼女について走るとタイミングよく姉さんが前に着た。
「お姉さん、早く出して!!」
「イヤーン。詩織ちゃんの言うことならなんでも聞くわ」
僕を車に押し込んで詩織が乗るのを確認した瞬間、姉さんはギアを一気に5速まで上げてアクセルをベタ踏みにした。けたたましいタイヤが道に擦れる音がして、車は急発進を始めた。頭をシートにぶつけながら後ろを振り向くと、伝説の男KENがどこかに向かって走っていた。
「…どういうこと?」
チロリと詩織を睨むと、彼女は狼狽えた。それでも逃がさないように何度か同じ質問をすると、ようやく口を開いた。
「あの、だから…伝説の男は、KENは…私のお兄ちゃんなのよ」
「うん。それは理解した。で?」
「ご、ごめんなさい。黙ってて」
車のなかで彼女が何度も頭を下げ始めた。
はぁーっと大きくため息をついて、前を向く。信号が赤に変わり、車が速度を落とし始めた。
「怒ってる?」
「…怒ってはない、驚いてるよ。憧れの伝説の男が詩織のお兄さんだったなんて。しかも、一回会ってたなんて」
「ごめんね?」
「さらに言うなら、なんで伝説の男の弟だなんて僕が言われてるのに、黙ってたかってことも聞きたいね。っていうか、伝説の男の兄弟は弟だって話だけど…?」
「それは…」
「詩織ちゃん」
彼女が何か話そうとした時、姉さんが車を発進させながら高速へハンドルを切った。
「後ろ、来てるわよ。さっきの」
「「え?」」
振り向けば、いつぞやで見た真っ黒のフルフェイスとバイクでKENが車の後ろ100m程の所に迫っていた。シートベルトを締めるように言われ、閉めているとバイクの吹かす音がすぐ横で聞こえた。
と、同時にドンと車が蹴られた。窓を開ければ、くぐもった声で怒っていらっしゃる。
「テメー、詩織を何処に連れて行く気だ!?」
「降りやがれ!」
「詩織もさっさとお兄ちゃんの言うこと聞きなさい!」
さらに何度も僕の乗っている側のドアを蹴る。
青ざめて呆然としていると、姉さんの少し低い声が聞こえてきた。
「ねぇ詩織ちゃん、彼とは兄妹なのかしら」
「あ、はい。ご、ごめんなさい兄が…」
「いいのよ。でも…、お兄さんのことどう思ってる?」
「死ねばいいと思います!」
-----即答して言うコトじゃなーい!!
僕が突っ込みを入れようとした瞬間、ガクンと車体が一瞬下がってスピードが上がった。そして前の運転席の窓が開いた(ミカコの車はminiの左ハンドル、ツートンの黒です)。
「あんた、何、人様の車蹴ってくれてんのよ!!」
姉さんがキレたのが分かった。
でかい声を出して、車外で左手をグルグル回している。
「糞アマが、何キーキー言ってやがる、詩織を返しやがれ!」
「ウッサイ、死になさい!!」
今度は右側に僕らの体が流れた。まさか!? と思った瞬間には、すでにお兄さんのバイクに体当たりをかまそうとしていた。バイクは一気に減速し、車体を避け、また速度を上げ横に付ける。
「テメー、殺す気か!?」
「ちぃ」
「舌打ちしやがったな? テメーマジ殺す!!」
「ヤレるもんならやって見なさいよ! たかがバイクで私のminiに勝てるなんて500億光年早いのよ!」
叫びつつまたハンドルを一気に左へ回している。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。こんなところでカーチェイスだなんて!! しかし、ハンドルさえ握れない場所にいる僕がどうこう出来る訳はなく、約1時間程この行為は繰り返され、生きた心地がしなかった。
ようやく家に着く頃には、僕も詩織もガンガンに酔って吐き気を覚えていた。後ろを見れば、口論している最強の兄と最凶の姉。
「詩織ちゃんはねー、アンタなんか嫌いだって言ってるのよ!!」
「馬鹿か! テメーこそ、こんなとこまで詩織呼びつけてやがって、死ね!」
「はぁあ? 詩織ちゃんは自分の意志で私の車に乗って、私に家にきたのよ。ストーカー兄貴と一緒にしないで!」
「ふざけんな! 誰がストーカーだ!!」
自宅の鍵を開けながら、詩織に諭した。あの2人を止められるのは自分だけだと。
「でも…」
「僕には無理だから」
もう一度行くように催促すると彼女は2人をなだめるため、近づいて行った。
「詩織ぃなんだってこんな狂暴女のトコくるんだよ?」
「可愛そうね、詩織ちゃんもこんな乱暴な兄がいるなんて」
「あんだと!?」
「何よ!?」
火花が散って、もうすでに爆発5秒前だ。
「み、皆で仲良くケーキを食べたい!!」
「「え?」」
正に鶴の一声。あっけらかんとした兄と姉は一瞬にらみ合ったものの、詩織の言葉に従うべくお互い違う方を向いて鼻を鳴らし黙った。
ため息をつきつつ、まず詩織を招き入れた。
「ほら、姉さんたちも早く」
「…わかったわよ。ふん、詩織ちゃんが言うから、仕方ないけど! 家に入れさせてあげるわ」
「はっ。俺だって仕方ねー、詩織の為だ。糞女の家に上がってやるよ」
ズカズカと2人は足音を立てながらリビングに置いてあるソファの端と端にドカっと腰を下ろした。そこからは膠着状態。兄と姉は何も話そうとせず、僕らも黙ってテレビを見ながら黙々とご飯を食べている。何か喋れば、また口論となるのは分かっていたからだ。
-----ああ、クリスマスイブだってのに…気まず過ぎる。
タラリと米神辺りに冷や汗が流れた。
「あ、これ、お姉さんに」
沈黙を破ったのは詩織だった。持っていた鞄から何やら小さな箱を取り出し、姉さんに渡している。
「キャア、ありがとう詩織ちゃん。何かしら、開けていい?」
「はい」
覗けばそこには、小さな十字のピアス。姉さんは歓喜に震えながら付けているピアスを外してすぐさま付けた。そして見せびらかすように立ち上がり「ふふん」と言ってKENを刺激した。
「し、詩織俺には!?」
「ないわよ」
「な!?」
「ホーホホホホ!! これで分かったでしょ!? アンタなんかより、詩織ちゃんは私の方を選んだのよ!! さぁさぁ帰りなさい!」
「馬鹿な!? 詩織、嘘だろ!?」
高笑いする声と狼狽しきった声を聞きながらシャンパンとケーキをテーブルの上に置いた。
もう、無視をすることに決めたのだ。
「ケーキ、ケーキ。私大きいとこでサンタさんのいるとこね」
「はいはい」
素早く切って包丁を下げた。姉さんたちに持たせると殺人事件に発展しかねないからだ。2人で先に取り分けて食べていると、またしてもフィーバーした姉さんとお兄さんが立ち上がった。
「もっかい言ってみろ!!」
「何度でも言ってやるわ!! ふん、これでも喰らいなさい!」
止めようとした時にはもう遅くって、姉さんは思いっきり瓶を振ってお兄さんに向けた。ポンという小気味のいい音がして、泡と共にコルクがもの凄い勢いでお兄さんの頬に当った。
「…テメー!!」
お兄さんも負けじと瓶を手に取ってシャンパンを振り回し始めた。
「やめ!!」
すでに僕と詩織はケーキを食べ終えていたから良かったものの、テーブルの上にまだ置いてある2人のケーキがシャンパンまみれ。しかもさらに事態は深刻化。ぶち切れた姉さんが家のブランデーやワイン、はたまたジュースまで取り出してはまき散らし、関係のない(?)僕も詩織も被ってしまった。しかしそれでは2人は修まらず、そこら辺にあるものを投げて応戦し始めた。もう、辺りは爆心地状態。皿は割れるわ、物は飛ぶわ、水浸しだわ、最悪だ。しかもボーッとしていたら、お兄さんの投げた街ページが僕の頭に振ってきた。
-----あーもう!!
心の中は怒りに満ちているが2人に対抗する術のない僕は歯がゆく地団駄を踏んだ。けど、やっぱりどうすることも出来ないので大きく深呼吸して詩織を見た。
「ごめんね、姉さんが。あー服も酷いね」
「私の方こそお兄ちゃんが…。ユーヤも酷いわ」
荒れ狂う2人を置いて詩織を脱衣所に連れて行く。
「お風呂使っていいから」
「え、ユーヤは」
「僕は2階のお風呂に入る。服は姉さんのをこっそり持ってきておくから…」
ベチャという何かが潰れるような音がした。
-----今度は何を投げたんだ?
思いつつも、どうにも出来ず詩織に言い聞かせる。
「いい? 僕が服を持ってきたらすぐさま脱衣所の鍵閉めてからお風呂は入って。今着てるものは洗濯機に入れておいていいから。で、気づかれないよう2階に来て。多分、1階はもうダメだから…」
また何かが割れる音を聞きつつ、服を届けて自分も2階の脱衣所の鍵を閉めた。