執事と愉快な酔っぱらい
午前中、今日は学校が休みだというのに制服に着替えて朝早い時間に外に出た。
昨日も言ったかと思うが、文化祭の後片付けがあるのだ。昨日とは打って変わって気温が低く、教室に入ってもコートを手放せない。委員長に言われた通りダンボールを潰す。出てきたゴミは全て学校の隅にあるゴミ捨て場に持って行くのだが、量が半端なかった。世の中は地球温暖化とか環境保全を大事にしている風潮があるが、全然エコじゃない。
教室をキレイにして元の位置に机を戻す頃には昼の12時を過ぎてしまっていた。
「では片付けはこれで解散ですぅ。打ち上げは…」
「大正駅から徒歩5分の場所にある養老の滝に19時集合。もちろん、財布はいらないぜ!!」
ワーっと皆が拍手して、一気に解散を始めた。
帰り際に草原先生に参加するのかを聞くと「生徒達だけでやったんだから大人はいかない」と言っていた。なんだかんだで空気の読めるいい先生で僕は好きだ。
一旦家に戻って、集合時間に間に合うよう家を出ればすでに結構みんなお店の前に集まっていた。
「山田様御一行はお集りですか?」
「はーい」
「ではご案内致します」
にっこり笑う和服のお姉さんにゾロゾロとついていく。打ち上げ係の田畑くんに睨んだ。
「何? 山田様御一行って」
「予約する時なんか顔が浮かんでさ」
「大正学園2-Bでよかったじゃないか」
「あーダメダメ。お酒有りにしてるから」*お酒は二十歳を過ぎてから!
空いた口が塞がらないとはこのことだ。一体、帰る頃にはどれだけの人数の世話をしなくてはいけないのだろう? ため息をつきながら皆の後に続いた。クラス全員が入る一番大きな座敷に通され、さっそく乾杯をする。
「皆のおかげで目標の20万を超え、びた一文払わず会計を済ませられまーす!! マジでお疲れしたー!」
「「お疲れ!!」」
文化祭実行委員長が音頭をとるとグラスが上げられ、急に騒がしくなった。
一応位置関係を説明しておくと、僕の隣には末長と坂東がいて、長テーブルには男ばかりが同席している。向こう側のテーブルには委員長と詩織が座っていて、女子ばかりの状態だ。
初めに出てきた刺身を摘みながら談笑を始める。話している内容は普段と変わらず、打ち上げなのかなんなのかよくわからない。まぁ楽しいからいっか。
しばらくすると段々席が乱れて、いつの間にか僕の前には田畑くんなどのやんちゃグループがいた。
「山田くんはお酒飲まないの?」
「うーん。実はザルだから、飲んだ気にならないんだよね」
「マジで?」
「山田くん弱そうなのに」
「女子も皆飲んでるし、飲もうよ。飲み放題だから勿体ないし」
「じゃあさ、この中で誰が一番飲めるか競争しようぜ!」
嫌だと断ろうとした時にはもう遅くって、その場で盛り上がった人数分のビールが頼まれていた。
-----お酒好きじゃないのに。
あの喉の奥がかぁっとなる感じがどうも好きになれない僕は思わず眉を吊り上げてしまった。次々と運ばれてくるビールを眺めていると、飲み比べだ! とクラスが盛り上がり始めた。前々から思っていたけど、このクラスメイトはノリが良過ぎる。少しは未成年なのだからと止めて欲しい。
「ねぇ、飲みながら何か食べてもいい?」
「構わないけど、トイレはギブアップと見なす」
簡単なルールを決めて、坂東の合図と共にまずは一杯目のジョッキに手をかける。
-----あー、苦い。
どうして皆これがわざわざ飲みたいのか僕には理解出来ない。まだカクテルだとか甘いほうがいいと思うんだけど。これが大人の味っていうものなのだろうか? できれば社会人になってもあまり飲みたくないね。
一気飲みは危険なので、食べながら歩調を合わせて飲んで行く。
3杯目にいった時だろうか? まず一人目が脱落をした。
-----もっと早く決着着けたいな。あんまり飲みたくないし。
そう思った僕はビールではなくアルコール度数の高いものを提案してみた。残ったメンバーも賛同したので、次からは芋のロックにしてもらう。これで少しは脱落するスピードが上がるだろう。心の中でにんまり笑ってグラスを手に取った。
何杯目を飲んだだろうか? すでに田畑くん以外はダウンをしていて僕と一騎打ちの状態になっている。
「ザル! 2人は本物のザルだわ!」
「どっちが勝つかな?」
「賭ける? じゃあ私は田畑くん」
「じゃあ俺は山田くん」
賭けの対象になり始めてしまった。これじゃあ田畑くんだって止めるに止められないだろう。顔色を伺うと赤くはなっていないけど、パタパタと仰ぎ始めているので、ほろ酔い状態になってきているのが分かった。
「ねぇもう止めない?」
「なにおー!? 臆したか山田くんん」
「ロレツが回らなくなってきてるみたいだけど」
飲み干したグラスを置きながら笑うと、彼はふんと鼻を鳴らしてお姉さんに追加を頼んだ。
「じゃあトイレ行っていい?」
「ダメだー! ちゃんとどちらかが潰れるまでは!!」
-----これ以上世話を焼く人を増やしたくないのに。
そう、周りを見渡せば飲み比べで潰れてしまった屍るいるい。さらに普通に飲んでいた人達も酔ってきたようで、ダラーンとしている。
「にゃははは!! 山田くんお酒強いですぅ」
委員長が僕の方へ体を引きづりながら近寄ってきた。その後ろには真っ赤な顔した神無月さんもくっ付いている。普段は結構真面目な彼女達の乱れっぷりに驚いて水をつぎながら聞いた。
「どれだけ飲んだの?」
「にゃははん、山田くんの半分くらいですぅ」
「山田っちの半分以上だよ!!」
「そうですぅー、末永くんに飲まされたですぅ」
-----何やってるんだよ!?
急いで見渡せば、酔った状態のまま女の子達の所に行っては「僕の酒が飲めないのか!?」と親父のようなことを言いつつ、飲ませまくっている。止めようと立ち上がろうとしたら、田畑くんに引っ張られた。
「まだ、まだ勝負はついてない!!」
「それどころじゃなくってさ」
「男の勝負にそれどころもクソもねぇ!!」
お酒の力でリミッターが外れているのか、もの凄い力で座らせられる。深いため息をつきながら、運ばれてきたロックに口をつけた。
-----長引きそうだなー。
そう思って一気に飲み干した瞬間、勝負はあっけなくついた。田畑くんが空のグラスを持ったまま眠ってしまったのだ。肩を叩いても反応なし。
「山田くん強ーいですぅ」
「キャハハ、強い強い」
「はいはい。分かったから、水飲んで」
委員長と神無月さんをなだめながら周りを見渡せば、ほとんどの子達が目をグルグルさせていた。
「もう…」
これだからお酒の席は嫌いだ。だいたい20歳にも満たない未成年が飲むからこんなことに…。ブツブツ文句を言いながら、まだ酔っていないor飲んでいない子達と一緒になって一人ずつ覚醒させて回る。そして元凶も捕まえる。
「コラ、どうして触れ回るんだよ」
「だっっっっってー。カメラ回せないだろ? だったらお酒しか僕にはないんだよ!!」
すでに言っていることが訳分からない末長に水を飲ませた。
…20分後。
少しずつ酔いが醒めてきたクラスメイトを見ながら安堵のため息をついた。
「あれー? ねぇ詩織っち知らないー?」
未だ抜けきれないお酒で目をしょぼしょぼさせながら神無月さんが捜している。そういえば、皆の介抱に真剣になっていた時も詩織を見ていなかった。トイレかと思い店員さんに聞いたがいないようだ。
首を捻りながら部屋に戻ろうとしたら知らないおじさんから声をかけられた。
「おい、この子君のとこの?」
見れば詩織が泣きながらサラリーマン風なおじさん達の中心にいた。
「いやいや、この子凄い泣き上戸だ。ははは」
「なんでも道に迷ったとか言ってたぞ」
「さっきはアヒルに食べられたとか言ってたな、ははは」
「すみません」
吃驚して謝ると笑いながら彼女の背中を押してくれた。
「ううー。ユーヤー」
しゃくり上げながら僕の方に近づいてくる。
「詩織も謝りなさい」
「あうー、ごめんなさい、ごめんなさい」
ペコペコしながらまた泣き始めてしまった。半分呆れながら部屋に連れて戻るとほとんどの人が自分の脚で立ち上がって帰りの準備をしていた。
「あー! どこにいたの?」
「おじさん達の真ん中」
「ええ!?」
泣き止まない彼女を女の子に任せて、まだぶっ倒れている田畑くんを起こしにかかった。
役に立たない打ち上げ実行委員長の財布からお金を預かって会計を済ませて外に出た。ヒンヤリとした風に吹いていて、さらに皆が酔いを醒ましている。
マフラーを巻きながら円を作っている場所へ近づくと、まだまだ夢の中の住人になって女の子達を困らせている人物がいた。そう、泣き上戸だった詩織だ。「あうー」とか「うー」とか言って泣きながら触れ回っている。
しかもよく見れば、苛められていた。そう、いつもからは想像もできない、全く違う反応を示す彼女をクラスの男子が面白がってからかっているのだ。
「山田くんは一人で帰るって」
「なんで!?」
「置いて帰るって」
「嫌よー、ううぅー」
「僕が送ろうか?」
「イヤー」
「じゃあ俺が」
「ひーん」
-----本当に泣き上戸だ。
明らかにオカしい彼女を笑って観察していると泣いていた詩織と目が合った。
「ユーヤー!! ううー」
両手を前に出して腕を掴んできた。さすがに泣く子を振り払うことも出来ず(泣いていなくたって出来ないが)、困惑していると先程まで詩織を一生懸命慰めていた女の子2人が笑いながら視線を合わせてきた。
「山田くん送ってくれない?」
「僕が? 女子が送ってあげてよ」
「送るって言ったんだけど…」
「なんかね、山田くんじゃないと家には近づかせないって言ってるのよ」
「は?」
思わず変な声が出た。横を見れば僕の顔を見ては「送ってくれなきゃ帰れない」と駄々をこねながら泣いている。
「だから送ってあげてよ」
「誰も詩織ちゃんの家知らないし、教えてもくれないみたいなの」
「でも…」
「送ってやれよ山田くん」
「そうよ、このまま置いて帰れないでしょ?」
それはそうだが…。多分僕を1人置いて帰るより、詩織を置いて帰った方が安心だと思う。
なんて言える訳もなく、ため息をつきながら頷いた。
「家知ってる?」
「…まぁ」
「えー、ズルーイ女子全員知らないのよ!?」
「さすが付き合ってるだけはあるな」
「よっ、ご両人」
冷やかされながらも意識があるのかないのか彼女は「違うー」と喚き散らし始めた。しかもかなりの高音。子どもが泣く感じでギャンギャン泣いている。
「ちょっと、これ以上詩織ちゃんをからかわないでよ」
「えーだってこんな虹村さん滅多に見れないだろ?」
「そうだけど」
「ほらー、山田くん一緒に帰りたくないって」
「ギャーン!!!」
思わず耳を塞いだ。
「もう、言わないでって!!」
みんな耳に手を当てている。しかも通り過ぎる人達さえ振り返ってこっちを見てきた。
「ちょ、ごめん。俺が悪かったから山田くんなんとかして!!」
「無理言わないでよ」
「ギャーン!!!」
「マジで山田くんどうにかして!!」
どうにか出来るならとっくにしてる。それだけ彼女の泣き声はでかいのだ。口を塞いでも全然効き目がない。
迷っているとコンビニが目に入ってきた。
-----そうだ。
喚く彼女に身長を合わせ名前を呼んだ。詩織は泣きながら僕の顔を見てきた。ゆっくり耳に顔を近づけ、
「ハーゲンダッチュ3つ」
と、耳打ちをした。
言葉を聞くなり彼女は泣くのをピタリと止め、しゃくり上げながら涙を堪え始めた。
「おお!?」
「泣き止んだ!!」
「山田くんスゲー」
「もう変なこと言わないでよね。また泣いても困るから」
母親のように皆をたしなめた。
しかし彼らは反省しているのかしていないのか、詩織の顔を見て笑っていた。女子は安堵の表情を浮かべ、手を振りながら散って行く。
「ほら、僕らも帰ろう」
「うー」
「俺もソッチだから」
何人かの人達を一緒に話しながら歩いていると体がどんどん重くなってきた。なぜか詩織が歩くのを止めたのだ。
「もうすぐ家だよ?」
そういうと嫌々というように首を振った。どうしたのかと聞くと家を知られたくないと断固譲らない。今日何度目かのため息をついて他のクラスメイトに手を振った。
「もう誰もいないよ?」
「うぅ」
鼻をすすりながら彼女がようやく動き始めた。
もし明日彼女に今日のことを言ったらどんな顔をするだろう? 僕は怒らせる気なんてないから言わないが、きっと誰かがいうのだろうことを想像してみた。予想では「そんなわけないじゃない」とシラっとしていると思うけど。少し明日が楽しみだ。
だけど…次にもし飲み会の機会があったとしても、絶対詩織にはお酒は飲ませたくはない。