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執事とロシアンたこ焼き

 2人で1年生の階を制覇していると、いつぞやのA組オネショ少年(弟と呼ばないで参照)がいた。ちょっと説明をしておこう。普段はA組は別校舎だが、文化祭の時などこちらをどうしても使わなくてはいけないときはこちらの校舎にくるのだ。それが悪いA組になるまえの普通のA組が使っていた教室だ。現在では2-Bで説明すると隣の空き教室で体育のときは女子の更衣室代わりとされている。それの1年生バーションと思ってくれればいい。


「はっ、詩織さん山田様!!」


 敬礼するような形で僕たちにピシッと礼をしてきた。

 後ろを見れば1-A、ロシアンたこ焼きと書いてある。


「ロシアンたこ焼きって何入ってるの?」

「一つだけタコじゃなくってワサビ入りなんス」


 聞くに面白そうなものだ。お化け屋敷に入ってまたお腹に余裕のでてきた僕は詩織とロシアンたこ焼きを食すことにする。注文をすると元気のいい声が返ってきた。ほかほかと湯気が出る海苔も鰹節もかかっていないたこ焼きを手渡され、詩織を見てにんまり笑う。


「賭けでもする?」

「いいわよ。じゃあワサビ当った方が…」

「スマイル0円がいいッス」

「何それ?」

「マックでやるのが本当はいいッスけど、アレなんで負けた方は異性3人に『スマイル下さい』ってお願いするんッスヨ」


 顔を見合わせる。

 痛くもないしお金も減らない、けどちょっと恥ずかしいレベルだ。友達にすると多分笑われるだろうが、罰ゲームとしてはいいんじゃないだろうか。


「じゃあそれで」

「あ、でもそれより詩織さんは『あなたに笑って欲しいの』で、山田様は『君に笑って欲しい』の方が面白そうッス。こっちでいきませんか?」

「いいわよ」


 面白がってA組の子達が机と椅子2脚を出してくれた。店の前でたこ焼きを中心に腰掛け爪楊枝をつまんだ。お互いにせーので好きなたこ焼きに差し込んだ。この時点では6分の1の確率だ。


「負けないんだから」

「僕、くじ運は強い方だから」


 お互いの顔を見ながら頬張る。僕には辛みなんて感じない、詩織の顔もいたって普通に笑っている。


「山田先輩頑張って!」

「虹村さんが絶対勝つよー」


 いつの間にかギャラリーも増えて応援が始まった。

 もう一度たこ焼きに穴をあける。4分の1…。が、またしても2人はワサビの恐怖から逃げきれた。ということは、必然的に残った二つのうち一つがワサビ入りだ。しかも言うに、僕たちの為に多めに入れてくれたという。気持ちは嬉しいが、全然嬉しくない。


「私こっち」

「あ、僕もそっちがいい」

「先に手を付けたもん勝ちよ」


 にっこり笑う詩織の顔を恨めしげに見つめて仕方なく最後の一つに爪楊枝を刺した。


「「せーの」」

「!!!!」


 思わず口を抑えた。そう、ワサビが当ったのは僕の方だ。

 -----やっぱりあっちがあたりかぁ。

 鼻を抜けるツーンとしたあの嫌な感じが突き抜ける。しかも舌は大火事のようにヒリヒリ。ジェスチャーで水を持ってきてもらって一気に流し込んだ。それでも鼻が、涙が。

 鼻を摘んで我慢するがさすがにキツい。どれだけワサビを入れたんだ。噛んだ瞬間かなりの量がでてきたんですけど。


「ふふ、賭けは私の勝ちみたいね」


 呑気なことを言っている彼女を見ながら2杯目の水を飲み干した。はぁ地獄だった。


「さぁユーヤ、明日中までに3人よ!」

「明日は振り替え休日だし、打ち上げはあるけど…実質今日じゃないか」

「ええ。でも私がいない所でやってもカウントされないもの。一緒でしょ?」


 そうだけど…。

 ため息をつきながら言わせてもらえそうな女の子の顔を浮かべる。


「まずはさっそくここで!」

「え?」


 お調子者の1-Aの誰かが叫んだ。詩織の顔を見れば目を輝かせている。

 -----逃げられそうにないなー。

 黙って廊下を見渡すとギャラリーの一番手前に先程僕たちをお化け屋敷に誘ってくれた女の子がちょこんと座って僕たちの成り行きを見届けていた。

 -----せめて一矢報いよう。

 一瞬だけ詩織とチラリと見て、口の端を上げた。訳の分かっていない彼女を放って和服姿の女の子の前に膝を抱えて座った。


「今の見てたよね?」

「はい」

「君に笑って欲しいんだけど、どうしたら笑ってくれる?」


 顔を真っ赤にした子は俯いてしまった。ほら、どうしたらって聞いてるんだから!!

 彼女は思いついたように赤い顔をこちらに向けた。


「あの、じゃあもう一回うちのお化け屋敷に」

「OK。詩織、行こう!」


 先程まで僕の言動で爆笑していた黒髪の女の子の顔が引きつった。わざとらしく「え?」なんて言って誤摩化そうとしている。


「1人より2人で行った方がいいよね」

「はい」


 満面の笑みを見ながら僕は立ち上がる。そして僕も笑顔が零れる。ただ一人を覗いてこの場は和やかな雰囲気だった。




「もう、酷い」

「結局入らなかったじゃないか」

「そうだけど…」


 まだ何か言いたげな詩織の手を引いて2年生の階に戻ってきた。あとはここで全制覇なんだけど。とりあえずC組のプチビビンバとD組のタピオカジュースを平らげる。残ったのは2年A組だけだ。B組を通り過ぎ、A組に顔を出すと…写真屋とだけ書かれていた。首を傾けて見ていると


「入るなら入れー」


 という聞き覚えのある声が聞こえてきた。ゆっくり部屋のドアを開けると、


「やだ、何そこ格好!? 似合ってなさすぎよ!」

「ぷっ」


 どこで買ってきたのか、番長がピンクのドレスを着て仏頂面で足を組んでこっちを見ていた。何コレ、写真屋って何やってるんだよ。疑問を抑えつつも彼に近づくと、他のA組の人達が番長の後ろに立てという。


「はいチーズ」


 一瞬のかけ声とともにフラッシュが焚かれ、デジカメで写真を撮られた。それを何やらパソコンに繋いでプリントアウト始めた。出来上がったものを見てみれば、真ん中にでかい体躯でピチピチしたドレスを着た全然お姫様らしくない番長がニッと笑っている。しかも僕たちの格好はメイドと執事だから用意されたような感じだ。吹き出しそうになりながらも人差し指を立てた。


「もう1枚欲しいんだけど」

「おい山田!?」

「いいじゃないか、どうせ焼き回しだから…くく」


 もうそんな格好でこっちを見ないで欲しい。1枚は詩織用、もう一枚は僕用(リザにスキャンしたのを送りつけてやる)に写真を貰って爆笑しながらB組へ戻った。


「あ、隣の写真屋どうだった?」


 まだ休みを取っていない神無月さんが僕たちを呼び止めた。詩織はさも可笑しげに彼女に写真を手渡す。


「何コレ!?」

「いいでしょ? お姫様と召使い達よ」


 クラス中がその写真を見て爆笑し始めた。そして時刻は丁度シフトの交代時間の15時だったから一気に隣へ行き始めた。隣から笑い声が聞こえてくる。

 -----盛り上がってるなー。


「俺らも最後の追い込みだ!」


 お調子者の田畑くんも戻ってきて一気に士気が上がった。

 僕はそのまま奥に引っ込んで終わりの時間までに計算を始める。詩織が隣で色々と読み上げてくれるのを聞きながら朝からの会計管理を一気に仕上げた。


「山田くん、20万まで後いくら?」

「5000円だからあと15個は売らないと」


 終わりの時刻までもう時間も残り少ない。かなり売り上げたはずだけど、それでも目標20万は厳しいらしい。


「私とユーヤで15個売ってくるわ」

「じゃあハーメルンの笛吹き隊、5回目の出動だ」


 そういって僕の首に朝見たプラカードを田畑くんがかけた。メイドじゃないんだけど…。今更文字に突っ込みを入れながら詩織の後を歩いた。

 さて、どうするか。16時ということもあって結構一般人は帰ってしまったようだ。まず連れてこられたのは先程ロシアンたこ焼きを食べた1-A。何をするかと見ていると、詩織が交渉を始めた。


「私にロシアンたこ焼きで勝てたら、5個買うわ。もし負けたら2-Bの爆弾アイスを5個買って欲しいの」


 作っている人間にそんなことを言う。公平じゃないからと言うことで出来上がったたこ焼きをランダムに僕が置き直した。結果は…詩織の勝ち。


「じゃあ5個、必ず買ってね」


 手を振りながら負けた彼に合唱した。そんな感じで結局15個、買わせることに成功し、僕らのクラスは目標20万円という目標を達成することが出来た。

 片付けは明日の午前中になるので簡単に洗いものだけ済ませて、今は皆で空いた場所の床に座ったり机を何個か引っ張りだして寛いでいる。

 で、なぜか僕の賭けの罰ゲームがバレてしまい、クラスメイトの前で神無月さんに言わされた。もちろん一同大爆笑。


「やだー、タラシよ!」

「詩織ちゃんのが聞きたかったー、なんで山田くん負けちゃったの?」

「でも執事山田が言うと萌える!!」

「萌えねーよ」

「萌えるわよ、次、次はお嬢様つきで!! 貴方に笑って欲しいです、で!!」

「きゃあ!! いいわ」


 やんややんやと本物のお嬢様(委員長)を出してくる。今にも吹き出しそうな委員長の目を見ようと頑張るが、神無月さんのようにはいかない。彼女はちゃんとノリノリでギャグっぽく返してくれると分かっていたから僕も冗談チックに出来たけど、今回はそうはいきそうにない。


「山田くん早くー」


 急かされ始めた。仕方ない。平静さを取り付くろって大きく息を吸い込んだ。


「お嬢様、貴方に笑って欲しいです」

「ぎゃはは!!」

「山田くん最高!!」

「萌えー」

「眼鏡執事男子萌えー!!」

「雇いますぅ」


 もう、恥ずかし過ぎる。火照った顔を抑えて机に突っ伏した。でもこれで罰ゲームの3人はクリアしたのだ。

 後ろから詩織に何か声をかけられたが、起き上がるのもおっくうでヒラヒラと手を振って、顔を冷たい木製の板にくっ付けていた。

 こうして僕の文化祭は恥ずかしい思い出と共に終わったのである。

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