表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/253

執事と警棒

 屋上で待っていると詩織がゆっくり入ってきて、座っている僕の目の前に立つとニッと笑った。


「お仕事ですよ」

「僕が王子様じゃなかったっけ?」

「今日は2人ともメイドだもの」


 笑って立ち上がるといつものように小指を握って来た。


「え?」

「え?」


 僕が変な声を出すと詩織はポカンとしながら顔を見て来た。「何かオカしい?」そう言いたげな表情だ。


「学校なんだけど」

「わかってるわ。でも、いつキレちゃうか分からないもの」

「そうだけど…」


 放課後とか休みの日に一緒にいる時は別段人の目を気にしないようにして、最近慣れてきていたが、校内で堂々と、となるとさすがに少し憚れる。しかも今日は文化祭とくれば、なんだかいつもよりハードルが高いような気がして来た。俯いて詩織の上履きを見る。


「もう勘違いされてるんだからいいじゃない。今更よ」


 -----確かに。

 言われてみればそうかも知れない。皆の中ではすでに公認のカップルで、しかも職員室にまでキスしたのだと勘違いされてたまま噂が流れてしまっている。今更2人が手を繋いでいたからって、これ以上噂になるようなネタがどこにあるのだろうか?

 詩織を見ればなんてことないと言った表情だ。恥ずかしいと思っているのは僕だけのようで、ちょっと彼女を羨ましく思いつつ、腹を決めた。


「どこから行きたい?」

「まずは、西側校舎で部活動のを見て回らない?」

「OK」


 小指を握られたまま、屋上を後にした。


 出店で昼ご飯を取りながら、校内を歩く。

 やっぱり僕らは学内では有名な人に分類してしまうらしく、通る度振り向かれるかじっと顔を見られて何か言われているようだ。顔が段々ほてって来た、やっぱり慣れるなんて一生無理みたいだ。

 -----何か話してくれないかな?

 切な願いが通じたのか、詩織が僕の顔をじっと見てきた。


「何?」

「眼鏡なんて今日の朝してたかしら」

「ううん、クラスの女の子につけててって言われたから」

「私も掛けてみたい」


 眼鏡を外して渡せば、満面の笑みで黒淵のそれをつけている。ズレる眼鏡を何度も修正しながら「どう?」なんて聞いてくるから、なんだか可愛らしく感じてしまった。これが末長の言う萌えというやつなんだろうか?

 でも彼女に「可愛い」なんて本音が言える訳がなく「似合ってる」に停めておいた。

 眼鏡を僕の顔に戻しながら詩織が大きな声を出した。指差す看板を見れば『家庭部のケーキ屋さん』とある。先程までたこ焼きにうどん、ナンカレーなど幾つも食べていたのに、よく入るもんだ。


「あんまり食べると衣装キツくなるよ?」

「平気よ」

「僕はもうお腹いっぱいだから軽いのだけでいいんだけど」

「じゃあ私だけ食べるから」


 そう言って強引に引っ張って家庭科室のドアを開けた。中に入れば、詩織の大好きな女の子らしい内装でヒラヒラフリフリの世界だった。そして何処からともなく香ってくる甘い香りが鼻腔をくすぐる。はしゃぐ詩織について案内された席に座れば、クラスの女子がこっちに近づいて来た。


「詩織ちゃん来てくれたんだー」

「当たり前じゃない」

「えへへ、ありがとう。ご注文はどうしますか?」

「んと…ショートケーキにガトーショコラ、それから…」


 -----うあ、聞いてるだけで気分悪くなりそう。

 別段甘いものは嫌いじゃない、むしろ好きな方だと言っていいけど…あれだけ食べた後にその注文の量はないと思う。食べきれるのだろうか? 多分だけど僕は手伝ってあげられない。出て来た時点で匂いで負けてしまうだろう。

 頬杖をつきながら紅茶だけ頼んだ。

 しばらくして僕らのテーブルには所狭しとケーキが並べられた。まさかとは思うけど、全部のケーキを注文したんじゃ…。


「いただきまーす」


 嬉しそうに苺を口の中に入れる彼女を見ながら思わず顔をしかめてしまった。

 次々となくなっていくケーキを集団。匂いに負けそうになっていた僕さえ圧巻の食べっぷりで詩織はあっという間に食べ終えてしまった。一体その体のどこに吸収されたものは行くのか。女の子の胃袋は不思議でいっぱいだ。


「次はどうする?」

「西側校舎はもう廻っちゃったから、本校舎(クラスがある棟)に行かない?」


 頷いて行って見ると3年の教室は何もなかった。ああ、そういえば受験前だから3年生は出し物には不参加だったな。体を翻して1年生の教室を覗きに行った。すると…


「キャーなんか可愛いの来た!!」

「馬鹿、あれが虹村詩織だよ」

「えー噂以上、超美人!!」


 感嘆の声が上がった。手を繋いでてよかったと、ホッと一息ついていた時だった。背中をグイっと引かれた。何かと思って振り返れば数人の着物を着た女の子達が僕と詩織を見上げて笑っている。


「1-Dの出し物に来てください」


 クリクリした目で見つめられた。

 -----可愛い。

 すでに行く気満々のくせに一応詩織に了解を取ると、詩織もその可愛さにやられたのか笑顔で女の子達についていった。が、その笑顔はすぐに引きつることとなる。


「お、お化け屋敷…」

「はい、凄く頑張って作ったんですよ」


 詩織の心を知らない1年生'sが詩織にキャッキャと満面の笑みを向けている。

 -----あーあ、どうするんだろ?

 まさかココまで来て断らないだろうとは思っていたが、案の定彼女は虚勢をはり顔を作って入ろうとしている。そんな彼女が可哀想で可笑しくて見ていられなくて、ちょっと吹き出してしまった。意地っ張りは大変だ。


「ひーん」


 予想はしていたけど、詩織は半泣き状態で教室を出ることとなってしまった。ハンカチを渡して廊下の端っこで誰にも顔が見えないよう、泣いているのがバレないよう頭を撫でながら落ち付かせようとするが、なかなかコレが難しい。仕方ない、お化け屋敷の中では見栄を張って頑張っていたものだから緊張の糸が切れたのだろう。狼狽して見渡すと、1-Bの綿菓子屋が目についた。


「綿菓子買ってくるから、それで機嫌直して?」


 甘いものが大好きな彼女に言うと、こくりと頷いているのが確認出来た。お金を払って戻ってくると、私服の男達に詩織が囲まれていた。ああ、部外者は詩織の強さを知らないからな、なんて呑気なことを考えて傍観に徹しようとしていたら、1年生達の視線が痛い。会話も痛い。


「伝説の男の彼女が絡まれてるよ、助けに行かないのかな?」

「強いのかな?」

「当たり前だろー」

「でもさっきから見てるだけぽくない?」

「いや、アレはどこから殴ろうか様子を伺っているんだよ」

「さすが!!」


 -----勘違いを起こすのはこの学校の伝統…だったりして。

 あまりに期待が多くて、触れられてもいないのに視線に押されて僕はフラフラと詩織に近づいてしまった。


「どこのメイドさん? 俺の体も面倒見てよ」

「俺のもー」

「お持ち帰りってか? ギャハハ!」


 -----さてどうしようかな?

 まだ僕に気づいていない男達の後ろで腕を組んでいると体の隙間から詩織と目が合った。そして頻りに僕の右側に目をやる。

 -----ああ、警棒ね。

 決して強くは見えない僕だけど、武器を持つことによって多少の撃退効果は見込めるだろう。もし襲いかかって来たりなんかしても、詩織がなんとかするような気がするし…。

 後ろを振り向けば先程僕たちをお化け屋敷に誘ってくれた女の子達がいる。そのうちの一人に綿飴を持っててもらうよう言って、ズボンから警棒を取った。と、その瞬間、周囲で僕の動きをずっと見ていた1年生達が異様に盛り上がった。


「ギャーついに武器を手にした!!」

「アイツら終わりだ!!」

「伝説の男の弟の実力は如何に!?」


 -----やめてよ。

 制止する間もなく男達がこっちを向いた。


「ああ、なんだお前!?」

「正義の味方ごっこでもしてるのか?」

「馬鹿か、このお方をどなただと思ってるんだ、部外者!!」

「そうだ。大正学園で一番強いんだぞ!」


 一瞬たじろぐ男達。そりゃそうだ、これだけシンバのように皆が目の前の人物を強いなんて言い始めれば誰でもビビる。僕なんて言われなくてもビビるけど。

 -----けど、これでやりやすくなった。

 そう、男達が全く実力のない僕に周りの一年生達に言われて臆し始めているのだ。これを利用しない手はない。虚勢を張れば、多分彼らは逃げて行くだろう。

 口の端をゆっくり上げて、いつも詩織がするように警棒を上下に振った。振動が伝わって、一気に長さを出す黒い棒。

 -----おお、結構気持ちいい。


「先輩やっちゃって下さい!!」

「うおー、生で伝説の男の弟の格闘シーンが見れるなんて!」

「な、武器なんて卑怯だぞ」


 男の一人が場の空気に耐えられず吠えた。

 -----もう一押しなんだけどな…。

 しかし野次が男達に飛ぶばかりで膠着状態だ。ここで襲われてしまっては堪ったものじゃない。というかむしろ、武器を奪われ形勢逆転されてしまう可能性の方が高い。なら、片をつけるのは早い方が良い。


「ねぇ、彼女から離れてくれない?」

「な、何だと!?」

「いいんだよ? 大勢いるこの場で3人とも纏めて倒しても」

「馬鹿にしてんのか?」

「まさか。けど、ここまで言われる僕に向かって来れる勇気があれば…だけど」


 そう、明らかに僕の方が強いと思っていいる1年生達はすでに男達を哀れみの目で見始めている「負けるんだ」「可哀想に」と。本当は逆なのに。ここまで来れば後は賭けだった。プライドが高いなら向かってくるだろうし、余程の自信がなければ尻尾を巻いて逃げるだろう。僕としてはもうどちらでも良い。だってすでに詩織が立ち上がって戦闘態勢に入っているのだから、彼らの負けは確実だ。きっと僕に指一本触れられることなく床に沈むだろう。


「さ、さっきから伝説の男って言ってるけど、なんなんだよ!?」


 そんなところが気になっている時点で、彼らが身を引くのがわかった。黙ってポンポンと右足に警棒を打ちつけていると、予想通り一年生が説明を始めてくれた。


「山田先輩はなー、あのK-1で優勝したKENの弟なんだぞ!」

「20人くらいならアッという間に倒すんだからな!」

「屋上から落ちても平気だったんだ!」


 -----弟じゃないし、20人どころか一人も倒せないし、屋上から落ちたら確実に死ぬよ。ああ、でもあの高さじゃ半身不随かも。

 全てにキッチリ突っ込みを入れながら、男達を見やるとすでに青ざめていた。そんなの信じないでよ、それにさえ突っ込みを入れつつも1年生に感謝する。


「どうする?」

「お…、今日の所は、別に」

「ナンパしにきただけだし? 彼氏いるなら興味ねーし」

「だな」


 負け犬の遠吠えにしてはうまくハグラカして男達は僕の横を通り過ぎて行った。ちょっと可哀想な彼らの背中を見送っていると、またもや周りの子達がワっと大声を出し始めた。


「すげー戦わずして勝っちゃったよ」

「武蔵みてー」

「カッコいー、あの武器なんだよ!?」


 遠巻きにワイワイ言っている彼らの中心で振り返ると詩織がしょんぼりしていた。ゆっくり警棒を小さくしながら近寄る。


「どうしたの?」

「ハーゲンダッチュが…」


 そういえば今日の朝に厄介ごとがなければハーゲンダッチュ3つを買うという約束をしたのだと思い出す。警棒をズボンに引っ掛けながら顔を見て目を細めた。


「今のはカウントなしにしておくよ」

「本当!?」

「結局何事もなかったし…ね?」


 パッと太陽のような笑顔が咲いた。つられて僕も笑顔になる。

 今にもスキップをしそうな彼女は小指に指を絡めて歩き出した。


「でも」

「ん?」

「警棒で戦ってるとこ見たかったわ」

「冗談。十分戦ったけど?」

「そうね、38点ってとこね」

「何その採点基準」

「頑張った努力賞が8点、守ろうという心意気が10点てとこね」

「あとの20点は?」


 イタズラっぽく笑って僕にデコピンをかまして来た。


「似合ってた分よ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ