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執事と女王


「いらっしゃいませー」

「そこのお兄さん、一つ買っていってよ!」


 今日は快晴で気温もいつもより高いというだけあって、爆弾アイスは飛ぶように売れていっている。珍しいと言うもの功を奏したようだ。

 皆持ち場で必死になって働いている。男子は注文通りアイスを人数分取ったり、油で揚げたりして、女子は先頭に立って接客をこなしている。僕はというと売り場より一歩下がった場所で座って会計管理だ。今のところ特にすることもなく、ボーッと座っているだけで、お客さんに愛想笑いを振りまくことしかしていない。

 -----あ、そういえば詩織大丈夫かな?

 気になって彼女を捜す。だって、今日は部外者だっているのだ。いつ何時に“美人だ”と褒められるか知れない。


「じゃあ宣伝部隊及びハーメルンの笛吹き部隊、出動します!!」

「詩織ちゃんなら色んな男をひっかけて来れるわね!」

「やーん、やっぱり何度見ても可愛い」

「お人形さんみたーい、連れて帰りたーい!」


 変な言動をしている方向を見ると神無月さんが詩織の手を握っていた。詩織には首からプラカードが掛けられていて“メイドと執事の爆弾アイス☆”と書かれていた。しかもご丁寧に“メイドにはお手を触れないでください”と書かれてある。

 ちょっと笑ってしまいそうになりながら、教室を今にも飛び出しそうな2人を呼び止めた。そして暇つぶし用に持っていたipodとヘッドフォンを詩織に渡した。


「お守り」


 言うとすぐさま詩織は理解して、耳にヘッドフォンをかけた。

 ポカンとする神無月さんに声をかけ、


「詩織って実は知らない人に声かけられるの苦手みたいだから、対応は神無月さんお願い」


 うまく誤摩化した。

 笑って承諾する神無月さんと大きく手を振ってくる詩織に手を振って元の場所に座った。


「アチー」

「お疲れさま」


 油の前にずっと立って調理をしていた末長が凉を求めてこっちに歩いてきた。席を空けてやると雪崩れるように椅子にへたり込んだ。そこらへんにあった厚紙で彼を仰いでやれば、気持ち良さそうな顔をする。

 そして突拍子もないことを言う。


「メイド服って萌えるよな」

「まぁ萌えと言うか、可愛いとは思うけど」

「いや、いつもの5倍はみんな可愛いって。そう見えてる事自体が萌えなんだよ!」


 訳の分からない持論を展開し始めた。うんうんと頷きながら売り場を確認すると見たことのある顔があった。


「あ」

「なんだよ」

「末長のお母さんだ」

「何!? 来るなっていっておいたのに!」


 ガバっと顔を上げて確認している、かと思ったら一気に机に突っ伏した。顔を隠すように項垂れている。


「呼ばれてるけど…。末長、末長」

「あーもう!!」


 顔を真っ赤にして末長は売り場の方へだるそうに歩いて行った。口元が似ているお母さんと何やら口論している。クラスの皆で笑いを堪えながら彼の姿を見守った。その後も何人かのお母さんやお父さん、兄弟姉妹を見て過ごした。やっぱり家族って顔や背格好だけじゃなくって雰囲気まで似ているものらしい。顔は似てなくっても、なんとなく誰の家族だって分かったのが面白かった。


「山田くん」


 クラスの男子と誰の家族かを当てっこしていると、女子から声をかけられた。何かと思えば「コレかけて」と、眼鏡を出された。


「度とか入ってない?」

「ダテだから」


 なら平気だ。受け取って掛ける。


「黒淵眼鏡イイ!! 萌え!!」

「こんな執事なら雇いたいわ!」

「前に眼鏡で来た時似合ってたもんねー」

「萌え〜!」

「萎え〜!」


 女子に交じって男子からも何か言われた。萎えって…まぁ男の僕を見て萌えって言った乾くんが可笑しいのかも知れないけど…。


「今日一日つけててよ」

「え?」


 困惑した。別に構わないが、そうする理由もない。しかし僕は変な顔を無意識にしてしまったのだろう、女の子達の表情が一瞬曇ってしまった。自分を戒めながら笑顔を作る。1日かけておくと。


「ありがとー! じゃあね、最後に一緒に写真撮って!」

「え?」

「私もー、詩織ちゃんとのツーが欲しいんだけど」

「キャー絶対イイ!!」

「俺は虹村だけが良い」

「俺も」


 僕も男子の意見に賛同だ。なぜ僕と詩織を並べた写真を欲しがるのかサッパリ理解出来ない。楽しいのだろうか? 気持ちは理解出来ないが、一応詩織の許可が出ればと言っておいた。


「ハーメルンが帰ってきたよー!!」


 神無月さんのその言葉と共に、客がどっと押し寄せてきた。さすがに僕もかり出され、お釣りを出す係として必死に働いた。

 ようやく一段落付いて皆と共にお店の紅茶を啜っていると、


「ユーヤ!」


 振り向けば二宮先輩…と、いつぞやで見た背の小さな女の子が売り場にいた。


「先輩」

「凛!!」


 詩織と一緒に彼の元へ駆け寄った。さすがの彼も煙草は加えておらず、替わりに手には綿飴が持たれていた。それを隣の可愛い子が千切っては食べている。


「凛、何個か買って行ってよ」

「いーぜ? ユーヤにチューさせてくれたら幾らでも」


 詩織の顔が引きつった。僕も引きつる、が、慌てて「冗談はやめてください」というと彼は詩織を見てニヤついた。

 -----楽しんでる…。

 からかわれているのに詩織は二宮先輩の表情を間違って受け取ってしまったらしく、腰が引けていた。


「ははは、悪ぃ。冗談だって」


 詩織の頭をポンと叩いて2つ注文して行った。


「彼女かな?」


 ふと疑問に思い詩織に聞いてみた。しかし二宮マジック(?)にかかってしまった詩織は、


「奪うつもり!?」


 なんて言って多いに笑わせてくれた。

 






 時計を見れば昼の12時を過ぎていた。

 お昼時はアイスはあまり売れなくって、奥に入ってぼーっと過ごしていると何やら表が騒がしい。


「おい、山田くん呼ばれてるぞ!!」

「早く早くぅ!!」


 興奮気味のクラスメイトに捕虜のように売り場まで連行された。強引に引っ張られて行ってみれば、そこには…


「驚いたかしら?」


 暴君である姉さんが周りに何人もの人をはべらかせ(ているように見える)、腕を組んで見上げていた。

 -----驚くっていうか、息が止まって死ぬかと思ったよ。


「美嘉子よ、美嘉子!!」

「キャー顔小さい、可愛い、脚長〜い」

「山田くんとどういう関係!?」


 周りの女子が色めき立っている。男子は男子で「超美女!!」と目を丸くして鼻の下を伸ばしている。


「ユーヤ、あんたそんな格好してると、本当に従者みたいね」

「…姉さんと歩けば誰でも従者だよ」

「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい」


 思いっきりデコピンを喰らう。痛い。

 -----ってか、執事じゃなくって従者って言ってる時点でどうかと思う。

 決して本音は言わず、黙って額を擦った。


「なんで来たの? 文化祭の日は言ってなかったハズだけど」

「馬鹿ね、情報元は貴方だけじゃないんだから」

「…そう」

「で、詩織ちゃんはどこ!? ユーヤなんか見に来た訳じゃないのよ」


 僕に悪態ともなんとでも取れる暴言を吐きながら姉さんがキョロキョロし始めた。逆らっても仕方がないのでため息を吐きながら詩織を呼んでもらった。奥から顔を出すなり奇声を発する姉さん。


「かっっっわいい!! こっち来て!!」

「お姉さん、お久しぶりです」

「うふふ。お久しぶりねー」


 詩織をまるで私物であるかのように抱き寄せ頭を撫でている。

 カシャカシャ何か五月蝿いので後ろを見ると末長が大興奮して2人を激写していた。


「もう、もう、可愛過ぎるわ。何そのメイド服は!? うちに、ぜひうちに来て頂戴!!」


 末長以上に興奮している姉さんは詩織を抱きしめて訳の分からないことを口走り始めた。詩織は困ったように僕の顔を見てきた。そりゃこんな公衆の面前で、しかもクラスメイトの目の前でこんなことをされれば仕方ない。姉さんの鞄を引っ張って引きはがす。


「写真撮りたいのよ」

「それならもういっぱいあると思うから」


 末長を指差すと姉さんは一眼レフのカメラを抱えた彼を見てにんまり笑った。


「アイス、一ついくらだったかしら?」

「350円」

「じゃあ40個貰うわ」

「「え!?」」


 僕も詩織も、クラスも皆も驚いて声を上げた。嬉しいが、そんなに買ってどうするつもりなんだろう?


「14,000円下さい」


 とりあえず、横暴な彼女の気が変わらないうちに手を出した。彼女は僕を睨んで「暗算が早いからって手を出すのまで早くなくていいのよ」と愚痴っていた。お金を受け取り、注文を言ってどうするのかと聞くと、


「クラスの皆で一つずつ食べなさい。私は一つで良いから」


 拍手喝采が起こった。女子も男子も嬉しそうに姉さんにお礼を言っている。

 -----餌付けされた…。

 確実にこのクラスにまで毒牙が迫っていることに脅威を覚えながら姉さんに1つだけ爆弾アイスを渡した。あれ、でもクラスは40人だから、1つ足りない。


「ユーヤにはコレよ」

「何コレ?」


 携帯を買うとついてくる紙袋くらいの物を顔に突きつけられた。受け取りながら中身を見ると何やら本が入っていたので手に取って見る。


「父さんに頼んでおいた本、見つかったからって送って来てくれたのよ」

「ああ。COINCIDENCE(本の名称)ね」


 ずっしり重い本を袋の中に戻しながら父さんにお礼を言うように言っておいた。


「じゃあね詩織ちゃん。気が向いたら遊びに来て!」


 ルンルンと手を振りながら姉さんが僕の腕を引っ張った。廊下まで出されて舌打ちされた。

 -----な、何!?

 恐ろしくなって顔を引きつらせていると姉さんの目がカッと見開いた。


「一緒に廻るんでしょうね?」

「誰と?」

「詩織ちゃんに決まってるじゃない!」

「あー、うん」


 気のない返事をすると思いっきり後ろ頭を叩かれた。


「やっぱり貴方、男としてどこか可笑しいんじゃないの!?」


 言いながら僕の頭を何度も叩いてくる。

 止めて欲しい、僕はブラウン管テレビでもなければ、叩いてどうにかなるような物でもない。むしろ叩かれるごとに脳細胞が死んでいっているのだけど…。10万減った、20万減った。ああ、どんどん馬鹿が近づいてくる。


「もっと歓喜なさい! そして詩織ちゃんを私の妹にするのよ!!」


 暗示をかけるように何度も頭を叩きながら繰り返す姉さん。僕が抵抗など出来る訳もなく、大人しく体をゆらゆらさせていると向こうの方から姉さんを呼ぶ黄色い声がして来た。


「そろそろ行くわ。面倒だし」

「この後も廻るの?」

「いいえ、今日は詩織ちゃんを見に来ただけだもの。すぐ帰るわよ」


 言いながら姉さんは階段の方へ足を向けた。


「違う所で手を出すのを早くなりなさい」


 またしても爆弾発言をかまして、彼女は去って行った。

 大きなため息をつきながら教室に戻ると、今度はキラキラした目で皆に見られてしまった。ああ、嫌な予感。


「山田くんって美嘉子の弟なの!?」

「あの美人が姉ちゃんなんて、羨まし過ぎる!!」

「サイン貰って来て!!」


 モミクチャにされる前に、詩織に目配せをして教室から逃げ出した。


「交代時間だから行くね!」



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