執事とメイド
6時間目。
担任の草原先生から今年は教室での出し物をするということを聞かされた。どうやら大正学園はクラスの出し物についてはあらかじめ先生達が何をするかというのを決めて、その中で各クラスが何をするかというのを決めていくのだそうだ。ちなみにお金は必要経費は学校持ち。なので出店をするのでも、赤字さえ出さないようにしておけばOKということになる。となれば、欲が出てくるというのが人間だ。出資は学校なのだから、あとは売り上げさえ出れば、クラスでどこかに飲食をしにいっても良いらしい。だからうちのクラスはすでに半分はお金を取る為に出店での方向を考えている。てっきり、その前段階から話をしなくてはいけないと思っていたので僕は心の中でそっとほくそ笑んだ。決めるのが早くなる分、帰れる時間も必然的に早くなるからだ。
委員長と文化祭実行員達が教卓の前で皆に質問していく。
が、なかなか皆手を挙げない。この分ではせっかく大筋の道が決まっていても意味がないとしか言いようがない。
小さく欠伸をして机の上にゆっくり伸びた。
結局時間ばっかり喰って何一つ決まらないため、班ごとに20分間話し合うことになったんだけど。出てきたのが、
たこ焼き
クレープ
お好み焼き
メイド喫茶
爆弾アイス
じゃがバター
焼きそば
正直言って、どれもいい。
でも僕的には珍しいものがいいのでじゃがバターか、爆弾アイスだ。
と、隣から熱い視線が投げかけれたのを感じた。何かと思って横を向くと詩織がこっちを見て目を輝かせている。そして僕に向かって驚く程首を縦に振ってきたのだ。理由は分かっている。彼女はアイスが大好きなのだ。首を縦に振っているというのは、多数決になったら爆弾アイス(衣を浸けたアイスを揚げたもの)の時に手を挙げてほしいということだろう。何度か頷くと彼女は満足したように前を向いてニコニコしていた。もしアイスが余ったら持って買えるつもりなのかも知れない。
それで結局僕たちのクラスは『爆弾アイス屋』に決定した。よく考えれば11月も後半なので、少し寒いのではないかという意見もあったがそこは暖かいコーヒー&紅茶もセットで販売可能することになったので心配はいらないらしい。
仕入れ先の調達、冷凍庫の準備、内装等すべてにおいて生徒達だけでしなくてはいけないので結構大変だ。
「そこは赤だっけ?」
「うんにゃ、黄色」
すでに時刻は10時過ぎ。
近日に迫った文化祭の準備で帰宅部の僕らはいつも最近こんな時間だ。仕様がない、部活のある人達はそっちも方も行かなくてはいけないので僕ら暇人達が頑張るしかないのだ。両立しろなんて僕には言えない(末長は言ってた)。
看板のペンキを何人かの男子と塗っているとクラスの女の子達に話しかけられた。後ろを振り向くと、メイド服を着た神無月さんと委員長がいた。
「どう?」
「どうって…」
なんて応えていいか迷ってしまった。似合うとは思うけど、まさかコレを衣装にしようという訳じゃないだろうね? メイドの爆弾アイスって、どんなコンセプトなんだろう?
僕が頭をぐるぐるしている間に、他の男子が立ち上がってガッツポーズを始めた。
「いい! 超いい!」
「似合う。いつもそれならいいのにな」
「ああ、俺だけのメイドさんが欲しい」
その声を聞くと2人は満足そうに笑った。そして当然かの如く「当日女子の衣装はコレだから」と付け加えていた。
一体クラスの半分はいる女子の人数どこから調達してくるのだろう? 疑問にも思って委員長をマジマジと見た。ん?
「ねぇそれって本物?」
よく見れば、生地が安っぽいものじゃなくって結構良いものを使用していることに気がついた。まさか…。
「そう、委員長の家のメイドさんのだよ。本物のだよー」
神無月さんがはしゃいで言った。
思わず閉口してしまう。家に当然の如くメイドさんかなりの人数雇っている委員長の家にも驚いたし、それを平気で借りてくる彼女にも驚いた。
ボーッとそのまま見ていると委員長から背中を叩かれた。
「男子は男子でありますからぁ!」
-----それってどういう意味?
仮装大会なことにならないよう祈って、頷いた。
そしてついに文化祭当日。
文化祭は日曜日に行われ、一般入場も許されている。なのでこの学校以上の人数がお客さんになってくれるということで、売り上げが上がる可能性も増えるという訳だ。だから今、クラスの皆は猛烈に燃えている。
「売り上げ目標は、20万!」
「おー!!」
「びた一文払わず、売り上げだけで飲み食いするぞ!」
「おー!!」
「純利益20万だからな!」
「おー!!」
「他のクラスのヤツ、着てくれた知り合いは、みんな金だと思え!!」
「おっしゃー!!」
教室の真ん中でお調子者の田畑くんが指揮を取る度に天高く拳が上がる。最後の一言は酷いなと思いつつも、盛り上がっているので突っ込みを入れず、黙っておいた。
「じゃー男子はこっちを着てくださぃー」
渡されたのは白いシャツにベスト。
「これって…」
「執事のですぅ」
-----やっぱり!?
どうやら今日はクラス皆、宣伝のため自由時間も通して1日この格好らしい。
恥ずかしいと言うかなんと言うか、でも売り上げは欲しいので誰も逆らわない。
下は制服のままで良いのでシャツを着てベストを羽織る。周りを見渡せば、ただベストを着ただけだというのに雰囲気が変わって見える。というか、なんか可笑しい。さらに付属の蝶ネクタイのような黒いリボンを着ければ、さらに可笑しさは倍増だ。
「似合ってねー」
「ウケる、おいワックスで髪の毛セットしようぜ」
「ぎゃはは。いいとこのお坊ちゃまかよ!?」
爆笑しつつもクラスの男子が盛り上がりを見せた時だった。
ガラリと教室のドアが開いてメイド服に着替えた女子が傾れ込んできた。さらにクラスの男子はフィーバーした。口笛を吹いたり手を叩いたりしている、ようは嬉しいってことだ。末長なんてお祭りということでシャッターを切ることを了解を得ているもんだから凄い。もうパパラッチもビビるくらいの早さでシャッターを切りまくって女子を激写している。
「ユーヤ、どう?」
振り向けば真っ黒なメイド服に身を包んだ詩織。スカートを持ってくるりと一周回ってみせている。一応説明しておくが、さすがにクラス分のメイド服は用意出来なかったようで、少しだけスカートが短いメイド服がチラホラ見える。それは夏用らしい。つまり半分が冬用で、半分が夏用。詩織の場合は夏服な上に背が高いのでちょっと脚が他の子達より見えている形になっている。
可愛い、可愛いけど…
「脚、見え過ぎじゃないかな。寒くない?」
「ファションに暑さ寒さは関係ないの!」
冷え性のくせにそんなコト言う。
頬を膨らませる彼女をなだめながら「冗談だから、もう一回ちゃんと見せて」とご機嫌を取ると笑ってもう一周してくれた。
-----よかった機嫌直してくれて。って…。
額にかいた冷や汗を拭いながら詩織を見ていると、気になるものを発見してしまった。短いスカートの裾から動く度に右太ももの外側でチラリチラリと見える黒い物体。
「警棒見えたけど…」
「文化祭だもの。変な奴らがきたらこれで…」
「没収」
-----戦うメイドさんって、秋葉系じゃないんだから。
メイド服を着たままいつものように暴れ回る詩織を想像しながら、無表情で彼女に手を突き出した。本当はクラスメイトに見つかる前に奪って隠そうかと思ったのだが、場所が場所なだけに手が出せない。唇と尖らせながら警棒を僕の手の平にポンと置いた。どこに置こうか悩んだが、如何せん、あと何十分かで文化祭が始まるので、僕や詩織の荷物は皆の鞄の下に埋もれていて取り出せそうにない。
詩織に顔を見ると察したようににっこり笑ってきた。
「ユーヤが持ってて。ベルトの通しに引っ掛けられるようになってるから」
言われるまま、右後ろにつけておいた。伸縮している今は20cm程しかないので別段動いたり座ったりするのには支障はなさそうだ。
「なんかユーヤが警棒で戦うとこ見たいかも」
「やめてよ」
本当に止めて欲しい。詩織ならどこからか本当に変な人を連れてきて戦わされかねない。そう思ってちゃんと断りをいれておいた。それでも少し満足の行かないような顔をしているので、少し笑みを零して作戦に出る。平和に一日過ごせたらハーゲンダッチュ3つ奢ると。
すると予想はしていたが面白いように引っかかる詩織。満面の笑みで指切りを要求してきた。口の端を上げて小指を出すと細くて白い小指が絡んできた。
「約束よ。ハーゲンダッチュ3つ」
「わかったから厄介ごとはゴメンだよ」
指切りを切って談笑していると委員長から出店のシフト表を貰った。
「ユーヤは何時から自由?」
「僕は昼の13時から」
「私も。一緒に廻らない?」
頷いて肯定の意思を伝えた。
「っしゃー!! 開店時間10分前だ、気合い入れていけよお前ら!!」
田畑くんが士気を上げるかけ声をあげた。