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荒ぶるナイト*鎮める王子 #2

「脱げよ」

「は?」

「ああ、言い方悪いな。着替えさせてやるから、とりあえず脱げよ」

「一体何を」

「詩織から何も聞いてないのか?」

「はい…」

「ったく、あのイタズラっ子…。じゃあ、うちに何しにきたかも知らないんだな?」

「はい。すみません」


 彼は大きくため息をつきながら、先に脱ぎ始めた。置いてある籠に服を投げ入れると、半袖のTシャツを着始めた。


「謝らなくていいんだよ。とりあえず、脱げば?」

「はい」


 彼に言われるまま服を脱ぐとTシャツを着るように言われた。


「身長は?」

「178です、たぶん」

「じゃあ、多分俺ので大丈夫だとは思うんだけど…」


 彼は大きな袋を開いて白と黒の服を持ってきた。僕に白い上下を切るよう指示すると自分もそれを着始める。

 -----柔道着? でもそれにしては薄いような…。


「男は本当は1級とらないと着られないんだけど、いいだろ」


 見た目が肝心だと言って、彼は僕に黒いそれを渡してきた。広げてみれば袴だった。さすがに着方が分からないのでそのままにしていると、着替え終わった先輩が僕に近づいてきた。

 -----あ、いい匂い。

 甘くて苦い、タバコと香水が混じった彼の匂いに酔いながら指示通り動いていると、下半身には真っ黒な袴。

 そういえば詩織が武道を二宮先輩から習っていたのだということを聞いた記憶がある。ならばこれは…。


「え、僕も!?」

「ハハハ。僕もっていうか、お前が主役!」


 思わず変な声を出して袴を2度見してしまった。


「え、どういう…」

「だから。詩織がお前を鍛えて欲しいらしいんだ」


 突然のことに眉間にシワを寄せてしまった。一体、彼女はどういうつもりなんだろう? まさか僕が戦える人間にでもなるとでも思っているのだろうか。残念だけど、根性なんて言葉は嫌いだし勝負事だって好きじゃない。どちからというと何事もなく平々凡々に人生を暮らしたいと思っている男だ。無茶言わないで欲しい。


「もう入っても平気かしら?」

「いーぜ」


 返事を聞くと共に詩織が入ってきた。

 彼女は別段着替えるでもなく、ただ靴下を脱いで礼をしてからこっちに近づいてきた。


「驚いた?」

「驚いたも何も…」

「おい、もう始めるからな」


 マイペースな二宮先輩が僕の腕を急につかんできた。


「こうやって両手をつかまれたときはどうすれば良いと思う?」

「え、えぅ」

「手首を外側から捻って、そう、そのまま俺の腕をつかんで…。そう、これが解手法。今俺の腕、決まってる(痛くて動かせない、無理すると筋を痛めたり骨折れたりします)状態だからな。もっかいするぜ?」


 彼はそう言って何度も僕の腕を握ってくる。


「ちょ、詩織!?」

「なんでって言いたいんでしょ?」


 二宮先輩に何度も慣れない武道の基本中の基本(?)を習いながら耳を傾ける。彼女は畳の端の方に正座して、話し始めた。


「こないだ冬物買いに行った時にユーヤ言ってたじゃない。体覆った状態でキレた時どうするんだって…で、どうしようか私なりに考えてたんだけど。先日の体育の柔道の時にピンと来たのよ。ユーヤもある程度動けるようになれば、私のどこかに触れられるんじゃないかって。ほら、今までは偶然私になんとか指先が触れてたりしたでしょ? でも、これからの季節は露出してる部分が少なくなるじゃない? 真冬になれば、足だってタイツ履いちゃって触れるのはたぶん顔だけだと思うのよ。だけど顔っていうのは武道でも一番大事な守るべき場所だから、キレた私がユーヤだからって簡単に触らせることなんてほとんどないわ。」


 長い説明ありがとうと言いたいところだけど、今はソレどころじゃない。

 二宮先輩から手を外すので必死だ。


「だから実は凛にキレてもユーヤに触れば元に戻ることを説明したのよ。悪かったわ、言ってること言わなくて。でも、凛は信用してくれたし、私たちの味方だもの。しかもユーヤを鍛えたいって言ったら大いに賛成してくれたから」

「そういうこと。あ、コレじゃ決まらないからもっと自分側に…」

「はい、え!?」


 ということは二宮先輩は僕と詩織の関係を知っている人で、さらに信じてくれている唯一の人物ということになる。信じてくれたことさえ不思議なのにさらに僕に無償で武道を教えようとは、どれだけ暇しているのだろう? でもコレを言ったら怒られそうな気がして、口をつぐんだ。

 -----失礼だしね。


「解手法はこれくらいでいいだろ。復習しとけよ」


 一服だと付け加えて彼は道場から出て行ってしまった。その影を見送りながら、座り込んだ。


「詩織…」

「怒ってる?」


 手招いてやると彼女は珍しくオドオドしながら僕の方へやってきた。

 ポンポンと頭を軽く叩くと意外そうな顔をした。


「怒ってないよ。僕も色々考えてたんだけど、思いつかなかったんだ。でも、二宮先輩に言う前には一言欲しかったな」


 2人だけの秘密だと思っていたものがいつの間にか壊れていた気がしてちょっぴり寂しさを感じてしまった。こういうのをなんというのだろう、独占欲…違う、なんだろ。


「ごめん」

「うん」

「詩織もここで?」

「ええ」


 微笑して部屋を見渡した。

 畳と窓だけのこの空間で、彼女はどれほどの鍛錬を重ねてきたのだろう?

 女の子が大の男の人を一発やそこらで倒せるようになるというのは、見るよりも大変なことだ。そう、男と女では背丈だけでなく体重も筋肉量も、腕や足の長さだって違うのだ。もちろんそれによって繰り出される力というのも確実に変わってくるし、リーチの長さだけで言えば飛び込んでいっても、先に詩織より1発が入る可能性の方が高い。さらにカウンターだって、もろに食らうことになる。

 だから素早さを活かした、速攻で走り出したり、体をあんなに捻ったりして体重を乗せた一発を練り出しているのだろう。それに、今思えば顎や頭などの脳を揺さぶる急所ばかりを狙って打っていた。詩織は体も華奢で細い方だから、彼女なりに考えた行動だったのかもしれない。

 それを素で出来る状態になるというのは、永い永い鍛錬と日々の努力が必要だ。

 そんな大いなる努力をした彼女を止められるというのが非力な僕だというのがだから、改めて考えてみれば非常に心もとない。だとすれば、武道をすることによって、少しは彼女の役に立てるだろうか? 追いつけるなんて思ってない、けど…。

 -----少しでも力になりたい。

 僕の思いはそこに行き着いた。女の子なんだ、ファッションだって楽しみたいだろう。僕が弱いってだけで、彼女の権利を奪う訳にもいかない。もし押し切っても風邪を引かれちゃ堪らない。

 それに、僕は可愛い格好をしている女の子が好きだ。


「ユーヤ、続きするぜ?」

「はい…って、何ですかその木刀みたいなのは!?」

「これか? これはジョウっていって、合気道専用の木刀だ(先が尖っていない普通の棒みたいなヤツです)」


 やっぱり木刀には変わりないようだ。


「まさか」

「コレを使って今から指導してやるから」

「な!? 無理、無理ですよ!!」


 首と頭を千切れんばかりに振って二宮先輩を止めに入るが彼は飄々と言った。


「詩織は警棒持ってるだろ? これくらい去なせないと」


 ごもっとも。じゃない、いきなりそれは無理!!


「大丈夫だって。合気道は帯刀した状態の人間相手でも有効な武道だから」

「そういう意味じゃないです」

「でだ、詩織は片手で武器使うからな…」

「あ、はい」

「上から振り下ろされそうになったときは、肘の下で止める。違う、もっと早く! 俺が振り上げると同時で良いんだよ。振り下ろしてる状態じゃ遅い。そう、これなら肘も手首を返してもお前の頭にさえ届かないだろ?」


 何とも情けない話だけど、僕はそのままみっちり3時間、避けることと去なすことと、止めることだけを教えられ続けた。

 -----えっと、突いてきた時が転換(半回転と考えて良いです)で、斜め打ちの時が転身(体を回転させながら打ってきた人を導く行動だと思ってください)が有効でいいんだっけ? 親指を圧迫するのは…なんだっけ?

 初めての体を動かしながら覚える武道で、頭がパニック状態だ。両手両膝を突いて懸命に思い出すが、何がどういう動きで、どう動いたら人がどう動くなんて把握出来なかった。

 こんなので本番は大丈夫だろうか?


「今日だけでできるようになるなんて思ってないから。たまに来いよ。学校でも相手になってやるから」

「あ、はい」

「ユーヤ、私も指導してあげる!!」


 疲れている僕に飛びついてきた。やめて…体力が。


「詩織、出てろ。着替えるから」


 素直な返事を聞きつつ、袴の帯に手をかけた。


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