荒ぶるナイト*鎮める王子 #1
今日は雨。
だから自分達の机を引っ付けてご飯を食べている。そう、昼休みだ。
教室の中は授業中とは打って変わって騒がしく、僕ら以外のほとんどの人達が教卓の前でワイワイ何かを話している。たまに上がる雄叫びにも似た声と爆笑にたまに驚きながら、談笑を続けていた。
「ねぇねぇ5人さん。ちょっといい?」
先程まで教卓の真ん中で皆と楽しくやっていた神無月さんが話しかけてきた。
前を見ればこっちのほうを皆が見ている。なんだろう?
「舌見せて?」
言うと、僕らの顔を覗いてきた。
「どうしたの?」
「……」
「ぷーーー!!」
教室の前の方がゲラゲラ爆笑し始めた。
訳が分からず呆然としているとクラスの皆が僕らの廻りに集まってきた。
「実は今の、心理テストなんだよ!!」
「今のは何が分かったんですかぁ?」
委員長が興味津々に聞いた。
「っとねー、実はSかMかが分かるんだけど。結果聞きたい?」
「ぜひ聞きたいな」
末長がズイっと神無月さんへ近づいた。彼女は少し頬を赤らめながら結果を読み上げた。
「えっと、舌を見せてって言って舌をわざわざ出してみせてくれた詩織っちと委員長は実は結構なM。何をされても菩薩のような貴方は、実は何かイタズラされるのを待ち望んでいるのでは? 坂東くんも少しチラ見せだからM。興味はあるけど今一歩、もう少し自分の殻を破ると新たな発見ができます、だって」
ニヤニヤする男子を見て僕は少し心が落ち着かない。
牽制していても、頭を軽く叩かれるのは何故だろう?
それにしても委員長と坂東はMっていうのは分かる気がするけど、詩織は意外だ。あれだけキレるのだから絶対にSだと思っていたんだけど。これって当ってるの?
「で、無反応の末永くんはS。根っからのSな貴方は実はいつもハイエナの如く獲物を狙っているのでは? ほどほどにね、だって」
ヒューっという口笛が聞こえ、末長の頭が今度は叩かれ始めた。
うん、これは当ってる気がする。末長は見た目も性格もSだと僕は確信している。ほら、今も叩いてきた人にやり返してる。ってか、このクラス盛り上がり過ぎじゃない?
「ユーヤは?」
詩織が聞いた。
そういえば、僕の名前が出ていない。
「えーっと、舌を見せてって言ったにも拘らず舌を出さないで「なんで?」などと聞いてきた貴方は…」
皆固唾を呑んで神無月さんの次の言葉を待っている。後ろの男子が言うには僕のパターンはなかったらしい。まさか、精神崩壊してます…なんて診断じゃないよね?
「ドSです…だって」
「ど!?」
思わず吹き出した。
皆も堪らず笑う。
「似合わないー山田くんってMっぽいのに」
「優しいもんねー」
「診断結果の続きの言葉は!?」
「んーっと、いつもは善良市民のように振る舞っていてもベッドの上では鬼畜三昧。たまにはパートナーを離してあげ…ぶぶ!!」
「ちょっと何ソレ!?」
堪らず神無月さんから本を取り上げた。
変態!! とクラスの男子に爆笑と罵りをうけながら目を通せば、確かにそう書いてある。でも絶対間違ってるよ、僕はノーマルだ!!
「確かに、山田くんはたまにSっ気が出てくるよな」
「見た目では分からんなー」
「…ノーマルです」
ああ、こんなに変態と言われたのは人生初めてだ。ていうか、変態なんて疑惑をかけられたのも。でもここで神無月さんを睨んだりしたら、今以上に罵声を浴びせられる…こんなに可哀想なのに、なぜドS!?
腹を抱えてヒーヒー笑う彼らを思わず睨んだらやっぱり罵られてしまった。
-----神無月さんの馬鹿…。
次の授業は武道場で体育だ。今日から男女混合で柔道の時間、といっても女子は女子同士で組むし男子は男子同士で組むのであって、同じ空間にいて同じ指導を受けるだけ。大人しく聞いているとジュゴン(体育教師)が柔道部だと言う子を指名して体を使って教え始めた。
チラリと一番後ろに座っている詩織を見た。
きっと彼女のことだから一本背負いなんてのも楽々こなしてしまうのだろう。
説明が終わると僕たちは身長別でペアを組まされた。僕の練習相手はクラスで2番目に背の高いお調子者の男の子。お互いに礼をしてつかみ合った。周りを見ればすでに何組かは勝手に倒したり押さえれたりしている。
「山田くん…ドS…ぷぷ」
彼はまだ昼休みの心理テストを引きずっているようで、僕と目が合うなり笑い始めた。
僕は頬を膨らませた。
「田畑くんはなんだったの?」
「俺?」
「仲間だよね?」
「まさか。俺は綺麗なお姉様に上に乗ってもらうのが夢なんだ、よっと」
投げられた。
ゆっくり起き上がりながら、また組み合う。
「想像しちゃったじゃないか。滅多なコト言わないでよね」
「妄想するのは山田くんの勝手だもーん。エッチ」
「む」
「男と女だったら山田くんは良い相手だったのに…残念」
「寒いこと言わないでっ」
優しく投げる。
彼もまたゆっくり立ち上がって組む。
「えー、俺的にはこぅ…いつもは気弱な人がベッドの上ではっての、スゲー理想なんだよ、な!」
「ろろ。なんかイメージじゃないね」
「山田くんほどじゃない」
「僕は心優しい一般市民だよ」
「どーだか!」
「っとと。ふん、君がMで僕がSだっていうんなら!!」
内股をひっかけ、思いっきり投げた。
「言うこと聞いてもらわなきゃ」
倒れた彼の上でにっこり笑った。田畑くんは一瞬驚いたような顔して微笑した。
「やっぱり理想のS…」
「サブ!!」
笑い合って手を引いた。
「ねぇユーヤ、今週末って空いてる?」
「空いてるけど…どうしたの?」
「ううん。今日の体育の時間で…」
僕は胸がギクリとなった。まさか田畑くんとの妖しい会話を聞かれてたんじゃないだろうね?
慌てて「やっぱりいい」と詩織の口を塞いだ。
「じゃあ、とりあえず今週末の土曜、そうねお昼からそっちに行くから」
「え、家で待ってれば良いの?」
彼女は頷いて白い歯を見せた。
インターフォンがなってドアを開けると、予告通り詩織がいた。
彼女は許可なしにズカズカと部屋に入りTシャツを出すように要求してきた。一体に何を始める気なのか? 見当もつかないが言われた通りTシャツを出すと「半袖の方よ」と言われた。半袖…。11月にもなったので衣装ケースに入っているため押し入れに頭を突っ込んで黒のシャツを取った。するとさらにタオルもだと付け加えられた。
黙って彼女にタオルを渡すと今度は鞄だと言われ、横掛け鞄を渡すとTシャツとタオルをその中にしまい込み、僕に渡してきた。
「でかけるの? どこに?」
「いいトコ」
全く見当がつかない。
彼女の後ろ頭を追いかけてきたら、いつか花火をしに来た川の橋へ。まさかとは思うけど、寒中水泳なんて僕は嫌だよ。
しかしそんな心配はいらなかったようで橋も超えてさらに詩織は歩いて行く。
「ねぇそろそろ何処に行くか教えてよ」
「ふふ。もう着いたわよ」
指を指す場所を見れば、超ど日本な白い塀があった。敷地の真ん中には純和風な家が立っているって、ここどこ?
「正門に回れば分かるわ、行きましょ」
言われるまま彼女の後ろを着いて行くと日本瓦の立派な正門が現れた。その横には…二宮の文字。
まさかとは思っても、僕の思いつくのは彼しかいないわけで、尚かつ詩織と彼は古い付き合いのようなので多分、いや間違いなく二宮先輩の家だ。
「…なんで連れてきたの?」
「ふふ。それはね」
インターフォンを詩織が押すと、中から二宮先輩が出てきた。
「お、来たか。じゃあ、すぐ用意するぞ。ユーヤ、お前はこっちだ」
タバコを加えたまま先に歩き出す彼を追う。何もない広い畳の部屋のような所に連れてこられて、閉口していると、彼はクルリと振り返った。