キューティーブロンド #2
僕の家で黄門様を見てさらに親睦が深まった詩織とリザは、会って次の日には大の親友のようになっていた。
そして日曜には、僕までかり出されてしまった。
どこに行くのかを聞くと、2人は満面の笑みで応えた。
「「江戸村」」
コレから向かうという江戸村は言うなれば、映画村のような物だ。江戸時代の街を再現した小さな街の中で、着物を着て歩いて回る事が出来る(私服も可)。中では大名行列や芝居など様々なイベントがあって、結構な観光スポットでもある。
もちろん時代劇大好きな2人が着物に着替えない訳がなく、ついてすぐ、僕はしばらく待たされる羽目になった。
「感激ネー!! どう、ユーヤ!! 大和撫子に見える!?」
周りにいた人達も吃驚する程の大きな声を出しながらリザが着物を着て出てきた。金髪で青い目をした友人はピンクの着物に身を包まれ、なんだかいつもと違っているためか、違和感があった。でも、なんだか似合っていて、そして嬉しそうなその表情に僕は思わず目を細めた。
「似合ってるよ」
「ユーヤ言うこと美味しいネ」
多分“うまい”と言いたかったんだろうと理解してにっこり微笑んだ。後ろで赤い着物を着ている黒髪の友人に一瞬目を落として、僕は歩いた。
中は結構人で賑わっていて、休みの日なんだと実感した。いつもの如く詩織は目立つが、それ以上に今日はリザで注目を浴びる。そりゃ金髪で青い目の175cmはあろうかという女の子が超でかい声で触れ回っていれば仕方ない。
興奮する彼女をなだめながらお店を見て歩く。
「あれは何!?」
「あれはりんご飴。食べる?」
「とってもキュートね! 頂くヨ」
リザに赤いりんご飴を買ってやる。顔の半分程あるそれをどう食べていいか迷っている彼女は固いそれに何度も歯を立てては変な顔をしていた。食べにくいのだろう。口周りを飴でベタベタにしながら食べていた。
「詩織! あれ、あれ一緒に作ろう!」
「やる! 色違いのストラップがいいわ」
「Good idea! 血判の替わりネ」
そう言いながらトンボ玉を売っているお店に意気揚々と飛び込んで行く。
-----血判って…。
どうやらリザは水戸黄門だけでなく仕事人にまで詳しいらしい。っていうか、あのテンションの持っていき方からして血判を友情の証か何かに勘違いしているのではないだろうか? いつかナイフを取り出して「友情の確認」なんて言いながら僕の指先をサクッと切ったりしないだろうね? あらぬ想像で身震いしながら彼女達を追った。
2人は本当に色違いのストラップを作って自慢げに僕に見せてきた。
なんかこんなにもリザと詩織の気が合うなんて…詩織はもしかしたら女の子の親友ってやつを見つけたのかもしれない。少しだけ、孤独感を感じてしまった。
その後もイベントの大名行列では、一般人は立っているだけでいいのにリザが地面に膝をついて土下座をしたり、舞台でやっている舞を見てディスコだと叫んで自分も乱入しようとしたのを止めたりと、大変だった。一番大変だったのはからくり忍者屋敷。
「日本のスパイ、忍者屋敷ダヨ!」
なんて言ったかと思うと、いろんな場所の仕掛けにあえてひっかかってはケラケラ笑い、僕を怒らせて追いかけっこをさせられた。しかしさすがからくり屋敷というか、抜け道や壁にくるっと回る定番の奴まであって、彼女達を全然捕まえられないまま息だけ一人で切らしていた。僕は絶対に前世は忍者ではなかったと思う。
イベントもほとんど見て、だいたいのお店を回ったので、パンフレットを見て歩いていたときだった。
「おうおう、そこのお3人方」
声をかけられた。
後ろには丁髷のカツラを被ったお兄さんが2人が僕らに凄んでいた。こういうことはチョクチョクあったのを見ていたので僕はぼーっと傍観する事に決めた。そう、これイベントの一つなのだ。時代劇でもよくやるだろ? 街娘にちょっかいを出そうとする奴。パンフレットによると、
一、お殿様が助けにくる。
一、やつらの勝手な自滅。
一、この中の誰かが彼らを倒す。
というパターンがあるらしい。
周りを見渡したが、籠を持っている人も刀を差しているような人も見受けられなかったのでお殿様の線はないようだ。
「よう、なかなかベッピンさんが歩いてるじゃねーのかい?」
「あっしらと遊ぼうぜ」
そういってリザの手を引いた。
「あーれー!! 助けてユーヤ、詩織!!」
ノリノリだ、彼女は。
勘弁しておくれやすなんて、京都弁のようなことも口走っている。もう、時代も方言も国境も関係ない、ちょっとしたカオスな感じだ。
「姫を離しなさい!」
おっとこちらのお嬢さんもノリノリだ。
袖をまくり上げて彼らに一気に詰め寄って行った。すると彼らはなぜか、
「覚えてやがれ!」
と、走って行った。2つ目のパターンだったらしい。
僕らは笑いながら彼らの後ろ姿を見ていた。
「今日はすっごく楽しかったヨ!」
コロコロとリザは笑う。それにつられて詩織も笑う。
2人はそう、Best friendだ。それは先に彼女から“親友”と言われた僕をもヤキモキさせるほどの。
江戸村を出て3人で並んで歩く。
「明日の自習って何?」
「Self teaching」
彼女は納得しように頷いた。
「それなら詩織といっぱい話せるネ」
「ええ」
何を考えているのだろう? 自習といっても課題は出されるからそれはこなさなきゃならないのに…。
僕より少し短い影を2人の後ろで見て、ため息をついた。
「おー? なんか超可愛いのがいるじゃん」
「しかも一人は外人さんだ」
2人の間から見ると男達が立ちはだかってニヤニヤしていた。
-----僕はただの通行人にしか見えないのか。
ちょっと悲しくなった。
「何ですか!? 悪漢は許すマジ!」
リザが大声を張り上げ始めた。
「ちょ!!」
慌てて彼女の口を塞いだ。リザは向こう(アメリカ)でナンパされる度に男達を口汚く罵っていたからだ。わざわざ怒らせるなんてコトしたくない。こんなのはサッとスマートに躱してしまえばいいのだ。暴れる彼女を必死で押さえていると、
「なんだよ、男いたのかよ!」
「あ、でも1人余ってるじゃん。君こっちに来なよ」
「おおー。外人さんもいいけど、こっちの子も美人でいいな」
「あ」
僕の反応は大いに遅れた。
彼女は低い声で「ああん?」と言うと一人の男に一気に詰め寄ると足の甲をヒールで踏みつけた。そのまま肩を掴んで思いっきり地面に叩き付けている。
「OH! 詩織は武士!?」
呑気な声を上げているリザを離して僕は彼女の元へ走った。
-----せっかく出来た友達を半殺しにするつもり?
このまま放っておけば、分別の着かない親友はせっかくできたリザという親友を失ってしまうだろう。
しかし僕が駆け寄った時には詩織はすでに男達をダウンさせていて、思いっきり僕を睨みつけていた。無言で拳が飛んでくる。
「うわっ」
なんとかギリギリで避けたかと思ったら、すでに次の攻撃が始まっていて、僕の首筋に彼女の抜き手が入ってきた。鋭い痛みに一瞬だけ目を閉じた。目を開けた時には彼女はいつもの顔で、僕の方を心配そうに見つめていた。
ふー。
力なく座り込んだ。
-----あ、危なかった。
「ユーヤ、ごめん! 大丈夫だった!?」
「ん、平気。首の所をちょっとね…」
「見せて!」
彼女の細い指が僕の首に触れるか触れないかの瞬間だった。
リザが叫んだ。
「Don't touch Yu-ya! He thouggts you were good friend!? (ユーヤに触らないで! 貴方達、友達じゃなったの!?) 」
「違うんだ! これは…」
「Siori treats his cruelly if so, give me Back!!(ユーヤに酷い事するなら彼を返してよ!!)」
「リザ! 何言ってるんだ!」
驚いて彼女の顔を見ると真っ赤で、今にも泣きそうだった。その表情に僕はたじろぐ。
と、詩織が顔を押さえて駆け出した。
-----しまった、さすがに最初の方は聞き取れた!?
後半の方からは口語訳でよくわからなかったとは思うが、たぶん一番最初の「Don't touch Yu-ya!」は理解出来たに違いない。その後の言葉なんて、きっと聞き取れていなくたってリザが怒り狂っている事なんて口調や雰囲気、顔で彼女だってわかるだろう。
僕は詩織を追いかけるべく脚を出した。
「行かないで!」(ここからはユーヤとの会話は英語でいってます)
リザがまた叫んだ。
体ビクついて、失速した。
「2人は恋人同士だと思ってた、なのに、どうして詩織はユーヤに酷い事するの?!」
振り返ると彼女は大粒の涙を流していた。
胸が苦しくなって僕は立ち尽くす。
言ったって君は理解出来ない、言ったって君は「そんな馬鹿な事がある訳ないでしょ?」とせせら笑うだろう。
思わず眉をしかめてしまった。なんて説明すればいいんだろう?
「と、とにかく…来て!!」
「嫌よ!」
「いいから!」
どうしていいか分からず、泣いているリザの腕を強く引っ張った。こんなところで2人の友情を終わらせたくなかった。
でも、それは僕の誤算で…。
詩織に追いつくと、やっぱり彼女も頬を濡らしていた。
僕の中で言葉にできない何かが膨れ上がっているのが分かった。
先に口を開いたのはリザだった。
「私は詩織のこと友達だと思ってたヨ」
「……」
「デモ。詩織…さっきも言ったけどユーヤを返して」
「リザ!」
「ユーヤはだまらっしゃい!」
彼女の剣幕に口をつぐんだ。
その目は僕が介入してはいけないという思いが込められて…僕が立ち入る事を拒んでいた。
「私、詩織が友達で、大切だから黙ってた」
「2人が恋人同士だって、いいッテ思ったヨ」
「デモ、ソレ間違ってた!! 私の方がユーヤの事大切に出来るヨ!!」
真っ赤な顔をした金髪の少女とは対照的に、黒髪の少女は表情を変える事なく、リザなのか、僕なのか分からないがこちらの方を見つめていた。刹那、寂しそうな顔をして小さく「ごめん」と呟いた。
僕の行動は…彼女達の仲をさらに引き裂いてしまった。