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キューティーブロンド #1


「ねぇ、大正学園って文化祭ないの?」


 10月の半ばになっても、全くそれらしい話を聞かなかったので聞いてみた。

 末長はおにぎりの海苔をバリバリと音を立てながらかぶりつた。


「あー、うちはまだまだ」

「うちの文化祭は遅いんですよ。11月の半ば以降じゃないとしないんです」

「どうして?」

「10月は文化交流だから」


 思わず首を捻った。なんだそれ?

 すると委員長が教えてくれた。


「うちの高校は外国に何校も姉妹校があるので、クラスの代表2名が1週間プチ留学するんですよぉ。そのかわりに、その学校からも留学生を受け入れるんですぅ。各学年6人ずつ、つまりA組と3年生を除いた12人が行ったり来たりするので、学校行事である文化祭は遅れちゃうんですぅ」


 なるほどね。

 文化祭の準備から全員参加にするために遅いのか。


「じゃあうちのクラスは誰が行くの?」

「えっと、神無月さんと…」

「僕ですよ」

「え?」


 思わず変な声を出してしまった。だって、神無月さんは社交的だから違和感はないとして、坂東が留学するなんて…なんか意外だ。


「意外…ですか?」


 思っているところに図星をつかれて思わず乾いた笑いを出してしまった。

 誤摩化しても彼は僕の顔をジトっと睨んできた。


「いいんです。どうせその間の戦隊ものはどうするんだ? とか聞くつもりなんですよね?」

「いや…そういう…」

「…僕もいつまでも戦隊ものばかりではいられないということは分かっているんですよ。柄じゃないですけど、将来の為です」

「将来…?」

「恥ずかしいんですけど、僕は将来コンピューター分野で働きたいんです。それで、できればインドとかアメリカに行きたいと考えてまして…」

「わー。素敵ですぅ」


 委員長や末長の感嘆の声を聞きながら、鱗雲を見上げた。

 -----将来…考えても見なかったなぁ。

 漠然と坂東は偉いな、なんて小学生でももっとマシな事を考えられるような感想が浮かんできた。それほど今の僕は将来の事を何も考えていなくって、彼が急に遠い存在に思えて仕方がなかった。

 -----僕はこれから何を考えて、何をして生きていきたんだろう?

 自分がちっぽけな存在に思えてきて恥ずかしくなった。委員長は家を継ぐため、経済の勉強をするんだって言ってる。同い年なのに坂東だって、委員長だって、もう将来の為に動き始めているっていうのに、僕は…。


「山田くんは?」


 急に話を振られてまごついた。

 どうしよう、でも何もまだ考えていない。黙っていると委員長が笑って言った。


「山田くんはT大に進学するんですかぁ?」

「え?」

「だって、それだけの頭脳があるんですものぉ。どこだって好きな大学に受かるでしょうし、医者にだって弁護士にだってなれると思うんですぅ」


 彼女の言葉を聞いて、さらに言葉が詰まった。

 今なら…何にだってなれるんだ。そう思った。そして、


「僕は…まだ、決めてないんだよ」


 正直に言った。


「私もよ」

「僕も。2人とも早過ぎだっての」


 詩織と末長が言った。

 決して焦っているような様子は見受けられない。この中で焦っているのは僕だけのような気がして、少し気が滅入ってしまった。

 どっち着かず、そんな言葉が頭をもたげた。そうなんだ、僕はいつもハッキリ出来ない。悔しいけど、姉さんみたいにズバっとなんでも決められるようになれればなんて、何度考えただろう。

 詩織が僕の考えている事を察したのか、


「なりたいものが見つかった時に、がんばればいいのよ」


 僕の顔を除きながら言ってきた。

 -----詩織…、ありがとう。

 少しだけ救われたような気がして、ようやく笑顔を出せた。

 そうだね、もしやりたいことがまだ見つからなくたって、大学進学まで時間はある。受験する大学を決めるまでに、決めよう。僕はそう完結した。


「で、坂東は何時いくの? その留学に」

「今週の水曜には出発して、木曜から1週間です」

「じゃあ、神無月さんもそうなんだ」

「うん。ちなみに僕はアメリカ、彼女はイギリスです」


 どうやら姉妹校が何校もあるので、行く場所はバラバラのようだ。ということは、来る人たちも色んな外国から来るのだろうか?

 坂東がいないのは末長とだけで少し不安だけど、少し新しい出会いに期待した。



 

 水曜日には坂東が学校に来なくて、遠い外国へ行ってしまったのだと実感した。

 そして、木曜日。


「おい、聞いたか? 俺たちのクラスには中国系の男の子と、アメリカの女の子だってよ!」

「それどこの情報?」

「職員室」

「じゃあ初耳」


 僕は末長の話に耳を傾けた。

 他のクラスにもイギリス、フランス、南アフリカ、フィリピン…など色々な国の子達が来るのだという。

 詩織がガシっと力強く腕を握ってきた。何かと思って横を見ると、目をキラキラ輝かせていた。


「私、外国の友達に憧れてるの!」


 そういえば彼女が学校に来ている理由の大半は友達作りだったと言う事を久しぶりに思い出した。にっこり微笑んで頑張ろうねというと、元気のいい返事が返ってきた。遠い外国の友達と文通をするのが最終目標らしい。心の中で思わず吹き出してしまったのは内緒だ。

 まずは相手に「“美人”って言わないで」なんて彼女は言わないといけないだろうから、少しハードルは高い思うけど…。

 期待がいっぱい詰まったような顔を見て、なんだか可愛く感じた。

 -----きっと詩織なら大丈夫。それにいざとなれば僕だっている。

 朝の会が始まるのを僕たちは今か今かと待ちわびた。


 定刻通り担任の草原先生がガラリと扉を開けると、後ろに黒髪の如何にも中国系の男の子と金髪で背の高い女の子が続いた。

 わっ、と皆から歓声が上がった。

 その半分以上は男子だった。というのも、金髪の女の子の方はとってもキュートな感じでグラマーだったからだ。

 -----うわぁ僕と同じくらい身長ありそう。

 多分175cmはあるその子を見て僕は思った。と、青い目とパチっと目があった。


「Oh! It's been a long time since I saw you last. Yu-ya!!」


 急に「久しぶりね」なんて英語で話しだしたかと思うと金髪の彼女は僕の名前を呼んだ。

 大きく目を開けながら顔を目を擦って何度も見たが、誰だかわからない。仕方なく英語で交信を取ってみる。※ここから下は翻訳つけます。


「Please forgive me. May I have your name, please?(本当にごめんなさい。よかったら、名前を教えてくれないかな?)」

「Do you remember me at all? My name is Riza!!(私のこと何も覚えてないの? リザよ!)」

「Riza? Sorry. I could hardly recognize you. How have you been?(リザ? ごめん、誰だか分からなかったよ。どうしてたの?)」


 草原先生が咳払いをした。


「山田くん、知り合いかな?」

「あ、はい」

「まぁなんだ。昔を懐かしむのはいいが、あとでいいかな?」

「すみません」


 体を小さくして、2人の自己紹介を聞きながら俯いた。

 -----急に話しかけてくるから。

 そうは思うものの、久しぶりの友人の再会に僕の胸は高鳴っていた。

 中国系の男の子は末長の席へ、そしてリザは神無月さんの席に着いた。それは僕の隣の隣、つまり詩織を挟んで一つ向こう側だ。詩織の向こう側から彼女がヒラヒラと手を振ってきたので、笑って応えた。と、末長から胸ぐらを掴まれた。分かってるよ言う事は。


「アメリカ人のキューティーガールを紹介してくれ」


 はいはい。

 僕は頷いて、朝の会へ集中するよう彼に促した。



「ユーヤ!!」

「りっ…」


 朝の会が終わると同時にまだ椅子から立ち上がってもいない僕にリザが飛びついてきた。正確に言うと“飛びかかって来た”なんだけど…。

 慌てて後ろの席と自分の席に手を着いて彼女の体重の乗ったタックルに備えたが、今とても不安定な状態だ。両手は本当に張り付いているだけだし、4本の椅子の脚のうち、地面についているのは後ろの一本だけ。腕に青筋を立てながら、膝に乗っている彼女に降りてもらうよう頼むと、彼女は舌を出しながら立ち上がった。


「ユーヤ、HUG!!」

「え?」


 ホッとしたのも束の間、彼女はハグを要求してきた。

 ここはアメリカじゃない、日本だよ? そう言おうとしたその矢先に、またしても飛びつかれ、仕方なしにハグをする。耳元でチュチュという音を聞いて、顔が赤くなるのを感じながら彼女の体を引きはがした。


「ユーヤは相変わらずシャイ…ネ!」


 片言の日本語でリザはウィンクしながら言った。

 -----君がシャイじゃなさすぎなんだよ。

 心を落ち着かせるため、彼女の顔を見ず時計の針を見た。


「うぉお。俺ともハグ、ハグ!!」


 僕としていたことに気を良くしたのか、末長がリザにハグを求めた。彼女は何も考える事なく「OK!」と末長にハグをしていた。彼の目はハートになっていた。

 クラスの半分の人達がポカーンとする真ん中で、リザが僕に向き直った。


「ユーヤと同じクラスになれるなんて、思っても見なかったんダヨ」

「僕も。まさかリザが留学生で来るなんて」

「ユーヤに出会って日本に興味もったからネ」

「へぇ。でも日本に来るなら一言言ってれれば良かったのに」

「ゴメンなすって! 言い忘れてたモンネ」


 -----ご、ごめんなすって?

 一体何を言っているのかわからない。日本語を覚えてきているんだろうけど、何?

 すると詩織の目がキラリと光った。

 !?


「ごめんなすっては、人の家やお店に入る時に言う言葉よ」

「Oh! そーでやんすか」

「そう、ごめんなさいとごめんなすっては違うわ」


 またもやリザが変な日本語を吐き出しながら外国人らしいオーバーリアクションで詩織の言う事に耳を傾けていた。


「おい、リザさんとどういう関係なんだよ?」


 夢の世界から帰ってきた末長が2人のやり取りを見ながら話しかけてきた。

 僕はため息を着きながら座り直した。


「15の時に、アメリカで8ヶ月くらい暮らしてたんだけど…その時友達になった子だよ」

「はーん。その割には仲良さそうじゃないか」

「リザはいつもあんなだよ」

「ほほぅ。ということは、またハグをしたいって言ったらしてくれるか?」

「多分ね」


 頬杖をつきながら末長の換気する声を聞いた。バストが当ったのがかなり嬉しかったらしい。正直な奴め。

 視線を詩織とリザに戻すと何やら話が盛り上がっているらしかった。


「マイガ!! 黄門様はすでに4代目が任期を終えつかまつったト!?」

「そうよ、残念だけど。それにスケさん、カクさんも変わってしまったのよ」

「お銀さんは元気でしょーネ!?」

銀奴(ぎんやっこ)は名前が変わっておえんという名前になったの」


 ガクっと肘が落ちて、僕は机で頭を打った。

 どうやらリザのあのオカシな日本語は時代劇を見て習得していたようだ。まぁそれなら時代劇が大好きな詩織と話が合うとは思うけど…今をときめく年頃のアメリカの女子高生と日本の女子高生が、服やアクセサリーの話ではなく水戸黄門様で談義しているかと思うと、なんだかね。

 その水戸黄門談義は1時間目が始まるまで続き、周りの人達を一切寄せ付けない程マニアックなモノだった。





 放課後、僕は末長とリザを連れて自分の家に来た。

 何をするかというと、水戸黄門談義で盛り上がった詩織は、オススメの水戸黄門DVDをリザと一緒に鑑賞するのだという。それで、僕の家を提供する事になったんだけど…なぜ僕の家? 理由を聞くと、DVDを大画面で見たいとのこと。いいけどさ。

 2人を部屋に通した後、冷蔵庫の中に入っていた缶ジュースを手渡した。

 鼻の下を伸ばしてリザの胸辺りを見ている末長をたしなめながら、しばらくするとインターフォンがなった。


「あれ? 詩織さんってお前の家知ってたの?」


 ギクリという擬音が頭の中で弾けた。

 笑顔を作って誤摩化しておいたけど、2人に変な目で見られた。


「ふふ、リザは映画版の水戸黄門を見た事はあるかしら?」

「それさえもご存知じゃなかったヨ!!」


 変な日本語を聞きながら詩織が慣れた手つきで僕のゲーム機で操作していく。あの時のモンスターハンティングでの特訓のおかげだろうか?  


「ねぇリザさんは、どんな男が好み?」


 急に関係ない話を末長が振った。

 リザは一瞬考えた様子を見せ、末長ににじり寄った。


「私は日本人の男がタイプ」

「おお!!」

「そしてとってもキュートなボーイがイイ」

「おお!?」


 何を期待しているのだろうか? 末長は鼻息荒くガッツポーズを繰り返している。


「でも末長残念ネ。そこまでは完璧ヨ、でも私自分より背の高い男がタイプだから」


 ガクンと彼は項垂れた。

 -----リザも期待させるような事しなければいいのに。

 そういえば彼女は昔からモテているのは知っていた。もしかしたら、ああやって小悪魔のように男を毎回手玉に取っているのかもしれない。絶対に引っかからないようにしよう…。男としてのレベルが少し上がった気がした。

 末長の肩を叩きながら励ます。いいことあるよ、多分。


「そうだな。はっ、カメラ!!」

「取って来なよ。先に見てるから」

「おお」


 携帯じゃいけないのかとも思ったが、そんなこと言ったら10倍になってウンチクを語られるであろう。手を振りながら彼を見送った。


「末長はお帰りになられたカ?」

「いや、また戻ってくるよ」

「じゃー今しかないであろウ、聞くのは」

「何を?」

「2人は接吻の関係?」

「「え?」」


 詩織と2人で口を開けたまま固まった。


「だって、皆言ってた。2人はラバーズなんだって」

「ち、違うよ!!」

「友達よ」


 2人して首を振って否定した。

 何をリザに吹き込んでくれてるんだ、あのクラスの連中は。リザになんて言ったら、国境を越えた向こうの友達にもそういう風に伝わってしまうではないか。

 しかし彼女は納得いかないのか、腕を組んだまま、


「デモ。2人…たまに手を繋いでるの見たヨ」

「あれは!!」

「ステディ(恋人)じゃないのにユーヤはなさるのデスカ?」

「!!」


 言葉に詰まってしまった。

 なんて説明していいのだろう? まさかプッツンをするからなんて説明もしたって信じてもらえる自信はない。迷って視線を泳がせていると、詩織を目が合ってしまった。思わず顔が赤くなって俯いてしまう。


「もう! 分かったヨ!」

「へ?」

「2人はQな関係ネ」

「え、キューって?」


 詩織は訳が分からずハテナマークを飛ばしている。

 僕は黙ってテレビの画面を見つめた。

 -----友達以上、恋人未満…ね。

 悪くない言葉かも知れない。絶対に恋人ではないけど、友達だ。これは本当の言葉なんかじゃなくって、cuteの“キュー”から派生したと言葉。そう、可愛いとお互いに思っている状態で気にはなるけど…な関係を示す。(※現在は使わないかも。保証はしません。チョベリバみたいに一部の地域で一時的に流行ったものです)


「詩織は友達だから許してつかまつロウ。じゃなければ、打ち首獄門ヨ!」

「? ありがとう」


 詩織は訳が分からないまま、笑顔でリザにお礼を言った。

 もちろん僕は黙ったまま。

 -----ちょっとくらい、いいよね?

 そのくらいに考えても許してもらえる気がして、小さく笑った。


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