あさきゆめみし #2
委員長の言葉はこのクラス、B組が反逆の狼煙を上げる合図となった。
口々に皆がとか「わからない私たちにちゃんと教えてください」とか「まだ習っていない授業の場所なら先に教えてください」など堪った鬱憤を晴らすようにロリンに言った。さすがに一斉攻撃されて参ってしまった彼は、授業が終わるなりそそくさとB組の教室を出て行った。
「マジ、ロリンってムカつくよな」
「うん…」
「詩織さんも、お前と付き合ってるなんて言わされてさ」
「…僕のせいじゃないよ」
出掛ける途中に買ってきた昼ご飯を取り出しながら席を立った。と、女子が僕の周りを取り囲んだ。な、何?
「あんなことがあった後に渡すのもどうかかと思ったんだけど、コレ」
「数学教えてくれたお礼ですぅ。クラスの数人の女子が集まって買いに行ってくれたんですよぉ」
「え、そうなの? ありがとう」
渡されるオレンジ色の袋を見れば、新しく出来たショッピングモールのものだった。
-----あの時、詩織が女子と出掛けてたのって、これか。
「開けていいかな?」
「どうぞ」
男子の時と違って爽やかな笑顔の真ん中で袋を広げる。中身は、ほわほわしたショッキングピンクのクッション。
「あの、僕男なんだけど」
「可愛い方がいいかと思って」
「うん。可愛い…ね」
自分の部屋にこれがあることを想像しながら答えた。ま、別に黒と白で統一されているから、もしかしたら思うより悪くないかも知れない。でも、これを姉さんに見られたらなんて言われるか。…考えただけで恐ろしい。でも、使わないなんて悪いしな。
「クッションは詩織ちゃんがそれがいいって言ったのよ」
「へぇ?」
そういえば彼女が僕の部屋を見て殺風景だって言っていたのを思い出した。それでこれか。
ガサガサと袋に戻して後ろのロッカーに入れた。
「女子はクッションか、ふふ。男子の方が金出してる、勝ったな」
「な!? ムカつくその言い方」
「ははは、なぁ俺たちの方が金出してるよな」
周りにいる男子に末長がけしかけた。一部始終を見ていた男の子達はうんうんと頷いた。
「何あげたのよ」
「はは、それは山田くんに聞きなよ」
振るだけ振って、最終的に僕の方に投げてきた。僕に何を言わせる気だ、末長。
-----まさか…、ワザと?
あくどい性格の彼なら考えられる。エロDVDだったと言わせて好感度を下げる作戦だろう。そんなことしたらそれを渡した自分たちの方も首を絞める事になるのになぜ気づかないのだろう? いつも詰めが甘いよ、末長くん。
「でも、女子のプレゼントの方が心こもってて嬉しいよ」
ロッカーの鍵を閉めて女の子達を励ますように言った。彼女達はにっこり笑って、末永達をちらりと睨んだ。
「山田くん、酷い!! 男子皆で頑張って考えたのに」
「もうご飯行きたいんだけど…」
何やらハンカチを噛み締めて喚く彼を置いて、委員長と先に屋上へ上がった。
「あー、疲れた」
「ジュゴンって走らせたりするの大好きだよね」
「そうそう。アイツが顧問のラグビー部の1年って相当大変らしいよ、吐く用のポリバケツあるって話」
「うわっ、きつー」
体育の授業が終わった僕たちは、着替えるべく教室へ向った。空き教室を通り過ぎ、教室に入ると脱ぎ散らかされた制服が広がっている。未だ脳に血がいかない体で冷えた制服を着ていると、クラスの男子が喚いた。
「俺の財布の中身がない」
「え?」
「俺のも」
驚いて僕も財布を取り出そうと制服のポケットを漁ったが、見つからない。鞄も見たけどない。
-----財布自体がない…。
女子が戻ってくるとさらに被害は甚大だと言う事が分かった。半数以下のクラスメイトがだいたいお金だけ抜き去られている。財布が見つからないのは僕だけだけど。オカしい、ポケットに入れたと思ったのに。
皆で騒いでいると、ロリンが教室の方へ向かってきた。
「お前ら、もう授業が始まるんだぞ。さっさと席に着け」
「皆のお金がなくなったんです」
一番先生に近かった坂東が彼に説明をした。
「そうか。事情は分かったから、とりあえずみんな席に着け」
言われるまま、自分たちの席に着いた。
「あー、先に言っとくが今日の英語のリスニングの授業は柏原先生が急病のため自習だから、俺が変わりにきてやった」
-----うわ、最悪。
誰もが不服そうな顔をした時、ロリンが嫌な笑みをこぼしたのを僕は見逃さなかった。
「で、誰のがどのくらいなくて、どうなのか説明してくれ」
僕たちはありのままの真実を言った。クラスの半数の財布からお金が抜き出されている事、僕の財布だけないことを。
しばらく黙っていた彼は徐にみんなに目を瞑るように言った。どうやら目を瞑らせて犯人に手を挙げさせるつもりだろう。そんなことしたって無駄だと思うけど。
「あー、この中で仲間の財布を取ったヤツ、手を挙げろ」
シーンとする教室の中でロリンだけの声が響く。
「じゃー犯人に心当たりのあるヤツいたら手を挙げろ」
布の擦れる音さえしない。
それはこの中に犯人はいないのだと言う事を物語っていた。少なくとも僕はそう思う。B組の人達はみんないい子ばかりだ、今までだってそんなこと1度だってなかったし、疑うようなヤツなんているワケない。もしかしてA組? いや、証拠もないのに違うなんて、いくらA組だからってそれは酷い。現に番長は結構いいヤツだし、他のA組の人達は番長に従って、校内では特に悪い事はしていないようだった。
「よし、わかった。皆目を開けろ」
目を開けるとぼやけた視界の中にロリンの顔が浮かんできた。
「この中に犯人はいないみたいだ。が、財布がないヤツもいる。そこで、みんな机の中だけじゃなく、ロッカーまでちゃんと見るんだ」
彼に言われて一斉に生徒達が動き始めた。鞄の中、机の中、ポケットの中、探すけどどうしても見つからない。仕方なく鞄のポケットに入っていたロッカーの鍵を握った。
-----さっきロッカーにクッション入れた時に一緒に財布を入れてしまったのかも。
淡い期待を持ちつつ、鍵を突っ込んでまわすと…丸まったオレンジ色の袋の上から僕の財布がポロリとこぼれ落ちてきた。慌てて空中でキャッチする。
-----よかった、やっぱりさっき自分で気づかないうちに突っ込んじゃったんだ。
ロリンに自分の財布が見つかった事を言おうと思って瞬間だった、違和感がした。こんなに僕の財布は分厚かっただろうか? 湧き出る疑問を押さえきれずに中身を確認すると、
-----なんで!?
心臓が脈打った。
明らかに自分が持っていた金額より多い。今日の朝、コンビニで昼ご飯を買った後にATMから降ろしたばかりだから間違いはない。じゃあ、このお金は!? バクバクという心臓の音で、耳が聞こえなくなるかと思った。固まる僕を他所に、クラスメイト達がない、ない、とお金を探している。
「おい、山田どうした?」
ふいにかけられた声に、僕の体は飛び上がった。
「見つかったのか、財布」
ツカツカと歩いてくる音がして、視界に陰が入ってきた。ゆっくりと振り向けば、ロリンが僕の財布を見つめていた。そして手を出してくる。
「中身を確認しよう、なかった物があったら言うんだ」
「!!」
奪うように手から財布を引き取ると、さっさと歩いて教卓の方へ言ってしまった。
今僕は迷っている、言うべきか言わざるべきか。
中身を見られたって、最初から入っていたと言えば無罪放免、誰も気づかない。疑われる事なく、明日からも普通の顔をして皆と笑っていられるだろう。ゆっくりロッカーを閉め、教卓へと向かった。
財布を開けられた。
言おう。僕は何もやってなんかいない。
「あの…」
「おい、山田。ちょっと金額が多いんじゃないのか?」
教室がざわめいた。
「それにこのATMの料金明細は今日の朝の日付で、3万降ろしてる。なのに、お前はその他に7万も持っている、オカしいと思わないか? 7万も持っているのに、普通さらに3万降ろすか? 学生のくせに」
頭がぐらついて気が遠くなりそうだ。
でも、ここで倒れてなんかいられない。言うんだ、本当の事を。
「あの、先生。その7万は僕のじゃないと思うんです。先生の言うように今日の朝、僕はお金を下ろしました。きっちり3万円です。でも…なぜか財布の中に7万が入っていて…」
「お前はお金が勝手に財布の中を移動したと言いたいのか!?」
「いえ…」
「今分かった、おいB組。泥棒は山田だ」
僕は死刑宣告を突きつけられた気分に陥った。