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溺愛注意報

 

「それって面白いの?」


 詩織が僕の部屋に転がり込んできて3日目の午後、今まで本を読んでいた詩織から声をかけられた。

 それっていうのは、まだまだがんばってやっているモンスターハンティングだ。


「やってみる?」

「する!」


 興味を持ったらしい彼女のため、アイテムを限界まで持ってセーブをした。うんたらの森まで操作してコントローラーを渡す。


「左のスティックで移動、戦いたかったらy。アイテムはそこのボタンを…」

「ユーヤ、このクエスチョンマークは何?」

「それはアイテムを拾える合図だから…」


 あらかた教えると、彼女はモンスターを倒すと言って森の奥へ操作し始めた。すると出てきたのは初期のボス。今の装備からいくとすごく簡単な相手なのだが、


「あー、間違えて回復しちゃった!」

「これ何処向いてんのよ」

「やー。しっぽで吹っ飛ばされた」

「キャーなんか増えてる! 敵増えてるから!」


 四苦八苦。

 僕は声を出さないよう、お腹を抱えて笑った。弱い敵にいいように翻弄されて、体力ゲージがヤバい所まで来ている。あ、また敵を呼ばれた、囲まれた。ぷぷぷ、下手過ぎる可笑し過ぎる、もぅダメ…。


「くくく…」

「ちょ、笑ってないでどうにかしてよ!」

「アイテムで好きなだけ回復していいから、くくっ」


 はぁ、笑える。

 現実の世界はあんなに強いのに、ゲームの中ではあまりにも弱い彼女は気がつくとテントに運ばれていた(死んだってこと)。


「むぅ悔しい。絶対アイツ倒すんだから!」


 負けず嫌いを発揮して、また操作を繰り返す。が、彼女は全然操作に慣れないのか、画面がアップになって何も見えない状態で死んだり、剣を出さないといけないのに違うボタンを押してアイテムを使ったたり、何度もイージーミスを重ねていた。

 僕の腹筋に限界がこようとしていた時には、詩織は水中で息が出来なくなってまたテントに運ばれた。腹筋が崩壊した。

 あらかた笑い終わった後、外を見ると外が暗くなっていた。


「もう夜だけど、どうする?」

「んと…そろそろ大丈夫な時間だし、帰ろうかな」

「送るよ」


 携帯をポケットに入れながら言った。

 しかし、姉によって身につけられた女性をしっかり送るという行為は裏目に出る事となってしまった。



 

 彼女の大きな鞄を持ってショッピング街を歩く。

 そろそろ大丈夫と言っていたわりには落ち着きなく周りをキョロキョロ警戒している。そんなにも会いたくないものなのだろうか? 彼女とそのお兄さんがどんな関係なのか知らないけど、ここまでされる人って…何かしたとしか考えられない。


 ホテルの近くまで歩くと、詩織が離れて歩くように言い始めた。嫌な予感がするという。僕には全くそんなモノ感じないが、とりあえず頷いて彼女が先にホテルの方へ向かうのを見届け、距離にして30m程間隔を空けた後、歩を進めた。

 言われた通り曲がったように曲がり、彼女が止まれば僕も歩く速度を落とした。

 -----お巡りさんにストーカー扱いされないかの方が心配だよ。

 いつもより大回りをしながらホテルへと向かう。本当は5分で着くのに、ショッピング街に入ってすでに10分が経過していた。

 -----あ。あのバイクカッコいい。

 停車して黒いバイクに股がっている人が目に入ってきた。彼を通り抜けると、詩織がまた曲がった。ホテルはもうすぐそこなのに、何度目だ? 角を曲がると、詩織の姿がなかった。思わず面食らう。見失ったのだろうか? いや、確かにココを曲がったと思ったんだけど…。

 後ろポケットの携帯を取り出そうと荷物を置いた。


「おい」


 後ろを向くと、先程バイクに乗っていた人。真っ黒なフルフェイスのヘルメットを被っていて、薄暗いせいで顔が全く見えない。しかも声がくぐもっていてちょっと怖い。


「さっきから見てたら…お前ストーカーなのか?」


 体がビクついた。

 どう説明すればいいか分からない。困って答えに詰まった。


「やっぱりな、妖しいと思って見てたんだ」

「違います!」

「何が違うんだ、警察に突き出してやる!」


 焦った。

 というか、呆然とした。変な汗が吹き出してきて、僕の頭の中は真っ白だ。

 冷静になれ、冷静に。

 -----ああ、腕掴まないで。違うんです、違うんです!

 送り届けてどうしてストーカーになんて間違えられなきゃいけないんだ! 警察になんて厄介になるような悪い事なんてしてない!


「ちょ、離してください」

「誰が離すか、ストーカーめ!!」


 彼の中では僕は完全なストーカーになってしまったらしい。ここで逃げても、近所に住んでいる人だったら次にどこかで見られた時に警察に通報される恐れがある…けど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。逃げ道を探すべく、周りを見た。ポリバケツに、備え付けられたパイプに、クーラーの室外機。…ああ、何も浮かんでこない!

 思いっきり抵抗したけど、彼の方が数倍も力が強くって行きたくもない方向へズルズルと引っ張られ始めた。

 街頭の下まで連れてこられ、僕も最後の抵抗を見せる。街灯に掴まってこれ以上向こうへ行かせない作戦に出たのだ。交番まで300m、死守だ!


「こら! 観念しろ!」

「違うんですー!」


 ベルトを通す為の穴を両手で掴まれ、情けない格好で手向かう。


「話せば分かりますー」


 あれ、この台詞って今から死ぬ人の…、ああ、絶対フラグ踏んだ!!

 後ろを振り向けば、薄明かりで鋭い目だけが見えた。

 -----あ。

 刹那、手が滑り柱から引きはがされた。やっぱりね、フラグ回収しちゃうんだよ!

 大正学園2年、Yくん、婦女子ストーカー行為により逮捕…なんて新聞に載ってみろ、僕はこれからどうしたらいい? せっかく苦労して転校して、ようやく皆と仲良くなれ始めたとこだったのに。詩織の言う嫌な予感はコレだったんだよ!!

 目が潤んだ。


「!!」


 街灯の光が阻まれ、目の前が真っ黒になった。同時に引っ張られないように低くしていた僕の肩に軽い衝撃が走った。痛くはなかったけど、何!?

 後ろを振り向くとスローモーションの世界。

 真っ黒な長い髪が靡いて、スカートが広がって、向こうの方で黒の靴がフルフェイスにぶつかっていた。そして…ゆっくり、重力の関係で落ちてきた。


「わ!」


 ベシャっという自分が地面に落ちる音がして現実の世界に引き戻される。重いものが横っ腹に乗っていた。詩織だった。く、苦しい。

 吹っ飛ばされたハズの黒いヘルメットの男がフルフルと頭を振って立ち上がった。


「逃げるわよ!」


 彼女は僕の手を引っ張って走り出した。途中大きなバックを奪い去るように掴んだ。後ろを振り向くと、フルフェイスの男が全力で追いかけてきていた。

 -----早っ、怖っ!!

 軽くパニックを起こしながらホテルに駆け込もうとしたが、彼の脚の方が早く、もう10歩くらいのところで前を阻まれた。


「しーおーりー!!」

「!?」

「なんだ、コイツは彼氏なのか!?」


 急に男は取り乱したように胸ぐらを掴んできた。何が起こったか理解出来ず、呆気にとられる。


「男女交際は相手が誰であろうと絶対に許さねーっつったろーが!!」

「五月蝿いわね!! 私の勝手でしょ!」

「しかもこんな時間まで出歩いて!! 悪いヤツに絡まれるだろーが!!」

「まだ7時過ぎじゃない!」


 -----え、え? 知り合い?

 何度も彼女とフルフェイスの男を見た。


「し、しかもこんな…優男なんかと!」

「あーもう、ウルサい! 五月蝿い!! だからお兄ちゃんなんて大嫌いなのよ!!!」

「え?」

「嫌いなんて言うな! しかも大をつけるな!」

「嫌い嫌い、大っっ嫌い!!」


 僕の疑問を置いて2人は激しく口論を続けた。

 -----今、お兄ちゃんって言ったよね? ってことはフルフェイスのこの男の人が詩織の…お兄さん!?

 胸ぐらはするりと離されたので、少し離れてバトルをする兄妹を見比べた。

 顔はヘルメットでよくわからないけど、なんとなく雰囲気が似てると言えば似てるような気もしないでもない。


「とにかく、こんな男と付き合うなんて、お兄ちゃん絶対に許さないからな!!」

「誰と何しようが私の勝手よ!」


 彼女は何やらぶつぶつ小さく呟きながら彼から飛び退いた。


「まず、スネを蹴って体勢を崩した所でミゾオチを蹴り上げて、上がってきたところを確実に仕留める、できなきゃメットごと首の骨折ってやるわ」


 -----ぶ、物騒すぎるよ!!

 お兄さんの方はお兄さんの方で首と手をバキボキ鳴らしながら、


「詩織ー、本気で俺をヤレルとでも思ってるのかぁ?」


 とステップを踏みながら戦闘する気満々だ。

 彼女がいつものように太ももから警棒を出して振り、長さを出した。

 -----なんて血の気の多い兄妹だ!?

 周りを見渡せば、何事かと平日の帰りの電車で降りてきたサラリーマンやOLが野次馬しに集まってきていた。…ヤバいんじゃないのか?


「だいたいねー、口を開けば気に食わない事ばっかり言って!」

「お前こそ、俺が心配してやってるのがわかんネーのか!? 昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって超超可愛かったのに!!」

「過去の話よ! だいたい、今日7時の飛行機で帰るんじゃなかったの!?」

「馬鹿か、お前が逃げるのは分かってたから早めに言っておいたんだよ!」

「騙すなんて!」

「大事な妹に会いにきて、会わずにとんぼ返りなんかできっか!!」

「何が大事よ!!」 

「大事に決まってるだろーが! しかも、お前、こんなに美人になりやがって…心配じゃネー方が頭どーかしてるっての!!」

「ぶっ殺す!!」


 彼女がキレた。

 -----お兄さんは詩織のプッツンワードを知らないの!?

 よく考えてみれば、彼女自身も知らなかったので知る訳ないのだけど、僕はパニックになっていてそんなところまで考えが及ばなかった。それより、周りの一般の人に彼女が殴り掛らないかの方が心配で。

 まるで漫画の中の決闘のように2人が激突する。

 咄嗟に僕は詩織に駆け寄った。


「詩織!!」


 キレる彼女の隙をなんとか付いて、指先で触れた。瞬時に彼女の動きが僕の目の前で止まり、警棒を両手で横に構えた。すると丁度、お兄さんの拳が警棒へ入ってきた。


「んぅう」


 彼女は体勢を崩しながらもそれを受け流し、小さく呼吸を繰り返している。さすがの彼女も今のはキツかったようだ。

 彼はステップして2、3歩後ろに退いた。


「詩織ー、お前、自分の身も自分で守れないようなヤツと…」


 -----ぼ、僕を狙ってたの!?

 驚いて彼を見た。

 詩織は体勢を整えながら腰を低くした。


「はっ、お兄ちゃんみたいな人は嫌なだけよ」

「なんてコト言うんだ!?」


 そしてまた口論を繰り返し始めた。

 あーもう、こんなんじゃラチがあかない!!

 僕は2人の間に割って入った。


「お兄さん、止めて!!」

「お前にお兄さんなんて言われたくねー!!」

「そんなことはどうでもいいんです! 大事な妹に拳を向けるなんて、どういうつもりなんですか!?」


 そういうと彼は「うっ」と怯んだ。


「詩織も詩織だ! 周りに人がいるのに暴れ始めるなんて!!」


 詩織もしゅん…と俯いた。

 兄妹揃ってたしなめていると、向こうで笛の音が鳴った。


「どこだ!? ケンカしてるのは!!」

「!?」


 僕たち3人はホテルの自動ドアをくぐって、エレベーターも使わず一気に駆け上った。4階を過ぎた頃、息を切らして踊り場で座り込んんだ。先程まで動いてもいなかったのに僕が一番疲れていた。

 詩織が一番に立ち上がり、僕に目配せをした。訳が分からないが一応立ち上がると、後ろにいたお兄さんも立ち上がった。


「そうね、ユーヤの言う通りよ」


 ブツブツ呟やいていたかと思うと、彼女は急に驚く程の笑顔を見せた。

 そしてお兄さんの前に立って顔を見上げた(ヘルメットのままだけど)。


「お兄ちゃん…」

「おおお、詩織。何年ぶりだ、そんな可愛い笑顔を向けてくれるの!」


 感動に震えて彼は詩織を抱きしめようと腕を広げた。


「ごめんね?」

「いいんだ、詩織!! って、ぐわっ」


 詩織がお兄さんの肩を押したのだ、階段下に向かって。落ちていく彼を最後まで見届けられないまま、僕は詩織に引っ張られた。ドターンという音がした。

 詩織に連れられ、エレベーターで15階に来て、カードを差し込んでいると、だだだっという駆け上がってくる音が聞こえた。

 -----無事だった、ってか階段上がるの早っ!!

 「うおおお」っと走ってくるお兄さんを呆然と眺めていると、詩織が僕の服を掴んで部屋の中へ入れた。そして脚で思いっきりドアを蹴っていた。

 バタン。

 オートロックの部屋は鍵が閉められた。と、すぐにドンっという扉を叩く音が聞こえた。


「詩織ー、詩織ー、なんで抱きしめさせてくれないんだ!!」

「しかも部屋に男と入りやがったな!」

「テメー出て来い! 殴ってやる!」

「詩織、開けろ、おい! 変なコトされてねーか!?」

「無事なら返事しろ、まさか! おい、大丈夫か、だから言っただろーが!! おい!!」


 -----こ、怖い…。

 多分、ヘルメットを被ったままドンドンとずっと扉を叩きながら喚いている。しばらくして詩織はふんと鼻を鳴らして、


「さっ、あばれんぼう様でも見よっと」


 身を翻してテレビをつけた。

 その間も何度も叩かれるドア、そして聞こえてくる声。


「い、いいの?」

「いいのよ。明日は外せない用事があるから飛行機の時間が来たらそのうち帰るもの」

「……」

「おい、詩織、開けてくれ。お兄ちゃんが悪かった」

「テメー、優男! 名前なんつーか知らねーけど、出て来い!」

「詩織! もう一度だけでいいんだ、顔を見せてくれー」


 延々、お兄さんのすすり泣く声と激昴する声を何度も聞かされた。

 それは深夜までおよび、帰るに帰れない状態になっていて…僕は思わず大きなため息をついた。




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