女の子は怖い生き物です
朝、目覚ましの音の豪快な音を聞いて目を覚ました。
まだ眠っている彼女をちらりと見ながら朝の用事を済ませる。レンジをトースト機能にしてパンを2枚突っ込んで部屋に戻るとちょうど寝返りを打っていた。前に部屋で起こしたとき、枕で叩かれた事を思い出し自然に起きるようテレビをつける。
朝の顔のキャスター達が話していた。普段なら、このコーナーが始まった時点で家を出るのだが、今日はゆっくり彼の取材に耳を傾ける。政治アナリストだという彼の話は結構面白かった。
時計を見ればもうすぐ9時。
残った1枚のパンは冷めきってしまったようだ。
-----間に合わなくなるんじゃないかな?
恐る恐る彼女に近づいて声をかける。
「詩織」
「もうちょっと」
「約束に遅れるよ、もう9時になる」
彼女はガバっと起きて壁にかかってある時計を見上げた。
「キャー!!」
遅刻しちゃうと言いながら彼女はバタバタ顔を洗いに行った。僕は逆にもう1度布団に潜り直す。2度寝だ。
「こっち見ないで、着替えるから」
「はいはい」
目を瞑って夢の世界へ旅立つ。ああ、幸せ。
「ユーヤ、手伝って」
布団から顔を出すと着替えた彼女がパンを頬張っていた。サクサク食べ進めながら化粧ポーチからブラシを出して布団の前に置いた。髪を梳かせと言う事らしい。黙って彼女の後ろに移動し、長い黒髪を手に取った。髪はブラシをかけなくていい程サラサラで、すぐ手からさらりと落ちていく。
-----綺麗だな。
良く手入れをされたそれを何度もブラッシングしながらぼーっと思った。
軽くマスカラをして詩織は立ち上がった。僕の手から髪がスルっと抜けていった。
「行ってくるわ、えっと1時くらいでいい?」
「わかった」
手を振って彼女が玄関から出て行くのを見届けた。
「んっ」
大きく伸びをする。
眠たかった頭はいつの間にか冴え渡って、全然眠気はない。
「掃除でもするかな」
昼ご飯を食べて待ち合わせの時間に間に合うよう家を出た。
出たんだけど、思っていた以上に遠くてこの分だと少し1時を過ぎてしまいそうだ。まー、1時頃に着いたら連絡するって言ってあるから大丈夫だとは思うんだけど。
ショッピングモールに入ると、さすが平日。歩いている人はチラホラしか見受けられない。総合案内所の横にある館内地図を見ながら携帯を鳴らした。すると待ち合わせの人は2階にある本屋にいるというので、すぐさま移動した。
本屋に行くといたいた、雑誌コーナーの中央に長い髪をした細い女の子。
「詩織。ごめん、思ってたより遠くって」
「ん、いいのよ。お姉さん見てたし」
平積みにされた女性雑誌の上に立ち読みしていた本を重ねながら詩織が僕の方へ向き直った。
「どうする? すぐに買って帰ってもいいんだけど、家にいても暇でしょ?」
彼女は首を傾げながら斜め上を見て、
「そうね、ここなら出来たばっかりで知らないだろうし…。じゃーブラブラして最後に食料品売り場ね」
「?」
「お兄ちゃんのコトよ。私、会いたくないもの」
まー、会いたければ確かに僕の部屋になんて逃げ込んでこないよな。仲、悪いのかも。余計な詮索は無用と頭を振って今の事は忘れた。
あれが可愛いだの、バッグが欲しいだの、詩織は相変わらず普通の女の子のように買い物を楽しんでいるようだ。女の子の買い物って長い。姉さんもそうだけど、一度そのブースの中に入ってしまうと少なくとも10分は出てこない。その間取り残された方はどうしているかというと、多くの場合ついて回るだけだ。なかには自分の見たい物を優先したり、そのブースに入らない人達もいるらしいが、女王様に小さな頃からしつけられてきた僕は行儀よく(?)詩織の隣に立って、買い物が終わるのを待っていた。
僕の手に1つ目の買い物袋が下げられ、何個目かのブースに入ったら、見知った顔が見えた。あ、あれ? 見知った顔はドンドン増殖して、あっという間に詩織の前に7、8人くらいの人だかりが出来た。
「詩織っち帰ってなかったんだ?」
神無月さん(オリエンテーリングの時、委員長と一緒に詩織の友達になったクラスのムードメーカー的な女の子)が詩織の手をとってブンブンと振った。
そして理解した、午前中に約束があるって言ってたのはクラスの女の子達とだったんだと。心配していた友達関係も見るに、普通に笑って話していてなんてことなさそうだ。もしかしたら「“美人”って言わないで、嫌いだから」なんて説明をしてるのかも知れない。そういえば修学旅行の時も彼女がキレた様子は一度もなかったから、この想像はあっているだろう。
僕が勝手に憶測していると、神無月さんから肘で突かれた。
「もー詩織っちも先に言えば、こんな野暮なコトしなかったのにぃ」
「は?」
詩織の買い物袋を反対の手に持ちながら神無月さんの顔を見た。すると違う方向から、
「デートだったら私たちだけで良かったのに」
「そうだよー。邪魔しちゃったじゃん」
「いーなー私も彼氏欲しーい」
誤解されるのはもう、何度目だろう。
男子の間であれだけ囃し立てられたにも関わらず、未だに慣れない僕は否定しようとして顔を俯かせた。顔が赤くなってきたのが分かったからだ。
「詩織っちとのチューはどうだったの」
「キャー! そんなこと聞くなんて野暮よ、で、どうだった?」
「修学旅行でするなんて、思ってたより積極的だったのね山田くんって」
思いっきり後ずさった。
いつの間にか男子から女子へ情報が流れていってしまっていたようだ。男子以上に、必要以上に質問攻めにされ、顔が引きつる。
-----なんとかして、詩織!!
だいたいあの時君が否定さえしておけばこんなことにはならなかったんだ。まだ付き合ってるっていう実害のないままで済んだのに。対照的に涼しい顔している彼女の顔を睨んだ。しかし僕と目が合うと彼女も不味いと思ったのか「私…トイレ行ってくる」と逃げてしまった。ちょっと待って、僕も行きたいよ。
急いで彼女の後を追おうと体を翻したら、神無月さんに腕を掴まれた。
「逃がさないぞ」
「に、逃げるだなんて…」
「ああそうか、そこのベンチでゆっくり話聞かせてくれるんだ、やっぱり山田くんって優しー」
青ざめた僕は女子8人によってベンチに座らせられ周りを囲まれた。端から見たら集団リンチだ。お巡りさん助けて!
「だ、だからそんなことしてないよ」
「嘘つきー、男子みんなバッチリ見たって言ってるんだから」
「本当だよ。詩織とは付き合ってもないんだから」
「山田くんって虚言癖あるの?」
「そんなのあるワケないじゃないか」
助けて。神様に祈ったけど、誰からも僕の主張は受け入れてもらえず…。
-----女子ってこの手の話になると容赦ない…。
普段は優しいクラスの女の子に泣かされそうだ。と、彼女達の隙間から、向こうの方でこっちの様子を伺っている詩織が見えた。こんなに大変な思いをしているのに、自分だけ逃げてるなんて、ズルい。
悪い考えが浮かんで、口の端を上げた。
-----自分だけ逃れようたってそうはいかないよ、親友。
「詩織に聞いてみなよ、キスされる側の方が参考になるでしょ? ほら、向こうにいるよ」
顔を真っ赤にして後ろを向いた彼女達の隙をついて逃げた。
「あ」
拍子抜けしたような声が聞こえた時、僕は閉まり行くエレベーターの扉の中でほくそ笑んでいた。
誰にも会わないようにトイレに行ってしばらく時間をつぶしていると携帯のコール音が鳴った。詩織だ。呼び出された場所におどおどしながら行くと、一人で立っていた。
「もう、撒くの大変だったんだから」
「たまには君も僕の苦労を知るいい機会だと思って。誤解は解けたかな?」
にっこり笑って彼女の顔を見たが憮然としていた。ダメだったようだ。
「逃げるので精一杯。それどころじゃなかったわよ」
珍しく疲れた様子で肩をガックリ落とす彼女を見て僕は声をあげて笑った。
ポンポンと彼女が励ます時の十八番をして、
「僕はいいけどね、詩織となら誤解されたままでも」
「え?!」
「う、そ」
みるみる顔を赤くした彼女に僕は殴られた。やっぱり調子に乗りすぎるのは良くない、そう悟った瞬間だった。
その後、見つかるのを危惧して違うスーパーに移動して当初の目的の食料品を大量に買った。両手に持ちきれなかったので、詩織の手にも1つスーパーの袋が握られている。
袋を降ろして鍵を開けた。
「「あ!!」」
詩織が大きな声を上げた。
彼女の後ろ頭を見て、その視線の先を追った。
体が固まった。
先程撒いたはずのクラスの女の子達が呆然とこちらを見ていた。
「詩織っちが家を教えてくれないと思ってたら、そういうワケか」
「山田くんが一人暮らしだってのは聞いてたけど…」
力の限り違うと叫んだ。
「何が違うのよー!?」
「これは…」
「エッチー!!」
「キャー高校生のくせに何やってんのよー」
詩織が僕の肩を軽く2回叩いた。
「私はかまわないわよ、ユーヤとなら誤解されたままでも」
さっきからかった仕返しだろうか? 自分と荷物だけさっさと中に入れて鍵をロックされ、チェーンまで掛けられた。げ。
「ごめん、詩織、許して! 開けて!」
泣きながらドアを叩いたが返事はなく。
クラスの女子に捕まって約2時間、カフェに監禁された。