家出少女
修学旅行もようやく終わり、昨日の夕方に帰って来てそのままダウンしてた僕は、昼ちょい前に起きて遅い朝シャンをして、今髪を乾かしている。え、学校? 実は土日を挟んだ旅行だったため、開校記念日と重なって平日だと言うのに今日から3連休に入るのだ。だから決してサボっている訳じゃない。
カップ麺にお湯を注いでTシャツを着る。
-----そろそろ買い物に行かないと、食料尽きて来たなぁ。
冷蔵庫を漁って確認してみると修学旅行で腐る事を危惧して買わなかったので、冷凍食品などの保存食品しかない。どうせ暇なのだから早く行けばいいのだが、如何せん今日は雨。傘を持って買い物袋まで下げて500mの道のりを歩くなんて僕は嫌だ。明日か明後日に行けば間に合うと計算して、時計を見た。あと1分。
インターフォンがなった。
新聞の勧誘だろうか? 平日のこの時間にわざわざ来るなんて、それしか考えられない。
覗き穴から覗くと雨に濡れた詩織が見えた。チェーンを外し、鍵を開けた。
僕が声を出す前、ドアが開く瞬間、詩織は見た事のある大きな鞄をドアの隙間に挟ませた。首を傾げて顔を見れば、少し潤んだ目をしていた。
「ユーヤ、お願い! 私をかくまって!!」
訳が分からずクエスチョンマークを飛ばしていると、そのまま玄関の中へ入って後ろ手でドアを閉められた。
「ねぇ、何この荷物…」
「だから3日間かくまって欲しいんだってば」
「は?」
「お願い! 一生の頼みよ、委員長に電話しても今旅行中だとかで断られちゃったの!」
だからって、僕の所に駆け込むのはお門違いも甚だしい。姉さんに言えばきっとうちの実家に泊めてくれるだろうと思い、提案しようとして止めた。この前の熱を出した時の夢を思い出したのだ。あの女王様にこんなコト言ったら、チャンスとばかりに僕たちをどうにかしかねない。
「坂東は?」
「家知らないもの」
「末長は? アイツなら喜んで君を泊めてくれる事請け合いだよ」
「身の危険感じるから嫌よ」
確かに。詩織の言う事はもっともだ。彼は何もしないような男じゃない、隙あらば何かしら仕掛けてくるだろう。賢明な判断だ。
------ん、ちょっと待って。
「僕も一応男なんですけど」
しかも一人暮らし。君は僕を人間科のオスだと認識していないのか?
「分かってるわよ、でも…ユーヤは安心していいでしょ?」
そんなに信用されちゃうと、逆にアレだね、困っちゃうね。行動を起こすに起こせないじゃないか。まー起こすことなんて出来る訳がないんだけど。僕の顔をじっとみてくる瞳と目がパチっとあって、深くため息をついた。
「じゃあせめて理由くらい教えてよ」
「…言わなきゃダメ?」
「ダメ」
「…お、お兄ちゃんが帰ってくるみたいなの」
思わず転けそうになる体を壁で支える。
「そんなことで?」
「な、私にとっては大変な問題なのよ?」
低い声で眉をひそめている。そんな…兄妹のことで僕は家を提供するまでの大事に巻き込まれなくれはならないのだろうか? 頭が痛くなってきた。どんなに無理だと言っても彼女はここを動こうとしない。
「ハクチュん」
「……」
何も言わず部屋へ引っ込んだ。
「ユーヤ、お願いよ!」
「!! タオル?」
「風邪ひくから、早く入っておいでよ」
投げてよこしたタオルを嬉しそうに抱えて詩織は僕の部屋へ入って来た。机の上を見ると、カップ麺がかなり伸びていた。
「あ、このチャンネル替えて」
「どうして?」
「今から水戸黄門(再)が始まるのよ」
リモコンを渡すと、彼女はチャンネルを回してあの有名な曲が流れている画面に切り替えていた。ナレーションと共にいつものメンバーが旅をしている場面からスタートした。僕は別に時代劇に興味はないので、別の事をして時間をつぶす事にした。パソコンにヘッドフォンを繋いで、お気に入りの音楽を流す。さらに父さんから送られてきた本に目を通して、自分の世界へと入っていった。
しばらくして視線をテレビに上げると、ちょうどクライマックスの刀を振り回しているところだった。でも耳に入ってくるのは洋楽のちょっとガチャガチャした感じので、目から入ってくる情報と耳から入ってくるBGMが全く違っていて面白い。スケさんカクさんが暴れるのに連れて曲が激しくなり、彼らが黄門様を真ん中において印籠を出している時、囁くような英語の歌詞が流れていた。
アルバム1枚が終わった頃、ちょうど黄門様も終わったようだったので、ヘッドフォンを外した。
「終わった?」
「ええ、見てなかったの? 面白いのに」
「僕はあんまり歴史は得意じゃないんだ」
「ふーん」
「…ねぇ本当に3日泊まるつもり?」
「ダメ?」
パソコン用の椅子に座って首を振った。
「別にいいんだけど、食料がね。多分、2人だと明日の昼くらいまでしかもたないから買いにいかないと」
「…だったら、明日の午後がいいんだけど」
「何か用事でもあるの?」
「明日の午前中は約束があるのよ、新しく出来た大正ショッピングモールまでちょっとね」
「じゃあそこで買い物するから昼から一緒に買い物しようよ、ついたら電話する」
「OK、お昼は各自でいいかしら?」
肯定の意思を伝えてパソコンに向かった。
夕飯を食べ終わって、今詩織はお風呂に入っている。洗い物を片付けた後、初めて出会った日のように僕は2組の布団を引いた。あれからどのくらい時間が経ったのだろう? 僕が転校したのが5月の終わりだったから彼女と出会ってもう4ヶ月になる。夏休みはほとんど会っていなかったのだから実質3ヶ月なのだろうけど、いろいろあったと記憶している。ケンカに巻き込まれたり、番長にケンカ売られたり、委員長が誘拐されて助けに行ったり、沖縄旅行したり。他にも花火や夜市、遊園地も一緒に行ったし、姉さんはあらぬ企てを立てているし、思い返せばまだ4ヶ月なのかって言う感じだ。それほど僕は人生において一番と言っていい程濃い生活を送っている。それっていうのも全部彼女のせい。おかげとも言うのだろうか? いや…やっぱりせいだろう。彼女が誤解を解いてくれなかったから学校で大変な事になっている。
-----そういえば、女の子達とは詩織どうなんだろう?
僕はまぁ先生をするようになってクラスの男子と打ち解けて普通に話すようになった。けど、彼女は大半を僕たちと過ごして、女の子といるというのは委員長以外であまり見た事がない。やっぱりプッツンワードのことで近づけないでいるのだろうか。いつそんなコトを口にされるかわからないから、ね。耳を餃子のようにしてパッタリと閉じる事なんて出来ないんだし、クラスの女子達の関係は本当の所どうなんだろう?
布団を整えながらそんなことを考えていると、詩織が出て来た。沖縄旅行でみたTシャツに短パンという格好だ。
「そんな格好で寝たら風邪引くよ?」
彼女は髪の水分をタオルに染み込ませながらドライアーを手に取った。
大きな音を立てて風を出す機械によって何か言っている彼女の言葉は聞き取れなかったが、大丈夫ということらしい。
お風呂から戻ってくると詩織が布団の上に座ってテレビを見ている所だった。
「ドライヤーかけていい?」
「ええ」
2人で口パクの世界を見ていると、島波凉さんが出ていた。
「ねぇ」
ドライアーを元の位置に戻しながら布団の端を持った。
彼女はこちらを見る事を一切せず続けた。
「クッションとかないの?」
「ゴメン、買ってないんだ」
「前から思ってたんだけど、ユーヤの部屋って本ばかりで殺風景よね」
「シンプルだって言ってくれない? 物を置くのは好きじゃないんだよ。それにクッションも買おうとは思って出掛けるんだけどいざ買おうと思うとなかなか手が出ないもんなんだよ」
「そんなものかしら?」
テレビを消してこっちを向いた。
-----ヤバい、なんだかドキドキしてきた。
僕は入りかけていた布団に一気に潜ると詩織とは反対方向に体を向けた。すると布団の擦れる音がして、彼女も布団に入って行くのが分かった。
「明日何時に起きる?」
自分を落ち着かせながら携帯に手をかけた。
「10時に現地集合だから8時半」
8時半? 起きるのちょっと早いんじゃないのだろうか? ああ、女の子だから何か支度があるのかも知れない。
携帯の目覚ましの機能をセットし、眼鏡をすぐそばに置いた。隣に置いてある灯りのリモコンを2回押して完全な夜にする。
目蓋を閉じて完全な闇の世界に自分を落とし込んだ。
「……」
「ユーヤ起きてる?」
「起きてるよ」
「寝てる間に変なコトしないでよ」
「…あのね、今までそんなことした事あった? はぁ、馬鹿な事言ってないで早く寝てよ、親友」
そういうと彼女は落ち着いたのか、素直に返事をしてすぐさま寝息を立て始めた。
その日は夢なんか全く見なかった。