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修学旅行の夜に

 修学旅行の最後の夜。

 今日は部屋にはみんな戻らず、男子だけで一番大きな部屋に集まっている。

 そこでいろんな話をするのだが、僕は知らなかった。修学旅行って、こんなに恋愛の話ばっかりするもんなんだ。そんなのは女の子の特権で、男同士はもっと違う話をするかと思っていたのだが、人間って結局そんなに変わらないのかも。


 が、たまに人が出たり入ったりしている。

 勘のいい人ならわかるだろう? そう、女子から呼び出しを受けたり、告白をしにいったりしているのだ。それを皆で茶化したり、励ましたりしている。あ、だから恋愛の話ばっかりなのか。自己完結をして、今日撮った末長のカメラをチェックした。


「おい、山田くん!!」

「ど、どうしたんだよ急に」


 大きな声を出されて、親友の大切なカメラを落としかけて手に脂汗をかいた。


「ほんっとに、虹村詩織とは何もないんだな!?」

「だから、何度もそう言ってるじゃないか」


 ここに来て僕はクラスの男子みんなにそういう風に説明をした。それを信じてくれた人もいるし、まだ彼女だと思っている人もいる。それでも、どういう訳か僕が伝説の男の弟なんだという噂だけは消せなかった。やっぱり校内で屋上ダイブ事件(そう呼ばれている)が伝説になってしまったのがイケなかったのだろうか?


「じゃあ、俺、今から虹村さんに告ってくるからな! 後悔するなよ!」


 顔を真っ赤にしたクラスメイトが大声を出した。

 そんなに大きな声じゃなくても聞こえているんだけど。


「いよ! 男だね」

「山田くんから奪っちゃえ!」

「無理無理、付き合ってるんだって!」


 やっぱり信じている人と信じていない人が半々だと、みんなの喝采で分かった。

 男だ! と皆が調子に乗せてたので、彼は意気揚々と部屋を出て行ってしまった。


「いいのかぁ?」

「知らないぜ、明日になったら奪われてても」

「あのね…」

「おい、山田くん、ご指名だ!」


 部屋の端っこにいた男子が僕の名前を呼んだ。


「ご指名?」

「ば、呼び出しだっての」


 一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに僕の脳は覚醒した。それはつまり、僕の事を好きって言ってくれる人がいると言う意味で、今から告白してくれるっていうことで。人生初めての出来事だ。耳まで赤くなったのが分かった。

 男子の皆から「頑張って来い」だの「詩織嬢はどうするんだ」だのを罵声ともねぎらいとも取れる声を廊下に出るまでかけられ続け、前をしっかり向いて歩けなかった。



 呼び出しの場所はホテルのすぐ前にある小さな川の横だった。

 街路樹替わりに植えられた柳のしだれた葉が、風が吹く度にふわりと揺れる。それはとても幻想的で、夜の京都の艶やかさをさらに露にさせる物だった。空を見れば、少し欠け始めた月が晃晃と僕を照らしていた。

 周りを見渡すと、他にも告白をしている人達がいて恥ずかしくなってつい俯いた。


「あ、山田くん。ごめん、待たせちゃった?」

「ううん、大丈夫」


 僕に声をかけて来た子は、最近僕が物理を教え始めた子でもあった。確かC組の女の子。


「あの、ごめん」

「え?」

「呼び出しておいて言うのなんて、分かりきってるとは思うんだけど」


 彼女は川を見た。

 風を待つようにしばらく時間をおいて、口を開いた。


「山田くんの事が…す、好きなの、あの…虹村さんのことは知ってるんだけど、でも、どうしても言いたくって」


 言われるとちゃんと分かっていたのに、僕の顔は真っ赤だ。隠す事も出来ず、モジモジしてまだ何か話を続けようとする彼女を見た。


「で、だから、その、優しい所とか、いいなって思っちゃって…」

「……」

「だからね、でも、虹村さんいるし、返事は…いい、やっぱりいい!!」


 そう言って彼女は顔を押さえて僕を1人残し、走ってホテルへ入ってしまった。

 はぁーー。頭を抱えてその場に座り込んだ。

 初めて告白されたのに、ほとんど喋る事も応えてあげる事も出来なかった。情けない…。自己嫌悪に陥った。

 -----フラれてもないのに、どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだ。

 それはちょっと胸をキューッと締め上げられたような、寂しいものだった。


 でも…彼女はこんな僕の事を、目の前で好きだと言ってくれた。それはかなり勇気がいる事で、そして応えも聞かずに行ってしまうというのも、彼女にとってはとってもツライ事だっただろう。

 -----本当は付き合ってないのに。

 また自己嫌悪。最後まで言わせてあげられないなんて、答えを聞かせてあげられないなんて。

 もう一度大きくため息をついた。


「いーけないんだ、いけないんだ」


 振り返ると、イタズラっぽい顔をした詩織が見えた。

 長いさらさらの髪を風になびかせながら、彼女はさきほどまで女の子が立っていた場所に脚を置いた。


「覗き?」

「ユーヤに言われたくない」


 いつぞやの詩織への呼び出しに、末長と一緒に覗いていた事を指しているのだろう。

 彼女を見上げながら不貞腐れるように川を見た。


「優し過ぎるよ、ユーヤは。どうせ、うまく応えられなかったんでしょ? そして自己嫌悪してる」


 図星をつかれた。

 僕は口の端を上げながら肯定の意思を告げた。


 彼女から冷たい手が差し出されて、ゆっくり掴んで立ち上がる。すると彼女は僕の手を離さないまま、道と川の間にある縁石の上に乗った。同じ身長になった詩織は、またイタズラっぽく笑って僕の顔を見て歩き出した。フラフラと目的もないのに歩く彼女の横を歩きながら、バランスを崩しそうになったらこちらに引っ張って落ちないようにしてやる。華奢な体は、力を入れすぎるとこちらに落ちそうになり、かと言って何もしないでいると川の方へ体が傾いていく。アンバランスな行動を繰り返して、僕らは歩いた。


「ねぇ、ユーヤ」

「ん?」

「もう一度言っておこうと思って、ネックレスありがとう」


 首元で月明かりにぼんやりと光るそれを見つめて僕は笑みをこぼした。


「いいよ、何度もお礼なんて」

「だって…プレゼントなんて何年ぶりだったんだもの」


 喜色満面の顔で彼女は僕の顔を見た。

 吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に微笑むしか出来なかった。そして、衝動にかられる。

 それは、唯一僕にしか許されないこと。その優越感から、思わず口を歪ませた。


「何? ニヤニヤして」

「んー? 知りたい?」


 勿体振って横顔を覗いた。すると彼女は教えて欲しいと懇願してきた。今の僕はそれでさえも満足感を得てしまう。

 笑ってこっちに引っ張って、縁石から降ろした。

 いつもの身長差、いつもの表情、こうでなくちゃつまらない。


「ネックレスのお礼に言わせてもらってもいいかな?」


 笑う彼女に目を合わせて、僕は目を細めた。


「詩織は…美人だよね」


 僕の研究によってわかった、このプッツンワード。これで君は最強の女の子になる。でも、君は僕の手のうちの中、キレる事は許されない。ねぇ照れる顔見せてよ?

 が、僕の思い通りにはいかなかった。

 彼女はもの凄い形相になって、胸ぐらを掴んで来たのだ。


「ちょ」


 掴んでいたと思っていた手はいつの間にか抜け落ちていて、彼女を大いにキレさせてしまったのだ。ああ、僕の馬鹿ぁ。

 -----まさか、このまま川に投げ落としたりしないよね!?

 最悪の事態を想像しながら僕の体は縮こまった。が、そんなことはなく、胸ぐらを掴まれたまま、僕は思いっきり引っ張られた。


「え!?」


 急に詩織の整った顔が近づいて…。

 目の前にヒヨコが飛んだ。


「ったぁ」

「イターイ」


 2人してオデコを押さえてその場に踞る。

 お互いに顔を見合わせて、余った手で指を指して笑った。


「何? それが言いたかったワケ!?」

「そうだよ、僕しか言えないなんて、優越感を感じるだろ?」

「でもキレちゃったわ」

「全く計算外だよ、川に落とされるかと思った」


 2人してクスクス笑っていると、気配を感じた。

 驚いて顔を向けるとそこには大部屋にいたはずのクラス中の男子がホテルの前でこっちを見ていた。距離にして30m、昼間ならきっと誤解されなかった。でも、今は見えにくい、夜で…。


「山田くんがチューしたぁ!!」

「ちが!!」


 誰かが叫び、僕も叫んだ。

 そりゃそうだ。キスなんてさせてもらってない、貰ったのは痛〜い頭突きだけ。

 でも、僕の陰でよく見えなかったクラスの男子は完全なる勘違いを起こした。


「どこが付き合ってないだよ! 嘘付くな!」

「ほらみろ、やっぱりな。隠すなー」

「告白して損しただろー、山田くんのバカー!!」

「遅いから心配して来てやったのに!」


「違うよー」


 でも憤慨した彼らに言葉は届かなくって。


「詩織もなんとか言ってよ!」


 最強の彼女に頼む。

 しかし否定するどころか、立ち上がり腰を折って僕に顔を近づけて来た。ついでに人差し指で僕の鼻を突いて、


「これで私からしたように見えるかな? …なんてね!?」


 笑いながらホテルに入っていった。痛かった慰謝料だと言って誤解を解かずに。

 残された僕はいつぞやのようにまたしても男達にモミクチャにされた。

 自分で蒔いた種とはいえ、僕は摘みきれそうにない。


「違うって頭突きされたんだよ。ほら、オデコ、赤くなってるだろ?」

「はぁ? キスが深過ぎたんじゃネーのか?」

「だからぁ違うんだって」

「何がだよ、余韻に浸ってるんじゃねー」

「痛みの余韻だよ!!」

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