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修学旅行スタート

 今日から修学旅行。

 行き先は京都で、2泊3日の予定だ。今日は、新幹線の移動と少しの観光が予定に入っている。

 行動は基本班行動だけど、新幹線の中は親睦を深める為にクラス内でくじ引きして席が決まったので、僕の周りには坂東も末長も委員長も詩織もいない。そしてもっと残念な事に女の子は一人もない。隣も男、向かい合いの席も男、斜め前も男だ。

 ちなみに詩織も一人らしく、大丈夫かと聞いたらipodを音量最大にして尚かつ寝るから大丈夫だと笑っていた。


「山田くんのとこの班は、明日の自由行動はどこ?」

「どこだったかな? 全部末長任せにしてあるからわかんないや」

「俺たちは金閣寺行くんだ」

「あれって成金趣味だよな」

「確かに、でもあれ買おうと思ったら幾らすんだろ?」

「さぁー」

「それより、お前アレ見たか?」


 鼻息荒く聞かれた。何の話か分からない。首を捻る。


「俺たちのプレゼントだよ、忘れたのか!?」


 ああ。エロDVDか。


「見てない」

「なんでだよ」

「貰ったの一昨日の夜だよ? いつ見る暇があったんだよ」

「昨日の夜とか、貰ったその日?」

「……」

「皆で折角選んだのにー」

「このムッツリが!!」

「ムッツリ、ムッツリ」

「…好きに呼んでよ」


 鞄の中からipodを取り出して耳にヘッドフォンを当てた。

 先生になった日から僕とクラスの男子の蟠りが全くなくなって、至極普通に話すようになった。すごく嬉しい事だけど、やっぱり男同士が集まるとすぐに下ネタの方へ話が言ってしまうのはどうかと思う。まー、エロDVDのおかげでさらに打ち解けたと言えばそうなんけど、なんだかね。

 音量を上げて、肩をすくめてみせた。

 何個トンネルを通っただろうか。


「come along and sing a…」


 肩を叩かれた。


「あ、ごめん」


 ヘッドフォンを外して電源を落とす。つい小さく口ずさんでいたみたいだ。ゴソゴソと鞄の中にそれらをしまい、窓の外を見た。


「山田くんって、英語の発音もいいんだな」

「え?」

「さっき声出てたの。授業の時も思ってたけど、歌にするとさらに発音の巧さが分かるっていうか」

「英会話でも習ってるのか?」

「いや。実は親の仕事の関係で昔ちょっとね」

「はぁ? なんだそれ?」

「格好よ過ぎ」

「くそー。ケンカも強くて勉強もできて、しかも彼女は超美女の虹村詩織…完璧かお前は!?」


 -----それ、ほとんど情報違うけど。

 グリグリ頭をされて否定したけど彼らの怒り(?)は修まらず、京都に着くまで延々とそんな感じだった。楽しかったけどね。




 京都に着いた僕たちはまずお寺に連れて行かされた。見学じゃなくて体験に。

 何をするかというと、座禅と写経だ。

 みんな「えー」なんて知っていたくせにブー垂れていたけど、京都らしくていいじゃないか。僕は好きだ。


 盆地なので、まだ少し蒸し暑さを感じる境内で並んで写経をする。前までは厚本を見ながら見て写していたらしいが、最近は下敷きのお経をなぞりながら書く事も出来るらしい。筆ペンを使用して一文字一文字丁寧になぞっていく。鳥のさえずり、たまに吹きすさぶ風の音、擦れる布音…。集中して黙々とペンを動かしていたら、あっという間に1時間経ってしまっていた。…うむ、さすがジャパニーズ風流。


 そして、待ってました座禅。

 あぐらをかいて目を瞑ってただ無心に過ごし、心が乱れた人は和尚さんからあの棒みたいなの(警策)で肩を叩かれるアレだ。テレビなんかでよくやってて、僕も一度してみたいと思っていたんだ。和尚さんの優しい説明を受けた後、雑念を捨て、背筋を伸ばして呼吸を繰り返した。


「……」


 パーンとどこかで音がなって、誰かの心が乱れたのが分かった。

 静寂と叩かれる音の繰り返し。毎日のケンカ(巻き込まれ)、乱暴な姉さん、皆の勘違い…ここには何もなくって、ただひたすら時が流れている。これだよ、これ。

 ……。

 僕の求めていた癒しは、“セーラー服を脱がしちゃイヤ!”じゃない…。

 すぅ、と僕の右肩に警策が降りてくるのが分かった。

 -----…しまった。

 説明を受けた通りに首を動かして左肩を開けた。

 パーン。

 -----ちょっと痛い。

 お辞儀をして和尚さんの気配がどこかに行くのを待った。


 その後、次々とみんな叩かれていった。最後は叩かれていない人も体験をということだったのだが、乱れていないのはたった1人、詩織だけだった。凛とした佇まいで皆の前で正座をしている彼女は本当に綺麗だった。警策が降りて来て、詩織が肩を開けた。

 パーン。

 誰もが経験した、思ったより痛くない思いを詩織はしたあと、和尚さんに彼女は向き直ってキチンとお辞儀をしていた。そんななのに、なんだか格好よく感じてしまった。


 バスに乗りながら詩織が話しかけて来た。


「ユーヤ、何考えて叩かれたの?」


 ふふっと笑う美しい顔をみた後、僕は真っ赤な制服を見た。


「…内緒」

 


 

 ホテルに付いてご飯を食べると、後の団体行動は入浴だけだった。

 入浴は班ごとでなく出席番号順に呼ばれる。部屋を開けさせない為だ。


 坂東に言われて、一緒の部屋になった他の班の男子と一緒に大浴場へ行くとすでに何人かの男子もいた。全員で6人だ。これで僕たちの組は最後。ああ、今日の入浴はB組が最後だったっけ、じゃあ明日はB組が最初だ。ということは今日の最後が僕たちとなる。岩造りの露天風呂でぼーっと夜空を眺める。周りには結構ビルが建っているので、空が広いと言う訳ではなかったが、普段お風呂から星なんて見えないから、なんだか楽しい。目の前で風呂の中を泳ぐ輩もいて、かなり騒がしいけど、それもまた一興。

 体を洗って、湯船に浸かっている時だった。

 キャッキャと楽しげな女の子の声が聞こえて来た。


「今、女子の声したよな!?」

「した。そうだよ、隣は女子も露天風呂なんだから、入ってても可笑しくねーよ!」

「覗くぞ!」


 皆が一致団結して天高く拳を上げた。

 僕はというと、いかなかった。興味がない訳じゃない。じゃあ、なぜかって? そういうことをしてるとすぐに天罰が下るのを知っているからだ。誘いをやんわり断って先に脱衣所で浴衣に着替え、もう一度浴場へ顔を出した。


「滑って転んで頭打たないでよ」

「おお! 後でどんなだったか教えるからな!」

「…うん」


 大浴場から出ると、向こう側の赤い(女の湯)と書いてある暖簾(のれん)から、すぐさま数人の女の子達が出て来た。


「ユーヤ!」


 パタパタと詩織が走りよって来た。


「あれ? 女子の最後?」

「ええ。さっきまで皆で泳いでたりしてたんだけど、先生達が入って来たからすぐ出たのよ」


 紺色の(男の湯)と書かれてある暖簾を見つめた。

 -----ほとんどオバちゃんじゃないか…哀れ。

 覗きに参加しなくてよかったな。僕は小さく安堵のため息をついた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 心の中で合唱しつつ、笑顔を見せた。詩織の後に続いて5、6人の女の子がこっちに歩いて来ているのが見えた。

 みんな当然だが浴衣姿だ。

 制服姿しか見た事ないから、新鮮さを感じた。


「山田くん今出たの?」

「うん。他の男子はまだ入ってるんだけど、一足先にね」

「浴衣姿、似合ってるね」

「ありがとう」


 女の子達も制服以外の服をきたクラスメイトに新鮮さを覚えているのだろうか?

 何か言って欲しそうな顔をしている女の子の集団が見えた。えっと、こう言う時は…。


「みんな浴衣似合ってて可愛いよ」


 姉さんに教わった通りにっこり笑って、褒めた。コレ、本当は詩織に言えって言われたんだけど、いいよね? 特定の人物を褒める訳ではないのでスムーズに褒め言葉が出てくれた。でも、折角巧く言えたのにみんなが顔を赤くするので、僕まで少し赤くなってしまった。言わなきゃ良かったかな?


「ユーヤ、ちょっと浴衣直して欲しいんだけど」

「ん?」


 言いながら彼女の後ろに回る。なんだ…? 全然真後ろが違うとこに来てるじゃないか。一体どうやったらこうなるのか? 他の子達はきっちりキレイに着こなしていると言うのに。

 浴衣を直しながら聞く。


「ねぇ、夜市の時に浴衣着てたよね」

「ええ」

「あの時はどうしたの?」

「手伝ってもらったの」


 -----どうりでね。


「帯持ってて」


 中が見えないようにしながら彼女の最初から乱れた浴衣を直していく。帯を貰って、彼女の体を前に押してしっかり閉めようとした。


「ねぇ可愛いのがいい。薔薇とかに出来る?」

「結べない事はないけど」


 女の子らしいことが実は大好きな詩織がリクエストを出して来た。

 2重に巻いた帯の残りを計算しながら、


「それは今からの君の頑張り次第」


 キューっと2本の帯を引っ張った。

 すると知っていたのは知っていたけど、細いウエストが露になった。計算外で少し吃驚しつつも、斜め前で一つ目の肩結びを作ってやった。

 しゃがんで結び目に細工を施していると軽く頭を2回叩かれた。


「何?」

「ありがとう」

「どう致しまして」


 花びらを整え終わって、膝を打って立ち上がった。


「山田くんって、そういうのも出来るのね」

「器用…」


 僕の一連の動きを見ていた周りの女子達が口々に言った。男なのにこんな風なことが出来るなんて、ちょっと引かれてしまっただろうか? 笑って誤摩化した。


「ぎゃー!!」

「!?」


 男湯から叫び声が聞こえた。

 多分、期待していた物とは違った物を見てしまったのだろう。

 -----可哀想に。


「何!? どうしたのかしら?」

「蜘蛛でも出たんじゃない? ほら、早く部屋に帰らないと湯冷めするよ?」


 驚く彼女達をなだめて部屋へ移動させた。

 その後、泣きながら5名の男が出て来た。


「おば、おばちゃんだったんだー」

「悪夢…」


 やっぱり参加しなくてよかった。僕は心の中で呟いた。



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