僕の×××
「今日、帰りが遅くなりそうなんだけどいい?」
「え?」
それは、僕らに待ってろって言うことだろう。
眉をひそめた。またこの前みたいに呼び出されて、大変な目に会ったりするんじゃないだろうね? 僕の表情を読み取った詩織は首を傾げながら笑った。誤摩化しているようにも見えるし、そうじゃないようにも見える。
------なんなんだ?
僕も一緒になって首を傾げていると、末長から腕を引っ張られた。
「たぶん、今回は違う」
「何が?」
僕に話しかけている間に詩織は鞄を置いて、パタパタとどこかへかけて行ってしまった。
呼び止めようとしたら、また腕を引かれ末長の顔が間近に迫ってきた。キスなんてしないでよ?
「さっき山田くんがトイレに行っている間に、実は大変なことが起こったんだ」
「大変な事?」
「そう、実は詩織さんに呼び出しがかけられた」
「え!?」
何呑気に話なんてしてるんだよ、助けにいかなくちゃ。
立ち上がろうとする僕をまた末長が止める。
「そんなんじゃなくって、あれは…多分告白されるんだ」
「あ、なんだ。そんなこと」
「馬鹿か、何悠長な事言ってるんだ、行くぞ!」
さっきは僕を制したくせに、今度は自分から行こうなんて…。しかも恋愛ごと。
明らかに行きたくないという意思表示をしてみたが、僕の意思を尊重してくれる親友ではなく、体育館裏まで連れてこられてしまった。
忍者みたいに生い茂っている大きな紫陽花の後ろに隠れて親友は、詩織の様子を見ていた。ため息を吐きつつ、僕もしゃがんで付き合ってそれを見る。
「覗きなんて、僕の趣味じゃないんだけど。しかも人の恋路…」
「な、変なコト言うな。これは敵情視察だ! もし危険な事があったら飛び出して止めるんだよ!」
-----僕にしてみれば、末長くん。ある意味、君が一番危ないヤツだと思うけど?
チラリと友人の横顔を見やると、本当に危ない顔をしていた。相手が何もしないうちに飛び出すんじゃないだろうね? 僕が不安に思うのも無理ないと思った。
飽きて頬杖をつきながら歩くアリを目で追いかけていると、肩が叩かれた。
呼び出した相手が来たのだろう。
ゆっくり見上げると、特に見覚えのないような人物が3人程立っていた。
-----3人? 大丈夫なのか?
しかし僕の心配を他所に彼らはなぜか1列に並んで詩織に愛の告白を始めた。なんだろう、むず痒い。人の愛の語らいを無断で聞いてしまったから罰でも当ってしまったのだろうか? アリが這ってきたのではないようだった。
「今、告白してるヤツはD組のヤツ」
「へぇ知らないと思った」
「あ、今のは1年の子だね、エンブレムがブルーだ」
「ああ。そうだね」
「ん…あれは誰だ?」
「さぁでもエンブレムは赤だから…A組じゃないの?」
告白の度に僕に相手の男の確認をさせる末長。何がしたいんだろう。
「ふふん、やっぱりな」
「何?」
「僕の方がいい男だと思う」
一体何処からそんな自信が産まれてくるのだろう? 番長と付き合うようになって、彼は少しナルシストな部分が出てきたとは思っていたが、ここまで彼から悪影響を及ぼされているなんて。実証のない自信は身を滅ぼしかねないんだよ?
僕はその場にあった折れた小枝を広い、地面に穴をあけた。ぐりぐりしていると、だんだん穴は大きくなってアリが落ちた。
「というのは冗談で」
「ん?」
「詩織さん、どうするかな?」
「さぁ島波凉さんをフったくらいだからね。わからないけど」
そろそろ詩織が何かを言いそうな雰囲気がしたので、僕は顔を上げた。
するとやはりというか詩織は下を向いていたのを正面に向け、一人ずつ男の顔を見た。緊張しているのか、末長が僕の背中で余ったシャツを引っ張った。
「あの、私…」
「伝説の男の弟の事だろ!? 知ってる、けど、気持ちを聞きたいんだ」
「噂だよねそんなの、本当は付き合ってないって話を聞いたけど」
「悪いけど、今すぐ返事が欲しいんだ」
彼女が口を開いた瞬間、3人がいっぺんに言った。
-----聖徳太子じゃないんだから、今の聞き取れてないよ。
軽く心の中で突っ込みを入れ、末長と共に固唾を呑んで聞いていた。すると彼女は、
「私、出来る男じゃないとダメなのよ」
「それは、つまり山田裕也よりってこと!?」
3人のうち、誰かが叫んだ。
-----僕の名前を出さなでよ。
「そうね、そうなるわ」
-----詩織もそんなこと言わないで!
そんなこと言ったら…
と、突然僕の上半身が浮いて、海老反りにさせられた。後ろを見ると末長が僕を掴んでいた。何が起こったか理解出来ないうちにヘッドロックをかけられた。首の下に腕があり、彼が力を入れれば入れる程僕の首に食い込んできて苦しくなる。しかも2人の身長差は約15cm。末長の腕の位置に合わせて僕が海老反りをさせられているということは、僕の体にかなりの不可がかかっている事がわかるだろうか?
「やめっ、苦しい」
必死で彼の腕を剥がそうと頑張るが、変な体勢なので力が入らない。
-----僕の事を落とす(気絶)つもりなの!?
ギブアップだと彼の腕を何度も叩くのにそれでも彼は一向に止めようとしない。それどころか無理な体勢のまま歩き出した。く、苦しい…。
そして僕が情けない格好をしているのにも関わらず、紫陽花の陰から出た。
こんなことしてたら、覗いてたのバレるだろ!? いいのか末長!!
-----ん、まさかコイツ…。
「詩織さん、僕は山田くんより出来ます!!」
「やっぱり!?」
そう、末長は親友である僕を裏切ったのだ、愛の為に。最低だ、友情はどうしたんだよ!!
彼の大声と僕の悲鳴で詩織とその他3人がこちらに振り向いたのが見えた。
「まて、山田裕也を倒すのは俺だ!」
「いや俺だ!」
「ずるいぞ、お前!」
体が動かせないにも拘らず、次々と襲いかかってくる男達。
「ちょ!!」
僕は押し倒されてしまった。
初めて押し倒して来たのが女の子じゃなくて男だなんてショックだが、それ以上に僕はショックだよ! 末長!! そんなヤツだとは思ってたけど、うう。
いろんなショックを受けつつ、モミクチャにされていると重たかった体が軽くなった。
目の前には詩織。僕に向かって腕を出している。
徐に手を取ると、やっぱり冷たかった。
「何勘違いしてるのよ!」
そして地面に転がった男達4人を叱った。
仁王立ちしている彼女は頬を膨らませてもどかし気に地団駄を踏んだ。
「そういう出来るじゃないのよ! 勉強よ、勉強が出来る!」
「「え!?」」
僕を含めた5人の男の声が気持ち悪くハモった。
「私は頭のいい人が好みなの!」
-----へぇ、詩織の好きなタイプなんて初めて聞いた。
喉を押さえながら呼吸を整える。
「そんなコト言ったって、俺は1年なんで伝説の男の弟と成績比べられません!!」
「俺たち2年だって。うちの高校は成績の張り出しなんてないんだからどっちが上かなんて分からないだろ!?」
「そうだよ、詩織さん! もしかしたら僕の方が成績いいかもよ!?」
「1学期のテストの答案用紙なんて捨てたぜ?」
「五月蝿いわね!」
詩織がさらに怒った。
「成績表を見れば一目瞭然でしょ!? あれは先生に頼めば自分の学年順位とテストの結果まで教えてくれるんだから」
「それにね、1年だったら去年の全国模試をやってきなさいよ。去年の成績と比べてあげるわ」
「ね、ユーヤ」
彼女は僕に向かって満面の笑みを漏らした。
背中に変な汗が出て来た。
-----もしかして…。
「おい、山田くん。学期末の成績教えてくれよ! 学年順位、何番だったんだよ?」
末長が一番に近寄って来た。
すると他の男達も僕に詰め寄った。
またもや男の手によってモミクチャにされ始めた。せめて死ぬなら女の子の腕の中がいい…。
「現代文98点、古典93点、数学2 100点、数学B 92点、英語…」
「わー!!」
僕は男達を力の限り振り払って詩織の口を塞いだ。そう、今の点数は…。
「まさか今の点数、学期末のテストの点数だって言うんじゃないだろうね?」
「そうよ、ユーヤの点数よ! 英語99点」
僕の両手は詩織の指によって捻り上げられ、口を塞ぐ事を許してもらえない状態になった。仕方なく叫ぶ。
「わー!! 詩織! 止めて、止めてってば!!」
「化学96点、物理100点、世界史B 95点」
「ちょ、ダメだって! 個人情報保護法だよ!!」
「合計得点、800満点中773点!! そして学年順位は1位よ!!」
人差し指だけを突き出して、なぜか詩織が威張って言った。
-----やっぱり知ってたんだ。
僕はがっくりと項垂れ、周りはシーンとした。
ん?
「うわー!!」
なんだか騒がしいと思ていたら、部活中の人達や駐輪場に集まった人達で僕たちの周りは溢れていた。
-----ぼ、僕の成績が。
「さぁ努力してユーヤを負かしてみなさいよ!!」
人の成績を大勢にバラした僕の親友は高笑いを始めた。フルために利用して…酷過ぎる。
ざわめく群衆を肩を落として後にする。
「あ、ユーヤ」
僕を追いかけて来て指を握る詩織。
ジトっと睨んで、ため息をついた。
「怒ってる?」
「怒ってないよ、もうバレちゃったんだから仕方ないし」
「そうね。成績悪かったら怒るだろうけど」
「…なんで僕の成績知ってるの?」
彼女は一瞬小首をかしげて舌を出した。
「席が隣だから、成績表見えちゃった」
「嘘だね、暗記までして」
「ふふ」
はー。とんだ目あった。
また僕の噂で明日から持ち切りだろう。
「気を落とさないで、私、本当に頭いい人タイプだもの」
「え?」
聞き返したが詩織は応えず、あの美しい微笑のまま。そして僕の鼓動は高鳴ったままだった。
とりあえず、僕はさらなる成績アップを心に誓った。