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Close Friend #1

 姉さんが来年の春から専属モデルを勤める女性誌“aMaM”に詩織が載っていたという噂はあっという間に学校中を駆け巡り、2〜3日後には先生でさえ周知の沙汰となった。そのせいで元々目立っていた彼女はさらに注目される事となり、休み時間になれば一目見ようと男女問わず、廊下やベランダに列を作っていた。噂の中心人物はといえば、目立つ事は毎度の事だと言わんばかりに気にする事なく生活をおくっている。

 もちろん少しだけモデル*美嘉子と僕が似ているという浮説も沸き上がった訳だが、それは伝説の男の弟ということと、詩織のゴシップによってほとんど取り沙汰されることはなく終息を迎えたようだった。

 7時間目の水泳で眠たくなった体をゆっくり持ち上げ、帰りの用意をしていると詩織が僕の顔をじっと見てきた。


「何…か付いてる?」


 慌てて頬を触ってみたが何もなく、彼女も首を振るだけだった。

 鞄に筆記用具を詰めながら、どうしたのかと聞くと、


「今日は先に帰ってて」

「え?」


 詩織が学校に登校してくるようになって初めての言葉だった。

 何かと理由を付けて僕や末長、はたまた委員長とまで一緒に下校しようとする彼女が、こともあろうに僕たちと帰ろうとしないなんて…。お腹でも痛いのだろうか?

 鞄を机の上に置いて詩織の顔を覗き込んだ。顔色は悪くない、赤くもない、呼吸も正常…。具合が悪い訳ではなさそうだ。


「用事でもあるの?」

「ちょっとね」


 少し拙劣な笑顔をした。

 でも、これ以上の詮索もして欲しくないという顔でもあった。仕方なく末長と委員長を誘い、先に教室を出た。

 下駄箱を出て、委員長の車がある所まで3人で歩く。


「「委員長バイバイ」」

「はい! また明日ですぅ」


 黒い車に乗る込む委員長を男2人で手を振り見送った。

 そういえば、末長と帰るなんて久しぶりだ。いつもはここから詩織と3人で色んな話をして帰るのだが。


「あーあ、華がいなくなったぁ」

「…嫌みかな?」

「当たり前だろ。せめて君が女の子だったら僕だって意気揚々と帰るさ」

「酷いなぁ、ほら、姉さんだと思って!」

「こんなデカイお姉様なんて嫌だわ! しかも目だけだし、似てるの!」

「可愛いでしょ?」

「最悪。それよりさー、ここだけの話なんだけど…」


 女の子がいては出来ない男同士の談義をしながら学校から遠ざかった。


「じゃーね」

「おう、また明日な」


 いつもの分かれ道で末長に別れを告げ、自宅へ足を向ける。昨日までだったら、ようやく末長という危険因子がいなくなって詩織の手が離され、ほっと一息つく場所であるが、今日は隣に彼女がいない。なんというか、いつもいるのに、いないと少し寂しい気がする。


「詩織…」


 友人の名前を呟いてみる。

 そこには誰もいるはずがないので、道はただシーンと佇んでいるだけだ。足を止めて振り返ってみたが、やはり彼女の姿はない。

 -----どうしたんだろう、今日は…。

 気分は悪そうじゃなかったし、別に先生から呼び出しを受けていた訳でもなかったようだし、僕には思い当たる節がなかった。ま、彼女が先に帰れって行ったんだし、大丈夫だよね。

 しかし歩き出して2、3歩目には足をまた止めてしまう。

 -----笑顔、ぎこちなかったな。

 顔を作るのが下手な彼女が、捻りだしたあの微笑…本当は一緒にいて欲しかったんじゃないのか? 思い始めると段々そんな気がしてきた。

 僕はおせっかいなのだろうか、足はすでに元来た道を戻り始めていた。



「あれ、いない」


 教室に戻ると詩織の姿はなかった。

 もしかしたら僕が引き返してくる間に帰ったとか? いや、帰ったのならどこかでバッティングするはずだし、どこに行ったのだろう?


「ねぇ詩織知らない?」

「い、いえ。さっき鞄持って出て行きましたけど」


 僕にビビりながら日直当番の女の子が質問に答えてくれる。


「どこに行ったか分かるかな?」

「さぁ…そこまでは。でもついさっきだったから、まだ校内にいるのかも…」

「ありがとう、気をつけて帰ってね」


 顔を見合わせる日直2人組に笑顔で手を振って教室を離れ、考える。

 家に帰る道もいなかったし、下駄箱にもいなかったし、となると西側校舎か体育館のほうか、はたまたA組校舎だ。西側にある校舎は、1階は全て職員室、2階は生物室と化学室、3階は物理室に家科教室、4階は音楽室と文化部の部室となっていて、そこから屋上に昇る事が出来る。体育館は西側校舎のすぐ横に設置されていて、死角になるのは僕が通ってきた通学路に面しているグラウンド側だけだ。A組はグラウンドの向こう側…。

 -----屋上だったら体育館の横(駐輪場)まで見えるし近いし、そっちから行こう。

 教室のある2階から一気に階段を駆け上がった。


「はぁ、はぁ、きつー」


 4階の一つ上の踊り場まで走り、息が切れて足が重たくなった。手すりに素直にお世話になりながら、腰を持って屋上のドアを開けようとすると、外から声がしてきた。

 -----何だろう?

 僕が使うようになって人の出入りがほとんどなくなっていたそのドアを片目の幅だけ開けた。そこには風でなびく何枚ものスカートに黒ハイソックスを履いた脚と、奥には女の子が1人倒れていた。

 瞳孔が広がると共にドアは風と僕の力で壊れそうな悲鳴を上げた。


「詩織!!」


 急いで走り寄ろうとしたが、何本かの手が僕の体を掴んで動く自由を奪う。


「何を!?」

「調子に乗ってる後輩をシメてやってんだよ!」


 羽交い締めにされている僕の前に立ち、腕を組んでいる人物が言った。それは詩織と同じ赤い制服を着て、胸には3年の証であるグリーンのエンブレムをつけていた。

 彼女が顎で合図すると、僕の膝はガクンと屋上のまだ暖かい床の上につけられた。


「詩織! 詩織起きて!」


 幸い口を塞がれていないため、目の前で倒れたままの友人の名前を連呼した。


「五月蝿いんだよ」

「ぐ…ぅ」


 思いっきりミゾオチに膝を入れられ、顔が引きつった。倒れ込みたいのに、多くの手がそれをさせてくれない。荒い息を繰り返しているとき、周りの女の人達が次々に詩織に罵声を浴びせ始めた。


「ったく、一人で来いって言ったのに、虹村マジムカつくんですけど」

「だよね。ちょっと顔いいからって、調子に乗りやがって」

「手間かけさせてんじゃねーっての」

「モデル気取りで、男たぶらかしてんじゃねーよ」


 口汚くののしられても詩織は反応を示そうとせず、ぐったりと横たわっている。

 -----何したんだ!?


「にしても、意外に楽だったね」

「そうそう、友達になりたいって近づいたら、すぐに間合いに入れてくれたしさぁ」

「んわけネーのに」

「私、20発殴っちゃった」

「ズルーイ、私でも13なのに。でもいっか、気絶する最後の一発私だったしー」


 キャハハと、高音の笑い声が空高く響いた。

 なんて人達なんだろう?

 雑誌に詩織が載ってるのを逆恨みして、尚、嘘まで付いて呼び出して…しかも意識を失うまで殴ったなんて。自分でも分かる程、眉間にシワが寄った。


「そ、れ、に、最終目的の山田裕也も予想外とはいえGET出来たしね」

「えーでもぉ本当にコイツ伝説の男の弟? てんで弱いじゃん。さっきから抵抗もしてこない」


 そう言ってグリーンのエンブレムを付けた女の人達の目が一斉に僕の顔を見た。


「結構可愛いじゃん!」

「本当だー、ねぇ大我(たいが)くんに渡す前にイタズラでもしちゃおっか」

「キャー! まゆみのエッチぃ」


 -----最終目的? GET? 大我くん…?

 詩織を助けることを考えている最中に、僕の頭の中に入ってきた言葉。一体…。


「ダメよ、浮気しちゃ。それに、大我くん最初からいるもの」


 お団子頭の人が指を指すと、皆それに習って屋上のドアの上を見た。動かせる首だけ振り返ると、肩までの長髪に緑のエンブレムをつけた男の人があぐらをかいて座っていた。にこにこ笑って、彼女達に投げキスをすると歓声が上がり、さらに彼はニィと笑った。

 そして癖のある関西弁で、


「酷いわ、まゆみ。年下の男と浮気しよなんて」

「ヤーンゴメン。出来心だってー」

「ホンマかぁ?」

「ホントよ。それより見てよ、計算外だけど山田裕也も捕獲したしー」

「知ってる、見てたもん」


 僕を組み敷く力が強くなり、地面に上半身が押さえつけられた。


「離したってや」

「え、なんで?」

「俺が伝説の男の弟を格好よく倒すとこ、見たないんか?」

「「「みたーい」」」


 その言葉と共に、僕は解放された。

 振り向く事もせず、詩織に駆け寄り体を揺さぶった。小さく呼吸するその口元には血が固まっていて、顔にも腕にも見えている所だけで結構な痣が出来始めていた。もう一度揺すると、長くて多いまつ毛が少しだけ動いた。


「詩織、大丈夫!?」

「んなわけあらへん、コイツら容赦なかったからな」


 後ろを見ると、いつの間にか長髪の男が僕と同じ位置の床に立って女の人達を左右に侍らせていた。


「なぁ勝負しよや、お前が勝ったら詩織ちゃんと共にすぐさま返したるよ。ははっ心配せーへんでも、コイツらには一切手を出させへんから。五十嵐のいう所のタイマンや」

「その前に一つ聞かせてよ」

「なんや?」

「僕を呼び出す為に詩織をここに?」

「ん? まーそうやな。本当はちゃんと人質になった所に来てもらうつもりやったけど、結果は変わらへんな。そういうことや」


 ブツンという音が頭の中で聞こえて、気がつけば目の前の男を睨んでいた。

 


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