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2学期突入。

 

 アイロンで良くシワを伸ばした白いシャツに袖を通し、ベルトを締め家を出た。

 夏休みも終わり、今日から2学期が始まる。本の虫ならぬゲームの虫と化し、ジム以外にほとんど外出しなかった僕は休み前より少し色が白くなったような感じで、久しぶりに歩く通学路の暑さに早くも負けそうだ。

 毎日のように見ていた黒い車から委員長が降りてきて、後ろから声をかけると相も変わらずキュートな笑顔を振りまいてきた。


「今日から2学期だね」

「はい、2学期もよろしくですぅ」

「学期が変わると委員長じゃなくなるのかな?」

「いえ、大正学園は1年間は役職が変わらないんですよぉ」

「じゃあまだしばらくは委員長って呼べるね」


 はにかむ彼女と一緒に教室に入ると、変わらない友人達が当然の如く声をかけてきた。


「久しぶりー」

「おお、お久しぶり」


 末長、坂東と拳同士をくっ付けて友情の再確認をする。


「おみやげです」


 どこで買ってきたのか、坂東が戦隊もののまんじゅうを机の上に出した。


「レッドにはいちご味、イエローにはチーズ、ブルーには芋、いろんな味があるので、好きなのを取ってください」


 着色料たっぷりなまんじゅうを摘みながら、夏休みの間の話で盛り上がる。

 坂東は戦隊ものめぐり、末長はグラビアアイドルのサイン会めぐり、委員長はニースとかいう涼しげな外国、そして僕は家でモンスターと250時間戦った事を述べ合う。やっぱり学校は楽しい。

 結局、詩織と遊園地に行った次の日、姉さんから逃げるように家を出たのはいいが、やることは変わらずゴロゴロ1週間を過ごしてしまい、せっかくジムでしぼった体脂肪率も結果的に1%しか減っていない事になっている。肥るは易し、痩せるは難しってね。


 今日は朝礼もなく、ただ体育館に集まって校長の挨拶を聞いて帰るだけという、とても楽な時間割で、いつも通り来たにも関わらず時間にはまだ余裕があった。朝礼5分前の時間、そろそろ彼女も姿を現す時間だろう。教室のドアを見ると予想通り詩織が入ってきた。


「「おはよー」」


 鞄を置きながら挨拶してくる彼女と同調して回りのメンバー、そして僕も一緒になって挨拶した。

 夏休み前と同じように僕の机の方に椅子を引っ張ってきてはこっそり僕の体の一部のどこかに触れている。末長対策だ。


「やっぱり詩織さん程の美人、いろんなグラビアアイドルに会ってきたけど、いなかったよ!」


 嬉しそうに語りかける彼に詩織は笑って返している。


「あれ、その包みどうしたの?」


 いつもは鞄以外に何も持たない主義の彼女の腕には茶色の紙袋があった。「これはね」と勿体振りながら留めてある透明なセロテープを剥がしている。中から出てきたのは女性雑誌“aMaM”だった。確か姉さんが出てる…。


「出来たんだ」

「そ、さっきお姉さんに会っちゃって」


 こっそり耳打ちをしてきた。

 どういうことだ。弟には全く顔を見せないで、詩織にだけ会うなんて。変な事吹き込まれてなきゃいいけど。不安を隠しながらも、机の上で捲られていく雑誌に目を通した。


「今日発売のですねぇ、私も帰りに本屋行って買おうと思ってたんですぅ」

「珍しいね、詩織さんが雑誌持ってるなんて」

「ふふ、そう? あ!」


 捲られる速度が急激に落ち、見知った顔がアップになっていた。

 -----黙ってれば可愛いのに。

 独裁的な性格を持つ実姉を眺めつつ、ため息をついた。


「そういえば前から思ってたんですけどぉ、山田くんって美嘉子ってモデルに少し似てますよねぇ」

「ええ、嘘!?」


 末長が逆さになっている雑誌をひっくり返しながら僕の顔と雑誌を見比べ始めた。


「…本当だ、目の辺りとかそっくり…。なぜだ、何か美人と繋がりがあるのか!?」


 ツバを飛ばしながら僕の胸ぐらを掴んできた。両手を上げて降参の意を込めてなだめる。弱ったな、ちょっと見るだけなら気づかれないと思っていたのに、委員長が読者だったなんて。そうか、女の子だもんなぁ。ま、バレてもいいんだけどね。五十嵐番長も知ってるし。


「美嘉子さんは、ユーヤのお姉さんなのよ」


 僕の隣で頬杖をついていた詩織が言った。

 目を丸くする坂東と委員長、シャツを掴む力が抜けていく末長。俯きながら頷く僕。


「「「えええ!?」」」

「ちょ、声大きい」


 すでにクラス中の注目の的であるグループはさらに目線を集中させた。先程の大きな声から一転、グループにしか聞こえない音量で顔を近づけてコソコソ話し始めた。


「嘘だろ?」

「本当だよ」

「詩織さんは知ってたんですか?」

「こないだね」

「それが本当ならサイン貰ってきて欲しいですぅ、私ファンなんですよ、モデルの時も趣味の写真でも」

「いいけど、会った時でいい?」

「はい、お願いしますぅ!」


 体勢を戻しながら、末長にページを捲るよう要求する。


「もっと驚く事あるから、先見てみなよ」

「?」


 紙が繰られる音が何度もあった後、末長の顔色が変わった。


「ぎゃー!! おう、お美しい!!」


 目が潰れたと言わんばかりに顔を両手で覆ってその辺をのたうち回っている。そこにはばっちり化粧された詩織の姿があった。坂東も驚いて詩織の顔と雑誌に目を往復させ、委員長は手を叩いて詩織の手を握った。


「絶対買いますぅ、保管分も買っちゃいますぅ」

「僕も一冊買っておきますよ」

「ぼ、僕も!! 1冊は観賞用、もう1冊は部屋に貼る用、もう1冊は保存用、もう1冊は永久保存用に!!」


 どれだけ買うつもりなんだ。盛り上がる3人を放っておいて、詩織が載っているページを捲っていく。

 -----確かに可愛い…。

 堂々とした姉さんの隣で対照的にちょこんと立っているだけの彼女だが、なんだか雰囲気がいつもと違う。実際現場を見ていた訳だが、雑誌になって見てみるとカメラマンさんの腕もあるのだろうが、いつも以上に人を引きつける魅力が備わっている。こりゃ姉さんだけじゃなくて、チーフが真剣になる訳だよ。


 2人の全ての写真の横にはそれぞれ可愛いフォントでコピーが書かれてある。

 姉さんの横には、

(大人の女性のメクルメク…)(今宵の宴だけは)(少女でありたい)

 詩織の横には、

(まだ少女のメクルメク…)(今宵の宴だけは)(大人でありたい)

 と、写真に反映して文の物語が進行しているようだった。


 -----ライターさん、恥ずかしくないのかな?

 あらぬ心配をしてしまう程それはよくできていて、僕はなぜだか照れてしまった。

 右側にどアップの姉さんの顔があって、左ページに姉さんの全身写真がある所には、〆の言葉。


(あどけない顔で騙して、蝶のように去るでしょう)


 -----蝶って…。どっちかっていうと大スズメバチなんだけど…。

 ちゃっかり心の中で悪態をつきつつ、姉さんが終わりってことは次が詩織でラストだな、とページを捲った。

 心臓がこれ以上ないくらいに跳ね上がった。


(感謝します。ようやく私も華ヒラくことでしょう)


 その文字の横には2ページぶち抜きで詩織のお腹から上が写っていた。しかも、文字の所は誰も気づいていないが明らかに僕の背中だった。歓喜の声を上げる3人を他所に、机に突っ伏した。


「はぁーーーー」


 机に薄い水蒸気の膜ができて、すぐさま蒸発して目に見えなくなった。

 -----なんだよ、その触れ書き…。僕の事は制作者側は意図していないだろうけど、でも…。

 鼓動は早くなるばかりだ。

 僕が詩織を導いているように感じてしまったのが、なんだか恥ずかしい。

 ゴンと、机に額を当て熱を冷ます。

 ----- ∫xndx = ( xn-1 ) / ( n + 1 ) + C( n≠-1 )、∫kdx = kx + C、∫{ f(x) + g(x) } dx = ∫f(x)dx + ∫g(x)dx、 ∫{ f(x) - g(x) } dx = ∫f(x)dx - ∫g(x)dx、∫kf(x)dx = k∫f(x)dx、 ∫g´(x)h(x)dx = g(x)h(x) - ∫g(x)h´(x)dx

 落ち着きを取り戻す為に、心の中で昨日暗記したばかりの積分(数学の公式)を唱えた。


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