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可愛い人

 リビングで相変わらずモンスターを狩っていると、ふいに気配がした。


「あーあ、この夏休み中に詩織ちゃんは何してるのかしら」


 聞こえないふりをして一心不乱に画面の中で大剣を振り下ろし続けた。巨大な敵にダメージを与え続け、もう少しというところで画面が真っ暗になってしまった。


「…姉さん」

「今すぐ詩織ちゃんとデートしてきなさい」


 そう言って徐に財布から2枚のチケットを取り出した。僕の鼻先にそれを着きつけると横に置いてあった携帯を取り上げ、勝手に操作して詩織に電話をかけた。


「ほら、誘いなさい」


 まだコール音が鳴っている状態で返される。

 こうなると用事がないのに電話をかけたなんて失礼な事になってしまう。姉さんも怖い事だし、たまにはジム以外に外に出るのも悪くはないかも知れない。

 4度コール音がした後に、詩織の声が聞こえてきた。


『ユーヤ? 珍しいね、電話掛けてくるなんて』

『うん…あの、今日の予定とかあるかな?』

『ないけど』


 姉さんの手からチケットを受け取り、書いてある通りに呼んだ。


『無料券があるんだけど、えっと…奈良エキサイト遊園地。行かない?』

『行く! 何時に待ち合わせ?』

『今9時だから、10時に弥生駅前に待ち合わせ…』


 もの凄い殺気に気づいて後ろを振り返れば、どこぞのチンピラのような表情で姉さんが僕の事を見下ろしていた。


『ごめ、9時半には家の前まで迎えに行くから』


 そういうと先程までの眉間のシワは何処へやら、姉さんはいつもの表情に戻った。きっちりエスコートしろと言う事らしい。身震いしながら詩織の楽しげな声を聞きつつ、電話を切った。


「お膳立てに感謝しなさい。さぁ服を出して、変な格好して行ったらただじゃ置かないからね」


 威圧的に姉さんは僕に命令した。

 ため息を吐き、部屋のクローゼットを開けながら僕は決意した、今週中には絶対に家を出ようと。



「絶対にキスして帰るのよ!!」


 爆弾発言をかまして窓が閉められ、姉さんは元来た道を愛車に乗って戻っていった。

 -----だから、友達なんだってば…。

 すでに見えなくなってしまった彼女に突っ込みを入れながら、肩を落として詩織の宿泊先であるホテルへ向かった。別に彼女の事を嫌いなわけじゃない、むしろ好きな方だし、ドキドキしている自分がいるのも事実だ。でも、他人からどうこう言われると居心地が悪いというか、例えるなら小さい頃にしでかした失敗を親戚のおじさんに会う度に言われるというような感じだろうか。

 ま、周りが盛り上がってしまっているだけで当の本人はというと、あれから気にしている様子もないように感じる。というか、この休みの間、あれから会っていないので実はよく分からないだけなのだが、彼女の性格から言ってそれはないと思う。


「せっかくただで貰ったんだし、楽しもうかな」


 財布の中身を確認しながら独り言を唱える。

 ホテルの前で電話して、詩織が降りてくるのを待った。いつもの綺麗な笑顔で彼女は僕の隣に落ち着いた。


 僕たちが目指すのは大正駅から約30分の場所にある弥生駅の前すぐ前にある遊園地だ。園内には大きな観覧車やメリーゴーランドを始め、ジェットコースターやら振り子のような物やら名前がよくわからないものなど、とにかくいっぱいある。この遊園地の売りは日本で3番目に高いジェットコースターと日本一広いお化け屋敷、そして日本一の大きさを誇る観覧車だ。

 なんでも、この観覧車の一番上でキスすると結婚出来るとかいうジンクスがあるのだとか。さっき姉さんがそう教えてくれた&キスするように言われたヤツだが、僕には全くその気はない。てか、乗る気もない。実は僕は小さな頃、観覧車の事故で2時間以上降りられなくなったことがあり、それがトラウマで乗れないのだ。たぶん、姉さんはそんなこと忘れているんだろうけど。


 貰ったチケットを係のお姉さんに渡すと入場券とフリーパスのリストバンドが替わりに返ってきた。これならお昼代やジュース代、ゲーム代しかいらないので僕の財布はかなりの余裕を持つ事が出来るだろう。姉さんを心の中で拝んだ。


「あ」

「どうしたの?」

「ごめん、そういえば姉さんが詩織の写真撮って来いって」

「いいわよ。替わりに今度データもらえる?」

「勿論。ゴメンね、この前から姉さんが。その、かなり気に入っちゃったみたいで。父さんや母さんの事も…」

「あっは、大丈夫。ちょっと吃驚したけど気にしてないもの」


 おばちゃんのようにバシっと僕の背中を叩いて、ころころ笑っている。

 とりあえず、ジーパンの横に引っかかっているカメラ入れから、姉さんから預かったコンパクトカメラを取り出して園内と詩織が入るようにして証拠写真を納めておく。

 -----これで安心。

 そう胸を撫で下ろした時だった。タイミングを見計らったかのように携帯が鳴り、表示を見ると姉さんからだった。引きつる顔を押さえる事もせず、メールBOXを開けると


(1枚だけじゃなくて詩織ちゃんをいっぱい撮ってきてね、裕くんvv)


 思わず踞って腕で額を押さえた。

 どうしたのかと声が振ってくるので、彼女に携帯画面が見えるように上にかざした。詩織はそれを読むと、


「いいじゃん、普通に遊んで撮ろう! ユーヤも撮ってあげる」

「うん、ごめん」

「謝らないでよ、奢ってもらってるんだし。それに…友達と遊園地なんて始めてで私嬉しいよ?」


 励ますように僕の頭を2回ポンポンと軽く叩いてきた。この日だけは暴れ馬の詩織も天使に見える。


「…だね。うん、ちゃんと楽しむよ」


 悪魔な女王様を頭から振り祓い、立ち上がった。

 園内は平日だというのに、結構人が多かった。が、家族連れが少ない。さすが夏休み…ほとんど学生さんばっかりだ。しかも見た所、男女2人のカップルが多い。これなら詩織の事を軟派してくるような輩は少ないだろうから、僕としても安心して闊歩できそうだ。

 -----さてと、どこに行こう?


「ユーヤ、これに乗りたい!」


 すでに走ってその乗り物の前で手招きをする彼女に続いて、腕のリストバンドを係員に見せた。




「ごめん、目が…」


 お昼を食べて何個目のアトラクションだっただろうか?

 コーヒーカップでお約束の超高速回転をかけられ、詩織だけが喜々とし、僕は気分が悪くなってしまった。


「一回、ブレイクさせて」


 未だふわふわ漂う浮遊感に近くのベンチに身を委ね、どこまでも青い空を見上げた。今年は秋が早いのか、向こうの方で鱗雲が出来ていた。

 -----絶叫系は平気なんだけどな。

 自分で自分に言い訳をしていると、顔に陰が出来た。見上げると、詩織が笑って缶を2本持っていた。お礼を言いつつ受け取り、冷たいそれを額に当てた。皮膚を通り抜け、頭の芯まで冷たさが浸透すると、ようやく僕の視界もハッキリしてきた。


「ふー」

「この後、どうするの? もう結構乗ったけど」

「とりあえずまだ乗ってないの制覇して、時間があるようなら考えようよ」

「わかったわ」


 詩織は園内のパンフレットを広げ、どれに乗っていないか確認しているようだった。

 そういえば、何枚写真を撮ったのだろう? ふと気になって枚数確認をしてみると20枚、微妙な数だ。でも仕方ないと思う。だってそうだろ? 乗っている間はカメラなんて持って入れない乗り物だってあるし、何やってるか分からない写真なんて意味ないし。再生ボタンを押して内容を確認すると、詩織は13枚で残りは僕と小さい子が乗る様の100円入れると動くパンダが数枚写っていた。

 -----これは不味いかな。

 別に弟を写す為でもパンダの乗り物を写すためにでも持たされたわけじゃないから、多分この数字は怒られる範囲だ。とりあえず真剣にパンフレットと睨めっこしている詩織の横顔を撮っておいた。


「もういいの?」

「うん、だいぶね」


 起き上がる僕を見て詩織が心配そうに顔を見てきた。


「そう、じゃあ乗りたい物があるんだけど」


 彼女に連れられ来た乗り物は、メリーゴーランドだった。手を引いて僕まで乗せようとする彼女を静止する。

 大の男が花やキラキラをあしらった作り物の馬になんて乗っていいのだろうか。僕の頭の中では、番長が大はしゃぎでメリーゴーランドをクルクル回る映像が浮かんできた。失礼だがアウトだろう? 僕もアウトだと思う。だいたい小さな女の子が乗る為の物で、僕のような男が一人で乗る為の物じゃない。


「僕は、遠慮しておくよ」

「どうしてよ」

「…写真撮りたいからね」


 唇を尖らせる彼女をなだめ、柵越しに手を振った。回ってくる度にシャッターをきるのも忘れない。

 やっぱり乗らなくてよかった。詩織ほど可愛ければ絵になるが、僕が乗ってみてもただの恥にしかなりそうにない。子どものようにはしゃぐ彼女をこれで合計20枚まで増やしておいた。


「次は観覧車かな…」


 そう呟く彼女に手を合わせて止めてもらおう様お願いする、トラウマの理由もきっちり教えて。すると彼女はアッサリそれを承諾し、またパンフレットを見始めた。


「もう、全部行ったみたいなんだけど」

「…本当だ。あ、お化け屋敷行ってないけど、どうする? 怖いなら行かないけど」


 聞いた詩織は眉毛をピクリと上げた。


「そんな訳ないじゃない。怖いモノなんて、ないんだから」


 僕の腕を掴んでズンズンと歩き出した。ま、君も姉さんと同じで怖いモノなんてないと思ってたけどね、でも少しは男の期待に応え「キャー」なんて言ってくれたっていいんじゃないのかい? どうして僕の周りには気の強い女の人ばかりなのだろう?

 -----今度は委員長誘おうかな。

 彼女なら、素直に僕の期待に応えてくれそうな気がした。

 お化け屋敷の如何にもな受付に入ると、いきなり人形の赤ん坊を渡された。


「ルールは、一番最後にあるマリア様の像の手に、この人形を置く事です。それまでいろんな試練が待ち受けてますからね、どうかご無事で」


 簡単に説明だけされて送り出されてしまった。

 中に一歩はいると、コンセプトが伺えた。どうやらこのお化け屋敷のコンセプトは西洋風で、お化けもゾンビやドラキュラといった感じに統一されているようだった。ホッと一息つく。僕はジャパニーズホラーは苦手だが、欧米ホラーは結構ヘッチャラだ。文化の違いと言うのもあるのだろうが、どうも現実味がなくて怖いとは思えないのだ。


 軽い人形を抱えて、僕たちは前に進んだ。

 雷のようにピカピカと光る道を歩いていくと、十字のお墓が何個も見えた。

 ------まずはゾンビかな。

 どこから脅かし役の人が飛び出してきてもいいように、身構えた。すると思った通り、墓から手が伸びてきて僕の足を掴んだ。


「わぁ」


 驚いた様子に満足したのか手が離され、土の中に戻っていく。予想していても驚くものは驚くもんなんだな。未だ早い鼓動を確認しつつ呑気に考えた。しかし、それはすぐさま壊される。


「イヤー!!!」


 この場を切り裂くような悲鳴が上げられる。演出かと思ったその声の主は実は隣の人物で、見た事もないような顔をして目を潤ませていた。その声に逆に驚いたゾンビはバツが悪そうに、すごすごとどこかへ行ってしまった。おーい、仕事は?

 っていうかですね、


「苦手…だったの?」

「う、ぅう、強がってたの!」


 分かってよと言わんばかりに見つめられた。無理な話だ。口に出さなきゃわからいよ、そんなこと。

 ------詩織にも怖いモノがあったのか。


「誰にも言わないでよ、お化けが怖いなんて」


 姉さんと違って可愛い所があるな、と少し優越感に浸ってしまった。

 頷くと、彼女は僕の腕を見た。残念ながら今は人形を抱えているので、いつものように小指だけ繋ぐことは出来そうにない。彼女はそれを察すると、僕の後ろにピタっとくっ付いて背中をグイグイ押し始めた。


「戻ろうか?」

「ふん、見なきゃ大丈夫よ」


 こんな所まで強がらなくてもいいのに何を思ったか彼女は意地を見せ始めた。


「なら進むけど」


 僕の後ろで叫び続ける詩織をなだめながら歩く。お化け屋敷の定番のこんにゃくみたいなのから、冷たい風が噴射する物まで、全てに絶叫し取り乱す彼女。ドラキュラの棺桶の前でなんて、何もしてこないのに「ごめんなさい、ごめんんさい」と念仏を唱えるように呟いて耳を塞いで震えていた。

 こんなに余裕のない彼女を見た事が嘗てあっただろうか? 僕の記憶によると短い間だが、ない。本当にお化け系が苦手らしい。制作者も大喜びだよ。

 僕はというと、詩織がかなり怖がるので逆にその方が気になってしまい驚きはするものの全くと言っていい程恐怖を感じなかった。詩織の叫び声の方が吃驚するくらいだ。


「詩織、ここが最後みたい」

「本当?」


 普段の暴れっぷりからは想像もできない、子リスのようなビビり方で詩織が僕の肩から顔をのぞかせた。

 目の前には入場する前に係員さんに言われたマリア様の像。

 さっさとこんな陰気な場所とはお別れしよう、そう思い像に近づいた瞬間、


「ダメ!!」

「ど、どうしたのさ」


 突然の制止に僕の体はビクっとなった。


「だ、だって、この赤ん坊を置いたら絶対何か出るわ!」


 言われてみれば確かに、最期の最後なのだからそうかもしれない。しかし過剰反応を起こしている彼女はマリア様に赤ん坊を置きたがらない。これじゃいつまで経っても帰れそうにない。


「きっと一瞬だから」

「嫌よ、イヤ、絶対やだ!!」

「ずっとここにいるの?」

「それもイヤ! でもわかってて怖い思いしたくないの!」

「じゃあ目をつぶってなよ、置くからさ」

「やだ!」


 なだめても彼女は僕が動くのを許さない。

 そしてとうとうと言うか、泣き出してしまった。


「ちょ」


 ------どうしよう。

 僕は決して悪くはないと思うが、詩織も悪くないし、お化け屋敷だって悪くない。

 でも、泣いてしまった。

 本当に苦手なんだと理解しても、泣き顔を僕は止める事が出来ない。子どものように泣きじゃくる彼女に視線を合わせるよう、膝を曲げた。いっその事キレてくれた方が楽なのかな? 「大丈夫だから」と背中を擦ってハンカチを渡してやる。はぁ、弱ったな。

 少なくとも泣き出して10分が経とうとした時だった、僕の目の前に入り口で見た係員さんがいた。

 彼は徐に僕に近づいて


「はいはい、これ置かないとゴールにならないからね」


 僕から人形を奪い、さっさとマリア様の腕に赤ん坊を置いた。すると、何事も怒らず後ろの扉が開いた。


「「……」」


 まごついた彼女の腕を取って外に出た。

 空の色はオレンジ色になっていて、夕方になっていることが分かった。


「最後、何もなかったね」

「…うん」


 しゃくり上げながら詩織は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 仕様がないよ、怖かったんだったら。

 僕は帰りにアイスを買ってあげた。少しでも早く、友人が元の元気な姿になるようにと。


 そして…帰ってカメラを姉に渡すと「キスは?」と問いつめられた。

 当然ない、と事実を述べると「据え膳食わぬは男の恥!!」とグーで殴られた。お膳立てってそういうことだったの?

 もう、家に明日帰ろうかと思う…。

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