表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/253

僕の夏休み

 8月某日、僕は宿題を早めに済ませ目的もなく本を読んだりテレビを見たりをして毎日を過ごしていた。

 今は先日発売されたばかりの大人気ゲーム“モンスターハンティング”をひたすら頑張っている。レベルという物がなく、ただプレイヤーがモンスターの動きを記憶し、攻略の糸口を見つけていくというものだ。他にも虫を捕ったり、武器を作ったり、畑で植物を栽培したりといろんなことが出来て面白い。すでに150時間を超えてしまったプレイ時間に僕の暇さが伺えるが、家には相変わらず姉さんしかいない状態なので誰も文句を言う人はいなかった。


「今からスポーツジムに行くけど、ユーヤはどうする?」


 区切りのいい所で姉さんに声をかけられた。

 彼女の話では会員でなくとも家族ならばたった300円で施設館内が1日使い放題らしい。ただヨガやピラティス、ボクシングなどクラスの物は見学しか出来ないとの事だが。行く旨を伝え、セーブをして部屋にジャージとTシャツを取りに行った。姉さんの運転する車で20分、目的のスポーツジムへ着いた。

 カウンターでお金を払い、一旦更衣室へ行くため別れてまた集合した。


「さてと、まずは筋トレよ」


 数年前から通っている勝手知ったるこの場所をズンズンと進んでいき、見た事のあるトレーニングマシーンで体を鍛え始めた。僕はそれに習って同じように行動していく。外に面しているランニングマシーンで並んで汗を流していると、外に見た事のあるような陰が一瞬見えた。Tシャツで額に堪った汗を染み込ませている間にその人物はどこかに行ってしまったようだった。…まさか、ね?

 買ってもらったスポーツドリンクで喉の渇きを潤していると、


「私は今からクラスに行くんだけど」

「じゃあ、僕はもう少し休んでから見学に行くよ」

「分かったわ」


 手を振る姉を見送りながら、また汗を拭った。

 と、向こう側にある体重計が目に入った。そういえば、夏前の健康診断から計っていなかったな。実家にあるにはあるが、別段体重なんて気にしていなかったから乗らなかったのだ。横には身長を計る物まである。ペットボトルを横に置きながらまずは身長計に足を乗せた。


「あ、伸びてる」


 健康診断の時より1cm程伸びていた。

 高校2年生にしてまだこの身長の伸びぐあい、ジャイアントバーバみたいにならないか少し心配だ。

 続いて隣に設置されてある体重計に乗った。


「げ」


 3キロも増えている。身長1cmにつき1キロだとしても2キロ増えている計算になる。

 やっぱり夏休みの間に部屋でごろごろし過ぎたのだろうか。休みが終わるまで通おうかな、せめてついてしまったお肉分は落としたい。

 -----あとで姉さんに相談してみよう。

 姉さんがいるハズのヨガの教室の扉の前に立つと、いかにもインドっぽい音楽が聞こえてきた。


「失礼しマース」


 邪魔をしないように小さな声で入っていくと、インストラクターの方が顎で奥のパイプ椅子に座るよう促してきた。頷いて腰掛け、前の方で陣地を陣取っている姉さんを見下ろした。よくあんなに体が曲がるよ。

 -----ん???

 姉さんのすぐ後ろ、僕は見た事のあるような後ろ姿に目を奪われた。

 大きな体をこれでもかというように小さくまとめ、ヨガのポーズを取っている。よく付いたその筋肉の動きが分かり、ちょっと気持ち悪ささえ感じてしまう程だ。体を斜め前に倒して、横顔を確認すると思った通り番長だった。

 多くの女性に交じってヨガをする彼の姿はかなりデカク見える。というか、なんか巧い。テクってるとでもいうのだろうか? 見せつけるような体の動きに思わず目を背けた。


「次は水泳教室なのよ」

「よくやるよ」

「モデルは体が資本なのよ、じゃあ着替えにいってるからプールサイドでね」


 一足先に教室から出ていた僕に話しかけつつ、急いで更衣室へ向かう姉さん。その姿を見送りながら僕は流れるように進んでいく女の人達の真ん中でまだ教室の中に残っていた彼に目をやった。


「番長」

「うお!?」


 声をかけると鍛え上げられた体が跳ね上がり、切れ長な目が少し大きくなった。

 僕の姿を確認するなり胸を押さえながら、


「山田、なぜこんな所に」

「見学にね」

「ああ、そうなのか」


 安堵した表情で一緒に教室を出た。


「体、鍛えてるんだ。さすがだね」

「まぁな。ケンカするにもいろいろと大変なんだ、わかってるとは思うが」

「や、僕は…」

「じゃあな、俺は次に行く」


 未だ勘違いを起こしたままの彼を見つめながらため息をついた。てっきり末長が僕の正体をバラしているかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。多分、2人が一緒になると詩織の話ばかりをしていて僕の話をする余裕なんて小指の先程もないのだろう。ま、別にいいけどね。

 プールサイドに行き姉さんが来るのを待っていると、来た来た。

 如何にもスポーツジムでするという格好の水着で女王様がお出ましになった。彼女は白い椅子に座っているように言うと、大きなタオルを僕に投げつけた。

 -----持ってろってことね。


 湿度が高く蒸し暑さを感じるため半袖を捲って椅子に座っていると、またもやあの姿が見えた。ビート板を使って顔を出したまま端のコースで泳いでいる番長。

 ここにも出てるのか。この人も良く体を動かすな、と感心して観察していると、彼の顔がニヤニヤして嫌らしい事に気がついた。全く、詩織の事が好きだったんじゃないのか? そう思いながら気が多い彼の目線の先を見てみると、姉さんの水着姿があって…。

 -----なんかヤダな。

 どう嫌かと聞かれると言葉に詰まってしまうが、なんていうのだろう? 別に羨ましいとか嫉妬するとかいう感情では全然ないのだが、自分の血の繋がった姉を知った人にそういう目で見て欲しくないというか、これなら僕の着替えを見てもらった方がいいというか(それはそれで嫌だが)、とにかく嫌だ。姉、妹をもつ人なら分かってもらえるだろうか。

 彼の事は嫌いじゃないが、これ以上見てたら気分悪くなりそう。

 すっかり萎えてしまった心を癒すため、インストラクターの綺麗な泳ぎを見ていた。


「おお、また見学か?」

「まーね」


 心が潤った頃合いに今度は番長から話しかけられた。

 僕に塩素の匂いのする水をかけながら隣に腰掛け、大きく深呼吸をしている。厚い胸板が上下に運動し、肩にかけられたタオルは水気を吸い取っている。外人受けならしそうだよな、もしくはアニキ好きな人…。

 ぼんやりして彼の体を見ていると、


「なんだよ、そんなに見るな」


 茶目っ気たっぷりに体を隠された。

 男にそんな事されても嬉しくともなんともなく、むしろゲンナリしてしまった。これで彼に今日、失望させられたのは2回目だ。


「実はな、詩織の他にもなかなかグッドルッキンな女性を見つけてな」

「……」

「多分年上なんだが、背が高くて可愛くてな。最近追っかけしてるんだ。あ、勿論好きなのは詩織だけだ。ただの憧れだからな」


 ふふんと笑って詩織へのフォローも忘れない。男としてとても出来てると思う、思うけど…

 -----姉さん…なんて言わないでよ。

 気が多いのを期待して低い可能性に賭けてみる。


「つい最近話せるようになってな、紹介してやろうか?」


 自慢げ胸を張る彼を横目で見ながら「会えればね」と言っておいた。


「今日も居たぞ、ほら…今こっちに」

「ユーヤ、タオル頂戴」

「うん」


 丸まったタオルを投げてよこすと姉さんはまず顔を拭き始めた。

 と、もの凄い力で腕を掴まれた。


「なんでお前が美嘉子さんの知り合いやってるんだ。ようやく俺だって話せるようになったって言うのに」


 顔近いよ。

 残念だけど、僕は彼に事実を伝えなければならない。大きく息を吸い込んだ。


「僕は…」

「あら? 五十嵐くんじゃない?」

「こここ、こんにちは。今日もお綺麗で」


 顔を赤くして番長が褒め言葉を連発している。


「ありがとう、いつも照れちゃうわ」

「それより、あの、山田裕也とはどのようなお知り合いで?」


 姉さんは僕の顔を見るなり、小さく「友達?」と聞いてきた。頷いてやると、姉さんは思いっきり外面のいい顔をして、


「姉弟なの、弟をよろしくね」


 投げキスを番長にカマした。

 胸を打ち抜かれた様子の番長は、真っ赤になった顔で敬礼をしていた。なぜに?


「じゃあ、着替えてくるからここで待ってるのよ」


 タオルを持って更衣室へ向かう姉さんを見ながら、番長は大きくため息をついてみせた。そしてジトっと睨んできた。


「何?」

「お前、羨ましいヤツだな」

「そうでもないよ、ああ見えて姉さん怖いんだから」

「馬鹿か、あんな素敵な女性…怒ったって可愛いもんだろう?」


 言いつつ余韻の残ったプールサイドを眺めている。病気だ。君が想像いているような「もう、裕くん怒っちゃうぞ」みたいな感じで軽く背中を押すような女の人じゃないんだ。現実は格も厳しい。

 しばらくして髪がまだ濡れたままの状態で姉さんが出てきた。


「ちゃんと乾かして出てくれば良かったのに、待つよ?」

「いいのよ、夏なんだからそのうち乾くわ」


 適当な彼女は身を翻し、僕の前を歩いてく。


「そういえば、五十嵐くんとはどんな関係?」

「友達だよ」

「随分タイプの違う友達ね」

「そうだね、詩織がいなきゃ知り合う事は一生なかったかもね」

「だろーと思ったわ。で、彼は詩織ちゃんの事が好きなんじゃないかしら?」


 ニィと頭を拭きながら僕の顔を覗き込んだ。

 -----姉さんにも気があるみたいだけどね。

 意外に自分の事は鈍い姉さんに肯定の意思を伝えると、彼女は右手を高く上げて車のドアの鍵を開けた。


「ライバルね。負けたりなんかしたら、承知しないから」


 そして頭を小突かれた。


「そのことなんだけど、体を鍛えようかと」

「あら、体を作って詩織ちゃんにアピール? いいわよ、明日から一緒に通いましょう」


 真意に気づかないのか、それとも気づかないフリをしているのか姉さんは僕がジムに通う事を快く承諾した。

 お礼を言って車に乗り込む。

 目指せ−2キロってね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ