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←思い通りにはなりたくないよ。

「家庭料理が食べたい…です」


 という詩織の要望により、僕たちは家に帰る途中でショップングセンターに寄った。

 なんでそんな物を彼女が要求したのかというと、憶測でしかないがホテル暮らしでしばらく手作りというものを食べていないのではないだろうか? 学校でだって一度もお弁当を持参した事はなかったし、昨日初めて訪れた彼女の部屋にはキッチンさえなかった。コンビニ弁当か外食を食べているのだろう。となると、彼女の親が気になる所だが…やめだ、余計な詮索はよくない。


「ユーヤ早くしなさい」


 姉に呼ばれて思考をパッタリと止めて買い物かごを持つのに専念した。

 ショッピングセンターの中のスーパーは人で賑わっていた。普通ならこの時間は夜ご飯の為に買い物に来たおばちゃん達だけでごった返すのだが、今日は日曜でしかも夏休み中と言う事でかなり人が多い。


 それでも僕は歩くのに苦労はしなかった。なぜかって? 姉さんが人をかき分けてくれるからだ。

 かき分けるというのは表現が違うかも知れないが、一応有名人に属す姉さんが歩くと知っている若い子がまず感銘の声を上げる。すると何事かと姉を知らない人達が振り向く。次にすでに携帯を広げた女の子達がおかまいなしに「可愛いー」とか「美嘉子チャーン」と黄色い声を発しながら写メを撮る。姉がそれに応えると知らない人達も芸能人か何かと勘違いして携帯を用意したり後ろを歩いたり道をあけてくれるのである。

 しかも今日は詩織がいるので注目度も2倍だ。

 モーゼの十戒の如く人が進路を譲っていく。


 昔から姉さんと歩く時は離れて歩いて関係ない人として振る舞っていたが、詩織がいる今それは出来ない。理由は言わずもかなだが、はぁ注目されるのはやっぱり慣れない。しかもそんな2人の後ろを従者の如く歩く僕は僕で注目されてしまう。1人だったらこんなことには絶対にならないのに。


「あ、トマト安い」


 思わず足を止めてしまった。

 一人暮らしを始めて身に付いたスキルだ。前を歩いていた姉さんはそれを聞くなり、かごに入れるように指示する。そんなことを何度かしているとカゴがいっぱいになってしまった。


「姉さん、買い過ぎじゃない?」

「いいのよ、どうせしばらく家にいるんでしょう?」

「うん」


 いいながら小さなお弁当を入れていく。


「何コレ?」

「もうすぐ2時でしょ? 作ってたら夕方になっちゃうわ。夕ご飯としてごちそうするのよ」


 -----なんだ、そんなこと…。


「え?」

「当たり前じゃない。それとも何? 私の行為にイチャモンつけたいわけ?」


 首を振って否定する。

 言われてみれば当たり前だが、考えが至らなかった。そうか。


「あれ、詩織がいない」


 話の中心人物がこつ然と姿を消していた。姉さんに会計を頼んで店内を隈無く探すと、いたいた。冷凍食品の隣、アイスクリームコーナーに彼女の姿。白い煙が出てくるそこを一歩も動こうとしないで、じっとアイスを見ている。


「そういえば始めてご飯食べにいった時も、噴水公園の時もアイス頼んでたよね」

「うん」

「好きなの? 買いなよ」


 詩織は嬉しそうな顔をして先に並んでいた姉さんの所へ行き、一緒になって会計をしている。

 レジの反対側に歩いていき、会計が終わったものを袋に詰めて詩織にアイスを渡し、また車に乗り込んだ。



 

 家に近づくに連れて、なんだかムズムズしてきた。

 なぜか…。そりゃ僕の立場になってみれば分かるよ。女の子を連れて実家に、なんて小学生や幼稚園生じゃないんだから少し抵抗があるのだ。親はいないのは分かっていてもなんだろう、この焦る感じ。詩織は何も感じないのだろうか?

 横を見るとショッピングセンターで買ったアイスの残りの一口を食べるとこだった。

 -----口にチョコ付いてる。

 いつもクールな感じの詩織のそんな姿を見てしまって思わず可愛いと思ってしまった。席の後ろに置いてあるティッシュを取って渡してやると恥ずかしそうに口元の拭っていた。


 たった数ヶ月しか離れていないのに、なんだか懐かしい気がする見慣れた風景を通り越し自宅に着いた。相変わらず庭には色んな花が咲き乱れ、大きなアゲハ蝶が何匹か蜜を吸いにダンスしながら飛んでいる。


「これがユーヤの実家…」


 改めて言われると照れてしまう。大きな袋を持ってドアが開けられるのを待ち、勝手知ったる冷蔵庫の中に食材を放り込んでいく。姉さんは後ろでどうやらお米を磨いでいるようだった。

 まだキョロキョロと落ち着かない様子で家の中を見ている詩織に声をかける。


「ソファーに座ってて。姉さん、お茶出してあげてよ」


 冷蔵庫から取り出した2Lペットボトルを出して催促すると珍しく彼女はにこにこしながらリビングへコップを3つ持ってキッチンを出て行った。かなり詩織の事を気に入っているらしい。僕がまだ冷蔵庫を整理している間にも2人は話に花を咲かせているようだった。

 ようやく大量にあった食材を詰め込み、2人がいるソファーに向かった。

 クスクス笑う彼女達が何をしているか知らずに。

 後ろに立って卒倒しかけた。だって、2人の膝の上にあるのは…


「僕のアルバム…」


 遠のきかける意識をなんとか現実に戻して、奪うようにアルバムに手をかけた。すると思いっきりシッペを繰り出された。痛い。


「まだ見てるでしょう?」

「でも、恥ずかしいし…」

「詩織ちゃんも見たいって言ってるのよ? ね?」

「はい。ユーヤ、私もっと見たい」


 甘えるように見上げられると僕は弱い。前も言ったけど、言いなりだ。


「幼稚園までだからね」

「わかったわよ。優しいお姉様に感謝しなさい」


 どこが優しいのか。もし姉さんが優しいと言うのならば、委員長なんて菩薩様に違いない。

 姉さんの横に腰掛け、テレビのチャンネルを回した。


「何コレ、ぷぷ。ユーヤ大泣きしてるー可笑しい」

「え?」

「ユーヤがタンスの下の隙間に挟まって取れなくて泣いているとこよ。全くどうしてそんな所に頭なんて突っ込んだのかしら」

「…これは姉さんが下に玩具が入ったから取ってって言ったから腕を突っ込んだら抜けなくなったんでしょ」

「あら、そうだったかしら」

「コレも泣いてる。可愛い」

「それはね家の庭にあるビニールプールで溺れたのよ」

「違うよ、姉さんが鼻に水を入れたらどうなるかって水鉄砲で僕に…」

「かぁわいぃ! ヤーン、仮装パーティーみたい」

「なんでこんな格好してるのかしら」

「姉さんが去年見たハロウィンを自分の誕生会でしたいって言ったんじゃないか」

「ユーヤ、よく昔の事覚えてるわね」

「足を踏んだ人間は覚えてなくても、足を踏まれた人間は覚えてるもんなんだよ」

「ヤーネ、昔の事ほじくり返す男なんて」

「……」


 ジトっと顔を見ると姉さんは時計を確認し、


「そろそろ夕飯の準備でもするか。詩織ちゃん、寛いでてね」

「はい、おかまいなく」


 台所へ姿を消していった。

 リビングに残された詩織と僕はさらにアルバムを開いていく。僕のアルバムと言っても姉弟だから姉さんもよく写っていた。あの頃も小さくて可愛い顔してただけで、もの凄く横暴だった。しかも子どもだったから手加減なんてまるでなくって、今より酷かったのかも知れない。そういえば2階の屋根から落とされたともあったし、洗濯機で回されそうになった事もあったっけな。うう、嫌なこと思い出しちゃったよ。僕、よく生きてたな。


「仲がいいのね」


 アルバムを捲りながら詩織が呟いた。


「どこが」

「ふふ、私もお兄ちゃんがいるけど、こんなに仲は良くなかったよ? 今でも会えばすぐにケンカだもの」


 こんなに強い詩織とケンカが出来るなんて、その兄も凄い人物なんだろう。ケンカを見てみたいような、見たくないような。どちらにしろ血を見るのは明らかな気がする。


「それに、写真があるのが羨ましい」

「…ん?」

「家、ないの知ってるでしょ?」


 一瞬悲しそうな目をして彼女はすぐに笑いかけてきた。ま、考えなくても未成年の少女がホテルで一人暮らしなんておかしいに決まっている。どんな過去が昔あったのかは知らないけれど、やっぱり色々聞かなくて正解だったのかも知れない。

 居たたまれなくなって「荷物少なそうだもんね」と茶化しておいた。


 姉さんの作った夕食を食べ僕は洗い物、詩織と姉さんはリビングでテレビを見ている時だった。

 リビングの端に置いてある家族専用のパソコンからスカイプ(簡単に言うとパソコンの電話ですね)に着信があった。このタイミング、たぶん父さんと母さんだろう。


「ユーヤは帰ってきたのかしら?」

「ええ、今日迎えに行って今洗い物をしてるわ」

「お姉ちゃんしっかりね」

「今何処にいるの?」

「ようやくエジプトに着いた所よ、今から経由して目的地に向かうのに飛行機を待っている状態なのよ。ほら、ここが空港、見えるでしょ?」


 どうやら通話相手は母さんでビデオ通話のようだ。

 蛇口を捻って歩いていこうとすると、詩織が姉さんに引っ張られるのが見えた。


「それよりこっちを見てよ! 可愛いでしょ?」

「お人形さんみたいね。どうしたの?」

「ユーヤの婚約者よ」

「まぁ、本当!? あなた、あなた、ユーヤに婚約者が」


 前にいるのに思わず2度見をしてしまった。

 -----母さんに何を吹き込んでいるんだ!!

 急いでパソコンへ走るとすでに父さんが詩織に顔を確認して目を潤ませていた。その後ろでハンカチを父さんに渡そうとする母さん。


「ユーヤ、よくやった! こんな可愛い子を」

「違!!」

「さすが私の子よ、絶対に離しちゃダメ」


 姉さんの思い込みの激しさは絶対にこの両親の血を濃く受け継いでしまったんだ。そうに違いない。

 詩織を見てみれば、あまりの展開に呆気にとられてポカンとしている。そりゃそうだ、ただの友達からいつのまにか婚約者として僕の両親に紹介され、勘違いされてしまっているのだから。こうなったら僕がなんとかするしかない。


「ちょっと待ってよ、違うんだ」

「何? 男の子は18にならないと結婚出来ないからまだ待たなきゃダメよ」

「そうじゃなくて」

「お名前はなんて言うの?」


 もう一度否定しようとしたら姉さんの足が飛んできた。それは思いっきりミゾオチに入って、思わず座り込んでしまった。うう、苦しい。


「詩織ちゃんって言うのよ。詩織ちゃん、これが私たちの両親」

「え、え、あの、初めまして」

「キャー、声も可愛いわ! あなた、どうしましょう?」

「どうもこうもないさ。詩織ちゃん、今度僕たちが帰った時はまたうちに遊びにおいで。歓迎するから」

「でも…あ、ユーヤ…」


 詩織が涙目になって苦しんでいる僕に気づいて背中を擦ってくれた。


「まぁ、心まで優しいなんて。お姉ちゃん、私たちが帰るまでユーヤをよろしくね。詩織ちゃんを逃がさないよう」

「分かってるわ。じゃあね母さん父さん」

「「またねー」」


 通信が終わる音がして部屋がシーンとなった。

 思わずキレそうになる頭の血管を押さえながら、僕の前で仁王立ちをする姉さんを見上げた。


「何言ってくれてるんだよ」

「あら、何か悪い事でもしたかしら?」


 まるで映画の中に出てくるような悪女のオーラをプンプン漂わせて実姉は微笑した。


「友達だって言ってるじゃないか」

「こうやって周りを固めていけば、いつかは友達じゃなくなるわ。覚えておきなさい」

「詩織の意思だって考えてよ」

「…詩織ちゃんはユーヤの事、嫌い?」

「いえ、嫌いなんて…」

「でしょー? じゃあチャンスはまだあるってことよ! さぁユーヤ今から頑張りなさい! お姉ちゃんは思いっきり応援するから」

「だから友達なんだって」


 立ち上がって腕を掴むと、姉さんはシラっとした顔して詩織には聞こえない小さな声で言った。


「詩織ちゃんにドキドキしてるくせに」

「!!」

「チャンスはいくらでもあったんじゃないの?」


 鋭い、鋭過ぎる。

 そりゃ美味し過ぎる展開は何度もあった。手を繋ぐなんてこれからもきっとある、ってか、彼女のキレる体質が治るまで絶対何度でもある。それをチャンスだと言うのならば僕は最も彼女に近い存在だと言えよう。そして姉さんが言うように、情けないが詩織の行動や言動にドキドキさせられっぱなしだ。

 -----見てもないのに…。


「それとこれは…別の話だよ」


 平静さを装って目を合わせないように横を向いた。


「ふーん。ま、いいわ」

「諦めてよね」

「嫌よ、私詩織ちゃん以外妹に欲しくないもの」


 グリっと音がするんじゃないかと思う程足の甲を踏まれて、苦い顔をしていると姉さんは詩織に肩を掛けた。


「さぁ送るわ。ユーヤも来なさい」


 その後、僕と詩織は助手席と後部座席とに離され、謝る事が出来なかった。

 仕方なく深夜、彼女にメールを送ったのは言うまでもない。


気づいていらっしゃった方もいるかと思いますが、

実は、2個前から題名が繋がっているんですよ。


綺麗なお姉さんは好きですか?→

←綺麗な人は好きだけど→

←思い通りにはなりたくないよ。


ってね。

やじるし(←→)が付いている時は、これからもこんな感じで題名が繋がってますので、注意してみて見ると面白い…かも(笑)。

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