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←綺麗な人は好きだけど→

 並木も歩く人も、自転車もあっと言う間に抜き去って都市高速へスムーズに入っていった。

 何度かギアを変えられる度、車は速度を上げていく。大きなビルを通り越した所で、速度は安定したものへと変わった。

 時計を見るとまだ昼ご飯には随分早い。

 片手で鉄の塊を操作する姉さんを見ながら、どうするんだと聞くとノープランだという答えが返ってきた。呆れて窓の外を見ると景色は見えず、変わりに反射した詩織の綺麗な横顔が映っていた。

 姉に気づかれないよう、小声で話しかける。


「帰ってもいいんだよ?」


 しかし僕の真意を理解出来ない彼女は首を振った。

 -----参ったな。

 このまま詩織を家まで連れて行くつもりだろうか? 姉さんならやりかねない。いや、それどころか父さんにも母さんにもあらぬ事を吹き込んでしまうかも知れない。そういえば。


「姉さん、父さんは? 迎えにきてくれるんじゃなったの?」

「あー今頃海の上じゃない? 母さんとまたボランティアよ、ボランティア」

「じゃあ、しばらく戻らないの?」

「そうなるんじゃない。あんた、片付けしなさいよ」

「……うん」


 威圧的な姉は家に着く前に僕に一つ目の仕事を押し付けた。

 反論してもそれ以上、いや5倍になって言い返されるので昔から絶対に反抗しないようにしている。と、いうか身につけられた。女王様の手によって、産まれた時から。彼女は何かを作ると言うクリエイティブな作業が好きな反面、後片付けが苦手らしく、いつも散らかしたものは僕が片付けるというのが決まっていた。だから家の手伝いをする時は必ず、姉さんがご飯、僕は皿洗いという風に分担している。この分だと掃除も仕事だな…。


 もう少しで都市高速を降りるという手前で、けたたましい携帯の音が鳴った。

 姉さんは助手席に置いてあった携帯を手に取ると徐に着信ボタンを押した。軽犯罪だ。


「はい、山田です。…ええ、わかりました。すぐ行きます」

「何?」

「ちょっと行く所が出来たのよ。いいわよね、行っても。行くわよ、決定ね」


 応える暇さえ与えず、僕の方に携帯を投げ捨てると出していたウィンカーを戻してアクセルを踏んだ。

 車から飛び降りる訳にも行かず、僕たちは言われるまま連行された。



「あれ、ここって…」


 車のドアを閉めながら建物を眺めた。

 サイコロのように真っ白でコンクリート造りで、むき出しの外階段がスタイリッシュなここには見覚えがあった。


「来た事あるでしょ、スタジオよ」


 確かに、姉に連れられて訪れたことが一度だけあった。ここは確か姉の出ている雑誌を主に仕事をしているワークスタジオだ。中には撮影をするスタジオは勿論の事、画像を処理するパソコンが何台もあり、それに何人ものカメラマンやアシスタント、カメラマネジメント、様々なアーティストが在籍しており結構デカイ会社だったりする。それだけでも大所帯なのに、撮影時には雑誌の編集者や服、ヘアメイク等のスタイリストさんが集まり、もの凄い人数が蠢く、なんともアリの巣の中状態になるのだ。

 前に来たのは高校生に成りたてだった時だったろうか? あまりの人の多さに酔ってしまい、外で姉の帰りを待っていた記憶がある。


「2人とも来なさい。中は涼しいから」


 上着を脱ぎつつドアを引く姉さんに呼ばれ、僕らは顔を見合わせながらスタジオに入った。

 中は昔以上に、物がごちゃごちゃ置かれていて狭かった。前をハイヒールでツカツカ歩いていく実姉の背中を追いかけていくと、前に大きな空間と、よく見る傘のようなライトやカメラが置かれてあった。


「おお、美嘉子ちゃん悪かったね」


 サングラスをかけた如何にもカメラマンな人がこっちを向いて笑った。次々と人々が姉さんの周りを取り囲み、今日のテーマだとかメイクだとかイメージだとかを伝えていく。

 -----やり手なんだ。

 感心して見ていると、先程一番に姉さんに声をかけた人が僕を見ていた。


「もしかして美嘉子ちゃんの弟くんか?」

「はい、前にも来た事があります」

「あーそうか!! いや、歳のせいか昔の事は思い出せなかったが、似てると思ってね」

「僕がですか?」

「いやいや、性格は真反対みたいだけどね」


 そう言ってお茶目にウィンクをしてきた。

 まー昔はよく顔が似てるって言われてたけどね。それにしても性格反対だなんて…当っていて笑ってしまった。

 スタッフさんに言われるまま、僕と詩織はスタジオの端でみんなの仕事ぶりを見ていた。バシっというフラッシュ音の後にピピピピという電子音がして、その度に姉さんはポーズを変え、表情を変える。一段落ついては服とメイクが変わっても、それは変わらず、何度も何度も繰り返し行われた。


「やー、美嘉子ちゃん今日も最高! っと、どうした?」

「やっぱり、ここは2人がいいんですよね」


 ノリノリになってきたカメラマンとは反対に、テンション低げに腕を組んだ女の人が言った。その言葉にスタジオ内の空気がガラリと変わる。多分、かなり偉い人なのだろう。撮影をストップさせ、紙面を作る為のイメージ図を広げながらヒステリックにあーでもない、こーでもないと、喚いている。


「じゃーどうするんだ、せっかく美嘉子ちゃんも来てくれたのに」

「別日に取り直します。満足がいかなければ何度でも」

「昔からお前のそういうところが気に入ってるが、でもな今回ばかりは締め切りが…」


 パンパン。

 姉さんが言い合っている2人の間に入って、大きく手を叩いた。


「言い合ってたって仕様がないじゃないですか」

「いやな、コイツがどうしてもここは2人がイイって譲らないからな」

「私はそれを承知出来てます。そして打開策も…」


 そしてまるで探偵が犯人を指し示すように指をこちらに向けて笑った。


「すでに用意済みですけど?」


 明らかに僕の隣の人物、詩織を指していた。

 面食らったスタジオの人達を尻目に姉さんは胸を張って彼女の手を取り、


「この子、使えないかしら?」

「ダメだよ!!」


 僕は思わず大声を出しながら詩織の指を握った。

 姉さんの言いたい事はすぐに理解出来た。出て来れないモデルに変わって詩織を使うつもりなんだ。やっぱり姉さんが絡むとろくな事がない。

 冷たい目をして弟である僕を見上げる姉さんに負けないよう口をさらに一文字にした。モデルをする事に反対はしない、けど、さっきから聞いてれば「美人」とかいう褒め言葉を何度カメラマンさんが姉さんにかけたことか。絶対、詩織にも言う!! 言わない訳がない。そうなったら大変なのは僕じゃない、みんななんだ。

 話して信じてもらえればどんなに楽なことか。


「裕くん、文句あるの?」

「あ、あるよ」


 癖で尻込みしてしまう自分を叱咤しながら、産まれて初めて姉さんに立ち向かった。


「言ってご覧なさい」

「…詩織はOK出してないけど」

「今から説得するわ、それでも文句ある?」

「でも…ちょっと姉さん!!」


 言いかけている途中で詩織を口説きにかかっていた。

 -----押しの強い姉さんの毒牙に詩織が立ち向かえる分けないじゃないか。

 止めに入ろうとしたら、横っ面をビンタされた。歯向かったこと、邪魔することに腹を立てているらしい。酷い…姉さん達のコト思ってしてるのに。

 赤くなった頬を押さえながら詩織の指をもう一度強く握った。


「お姉さんがそんなに言うのなら…」

「そうよ、心配しなくても大丈夫なんだから。詩織ちゃんはいい子ねー。それに比べて…」


 実姉に殺さんばかりに睨まれた。


「どう? 詩織ちゃんはOK出してくれたけど?」

「……」


 考えろ、考えるんだ、僕。

 何か打開策があるハズだ…。


「じゃあ、条件あるんだけど」

「何よ」

「絶対に、詩織に向かって“美人”って言わないって約束してくれる? 姉さんだけじゃないよ、このスタジオにいるみんな」

「何ソレ?」

「いいから!」


 姉さんは一瞬考える素振りを見せた後、


「聞いてましたよね、この約束さえ守れば撮影は今日で済みます。どうしましょう?」


 カメラマンさんと一番偉いであろう女の人に答えを促した。

 女の人は詩織にもの凄い早さで近づき、体を触ったり腕を上げさせたり、顔を覗き込んだり、前髪を上げたりした後に持っていたペンを軽く振った。


「確かに、ここまでのび…じゃない、可愛い子はいないわ。背も体も、顔も申し分なし。私はイケると思うけど、というか絶対に人気取れると思うんですけど、どうです林さん(カメラマン)」

「うーん。でも幾らびじ…可愛くても昨日今日の素人じゃ。クライアント(お客)は大丈夫なのかい?」

「ええ、大丈夫です。私がなんとかしてみせます」


 うちの女王様の目がキラリと光った。


「チーフ、決まり…ですね?」


 言うが早いか、詩織を引きはがしスタジオの横にある更衣室へ強引に連れて行った。

 僕はというと更衣室に入る訳にも行かず、ウロウロとスタジオの隅を歩くだけだった。しばらくすると姉さんが驚喜する声が聞こえて、扉から喜々満面の顔をした実姉とキレイに化粧された詩織が出てきた。


 それは沖縄で見た化粧とは全く違い、あのフサフサなまつ毛にさらに付けまつ毛をされたり、チークを多めにはたかれたりしていて、おとぎの国から出てきた女の子というかフランス人形というか、いつもの美人のイメージにさらに可憐さ、可愛さが加わったような出来上がりになっていた。


「どうよ?」


 したり顔で姉さんが肩を叩いてきた。

 どうって…いいものを見せてくれたってお礼を言えばいいのだろうか? 親父じゃあるまいし、それはないよ。

 -----でも、雑誌は買っておこう。

 密かに算段して姉さんにヒラヒラと手を振る。

 うちの女王様は満足げにライトの中心で詩織を手招いた。その後はずっと、さっきと一緒。フラッシュを焚かれる度に姉さんはポーズを変え、服装を変え、詩織をフォローしての繰り返し。

 さすがに飽きてきた僕はチーフに話しかけた。


「あの」

「美嘉子ちゃんの弟さんなんだって、さすが背が高いね」


 たまに激を入れながら、僕の顔をジッと見て彼女は笑う。


「ありがとうございます。あの、詩織は…」

「詩織ちゃん? うん、すごくいい。お姉さんと一緒にうちの専属モデルになって欲しいくらいよ」

「そう…ですか」


 カメラの方へ向き直ると2人はもういなくて、本日5回目の着替えに入っていた。

 携帯を覗けばすでに正午を1時間程過ぎていて僕のお腹は今にも腹の虫を押さえられない状態になっていた。

 -----コンビニでも行こうかな。


「そこは違うのよ!!」


 一際大きな声がスタジオで木霊した。

 見れば女の人が詩織にダメ出しをしていた。


「そんな笑いじゃなくて、ここはもっとこぅ。今年のこのブランドのテーマは“少女から大人になっていく”なんだから普段の自分とは違う、新しい感情に浸って欲しいのよ。大人になれて嬉しいっていうか、ホッとしたというか…大人の柔らかな表情が欲しいの。嘘っぽい顔なんていらないのよ。」

「まぁまぁ彼女素人なんだし」

「私は出来ない子にはこんなこといいませんよ!!」


 なだめるカメラマンさんを他所に、本気で詩織に指導をするチーフ。

 彼女は戸惑いながらも指示されたニュアンスの表情を何度も作る。

 -----ま、僕も詩織が作り笑いするとこ見た事ないし。

 思い返せば出会ってから彼女は一度もわざとらしい表情をした事がなかった。笑いたい時に笑い、怒りたい時に怒り、気分の悪い時は項垂れ、感情の赴くまま本当の自分しか見せていない。だから多分顔を作ると言うのが苦手なのだろう。今まで無表情で良かったから順調だった撮影が、ここに来て初めてストップした。


「これが最後の1枚なのに」


 気がつけば隣には実姉。

 詩織よりも先に全ての撮影が終わり貰ったお茶で一足先にリラックスモードに入っている。


「難しいんだね」

「そうよ、でも詩織ちゃんならきっと出来るわ」


 そう言って彼女を見守る。

 最後の一枚だと聞いて僕も足を止め、一緒になって彼女を見た。


「そう、そう。そんな感じなんだけど、ちょっと違うかなー。ほら折角美人なんだからもっと笑って!!」

「「あ」」


 フリーズした体に最初からエンジン全開で走りよった。思った通り詩織は黒いオーラを出して今にも飛び出さんとしていた。


「しお、わぁ!!」


 カメラのコードに引っかかって盛大にみんなの前でズッコケた。運良く詩織の手に僕の指が引っかかって彼女がキレたのを押さえられたものの、僕は高校球児よろしくスライディングをお見舞いしてしまいスタジオ内が一気にシーンとなった。

 恥ずかしくて起き上がる事も出来ず、倒れたままにしていると冷たい手が僕の両手を握って引っ張った。顔を上げると詩織の顔が見えた。


「ユーヤ、怪我は?」

「だ、大丈夫」


 彼女の手に力を加えながら起き上がって笑うと、詩織は一瞬面食らった顔をし、


「よかったぁ」


 笑顔を見せた。

 刹那、僕たちを中心とした場所が目も眩むような光に包まれ、電子音が鳴った。


「今の最高だった」

「ええ、最高よ」

「はい?」

「撮影は終わりって言ってるのよ」


 頭に痛みが走り、僕と詩織の間に割って入ろうとする姉さんが応えた。


「さあ、着替えてご飯に行くわよ」


 呆然とする僕を置き去りにして2人は更衣室に入っていった。

 -----終わり?


「弟さんのおかげでうまくいったわ。ありがとう」

「や、僕は…」

「雑誌は発売日に届くように貴方にも詩織ちゃんにも送っておくからね」

「はぁありがとうございます」


 ということは、本屋で女物の雑誌を買わなくて済むってことか。撤収するスタッフを見ながら、ただ漠然と思った。


 さらなる不幸が僕を待ち受けるとは思いもせず。

 ま、それはまた別の機会に。

 

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