綺麗なお姉さんは好きですか?→
「体痛い」
寝起きはいつもと違い最悪だった。
お尻は固い床に着いたままでうっ血してるんじゃないかと思うくらい痛いし、同じ体勢をしていたせいで腰も痛い。何より右手が痺れて青かった。
そう、床で寝るを選択した僕は詩織の手を握ったまま、可哀想なことに本当に一晩過ごしてしまったのだ。
未だ規則正しく寝息を立てている彼女の顔をのぞきながら、呟く。
「詩織、詩織サーン。起きて」
「むー?」
------起きた?
「キャー!!」
「げ」
上から枕が振ってきて、頭を直撃した。
ボフンという音を聞きながら、僕はベッドの端に埋もれた。看病した結果がコレなんて、神様酷いよ。
動く気力も失って目をつぶって突っ伏してると、ポンと手を打つ音がして僕の頭がグシャグシャにされた。
「ごめん、ずっと居てくれたの?」
「ん」
「ゴメンってば、布団入って寝てて、シャワー浴びてくる」
パタパタと足音がするのを聞いても僕は布団に潜ることもせず、一番上のシーツの上でぼーっと過ごした。彼女が服を着替えるというので、その間を利用して顔と歯を磨くことにする。袋に入ったままだった歯ブラシを口の中に入れ、爽やかなミントの味が広がった時、お尻のポケットが震えた。バイブはすぐさま修まったので、たぶんメールだろう。タオルで顔を拭きながらメールを確認した。
顔が引きつった。
「詩織、ごめんすぐ帰らなきゃ」
「どうし…」
「ごめん!! 携帯番号は登録しとくから」
髪を乾かしている彼女に声をかけ、急いで部屋を後にした。
-----部屋は昨日掃除した。服の用意は、してある。お風呂に入らなきゃ!!
ダッシュで家に戻り、タンスをひっくり返さんばかりの勢いで着替えとともに脱衣所に向かった。昨日からの汗を落とし、髪も豪快に洗って念入りにシェービングした。
-----眉は、OK。
基本触らないが、一応の確認は忘れない。服を着て部屋に戻ると、
「ちょ、なんでいるの!?」
詩織がテレビを見ながら寛いでいた。僕の布団を背もたれ代わりにして。
彼女はひらひらとこちらを見らずに手を振ると、持っていたバッグからTシャツを出してみせた。
「渡そうと思ってたのに帰るからさ」
「ああ、沖縄旅行の時の」
「そ」
「ってーそうじゃない! お願い、今日は無理なんだ!」
何が? という顔で僕の顔を見た。
そりゃ突然無理とか言われても、意味が分かんないよね。でも今は説明している時間なんてない。詩織の腕を引っ張って玄関へ連れて行く。
「帰れってこと?」
「う、うん」
「…この慌てよう、もしかして彼女? いたの?」
「そぅ…」
インターフォンが鳴ってしまった。
どうする、どうする、選択肢のカードが全くなく泡食っていると、
「早く開けなさい!!」
「彼女!?」
外から声がした。明らかに怒っていらっしゃる。
詩織もなんだか興奮気味だ。
前門の虎、後門の狼。あー神様、僕を助けて!!
仕方ない、詩織はベランダから出てもらおう、そうだ、それがいい。彼女のローファーを持って手を引いた時だった。ガチャンと音がして、勢い良く玄関のドアが開いた。
「ユーヤぁあああ!!」
「ひっ」
壊れるんじゃないかと思う程乱暴に開けられたドアが、外の壁にぶつかり音を立てた。
僕は体が跳ね上がり、目の前の人物の目は大きく見開いた。
「…取り込み中だった?」
「え?」
ロボットのように首だけ捻ると、僕の左手には女物の靴、右手には詩織。
誤解されても仕方ないような状況だった。だって、彼女の髪はまだ少し濡れていたし、僕が引っ張ってしまったせいでシャツが少し開けていて、しかも詩織は興奮気味だったので顔は上気していた。
違う、違うんだよ!!
「ちが!!」
「やだ、超かわいい!!」
僕の言葉を半分も聞かないうちにもの凄い早さで靴を脱ぎ、僕の手を叩いて引きはがすと詩織に顔を近づけた。彼女の全身をジロジロとくまなくチェックし、何度も顔を見てはニヤニヤする。
「ユーヤ、あの」
さすがの詩織も狼狽した様子で僕を見てきた。
詩織を観察し続ける人物のベルトを引いて彼女から引きはがす。呆れた顔で僕は、言い聞かせるように言ってやった。
「姉さん、やめてよ」
驚く詩織の顔を確認しながら、僕はグイグイと姉さんの背中を押して部屋に入れた。
この横暴な女性こそ僕の唯一の姉である山田美嘉子(やまだ みかこ/21)。僕と姉弟であるにも拘らずかなり積極的な性格で、大学に行きながら世界旅行や読者モデルをこなしている。最近はその趣味が高じたのか、人気が出たのか、専属モデルへの転身が来年の4月から決まり、さらに雑誌で旅行ルポを書いたりすることが決定している。気まぐれの女王様気質で欲しいものは大金を払ってでも絶対に手に入れるタイプ、ファッションに目がなく、フレンドリー。顔は可愛い方だが怒らせるとある意味詩織よりも怖い人物。外見の特徴としては、ベリーショートの髪型で僕と一緒で背が高いところだろうか。
「彼女、おいでおいで」
ああ、あと思い込みが激しい。
手招きをして詩織を呼んでいる。
「姉さん、詩織には帰ってもらうとこだから」
「詩織ちゃんかぁ、うふふ。ここ座って」
ぽんぽんと自分の隣を叩いて、招いた。
……。
最悪の状態だ。絶対に詩織との関係を誤解しているし、すでに彼女のペース。僕は姉さんの手の内の中。抵抗出来るとすれば、詩織が自主的に帰るしかない。
大きくため息をついて、冷蔵庫にあるお茶の缶を取り出した。2人に缶を渡し、勉強机の椅子に腰掛けた。
「裕くん、なんでこんな可愛い彼女が出来たって出来たその日に報告しないのかな?」
飲みかけたお茶で咽せてしまった。
彼女が裕くんという時は、何かしら怒っている時や企んでいる時だ。物腰は柔らかいが、不吉過ぎる。
「だ、だから彼女じゃないんだよ」
「……。なんで?」
「なんでって、友達だよ」
「そうなの?」
「はい」
頷く詩織を見て、オーバーに倒れてみせる。
「裕くん、死ねばいいのに」
「ええ!?」
「ううん、男として死んでる。こっっっっっっんなに可愛い女の子に手を出さないなんて。しかも部屋まで来てくれるのに」
「いや、それは…」
「どっか可笑しいんじゃないの? 男としても機能がないんじゃないの? ちゃんと付いてる? 私が男ならとっくに私のモノだわ」
「ねぇさ…」
「やだ、もしかしてE…」
頼むから止めて。
とっさに実姉の口を塞いで、にっこり笑った。
「その心配はないから」
ゆっくり口元から手を離して、項垂れた。
「姉さん、帰ろうよ。迎えにきてくれたんでしょ?」
早く帰ろうと諭す。
これ以上ここにいたら、体が持たない。
僕はお盆から夏休みが終わるまでの期間、実家に帰ろうと思っていたのだ。で、姉さんが車で迎えにきてくれてるみたいなんだけど。本当は迎えは明日で父さんが来る手はずになってたハズなのに、どうして姉さんが来るかな。
「嫌よ」
「は?」
「もっと詩織ちゃんと話したい」
ニッと不敵な笑いを漏らした。
思わず後ずさる。というとも、姉さんが絡んできたことで僕のいいようになった試しがない。引きつる顔を押さえながら、詩織の顔を見た。帰って、帰ってください。
「詩織ちゃんもいいわよね。お昼、奢るし」
「え、お姉さんが良ければ」
「One More Please! もう一度、お姉さんと呼んで」
「ぁ、お姉さん」
「くぅう、痺れる! 良過ぎ。やっぱり可愛い子は違うわぁ」
悶えながら、詩織の手を握る。
僕は嘗て似たような人物を見たことがある、末長だ。彼もまた、姉さんと同じように「末長」と何度も読んでもらっていたことがあった。
「そうと決まれば、行くわよ!! ユーヤ早くしなさい」
飲みかけのお茶を叩き付けるようにテーブルにおいて、立ち上がった。
休みの間腐るから…。
水で缶を洗い、逆さまにしてキッチンを後にした。