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僕の理性と選択肢

「待ちやがれ!!」

「許さねーぞ、お前ら」


 今僕は追われている。隣にいるのはご存知詩織。

 どうしてこんなことになったかというと、先程屋台の真ん中で女の子にふっかけていた男達が職務質問から戻ってきた所を運悪く丁度通りかかってしまったのだ。でかい声を出す2人に見物人達は誰も僕たちを助けようともしないでただ見てるだけ。


 -----さっきの警官どこ行ったんだよ。

 男達に見つかる数分前に、僕たちの前を通り過ぎていった警官を捜すべく今走っているのだが、どういう了見か見当たらない。祭り会場の中枢、駅前噴水公園まで走ってきた僕たちはかなり目立った存在で、そろそろ騒ぎを聞きつけてきてもいいハズなのだが。欲しい時にない、人生とはうまくいかないものだ。

 と、腕が重くなる。


「苦しい」


 詩織が走る足を止め始めたのだ。どうやら慣れない浴衣を長時間着ているため、帯の辺りに苦しさを感じているらしい。幾ら何でもここで帯を緩めてやる訳にもいかず、立ち止まって周りを見渡した。

 相変わらず誰も僕たちに手を差し伸べてくれる人はいない。踞る彼女に声をかける。

 ------僕がなんとかするしかない。


「詩織、ちょっと待ってて!」

「おじさん、コレとコレ、あと袋も頂戴」


 露店のおじさんにお金を渡して振り返ると、すでに男達が詩織の前まで迫っていた。詩織の前に立つと、如何にも悪者風な言葉でなじってきた。

 詩織を少し後ろに下げさせた後、無言で手に持ったビニール袋を回した。


「んだ? そりゃ武器か?」


 高笑いをする男達にふふんと鼻を鳴らして笑い、さっき買ったペットボトルに思いっきり叩き付けた。いい具合に当ったのか、結構凹んで中から液体が漏れ始めた。


「缶入り袋。力のない女の人でもガラスを割れるくらいの威力はでるよ」


 尚も袋を回し、男達の顔色を伺った。明らかに動揺の色が見て取れる。

 よし、もう一押し。

 2人組の男に冷笑を浴びせながら、


「男の僕なら、どうなると思う?」

「くそ…がぁ」

「コラー!! そこ、何やっとる!!」

「「!!」」


 やっぱり人生はうまくできていない。人ごみの向こうからブルーの制服を着た警察官が走ってきていた。

 -----探してる時には出てこないで。

 思うより早く詩織に駆け寄ると、少し回復したのか僕の手を引いてすぐさま走り出した。


「うー、くぅ苦しい…」


 が、30mも走らないうちにまたうづくまる。

 後ろを見たが、まだ警官達はこちらに気づいていないようだ。逃げ惑う先程の2人に向かって走っている。


「アイツらが俺たちにケンカ吹っかけてきたんだよ」


 こちらに受かって指を指しながら捕まった一人が僕たちを売った。

 -----最悪だ。

 詩織の横に膝をつき、膝の下と背中に手を回して立ち上がった。そう、お姫様抱っこってヤツだ。本来ならこんな状況じゃなくって、結婚式にでも家庭的な未来の奥さんと幸せいっぱいにしたかったが、そんな妄想言ってる場合じゃない。

 妙に軽い詩織を抱きかかえて、走った。さっきあれだけ、焼きそばやたこ焼き食べたのに、どこに消えたんだ? ああ、食べ過ぎたから気分が悪いのか。最近慣れてきたのか、それともこんな時だからか、どうでもいいことが頭を駆け巡った。


「そこ、入って」


 詩織に言われるままに自動ドアへ入ると、そのままエレベーターへ行くように指示された。

 <閉>のボタンを押したとき、建物の前を全力疾走していく警官の姿が見えた。

 閉まりゆくドアに安堵し、ゆっくりと彼女を降ろそうとしたが、顔を見るとまだ気分が悪そうだった。


「15階押して、1501に。鍵は…巾着の中にあるから…」


 上昇を続ける箱の中で一抹の不安が頭を過った。

 僕は気づいている、ここが何処なのか、何処へ向かっているのか。

 エレベーターを出て一番奥まで進むと1501の文字。彼女を一旦降ろして巾着の中を漁るとケータイと白い財布、そして1枚のカードが入っていた。ドアにある細長い穴に突っ込むと、赤色のランプがグリーンに変わり、鍵の開く音がした。


「入ってもいいの?」


 さっきより明らかに顔色の悪くなっている彼女がこくりと頷いたので、今度は抱きかかえることはせず、脇の下を持ってズルズルと部屋の中に引きづり入れた。誰かに見られたら、犯罪をしているように見えるかもしれない。足でドアを押すと、スーゥとある一定までいくと一瞬その速度を落とし、意思があるかのようにパタリと閉まった。

 部屋を見渡すと、壁には真っ赤な制服がハンガーに掛けられており、ベッドの傍らには大きな旅行鞄。ランプの隣には散らかったままの携帯の箱と説明書、充電器、大きな窓のそばにはソファーが2脚あって、その上には何着かの服が畳まれてあった。


 察しのいい人ならば、ここは何処だか分かるだろう。

 そう、ホテルの一室にして彼女の部屋らしい。

 とりえあず彼女をベッドの上に寝かせ、ソファーの間にあるテーブルの上にポットと一緒においてある湯のみに水を注いだ。


「飲める?」

 首を振る。

 テーブルの音に湯のみを戻し、彼女の横たわるベッドの横に立った。

 どうするか、僕には選択が出来る。

 ここに残って看病するか、それともフロントに電話して後を任せて帰るか、だ。詩織のことは正直心配だが、一晩一緒にっていうのもどうかと思う。実際、初めてではないが、あの時は布団も別々だった。ここにはベッド一つとソファーしかない。となれば、僕の選択は帰る、に決定だ。

 固定電話の横に掛かっている番号表を見ながら独り言を呟いた。


「えっと、フロント番号は…」

「帯、帯とって」


 徐に彼女の手が伸びてきて、僕のジーパンを引っ張った。

 ------帯を取る?

 頭がフリーズした。


「ちょ、ちょっと待って、それは無理!!」


 真っ赤になって吹いてしまった。

 浴衣の帯を取るということはつまり、そういうことだ。いくら浴衣の下にスリップ(浴衣の下に着る下着)を着けていることを知っているとはいえ、それはなんでも僕でもできない。気分が悪かろうが、なんだろうが、無理なもんは無理だ。

 詩織は僕のことを男だと思っていないのだろうか?

 それはそれで悲しいが、これはこれで困る。今、詩織の方を絶対に見れない。


「フロントに電話して、女性スタッフさん呼ぶから」


 慌ててボタンを押そうとするが、情けないことに僕の指は違うボタンばかり押してしまう。

 -----わざとか、わざとかこの手は!? しっかりしろ僕の理性!!


「何勘違いしてんの、ほら、こっち向いて」

「え?」


 詩織はいつの間にか布団の中に潜っていて、布団の隙間からワインレッドの帯が出ていた。これを引っ張れってことね。

 恥ずかしいような、ホッとしたような、残念なような。

 帯を引き、腰帯も2本引くとと、彼女はようやく楽になったと呟いた。


「迷惑ついでにお願いしてもいい?」

「いいよ」

「寝るまでそこにいて」

「うん」


 初めて見た彼女の弱った笑顔に戸惑いを覚えながら、膝をついた。

 ふいに布団の中から手が出てきて、


「昔、病気になった時お母さんが手を握っててくれたの。いいかな?」


 催促するように手がふらふらと僕の手を探していた。笑って、ゆっくり手を繋ぐと、いつも通り彼女の手は冷たかった。そして、指が驚く程細いのに驚いた。

 いつもは小指に絡んでいるため全く気づくことはなかったが、手全体を握るとよくわかる。僕の手にすっぽり収まって余るくらいだし、男の中でも細い分類に入る僕の指と比べてみても、3分の2くらいの細さしかない。そういえば、抱きかかえた時もかなり軽かった。身長がある方だから少し重い位を予想していたので、あまりに軽さに一瞬彼女の体が腕の中で浮いたくらいだ。こんなに細い体であんなに強いなんて。

 ゆっくりとしかし、しっかりと手を握った。


 ピクリと詩織の顔が動いた。まだ眠っていないのだろう。目をつぶったままの横顔を見てみれば、たまに目蓋がピピっと反応する。

 -----あ、まつ毛長い。

 バービ人形のようにふさふさのまつ毛。今までじっくり横顔なんて観察してなかったから気づかなかった。

 -----ふむ、デコは意外に広いのね。

 そんな新たな発見をしつつ、時間を潰しているといつの間にか規則正しい寝息が聞こえてきた。時計を見ればすでに夜中の1時を過ぎている。


「じゃあ、帰るからね」


 そう小さく囁いて、その場を立った。動けない。

 -----?

 僕の腕にはしっかりと握られた詩織の手があった。一旦元の場所に戻って、一本ずつ彼女の指を外しにかかる。が、力を込めてもなかなか外れない。もう一度チャレンジする。思いっきり力を入れてもいいのだが、如何せんこんなに細い指だ。折れたなんてことになったらシャレにならない。

 立ち上がってゆっくりと手を挙げると、彼女の腕の一緒に挙がる。


「と、取れない」


 その後も汗をかきながら頑張ってみたものの、接着剤でくっ付けたのかと思う程ビクともしなかった。

 ……。

 今、僕には2つの選択がある。


 1、彼女が眠っているベッドにお邪魔する。

 2、床で寝る。


 末長か番長になりたい…初めて2人の性格を羨んだ。もちろん僕の選択は言わずもかな“2”だった。

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