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夜市の夜に


 立ち読みしていた本屋から出ると、辺りは少し暗くなっていて浴衣姿の人達が僕の横を通り過ぎていった。

 -----妙に人の出入りが多いと思っていたら、今日は夜市(よいち)か…。


 今日は8月の第1週目の土曜。

 毎年この日は、いろんな地区でお祭りごとがある。これが結構大きなお祭りで、旧暦の七夕祭りとして出店や屋台は勿論のことゲームショウや花火大会、巨大迷路までかなりの規模で毎年行われるのだ。もちろん僕が今住んでいる大正地区も例外に漏れることなく、“夜市”と言う名前で駅の前にある噴水公園を中心としてお祭りが行われる、それが丁度今日というわけだ。前々から看板や回覧で知っていたが、すっかり忘れていた。


 末長でも誘えば良かったかなと思い、携帯を手に取ると外ランプが光っていた。

 見たこともない電話番号のメールを開くと


(今日の夜市は迎えにきて)


 とだけ書かれてあった。

 どこに、何時とも書いていない。しかも名前までない。

 こんなことするのは、そう…あの美女しかいない。返信を試みる。ドメインは携帯の番号になっていたので、多分大丈夫だろう。どこに何時に行けばいいのかを知りたい旨をとメールを送ると、すぐに着信のメールが届いた。


(駅前噴水 ダッシュで)


 -----ダッシュかぁ。

 ま、今何処にいるかなんてわからないだろうから、近くまで行ったら走っていこう。甘い考えを起こして駅の方角へ足を向けた。

 人ごみをゆっくり歩いて駅の近くまで歩き、さぁそろそろ走ろうかと思っていた矢先だった。バイブモードにしていた携帯が突然震えた。着信は先程の電話番号と同じ物だった。思った通り詩織の声がスピーカーの向こう側から聞こえてきた。


『はい、山田ですが』

『ダッシュって書いてたのに…』


 どうやらどこかで僕を監視しているようで、ため息混じりの声が聞こえてきた。冷や汗をかきながら弁明すると彼女は、不機嫌そうに場所を指定してきた。あれ、どこか可笑しいぞ。僕はわざわざ来たのに…褒められても怒られる言われはないはずだ。

 首を傾げながら言われた場所に行くと、誰もいなかった。詩織さん?

 いくらなんでも酷いと踵を返そうとすると、ポンと背中を押された。


「遅いー、どれだけ待ったと思ってるの?」

「え?」


 驚いて携帯を確認すると、最初のメールは1時間も前に送られてきていたようだ。立ち読みしてたから気づかなかったとは言えず、笑って誤摩化した。ってことは、その間ずっと待ってたの?

 謝ると、頭を叩かれた。


「それより、私の格好を見てなんとも思わないの?」

「浴衣…だね」

「そうなの! いいよね、着物って風情があって艶やかで最高!!」


 クルリと全身を見せるように回ってみせた。

 真っ白な布地に桔梗をあしらった落ち着いた感じの浴衣に、濃い赤、どちらかというとワインレッドの帯を巻いて、お腹には扇子が挟んである。髪は耳の後ろで一つに結ばれ、手には巾着。足は下駄とかなり張り込んでいるようだ。


「だから、今日はキレたくないの」


 漆黒の瞳に僕を写しながら唇を尖らせた。

 要は、せっかくの浴衣姿を崩したくない、汚したくない、だからケンカは御法度なんだと言いたいのだろう。

 そりゃこんな姿の浴衣美人を見れば、男なら誰でも声をかけたり、褒めてみたくはなるのは頷ける。ま、それで彼女はキレてしまうのだけど。キレなければケンカにも巻き込まれないだろうし、何より僕はお祭りが小さい頃から大好きだ。笑って彼女に肯定の意思を伝えた。


「ありがと。そだ、お礼に綿菓子買ってあげる」


 断る暇もなく、彼女は一直線にピンクや黄色などいろいろなキャラの絵柄が描かれた袋のある露店に駆けて行った。まるで子どもをあやすかのような態度だ。僕は同い年ですけど?

 -----携帯のことも聞きたかったんだけどな…。

 さっそく彼女のペースにハマってしまった僕は、頭を掻きながら白い浴衣を追った。


「なぁなぁ、あそこの子」

「おお、すげー美人!!」

「声かけてみる?」


 向かい側の男達2人が明らかに詩織を見て話していた。

 あまり悪そうな奴らには見えないけど…ナンパされたら面倒かも。そう思って彼らが声をかける為に息を吸い込んだ瞬間を狙った。


「詩織」


 呼ばれた彼女が振り返る。

 僕は詩織に向かって手を突き出した。


「ほら、行こう?」


 素直に返事をして、おじさんから綿菓子を受け取るといつもの如く小指だけ絡ませてきた。


「ちっ彼氏いたのかよ」


 向こうで声が聞こえてきた。

 -----ええ!? そう見えちゃうの!?

 チラリと話題の中心人物の顔を見たが、彼女は全くそれを気にすることなく僕に買ってくれたという、少しピンク色をした綿菓子を持たせて、自分は繋いでいない手で千切りながら食べていた。

 やっぱりこの光景は、他人から見れば付き合っているように見えるのだろうか。女の子と付き合った経験のない僕はぼんやりと考えた。実際問題、こんな美人と手を繋ぐ機会などそうそう体験出来ないことだと思うし、考え方によっては役得なのでは?

 思えば、今までケンカに巻き込まれたり、追いかけられたりと恐怖が先に立って自分が今置かれている状況の美味しさというものをちゃんと分析できていなかったように感じる。世の中には大金を払ってまでお姉さん達と一緒に居たがる輩も多い中、友達とはいえ、ただで手まで繋げてしまうという自分は思っている以上にいいご身分ではないのだろうか。


 ようよう観察してみると、隣に男(僕)がいるっていうのに彼女の美貌が故、振り返る男は数知れず。しかも男だけに留まらず女性までチラチラこちらを見ては感嘆の声を漏らしている。

 今更だが、少しテンションが上がってきた。今まで散々末長に羨ましがられていたが、ようやく理解できた。僕って結構幸せ者かも?


「ユーヤ、勝負しょう」


 密かにニヤつき始めていた僕に何やら詩織が戦いを挑んできた。

 急いで顔を戻して指差す場所を見てみれば射的だった。ルールは猟銃のような玩具の銃からコルクを飛ばして、商品を倒すか落とせば当てた者が貰えるというごく一般的なもの。3発500円と良心的なのかは定かではない価格だ。特に断る理由もないので挑戦してみる。結果は僕1発、詩織3発という予想を外れないものだった。


「手を抜いたんじゃないでしょうね?」


 キッと睨みつけられた。

 一体僕に何を期待しているんだ、この子は。両手を千切れんばかりに振って、


「全力だったよ、スポーツ全般で君に敵う分けないじゃないか」

「チェ、のび太郎みたいに射撃は超凄いと思ったのに」


 舌打ちしておじさんから商品を受け取っている。

 まさかとは思うけど、僕がドラえぽんののび太郎みたく弱弱だからって彼みたいに射撃だけ得意だなんて勝手な思い込みしてたんじゃないだろうね? 言っとくけど(言えないが)、僕がのび太郎なら詩織はすずかちゃんじゃないからな。どっちかっていうとジャイアント…違うな、トキンちゃんか、ドロン嬢様ってとこか…。


「そんな訳ないよ」


 ドロン嬢様と心の中で付け加えた。

 その後、彼女の気の赴くままにヨーヨー取りをしたり焼きそばを食べたりと普通に楽しんでしまった。彼女の手には持ちきれないんじゃないかというほど景品がぶら下がっていて「持つよ」と言っても彼女は断固として渡そうとしない。持ちたいらしい。


「てめー、謝らんかい!」

「子どもだからって許してもらえるとでも思ってるのか?」


 何かがガシャンと崩れる音がして、そこを中心に人の円が形成された。背の高いおかげで、その中心に髪を結った女の子と2人の男がいるのが確認出来た。


「何? 何が起こったの?」


 横でジャンプしながら覗こうと必死な詩織に見えた事実だけを伝えた。すると、やはりというか飛び出そうとする。慌てて腕を掴んで制止しようとしたが、遅かった。僕が人ごみを避けながら騒ぎの一番前に顔を出した時には、彼女は女の子を庇うような形になっていた。

 -----まずい、非常に不味い…。

 どうして彼女は後先考えずに行動してしまう時があるのだろう。今のだってもう少し待てば警官がやってきてくれるに決まっているのに。


「大の大人が寄ってたかって何言ってんのよ!」

「なんだ? じゃあテメーが相手になるってか?」

「替わりに謝ってくれんのか?」

「うるさい!」


 詩織は持っていたヨーヨーを弾いて前に立っていた男の顔にぶつけた。風船が地面に落ちて水をぶちまけ、男達の足に泥と混ざった飛沫が跳び、白いズボンに茶色い斑点を作った。

 女の子の背中をポンと押して、行くように催促した後、彼女は男達に向き合った。


「詩織!!」


 -----ああ、不味いって思ってたんじゃないのか?

 後悔先に立たず…昔の人はよく言ったものだ。思わず飛び出してしまった自分を呪う。


「にーちゃん、お前の連れか?」

「はい、すみません」


 すでに逃げ腰の僕は素直に謝った。顔をしかめてしまう程の酒臭さが漂ってきた。よく見れば顔も赤い。

 何やら長々と文句を言ってくる人物の眼を盗んで詩織の方を見ると白い浴衣が目に入った。


「聞いてんのか?」


 もう一人の男が顎をしゃくって僕の頭を掴もうとした時だった。野次馬達が一瞬にして静まり返る出来事が起こった。

 詩織が、僕に近づいてきた男を思いっきりグーで殴り飛ばしたのだ。


「キャー!!」


 ひっくり返り、円になっている人達の方に男が転がっていった。

 彼女は帯に刺していた扇子を手に取ると、まるで町奉行のようにのたまった。


「恥をかいたのはどっちかしら?」

「テメー」


 突如として殴り掛かってくる男の腕を扇子で受け流し、足をかけて首根っこを捕まえて去なした。

 僕は彼女の腕を取り、男達が立ち上がる前に走った。


「ちょっと!」

「もう十分やったよ」


 反論を許さないように言い捨てると、彼女の腕がピクリと動いたが黙って僕に手を引かれてついてきた。

 お祭り会場の出口について解放すると口を尖らせた詩織がいた。


「どうして止めたのよ」


 逃げなくてもやれた。自信たっぷりの目で彼女は僕を見た。

 そんなことは分かりきっているし、優しさからあの場に出て行ったのも分かってる。けれど…


「何の為に僕を呼んだの、浴衣が崩れてるよ?」

「……」


 無言のまま、帯に扇子を直す詩織。

 俯いてそこら辺に落ちている小石を蹴っている。今、他の人が見たら多分痴話げんかの最中に見えるだろう。

 珍しく僕のいい分で反省している様子を見せる詩織を見下ろし、大きくため息をついた。


「こっちおいで、浴衣直してあげるから」


 驚いた顔を見せる彼女を無視して、後ろに立ってズレた背縫い(背中の中心線にあるはずの縫い目)を真ん中に持ってきてやり、襟を正して帯の中に入れる。膝をつかず、しゃがんで開きかけている裾を引っ張っておはしょり(浴衣の着丈を調節して出来た帯の下に出ている部分)をめくり上げ、上前を引き上げてポケットに入っていたハンカチを緩んだ帯の中に突っ込んだ。


「…こんなこと出来るなんて」

「まぁ、僕の姉さんもよく浴衣を着崩してたからね」


 口元に手を当て、心底驚いている詩織の前に立ってにっこり笑った。これじゃ本当に浴衣を守る為だけに呼ばれたような気がしないでもないけど、ま、いいか。

 行こうと手を差し伸べる。


「怒ってないの?」

「詩織だからね」


 彼女の顔がぱぁっと明るくなり、腕を掴んできた。僕の心臓は跳ね上がった。いつもなら小指だけなのに、腕を組むような形になってしまったから。体がつくなら何処でもいいんだけど、これには少し耐性がついていた僕も参ってしまったようで顔が赤くなってしまった。


「しょーがない、今日はユーヤの勝ちにしておくわ」

「何の?」

「何のだろーね?」


 ふふと、いつもの余裕の笑みで笑う詩織。

 やっぱり君の勝ちだと思うけど…せっかくなので勝ちを頂くことにしておいた。

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