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別府とりっぷ #1

本当にごめんなさい!

運動会を書かなきゃいけないんですが、どうしても、どうしても書きたいものがあるんです!ってことでゲリラ的に投稿!マジですみません…

 差し出された万札数枚に驚き、思わず顔を上げた。


「分かってると思うが、旅先で詩織に手出したらぶっ殺すからな!」

「分かってます。でもこれは……」

「いい、持ってけ! ついでに請求してやれ!」


 仏頂面のKENさんが僕のお腹にグーパンチを入れながら、お金を渡してきた。


「ぐふっ……」


 地面に膝をつくと、僕に万札数枚と一本のキーを投げつけられた。


「大事なことだからもう一回言っとく。詩織に手を出したらマジで殺す!」



***



 そんなやり取りをしたのが、つい先日。

 今、僕は乗船していたフェリーからバイクで降り立った。後ろにはいつもどおり僕の親友・詩織が乗車している。違うのは、この土地が醸し出す独特の香りと、乗っているバイクだ。

 一体僕が何をしているか疑問に思っている人も多いだろうから、先に答えておこう。

 約二週間前のこと。大学に入って初めての夏休みがはじまった。夏休み初日が偶然重なった詩織は、当然の顔をして僕の家に遊びにきてくれた。そして、ネットを使い、いつものようにリザとスカイプで話していたかと思ったのもつかの間、彼女はとんでもないことを言い始めた。


「ねぇ、どこか旅行に行きましょう?」

「いいよ。どこに行くの?」


 こう返したのが間違いだった。だって、僕と詩織だよ? 旅行って言われたって日帰り旅行だと思うじゃないか。けど彼女の思惑は違った。


「北海道なんてどうかしら?」

「え?」

「ユーヤは温泉好きだから、温泉地でもいいわね!」

「ちょ、ちょっと待って! 何泊かするつもりなの? 僕と!?」

「ユーヤ以外に誰がいるの?」


 詩織の大きな漆黒の瞳が不思議そうにクルクル回った。


「あのさ、僕、これでも一応男なんだけど……」

「今までだって泊まらせてもらったりしてたじゃない」

「それとこれは……!」

「違わないわよ、ユーヤは。そうでしょう?」


 澄んだ瞳と笑顔が、有無を言わせない空気を作る。

 まぁここまではよかったんだ。僕が、ヘタレの僕である限り、理性を保つなんて、そこまで難しいことじゃないからね。今まで乗り越えててきた自負だってある。

 けど。


 僕たちの旅行計画は、あっけなく姉さんとKENさんにバレた。


 激怒するKENさんが乗り込んで来て、僕を庇おうとする詩織をあっさりとサッカー選手張りに素早く抜き去り、怒りに任せて胸ぐらを掴まれた。殴られる! 寸前のところで彼の携帯が鳴った。舌打ちをしながら携帯を耳に当てられた。僕を殴ろうとしたときのままの剣幕でKENさんは何やら話をしながら、僕のことを殺さんばかりの鋭い目つきで睨んできていた。

 再び舌打がなされたあと彼は驚愕の言葉を僕に投げかけてくれた。


「詩織との旅行は許可してやる」


 絶対にありない台詞に、思わず詩織と顔を見合わせた。


「いいの、お兄ちゃん?」

「……いいわけねーだろーが!」


 語気を強めてKENさんは怒鳴った。相当イライラしている様子でつま先で地面を何度も叩いている。


「今、俺のクソ後輩から連絡が入った。ソイツが先日こっちに遊びに来たんだが、急ぎの用事で急遽飛行機で帰った。そんときにクソ後輩は乗って来たバイクを置き去りにして帰りやがって。んで、それを送り返してほしいっつー話が今きた」


 大きく息を吐いて、彼は続ける。


「本当は俺が持っていくか宅配を頼みたいんだが、クソ後輩が、後輩のくせに「すぐ使うんで、早く送ってほしいっス」なんて抜かしやがる! でも俺は明日からアメリカで行けねー。だからだ! 優男! そのバイクをクソ後輩に送り返すパシリするなら、詩織と行かせてやってもいい」


 苦々しく吐き捨てられた言葉。

 詩織を見ると嬉しそうに頷いている。


「ただし!」

「ただし?」


 詩織が首をひねる。


「現地に付いたら、あのクソ後輩の観光案内付きだ! ついでに詩織はホテル、優男はクソ後輩の家に泊まれ。異論は許さねーし、それじゃねーと行かせねー」

 なるほど。後輩に僕の監視をさせるということなのだろう。やはりKENさんは抜け目がない。まぁもともと抜け道なんて見つける気なんてないけど。

「どこに行けばいいの?」


「大分県の別府市だ」



***



 というわけで、今僕と詩織は大分県別府市に到着した。

 もちろんKENさんのお使いであるバイクに乗って。


「さすが温泉の街ね、もう硫黄の匂いがするわ!」


 詩織がはしゃいで言った。

 確かに言う通り、温泉の匂いが街全体を充満している感じだ。無理もない、町中至る所から湯けむりが上がり、その数は数えきれないほど多いのだ。右を見ても、左を見ても、空に向かって白いそれが昇っていっている。まるで街全体が雲製造工場みたいだ。

 頭の中で、昨日調べた別府市内の地図を引き出す。ここから待ち合わせの施設までは約20分ほどで到着できると思われる。約束の時間は待ち合わせの人と夕ご飯を一緒に食べることを予定して夜の7時に設定してある。手首の時計は3時を指し示していて……


「待ち合わせまで4時間あるけど、どうしようか?」

「じゃあ、お兄ちゃんの監視員がいない今のうちに、ちょっと行きたい温泉があるんだけど、行ってみましょう?」


 イタズラな声が耳元で聴こえて来た。

 ついでに僕の脇下から、同意を求める拳が突き出される。


「OK」


 拳に拳を重ねて、バイクのウィンカーを上げた。

 詩織の指示に従って国道10号線を走り、途中で片側一車線の道へ入る。黒いタワーみたいなところや、公園を通り過ぎ、さらに道をのぼる。バイクがエンジンを唸らせて坂道を上がり、緑生い茂る横道に入った。さらに急勾配のうねるようなカーブを曲がる。道路の上に架けられた小さなコンクリートの橋を過ぎ、小さなお地蔵様を右手に田んぼの真ん中を進んでいく。


「あそこよ!」


 ほぼ谷とも言える部分を指差して、詩織が言った。

 木々が作り出した緑のトンネルをくぐると、二メートルほどの小川が道の横に流れていた。さらに道の突き当たりまで行く。すると何やら小民家のような古びた家が建っていた。家の前には“深緑の湯”の看板があり、ここが温泉施設なのだとわかった。

 バイクを建物の横に置く。


「よくこんなところ見つけたね?」

「ふふ。実はね、小さい頃別府の温泉に何度か来たことあるのよ。おじいちゃんが大分の出身でね、田舎に帰るときは別府に寄ってたの。ここもその一つよ」

「それでKENさんはこっちに知り合いがいるんだ?」


 コクリと頷く彼女は、昔を思い出しているのか、とても柔和な顔をしていた。


「大人たちが温泉に入ってる時に、よくここら辺で遊んだのを覚えてるわ。あ……ふふ。ちょっと変なこと思い出しちゃったわ」

「何?」

「お兄ちゃんの後輩の小鉄って人、私もお兄ちゃんについて一緒に遊んでて……その時、彼に教えてもらったのよ「温泉の源泉で、朝早く願い事をするとお願い事が叶うらしい」って。それで、どうしてもお願い事を叶えたくて、内緒で連れて行ってもらったのよ、小鉄に。ほら、源泉って温泉が吹き出すでしょ? 危ないからってお兄ちゃんは絶対に連れて行ってくれなかったから……」


 今も昔もやっぱりこの子はメルヘンだ。きっと今だって、願い事が叶う何て言われれば嬉々としていくだろう。僕は知っている、最近の詩織のブームはパワースポット巡りだってこと。


「それで、詩織はその時何の願い事をしたの?」

「子どもの頃の話よ?」


 少し顔を赤らめて詩織が上目遣いで見つめてきた。ちょっと照れている風の表情が心をくすぐる。


「教えてよ」

「可愛いお嫁さんになりたいって……」


 詩織を見ると今にも顔から火が出そうなほど顔を赤らめていた。


「だから言ったのよ、小さいときのお話しだって。分かるでしょう? そう言う時期だって!」

「まぁね。小さい頃って大抵の女の子はお嫁さん、ケーキ屋さん、お花屋さんだもんね。僕も小さい頃は仮面のライダーになりたかったよ」


 フォローを入れてみた。詩織ははにかんで頷いた。

 でも視線と意識はいろんな所に向いていて……きっとお兄さんたちとの楽しい思い出がこの地にはあるのだろうと理解した。昔の僕の知らない詩織を少しだけ触れられた様な気がして、嬉しくなってきた。


「そろそろ行きましょう?」


 詩織もよりテンションを上げて、僕の手を掴んで急かして来た。


「ごめんください……。……あれ?」


 小民家の玄関に手をかけて初めて気がついた。ドアが開かない。


「休みかな?」

「そんなわけないわ、出発前にお休みを確認したら水曜だったもの」

「じゃあ、外に出てるか気づいてないのかも」


 管理人を捜そうと民家の庭を横切る。季節が良いためか庭は緑がうっそうと茂りに茂っていて、家のまわりの木々と相まって少し暗さを帯びていた。

 なぜか詩織が足を止める。


「……お化け出たりしないわよね?」

「怖いんだ?」

「こ、怖くなんてないわ! まだお昼だし……」


 強がるくせに、最後に自信なさげにキュッと腕を掴んで来た。

(か……可愛いすぎでしょ!)

 腕よりも強く胸を掴まれた気がする。待ち合わせを少し遅めに設定してもらっておいてよかった! グッと小さなガッツポーズをとった。

 瞬間。

 風も吹いていないのにどこからともなく、ガザガザと言う音がした。続いてカラスか何かが「ギャー」と鳴く声も。


「ごごご、ごめんなさい、ごめんなさい。怖くないなんて嘘です、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 詩織が取り乱して耳を塞ぎ、僕の背中に頭突きを喰らわせてきた。

(まさか本当にお化けが……いや)

 ガザガザという音はドンドン近づいて来ている。これってお化けっていうか、イノシシとか熊だったりの可能性の方が高いんじゃ……。

 ドン! と目の前の地面が踏み鳴らされた。


「ひ、つじにん、げん?」


 余りの出来事に言動が乱れた。だって、僕の目の前には羊の顔があって、4足歩行の動物のように両手足は地面に付けられていたのだから。人間だと付け加えたのは、地面を踏む手は普通にシャツから出てる手で、足にはしっかりスニーカーを履いていたから。

 ごめん、言い方が悪かった。逆だね。人間が羊のマスクを被っているっていうのが正確だと思う。

 僕の混乱した考えを正解だというように、両手が地面から離れ、二本の足で羊人間が素早く立ち上がった。手が土を払う。

(……っ!)

 詩織は今は無理だと、せめて今は僕が、と構えた。

 が、彼は意に反してこちらに興味を示さず、背中を向けて空に向かって手を挙げる。

 またしても目を剥く事態に陥った。羊人間の腕へ、今度はオオカミの顔をした女の子が落ちて来たのだから。

 抱きとめられた身体が流れるように地面に下ろされた。


「あ……」


 僕が声を出したのか、オオカミ少女が呟いたのか、はたまた詩織が驚きの声を上げたのかは分からない。もしかしたら全員の声が出ていたのかもしれない。

 一秒にも満たない静寂。

 それを壊したのは羊人間だった。オオカミ少女の腕を取り、強引に身体を引っ張る形で彼女の身体をその場からかっさらった。女の子の小さな叫び声が聴こえた。


「え、あ、あの子!」

「んぇええっ!?」


 詩織が走り始めた。すぐさま彼女の背中を追いかける。


「ちょ、何、どうしたの詩織!?」

「だって、あの子攫われてきたのかもしれないわ! 見てたでしょう?」


 確かに連れ去り方は強引だった気はする……。けど……。

(これはまた巻き込まれる匂いが……)

 危険な嫌な匂いがプンプンする。せっかく温泉でも入って日頃の振り回されっぷりから、姉さんがいない分だけ解放されると思っていたのに。もう僕は地球のどこに行っても安息の地はないのだろうか?

 鳴きそうになりながらもひた走る。

 が、知っての通り僕の体力はそこまで持たない。どうせやるのであれば。


「もう! あとでこの分は何かしらでも払ってもらうからね!」

「考えておくわ!」


 一気に脚の回転速度を上げた。詩織を抜き去り、少しずつオオカミ少女の頭が大きくなって来た。

(よしこのままいけば!)

 追いつけそうだと思った、ら……羊人間が僕の足音を察知したのかこちらを振り返った。僕を確認するなり、彼の腕が少女の腕から腰に回され……強引というよりも強制。女の子の身体を脇に軽々と抱えて走り出したしかも、女の子一人抱えている筈なのにもの凄く速い。今までは女の子の走りに合わせていたのだろうと憶測が出来るほど速くて……二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。


「……速すぎだよ」


 呆然と立ち尽くす。


「ユーヤ!」


 詩織が数秒遅れで僕の横に辿り着いた時には、二人の気配は完全に無くなってしまっていた。


「気配、わかる?」


 でももしかしたら詩織にならと、託してみる。

 けれど彼女は首を横に振るだけ。


「もう感じないわ。というより、最初からあの人たち気配を消してたから……ねぇ。どうしたら、いいかしら?」

「……幻だったかも、よ?」


 あまりに現実味のない出来事だった。狐にばかされると言う言葉がぴったりだと思った。いや。ひつじに、だろうか?


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