次回予告は、吃驚企画への伏線 #3
僕の唇から人差し指が離れ、今度は彼女の唇に指先がつけられる。
瞬間、彼女の金色にきらめく髪がゆらゆらと揺れた。
眉をしかめて窓を確認するとガラス戸には鍵がしっかりとかけられていた。
「創作……そうだな。私たちの運命はすべて神が描いた譜面の上の創作物に過ぎない。しかし私にはそのような権限も力もない。つまり……」
「……つまり、君は作ってないと……?」
「そういうことになるな」
「……じゃあ、さっきのは一体、何?」
彼女の爪先が十字のチャームに当たり金属音が鳴った。
「その答えは、私が言った通りの意味だ。それ以上でも、それ以下でもない」
もう彼女の言う日本語の意味が分からない。
頭がクラクラする。ユリアちゃんの言葉を受けて、僕の思考が追いかける。だけど意味不明な日本語は同じ場所をクルクル回り、捕まえさせてくれない。いっそのこと、彼女が宇宙人だった方がまだマシだった。僕の理解できない言語を巧みに操って、そのまま僕の思考も操ってくれればいい。
答えが出せず、口をつぐむ。
すると、彼女は、まるで詩織のように小さく微笑んだ。
「では、さらに聞こう。なぜ私の言葉が創作だと思ったんだ?」
「それは……僕と詩織の馴れ初めの、途中まで合ってたんだ。だけど、途中からおかしくなって……。だから思ったんだよ。誰かに聞いていて、そこから勝手に想像したんじゃないのかって」
「ユーヤは面白いな。そんな話、誰に聞くというんだ?」
「……そうだね。ぼくに聞く以外は聞けないものだもの」
苦笑すると、彼女は声を上げて笑った。
「そう、私は別に私の作った小説を披露しにきたのではない。伝えにきたのだ、ユーヤに。『自分さえ知らない自分がある』ということを。そして理解してほしい。全てがお前自身で、逆にお前はお前だけのものだ」
「……? 言ってる意味が、初めからだけど、わかんないよ」
「そうか。では、ユーヤは自分が本当に山田裕也であるということをどうやって証明できる?」
「は? そんなの免許書が……」
「そんな誰もが持つものではダメだ。もっとあるだろう? 自分自身を表すもの。お前は何者だ? 示しみろ! 血液型が何だとか、生まれた場所がどこだとか、名前がどうだとか、そんな記号のは羅列だ。戸籍を買ってしまえばもう、今からでも私はお前だ。そんなチンケなもの、ユーヤじゃない!」
ユリアちゃんの言いたいことの答えは、この先にあるのだろう。
血液型でもなく、出身地でもなく、僕の名前以外で僕自身を示すもの……。
斜め上に視線が動いていく。
首が傾いて、そのくせ下を向く。
と、僕の眉間に真っ白な人差し指が突き刺さった。目だけ前を向くと、青い瞳が僕を捕まえる。
閉めきっているはずなのに、金色の髪の毛がフワリと宙を舞った。
「さぁ、動こう。そこからまた、始まる」
なぜか体が浮くように、勝手に動き始め、気がつけばパソコンの電源を入れていた。
パソコンの液晶を眺めながらマウスをクリックしていく。
これがぼくの家での習慣、毎日毎日飽きる事ことなく繰り返す事柄。姉さんから言わせると“オタク”なのだとか。いま時、日に何時間もネットをするからオタクという考え、いただけない。自分がネットサーフィンしか出来ないから皮肉なんだろうけど。
部屋にファンの音だけが響き、暖められた空気がズボン越しにかかってきた。けれど、ただの風にとしか認識が出来ない。
後ろからチャームのこすれる、金属の音がかすかに聞こえてきた。
「最後に一つ、たどり着いたユーヤに教えてやろう。先の話は、別の山田裕也のソレだ。ああ、もう一つ。今ユーヤは何歳だ?」
「16歳……え?」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
(今……誰かいたような気がしたんだけど?)
立ち上がってみたけれど、何者の姿はない。部屋を見渡しても、それは同じで。人どころか虫の1匹さえいなかった。
(夢でも見てたのかな?)
ンッと背伸びをして、それも仕方ないことだろうと思い直す。だって僕は何しろお疲れ気味なのだ。転校をきっかけに一人暮らしを始め、家事もこなし始めたんだもの。何より周りが周りなのだから。
首を傾げつつも慣れた手つきでパスワードを打込み、enterキー押す。
見慣れぬ画面を数秒間見つめ、指先をキーボードの上に軽く乗せた。
***
突然だけどカミングアウトしようと思う、ぼくはイジメられっ子だ。いや、正確にはイジメを受けていた元イジメられっ子。なんで過去形なのかって? 別に仲直りしたとか、克服出来たからじゃない。そう、悲しいかな、ぼくは全国のイジメられっ子の例外に漏れることなく、転校を余儀なくされた……。