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大学院時代〜仕事×欲×女の子〜

 僕がその噂を聞いたのは少し前。

 でも放っておいた。別に興味ながなかったとか、そういうんじゃない。勿論興味はバリバリだし、今すぐにでも見に行きたい衝動に駆られてる。だけど僕は行かない。これは厳しさ? 愛がない? 放任主義? ううん、そんなんじゃなくって…。


「今日は今の患者さんで終了です。お疲れ様です」

「お疲れ様。えーっと…」

「お帰りになられるんでしたらカルテの整理しておきますよ? 先生、今月はずっと泊まり込みだったので久しぶりに家に帰られたいでしょう?」

「…そうだね。じゃあ甘えさせてもらおうかな。ありがとう」


 んっと伸びをしてから鞄を掴んだ。時計を見ればまだまだ早い、17時半で。それだけで嬉しくなってしまった。.

「お疲れ様」と同僚達に声をかけながら職員専用口からのんびり出た。

 ------あ。折角だからアレ見に行こうかな。もう結構経ってるし、時期的にはいいでしょ。

 一度向いておいた方角とは逆の方向へ白衣を翻し大学のキャンパスへつま先を向けた。


 さて“アレ”についてなんだけど、そのアレって言うのは噂の事。で、その噂って言うのは実は詩織と大学の生徒の噂なんだよね。内容はというと、ま、ありがち。彼女にある生徒がちょっかい出していると、そういうことだ。え? 僕がヘタレで情けないから手を出されるような事態に陥るんだって? どうかな…僕ももう27歳、結婚して丸2年が過ぎた。高校生の時には恥ずかしくて出来なかったような事も全然普通に出来るし、言える。多少は変われたと自負しているんだけど。とりあえずそこは今まで僕の高校時代を知っている人なら「大丈夫?」って思われる所はなんとかなっていると勘違いでも良いから思って、100歩譲って思って欲しい。じゃないと話が進まない。


 でだ。手を出される原因はいくつかある。1つ、そりゃ彼女が相も変わらずの超絶美女だから。2つ、詩織が何年もかけて『図書館内で私語絶対厳禁』っていう法律(?)を作り上げたのにも拘らず、殴られても殴られても懲りない積極性かつMを持っている男の子だから(噂では殴られるのが嬉しいからとの情報も)。3つ、僕と詩織が結婚しているのを一部の人間しか知らないから。そして4つ、僕が敢えて傍観を決め込んでいたから。これはさ、「相手の男に殴られたらどうしよう」なんて僕が尻込みしてた訳じゃない。そんなんじゃなくてさ…

 図書館の大きな建物を見上げた。

 挨拶をしながら出てくる生徒達に会釈をしつつ、扉をくぐれば…いたいた。詩織とちょっかい出している男の子と、その周りを囲う野次馬さん達。野次馬の間からヒョッコリ顔を覗かせる。


「おねえさ」

「いいじゃん、毎」

「メルアド教え」


 -----番長2号だ!!

 なんだか妙に懐かしくてテンションが上がった。しかも声を出す度にハリセンで叩かれる音が何とも心地いい。なんかリズムもいい感じ。喋ってはパーン、話しかけてはパーン。なんか本当、高校時代をみている感覚だ。でもね、顔は全く違うね。番長は男らしいって感じの顔だったけど、詩織を狙ってる“間男(人のカノジョ、奥さんに手を出す男のコト)”くんは金髪でシュッとしてて、今時の若者っていう顔だね。悪くもなければ飛び抜けていい訳でもない、まぁ普通ってトコだと思う。

 ふむ…と眺めるだけ眺めて何もしない。

 別に敵情視察をしに来たんじゃないもの。ただただ、二人の漫才のような様子を眺めるだけ。むしろ面白いと思うね。こりゃ野次馬さん達集まる訳だよと本当に客観的に観察を続ける。

 一頻りやり取りを見てから、詩織の顔だけを見つめる。体の動き、口角の上がり方、瞬きの仕方、眉、全体の雰囲気…


「常連サービ」

「じゃあどうやっ」

「たらお姉さ」

「メルアドでい」


 -----……。


「プレゼ」

「何か欲しいも」

「そんなに叩くと俺もう」

「来ない」

「も」

「本気で好」

「マジな」

「付き合ってくれるなら死んでも」


 はぁーと大きくため息を吐いた。全く、これじゃ暖めておいた意味がない。こりゃダメだと、踵を返そうとした。

 刹那。

 ピクリと反応せざるを得なくなった。


「欲求不」

「俺があい」

「だから人の事バシバ」


 すぐさま顔と目線を元の位置に戻した。

 漆黒の瞳と、野次馬越しに視線が繋がった…。

 ニッコリいつも通り笑う。

 …いつか、人の感情は桶に入る水だと表現した事があった。器の大きさも入る水の量も、全て一人ずつ多様だ。溢れ返った瞬間が、その感情が表面化する…つまり僕ら人間が何かを感じる時だ。


「あの時はどんなか」

「声は」

「教えてく」


 目に入るは、少し顔を赤らめた奥さん。眉をハの字にしてる嫁。潤んだ瞳が揺れる詩織。

 感覚なんてないけど、きっと今僕の瞳孔は開いてる。でもそれって期待とは違う物からで…。

 僕は、感情が表面化する瞬間をたった今…味わった。

 気がつけば目の前にある肩と肩を割って、自分の体を割り込ませグイグイ前に進んでいた。近づくにつれ、なぜかさらに緩み始める顔の筋肉。先頭の生徒を押しのけ、大きく1歩を出しながら腕を伸ばす。掴むは、詩織ではなく間男くんのパーカーフード部分。握ってキュッと地面に垂直に10cm程下ろしつつ、膝の裏をチョイっと足先で蹴った。落ちてきた肩を支えてやる。

 間男くんと逆さまに目が合った…。


「え!?」

「楽しそうだから、僕も仲間に入れてよ」


 もう、口角は完全に上がりきっている。

 目を細めてからパッと手を離して、横に1歩歩く。すると僕の立っていた所に彼の体が落ちていった。勝手にクスクスと声が出た。


「ごめんね、男同士だからあんまり長い時間したら嫌かと思って手を離したんだけど、悪い事しちゃったね。腹筋ももっとあると勘違いしちゃったみたい」

「てめ…」


 ニコニコした顔は治まらない。しかし彼はもっと修まらなかったのかも知れない。

 睨みながら僕が差し出した腕を乱暴に掴んできた。

 だから言う。


「でもおあいこだよ?」

「はあ!? 意味分かんないこと言うなよな!! 転ばしておいてなんでそうなるんだよ!!」


 若いって良いね。いや、若くたって僕にはこんなこと出来なかったかな。平和主義だもの。

 女の子達が叫ぶのを聞きながら繰り出される拳の軌跡を左手で修正する。


「おあいこだよ」


 受け流したものはそのままに、握られた方の手首を返して半回転すれば…白衣が音を立てて靡く。靴が鳴り…彼の脚の前に自分の脚を引っかけ、またフードを掴んだ。ピタリと僕の動きも彼の動きも止まる。今、パーカーを手を離せば彼は顔から床に叩き付けられる…。逝っちゃえばいい。そうは思うけど、それが出来ない社会人の悲しさ。


「君…僕の奥さんにチョッカイかけてるんだから当たり前でしょ?」


 大きく開かれた目とコンニチハ。

 ついでに詩織が集める以上に視線を集約。

 全てにご挨拶するように妖艶な笑みを零しながら、彼を解放した。その瞬間、詩織がこの図書館に就任してから初めてとなる大人数の合唱が館内を木霊した。







 夜。


「どうせ言うならもっと早くバラしてくれれば良かったのよ」

「何を?」

「私たちが夫婦だって…」

「…君が自分で言っても良かったんだよ? 僕は規制なんかしてないし」


 ソファーの反対側にいる詩織を見ればこちらも向かずテレビを見たままだった。

 だから僕も視線をまたテレビ画面に戻す。


「それに…結構前からあそこいたんでしょ」

「いたよ。っていうか、噂の事は随分前から知ってた」

「だったら!!」

「なんでもっと前に来なかったか? なんで早く止めに入らなかったか? なんでいつまでも夫婦だと言わなかったか? って聞きたいのかな…?」


 言おうしたであろうことを先に全部言ったら、彼女は唇を尖らせた。右手をついて体を近づけさせた後に腕の中にあるクッションを奪い取る。それを今度は僕が抱きかかえて、箱の中で喋り続けるニュースキャスターを眺めた。


「突拍子もない事言うようだけど、答えに繋がってくるからちゃんと聞いててね。僕さ、高校生の時正直亮二を羨ましいと思ったんだよね。え? まぁそれもあるけど、違うよ。いつだったかな、ああそう。18の時に一緒に初詣行った時に一嘩と亮二に会った事あったでしょ。そこで君、彼にキスされる寸前だったからって物凄く照れてたことがあって、その時の表情が僕的には物凄く良かった記憶があるんだよね。それで…たまには良いかなって思ったんだよね」


 顔を右側に持っていく。


「僕以外の所存で照れてる君の顔を見るのも」


 大きく見開く揺れる瞳が食い入るように見つめてくる。だけど冷めた目でそれを返す。

 続ける。


「でね、実験してたんだよ。一人の男として、精神科医として、院生として。僕以外の所存で照らさせられてる君を見て、自分がどう思うのか。実は半分期待してた。他の人に攻められてる君を見たら、それはそれでイイ感じになるかもな〜って。だから機が熟すまで放っておいたし、見てても動かなかったんだよね。でも思っていた以上に独占欲という依存症が強かったみたいでさ…ダメだった。つまりは精神的にやはり男の人は縄張りというのを女性自身にも…」

「…実験してたなんて」

「うん。でも途中でダメになっちゃった。どちらにしろ、ごめんね?」


 謝ると明らかに「呆れた」と言う顔をして目を逸らされた。あ、その顔、僕嫌い。

 表情を変えさせる為にすぐさま動いた。そう、出来る事なら僕はそんな不機嫌な顔なんかじゃなくてあの顔が見たい…。ソロソロと近寄って一束髪を掬う。


「でさ。今から、いいですか?」

「何を」

「何ってナニ」


 バッと赤らめた顔が僕をくすぐった。

 自然と上がる口を抑える事もせず、もう一押し。


「やっぱりさ、自分の手で恥ずかしがらせないと僕フェチ感じないみたいで…でも昼の君表情のせいでなんともモヤモヤなんだよね。ってことで不完全燃焼どうにかしてよ?」

「し、知らないわよ!!」


 眉をハの字にして、真っ赤にした顔で潤ませた瞳が伏し目がちになった。

 結婚して2年。未だ、体を固くする彼女の膝に手を当てながら、敢えて聞く。


「知らない? 僕の事?」

「知らないわよ、ユーヤの事なんて、もう」

「相手してくれないってこと?」

「…そうよ。もう、相手なんて…」

「そういうことはさ」


 言葉を阻み、唇を奪って、軽く弄んで、イイトコを引っ掻く。

 5秒にも満たないその行為を終えて、余裕の笑みを零した。


「もっと説得力のある顔で言ってごらんよ」



衝動的に、描いたらこうなったw

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