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キレる彼女が俺を殺しにきました

1周年記念でブログの方でUPしたライブ小説改稿版です。

これはユーヤ主役の「将来の嫁にご用心」の裏面。

「将来の嫁が俺を殺しにきました」の主役ナオが主役です。違う視点から進んでいくので、どぞ^^

「はぁ~」


 いつもの帰り道、河川敷の上で大きく深く息を吐いた。

 高校2年生、本来なら肉体的にも精神的にも元気すぎて仕方がない!! という歳なのに……なんで俺がこんなため息。

 斜め後ろにいる、疲れの原因を睨んだ。


「どうしたナオ、目でも痛いのか?」


 的外れな答えが返ってきた。いや、これはまだいい方で……疲れの元凶である女・ユリアはいつもはもっと酷い。会話が成り立たないのだ。

 思い返せば出会いも最悪だった。人の家を覗いているかと思いきや急に殺害予告をしてくるわ、理由を聞けば“予知”をみたからだと動機にはあり得ないこと言う。この時点で、俺はコイツのことが気に食わなかった。なのにユリアは「殺す」と言いつつ、いつ何時も命を狙ってくる&予知だ、神だと俺の大嫌いな超非現実的なことをそばで口にするから…俺は完全にユリアのことが嫌いになった。せっかく今まで見た中で一番可愛い顔で、尚かつ外見が俺の好みド・ストライクな女だと思ったのに……。

 睨んでいた視線を外し、顔を背ける。


「お前の存在自体が痛いんだよ」

「失礼な!」


 歩く速度を上げると、後ろでユリアがいつも胸に下げている十字架のチャームが鳴るリズムが速くなる。

 ……。本当に“予知”を現実にしたくないなら、俺の近くにいないことが一番だってどうして理解が出来ないのか。俺を殺す以外に道はあるって言うのに、どうしてそっちの選択をしないのか。俺は絶対にないとは思うが、今のままだと単に一緒にいる時間だけが増えて、可能性が上がるだけだと言うのに一体にコイツは何を考えて……

(もしかして、逆か?)

 脚を止める。

 すぐ後ろにいたのか「キャ」と言う声と共に背中にユリアがぶつかってきた。

 振り返ると鼻を押さえながら睨んでくる青い瞳。


「ユリア。お前……本当は俺のそばにいたいんじゃないのか?」


 ボン!

 と、音が鳴るほど顔を真っ赤にしたユリアが、珍しく大声を上げて捲し立ててきた。


「なっ!! なな、何を言ってるんだ、馬鹿ナオっ!!」

「ナオなんかと一緒にいたいわけがないだろう」

「何度も殺しにきたと言っているだろう、どうしてそうなるんだ! 忘れたのか、馬鹿ナオ」

「妄想関係もほどほどにしろ!」

「だからナオは馬鹿だと皆から馬鹿にされるんだ、馬鹿を自覚をしろ!!」


 そうかよ。

 別に俺も期待していたわけじゃない、ただ思いつきで言ってみただけだ。そこまで否定してくれなくたってお前の気持ちなんて手に取るようにわかるし、俺も同じ気持ちだ。

 “お前のコトが大嫌い”

 でもな、さすがに嫌いだからってバカバカ言い過ぎな気がする。さっきのは冗談だっての。馬鹿はお前だ、馬鹿正直女。

 五月蝿いと小さく呟いて、素早く手を出す。目指した小さな顎に指先が到達。馬鹿女の口を塞いだ。

 瞬間! ユリアの身体が跳ねたかと思うと、まるで石のように固まって微動だに動かなくなってしまった。声をかけようと思ったけれど、なぜか喉がつっかえて声が出てこない。代わりにユリアを捕まえていた手がゆるんで、外れた。金色のゆるくウェーブした髪が風に靡いて光を反射させ、眩い程に目を突き刺してくる。そして、今の今まで俺を写していた眼は大きく見開かれ、同じ色をした上空だけを捉えていた。

 ゆっくりと青い瞳が瞼に隠れ、彼女の唇が曲線を描いた。


「ナオ……やっぱり、ナオは死ぬしかない運命だ」


 チャームが小さく、金属音を奏でた。

 かと思うと、握られた十字架ごと、ユリアの拳が俺の顎にもの凄い勢いで向かってきた。それはあまりの早さで……避けることも声を出すことも出来ず、俺はただ目を大きく見開くことしか出来なくて……


 ガン!


 大きな音と共に、脳みそが衝撃で揺された。

 




***



 なんかフラフラする。というか、なんか痛い。

 なんでこんな気分が悪い目に……ああ、そうか。神様大好き、ありもしない予知を信じて止まない、不思議が大好きな電波女に一発当てられたんだった。クソ。女だと思って下出に出てればいい気になりやがって。顔が可愛いからって何やっても許されると思うなよ!俺はお前のことが嫌いなんだ。いつか仕返ししてやる。何が「大丈夫?」だ。お前がしたんだろうが。

 予定変更、今すぐ血祭りに上げてやる!!


 目を見開きながら、勢い良く身体を起こす。ついで、声が聞こえた方へ裏拳をするべく、思いっきり腕を振った。

 が、俺の復讐はただ格好悪く腕を振っただけの不発に終わる。なぜか? それは……


「気がついた?」


 想像していた人物はおらず、代わりに茶髪で茶眼の俺と同い年くらいの男が笑顔を振りまいてきていたから。

(あ?)

 動きを止め首だけを振る。

 周りは白色のカーテンに囲まれ、その薄布から光が微量に差し込でいた。他に特にめぼしい物は何もないため、視線を戻すと少し女っぽい顔をした線の細い茶髪の男がいる……。コイツは椅子に座ってずっと俺を看ていたのか、膝の上に乗っている厚い本は約半分程で栞が挟み込まれていた。

 遠くで何やら数人が走り去って行く足音が聞こえる。


「ここは……?」

「大正学園の保健室だよ」

「大正学園!?」


 バッと顔を見ると、目の前の人物も心底驚いたような顔をした。

 けれど彼はすぐに柔和な表情に戻って、俺の制服を指差してきた。


「君は、元禄高校の子だよね? ナオくん」

「え……」


(なんで俺の名前!?)

 息を飲もうとした時だった。カーテンが音を立てて開けられ、その隙間から黒い陰が飛び込んできた。

 止めかけた息を一気に飲む。

 カーテンの内側に入ってきた黒い陰の正体は、長くて黒い髪に真っ黒で大きな目を持ったあまりにも整い過ぎた顔を持った女の子だった。ユリアの可愛い系とは違う、美人系の顔。そう、もし漢字一文字で表すなら“美”という言葉がビッタリな子だ。

 

「ねぇユーヤ、すごいの!! さっきから占ってもらってるんだけどね、ものすごく当たってるのよ。でね、ユーヤも占ってくれるって言うから、ナオくんが気がついたらユーヤも……」

「うん。今起きたから、もう少しだけ待ってね?」


 こっちを向いた美女と目が合う。

 瞳孔が勝手に開いた。

(あ、れ? この人……どこかで……? いや、その前にユーヤとか言うヤツも……)

 頭の中で何かが弾ける、直前だった。ユリアに勝らず劣らずな真っ白な指先が俺のおでこを包み込んできた。


「!!」

「熱はないみたいね。頭に痛みがないならもう大丈夫だと思うんだけど、ねぇユーヤどうかしら?」

「多分大丈夫だと思うけど。ナオくん、痛い所ある?」


 顎を引き、美女の指から逃げてから首を横に振る。俺は自覚していないだけで意外に女に弱いのかもしれない。いや、これだけの美人、目の前にすれば誰だって……

(胸もデカイし)

 俺だけじゃないだろうとユーヤを見やった。


「大丈夫だって。ね、ユーヤ早く!! ナオくんも!!」


 わかってくれたのかは不明だが彼から一笑をもらった。

 プラス、美女に引かれ始めるユーヤよ呼ばれる男がこちらに傾けられ、耳打ちされる。


「ごめん、詩織はいつもこうなんだ。悪いけどちょっと付き合ってくれる? 君の連れもいるから……」




***



 なんとなくわかってはいた。

 俺の連れと言われ、占いなんかに手を出すヤツなんて……

 詩織とユーヤに連れられて入った教室の一番前。窓の側で空を見上げていた緩いウェーブのかかった金色の髪を持った女が、教室のドアを開ける音と共に振り返った。

 笑顔だったその顔が俺と目が合うなり、一瞬にして空とは正反対の暗いダークグレーに染まる。


「……ゴキブリ並みにしぶといな、ナオ」

「お前こそ、ゴキブリ以上に腹が立つな」


 いがみ合う。

 どうしてコイツが俺の連れなんて言われることになるんだ。しかもノウノウと美女と遊びやがって。本来ならユリアがやったんだから看病するのはお前の仕事だ。なんで男なんかに看られ続けなきゃならないんだ……ユーヤには悪いが。

 チラリと横を見ると、苦笑された。意味はわかっていないと思われる。

 と、真っ赤なプリーツをひらめかせて詩織が弾むようにユリアに駆け寄って行った。


「ね、ユリアちゃん。ユーヤのことも占って!!」

「いいぞ」


 手招きされ、一度だけ俺の顔を見てから歩いて行くユーヤの後ろ姿を眺める。

 椅子に腰が下ろされた。


「先に言っておくぞ。私は見えたモノしか言わないし、ユーヤのことをちゃんと見れるかは保証が出来ない」

「どういうことかな?」

「詩織にはさっき言ったが、相性と言うヤツがあって合わないと全く見えないんだ。それとリンクするのに時間がかかるから、右手以外は自由にしてていいぞ。おしゃべりしててもいいし、勉強してても音楽を聴いていても構わない」


 ユリアがお手をさせるようにユーヤの手を引き、目を閉じた。「始めるぞ」という言葉を合図に、ユーヤが俺を手招いてきた。ためらう。どうして俺がわざわざ危険人物の近くに行かなくてはいけないのか。だけどなぜか、ユーヤを見ていると妙な気分に陥って、脚が勝手に一歩を踏み出してしまった。普段なら無視するところなのに。

 そばに行くと微笑しながら「どうぞ」と隣の椅子が引かれる。

 頭は違和感を感じているのに、身体は大人しく座った。


「ナオくんは占ってもらったことは?」

「ない」

「占ってもらおうと思ったこともないの?」

「ない。俺は非科学的なことは大嫌いなんだよ」

「へぇ、じゃあ一緒かも。僕も現実主義でそこまで信じてないから。まぁこういうお遊びは好きだけど」


 自然と口角が上がった。

 俺はユーヤのことが気に入った。現実主義だという主張も、お遊びだと言い切る表現もすごくいい。何よりコイツとはなぜか妙にしゃべりやすい気がするし、隣にいて居心地は悪くない。

 口をつぐむと、空気を読んだのかユーヤが詩織の方へ顔を向ける。


「詩織はなんて言われたの?」

「ふふ。まずね、「将来的に“キレる”ことは気にしなくていい」って言われたわ」

「え?」


 彼の薄い色彩が小さくなった。

(キレるって、何がキレるんだ?)

 意味が分からないが、それは当たり前。占いなんて適当な言葉を並べていれば占われる人が勝手に想像を膨らませて「このことだ!!」と自己完結するものなのだから。

 クダラナイと頬杖をついた。しかし詩織は、ユリアと同じでそういうことが好きなのか、嬉しそうに続きをしゃべる。

 視界の真ん中に、ユーヤの手を掴んで瞼をしっかりと閉じているユリアが入ってきた。


 柔らかな風が俺たちの間に吹き抜けていく。

 アイツの金色の髪がユラユラと揺れて……無意識にその先を目が追いかける。重力に引かれ、髪が元の位置へ落ち着いた。


「ユーヤ、言うぞ。これは……白衣か、将来は医者みたいだぞ」

「へぇ」

「ふむ、ユーヤは年をとった方がモテるな。結構後だが」

「……。それはどうも」

「子供がいるな。男の子が2人……あ!!」


 ユリアが閉じていた瞳を見開き、大声を上げた。

 彼女以外の3つの体が跳ねる。

 同時、青い目の目力を最大限に発揮しながら、白い両手がユーヤの手を祈るように包み込む。


「ユーヤ!! もしよければ二人で話さないか?」

「え?」

「お願いだ。どうしても話しておきたいことがあるんだ」


 ユリアがまるで押し売りセールスマンのように茶眼を見つめる、見つめ続ける。あまりの熱視線に引いたのか、ユーヤの身体が後ろに傾いた。追うように青い瞳をした女が前のめりになる。


「い、いいけど……」

「よし。詩織とナオはここで待っていろ。すぐ戻る」


 逆らえないのかユーヤが俺に助けを求めるようこちらを向いた。悪いな、ユーヤ。俺は面倒ごとには自分から首を突っ込まない主義だ。ユリアのことなら尚更……。

 教室から消えて行く二人の姿を見送る。

 足音が聞こえなくなった瞬間を狙って、大きく息を吐いた。しかしその瞬間を待っていたのは俺だけでなく、詩織もだったようだ。


「ねぇ、ナオくんたちは天使なのかしら?」

「は?」


 開いた口が塞がらなくなった。

 真っ黒な瞳に互いを写し合う。

 この美人、何を言っているのか。いや、何を言っているのかわかっているのだろうか? その真っ黒な目は輝いているように見えて、実は腐っているのだろうか? 俺は自分でも自覚しているが、俺の顔は決して可愛い顔なんてしていない。むしろ目つきが悪いほうだ。一体、俺のどこを捕まえて“天使”だなんて言葉が出てくるのか。

(コイツも電波か?)

 彼女の長いまつ毛が2度、瞬いた。


「ユリアちゃんの占い、吃驚する程当たるし。ううん、当たるなんてものじゃないわ。全くその通りなのよ。それにね、確かに今までなかった気配が急に現れたかと思ったら、あなた達が上から降ってきて……だから、そう思ったのよ。ほら。ユリアちゃん、本当に天使みたいな顔してるじゃない? そうだったら素敵だなぁって思って」


 ふふっと小さく笑って、ユーヤが座っていた場所に詩織が腰を下ろした。

 馬鹿馬鹿しい。確かにユリアは想像上の天使みたいな外見はしている。でも中身はただの電波女だ。どうしてあんな妄想オタクの戯言なんかに耳を傾けたあげく、「素敵」なんて言葉を吐き出せるのか。理解しがたい。だから女なんて嫌いなんだ。


「そんなわけないだろ」

「そう。残念ね」


 唇を少しだけ尖らせ、俯かれた。

 伏せられた横顔を見た瞬間、

(え?)

 なぜだか、胸がキュウっと締め付けられた。懐かしいような、バツの悪いのような気持ちになった。

 眉がよる。


「どうしたの?」


 気がつかないうちに詩織の顔を見つめていたようだ。端正な顔が心底不思議そうに、俺の顔を覗き込んでくる。

 焦って顔を逸らす。ついで、口から勝手に弁解の言葉が溢れてきた。それは少し前から思っていたことでもあって、止められない。


「その……俺、アンタ達にどこかで会った気がする……んだけど」

「ナオくんと? 会ったことあるかしら。元禄高校には行ったことあるけど、ナオくんぽい人と会った記憶は私はない……わね。もしかしたらユーヤなら覚えてるかもしれないわよ? 一度見た人の顔は忘れないって言ってたもの」


 顔だけでなく、体ごと詩織から逸らした。そうだろ? ただ単に下手なナンパしたみたいな感じになってしまったのだから。

 意図的ではないにしろ、それこそバツが悪くて、押し黙る。


「……」

「……ユーヤ達、遅いわね」

「……」

「ねぇ、ナオくんはどんな話だと思う?」

「……」

「占いの結果が悪かったのかしら」

「……」

「……ねぇナオくん、ポケットから紙が出てるわよ。レシート?」

 

 目だけ動かすと、ブレザーのそれから白い紙が少しだけ顔を出していた。

(買い物なんかしたか?)

 入れた記憶がないと、首を傾げながら紙の端を引っ張る。すると名刺サイズのそれの中心にかなり小さな文字で何かが書かれていた。


「なんて書いてあるの?」


 嫌な予感がする。

 でも、どうして俺は詩織の言葉を無視出来ず、彼女にも文字がわかるように口にする。


「……。詩織は……び、じん……?」

「ああん?」


 読み上げた途端、今まで優しい声だったものがドスの効いた低い声へと変貌を遂げた。驚き、横を見ると眉間にシワを寄せて、親の敵か何かのように俺を睨んでくる詩織の姿。その姿は先までとは、まるで別人。

(なんだコイツ!?)

 彼女が、立ち上がると同時に長い脚を振り上げた。


「ナオくん、逃げて!!」


 彼女の体が躍動したと同じくして、体が横へ引っ張られ体が床に転がる。直後、俺の頭があった場所に踵が振り下ろされ、机が鈍い音を立てた。目を見開けば、尚も俺のことを鋭く睨みつけてくる詩織。

 真っ白な指先が真っ赤なスカートにかけられ、めくられる。男の性か、目線が集中。が、すぐに見てしまったことを後悔した。なぜなら見えたのはパンツでもなく、まさかのサービスショットでもなく……

(け、警棒!?)

 上下に振られ、伸びゆく黒いそれに今度は目が釘付けになる。


「ナオくん、早く!!」

「ちょ、ユーヤ!?」


 半分引きずられる形で体が持ち上げられる。脚が完全に地についた時点で、床を強く蹴った。

 先に廊下を走り始めたユーヤの背中を追いつつ、後ろを振り向く。

 警棒を持ったまま、もの凄い形相をした詩織が俺たちのことを追いかけてきていた。すぐさま前を向いて一気加速をかけ、前を走るユーヤに並ぶ。


「な、何アレ!? どうなってんだよ!?」

「ごごご、ごめん!! 先に言っておけば良かった。実は詩織は“美人”って言われるとキレちゃうんだよ!!」

「はぁ!?」

「信じてくれなくてもいい。とりあえず今は……一緒に逃げてっ!!」


 階段に到達するなり2段飛ばしで駆け上がる。

 と、階段の一番上……窓からの光が眩しいその場所に見慣れた白い陰を発見した。それは明らかに詩織とは違う真っ白なワンピの制服を着ていて、逆光で透ける金髪が嫌に綺麗に見て取れる人物だった。手には、俺のくたびれたネクタイが握られている。

 仁王立ちしたシルエットが動いた。


「だから言っただろう? ナオは死ぬ運命にあると」


 脚にブレーキをかけた。

 後ろを振り向けば未だブチキレた顔をした、警棒を回す詩織がいて……前を見上げればネクタイを力強くパシッと伸ばす俺のヒットマン女ユリアがいて……前門の虎、後門の狼とは正にこのこと。逃げ場のない階段で挟まれるなんて。

 小さく舌打ち。

 前を見据える。すると、反対にユーヤが後ろを向いた。


「僕は詩織をなんとかするよ。できなかったらごめんね?」

「ユーヤ。お前狙われてないからって、抜けたこと言ってるだろ!」

「キレた詩織には見境なんてないんだけどっ!!」


 ユーヤが俺の背中を軽く押した。

 それを合図に前に飛び出す。後ろでは駆け下りる音がする。でも振り向くことはしない。俺が今するべきことは……

 階段を駆け上がり、腕を思いっきり伸ばす。相手も俺の首を狙い、下げてきた手首を掴んだ。

 腕を真ん中に押し合う。


「ユリア、お前また計りやがったな!?」

「何の話だ?」

「ポケットの紙だ!! しかも読むようにわざと小さく書きやがって!! 言い逃れするなよ? 筆跡は明らかにお前の字だからな!!」

「ナオは馬鹿だな。前々から殺すと言っているのに、言い逃れなんてするわけないだろう?」


 相変わらずクソムカつく女だ。

 もういい。だいたい俺はフェミストでもなんでもないんだ。女だろうが関係ない、殴る!! 

 殴ろうと腕を引いた。すると、逆に捕まる手首。


「ナオ……危ないぞ?」


 顎で後ろをしゃくられ、思わず振り返る。

 するとそこには……鬼の形相をした赤い制服の女の子が飛び上がって俺に向かって警棒を振り上げていた。


「「死ね!!」」


 2人の女の声が重なった。

 逃げようと体を振る。が、手首をユリアに捕まえられていて体が一定以上動かない。ユーヤが彼女の名前を叫びながら詩織の腕を掴んだ。

 だけどもう既に遅くて、真っ黒な棒が振り下ろされた。

 

「「っ!!」」


 詩織が警棒の軌道を修正したのか、急所には当たらず、なぎ払われる形で警棒が肩に当たってきた。それでも衝撃を受け止めきれずに体が階段下へ落ち始める。

 笑う、ユリアの顔が斜めに見えた。

 ユリアの体を思いっきり引くと少しだけ重たさが感じられた。

 傾れながら唇を歪め、視線を合わせる。青い目が、大きく見開いた。

 そうお前を離すつもりなんて俺は毛頭ない。

 『落ちるなら一緒に』、だ……。


「ばーか」


 鈍い音が背中と、お腹に響いた。






 ドサリ。






 遠くで名前を呼ばれた気がする。

 つーか、また体が痛い。またどうせ今度もベッドの上なんだろ? そして俺の名前を呼んでいるのは黒髪超絶美女じゃなくて、どうせユーヤなんだろ? もう起き上がるのも億劫だ。全身打撲のせいかだるいんだ、体が。

 気怠く目を開けると、今度は見覚えのある場所だった。それは何度も何度も、小さい頃から見慣れた……


「俺の部屋……?」


 素っ頓狂な声が出た。

 目が合うのは天井にくっついた電気だけで、ユーヤでもなんでもなかった。

(夢…か……。イテッ!)

 鈍い痛みが肩を走った。眉をしかめながら手を持っていく……何かが引っかかり邪魔をした。目を見やれば、金色の細い細い糸が何本も指先に絡み付いていた。

(髪の毛??)

 髪の沿って目線を横にずらす。


「うわっ!!」


 視線の先には、俺の胸の上に頭を預けているユリアがいた。

 と、顔は見えないが起きていたのだろうか、彼女が不機嫌そうな声を出す。


「起きたのならさっさと離せ、馬鹿ナオ」


 見れば、俺は彼女の腕を確かに掴んでいた。しかも背中から回し、離れらないような状態にして。

 急いで解放すると、勢い良く俺の中からユリアが飛び出した。

 ワンピースの裾が目の前でひらめく。


「そうだナオ、ネクタイ返しておくぞ」


 わざと肩に腕がぶつけられた。

 鋭い痛みに、打ち身の痛みが重なる。それは明らかに今ぶつけられた痛みではなく……大きく目を開いた。

 ユリアが微笑しながら、顔を覗き込んできた。


「よかったな。美人に殴ってもらえて」

   

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