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夏の本音 #3

 僕たちのっていう所に多少は引っかかったものの、波の音しかしないこの世界では、末長が促すように聞き耳を立てれば、2人の会話は嫌になるほどよく聞き取れた。


「寒くない?」

「いえ」

「折角の白い肌が焼けると悪いから、もっとこっちおいでよ」


 そう言って着ていたTシャツを肩にかけて腕を伸ばし、何もないその場所に陰を作った。詩織は眉をハの字にしてやんわりとそれを断った。


「なんあー(なんだー)、あの、あの、陰の作り方は!! 如何わしい!!」


 憤怒として番長が暴れるのを末長と一緒になって押さえつけながら、さらに耳を傾ける。


「警戒しなくても、急に襲ったりしないよ」

「……」

「今は…ね?」


 ペロリと舌を出して、明らかに冗談めいた顔をした。それはさっきまで真剣な表情とは打って変わってゴムボードから降りてすぐ見せた少年のような顔だった。こういうのを俗にいうギャップがあるっていうのだろう。

 委員長は意識していないレベルで「可愛いですぅ」と漏らしていた。

 怒りのボルテージをさらに上昇させながら、番長は鼻息を荒くしている。水面に小さな波が2個できた。


「一緒にいた男の子達はみんな友達?」

「ええ、まぁ…」

「羨ましいな」

「……?」

「ほら、なんて言うか…俺って昔から芸能界で子役として生きて来ただろ? そうすると周りは大人ばっかりで同年代に友達を作る機会もなくってさ、そのまま年だけくって親友って呼べる奴が未だに出来ないんだ。ライバルなら沢山いるんだけど」


 島波凉は遠くを見ながら口をつぐんだ。その姿は初めて出会った時の詩織と同じ表情をしていて、僕にはとても切なく見えた。きっと詩織にも…。


「友達が欲しいんだ?」

「うん…まーいらないって人はいないんじゃないかな」

「そうだよね。私もずっと友達いなかったから、わかるよ。その気持ち」

「君は心の優しい子なんだね」


 凉さんが、今までより少し低い声で目の前の相手の眼をじっと見たまま言った。彼女は頬を赤く染め、俯いて微笑した。その表情は、ほんの少し困ったような、それでいて優しくて…。

 --------そんな顔…

 僕は初めて見るよ?--------

 かぁっと体の芯が熱くなるのを感じ、右手を握った。


「そ、そんなこと言っても、何も出ないから」

「困ったな、俺は物が欲しいんじゃないんだ」


 詩織の顎をクイっと上に向かせ、自分の顔を真正面から見せ、



「単刀直入に言おう。俺は詩織に惚れてしまったらしい」



 潤んだ彼女の瞳には、透き通る海でも、何処まで蒼い空でも、いつもそばにいた僕でもない…ただ1人、島波凉だけを映し出していた。紅潮した顔をして。


「っ…」

「おい、何処行くんだよ!?」


 末長が何かを言っているのを無視して海に飛び込んだ。

 見たくなかったんだ。僕の知らない顔をする詩織も、これからの展開も、全部を。

 海には相変わらず色とりどりの珊瑚や魚が所狭しと僕を迎えてくれた。




「お風呂空いたけど?」

「あー、ありがとう。番長先に入る?」

「イヤもう少し…」


 先にシャワーを浴びて髪の毛を拭きながら番長の部屋へ風呂を上がったことを伝えにいくと、2人して部屋のソファーの上で小さくなってあぐらをかき、何かをしている様子が眼に飛び込んできた。


「何してんの?」


 興味が湧いて2人の間から顔を出した。

 そこにはおびただしい量の何かの印刷物に、赤い文字でグリグリと直線や波線、丸等の印がつけられていた物が山積みにされていた。


「何って、島波凉フラれろ大作戦の作戦会議だけど?」

「はぁ?」

「見てただろ昼の…あの後さ、詩織さんをアイツさらに口説き落とそうとしてね」

「そうだ。あの野郎、何が『同じ匂いのする君なら分かるだろう? 俺に必要なのは詩織、君だけなんだ』だ! フザケるなっていうんだ! ここはお前の主演の映画の中じゃねーつうーんだよ!」


 興奮する番長をなだめながら、聞く。


「それで詩織はなんて応えたの?」

「まだ何も。急だったから応えに詰まってたみたい、そしたらアイツなんて言ったと思う?」


 首を傾げてやると、末長はソファーの上に立ち上がった。


「『明日、沖縄を去るまでに決めてくれ。俺はどこへも行かない、ずっと待ってる』だとよ! かぁーペッペ」


 ツバを吐くふりをして嫌悪感を表す態度を取っている。番長も末長と同じように眉間にシワを寄せて、腹立たしげにクッションを殴った。


「それでコレ! あの男が二度と詩織さんに近づかないよう今、番長と作戦を立ててたんだよ」

「おお。アイツめちゃめちゃにしてやる!!」

「山田くんも参加するだろ? このフラれろ大作戦に」


 眼を輝かせて2人の男が顔を近づけてきた。明らかに僕が参加するというのを期待している目だ。考えなくてもそのくらい鈍感な僕にだってわかる。

 けど、僕は…


「……僕は、止めておくよ」

「「はぁ?」」


 2人が同時に口をポカンと開けて眉をひそめた。下を向いたまま続けた。


「だってそうだろ? 僕たちが幾ら2人の邪魔をしたって、詩織の気持ちが凉さんにあるんだったら無駄だよ。迷惑だよ」

「めいわ…そうかも知れないけど、でも」

「僕たちは詩織の彼氏じゃない、友達なんだ。彼女が恋愛したいなら恋愛すればいい。止めようよ、そんな邪魔建てなんて」

「そりゃ、詩織さんの気持ちが一番だけど。でも、僕たちが恋路の邪魔をしたらイケないって法律もないだろう?」

「もっと言え末長!! 詩織は幸せにするのはアイツじゃない、俺だ!」

「詩織さんだってもしかしたら彼のこと嫌がってるかも知れないじゃないか!?」

「見損なったぞ山田裕也、もっとヤレる男かと思っていたのに」


 僕の言葉に停めなく煩労してくる。


「…見てたんだろ? 詩織が顔赤くするとこ」


 2人は一瞬して黙ってしまった。わかってるはずだ、2人だって詩織の心が彼にあることくらい。いつもとは明らかに違う彼女の態度、表情、誰が見たってアレは恋する乙女の顔だった。

 彼女が好きだと言うものをどうして妨害できるっていうんだ、誰が邪魔できるっていうんだ。誰にもそんな権利なんてない。これは、詩織と凉さんの問題なんだ。僕が口を出したりできる権限なんてどこにもない。

 -------あんな顔見た後じゃ尚更…。


「とにかく、僕には邪魔するなんて出来ない」

「山田くん…」

「山田…」


 末長と番長の力ない声を聞きながらドアノブに手をかけた。

 -------僕たちに出来るのは彼女が自分の意志で選ぶものを応援してあげることだけなんだよ。

 それが僕の望んでいない道だって…


「おやすみ」


 部屋を出ると自分の部屋に入って、ドライアーもかけることなくベッドに潜り込んだ。

 電気を消すと、末長から聞いた島波凉の言葉が僕の頭をもたげた。



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