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晋也と僕

 シャーペンを動かしては前を向き、文字を確認してはまたノートに向かい合う。

 しかしふと気になって顔を右へ動かした。

 バチっと目が合った。

 -----君じゃない。

 萎えた顔をするも、全く同じ顔をした僕の双子の兄も同じく萎えた表情をしてきた。

 視線をさらに動かして僕らの真ん中に位置する黒髪の少女を見つめた。ボケた視界の奥で晋也も彼女の事を見てる。


 

 僕ら山田兄弟は、親友である“詩織”に恋してます。



 詩織を挟んで向こう側、兄と同じタイミングで視線を外してまた黒板を写す。集中力の途切れてきたこの7限目で、数学なんてとてつもなくメンドクサイ。しかも6限目は体育だったし…もう眠たくて仕方がない。

 小さく欠伸をかいた。


「二人とも、帰りましょ?」


 言うなり兄晋也が詩織の手を取った。ジッとそれを見つめつつ右手を少し上げれば、か細い指が絡んできた。顔を上げると晋也が僕の指先をジッと眺めていた。

 いつものように3人で帰って、彼女を家まで送ってから手を振り、踵を返す。

 この後彼と話す事は決まって本日の晩ご飯について。もう、毎日繰り返される事だから分かりきっている。よくもまぁ飽きないと思うね。

 しかし、今日だけは…今日から変わった。僕の靴ひもが解けてしゃがみ込んだ瞬間に始まった。


「…ねぇ、見てたでしょ」

「何を?」

「俺と、詩織のやりとり」

「ああ。それって僕のセリフでもあるよね、君も見てたでしょ。僕と詩織のやり取り」


 キュと蝶々結びをしてから顔を上げる。

 すると、鏡で見たような僕のイタズラな顔。


「提案があるんだよね。ねぇ俺と入れ替わってみない?」


 ゆっくり立ち上がれば、同じ高さで視線が繋がる。

 春の風が僕らの髪をくすぐった。

 もう言いたい事は最後まで聞かない。だって分かってるもの、言いたい事は。僕は…晋也の事が羨ましい。自分から詩織と手を繋ぐことができるから。しかし晋也は…僕の事が羨ましい。詩織から手を繋いでもらえるから。そう、僕は彼になりたくて、彼は僕になりたい。利害は一致してる…。

 ゆっくり口を開いた。


「バレないかな?」

「バレないよ。声も背格好も黒子の位置も、全部一緒だよ? 違うのは一人称と、少しの性格だもの。でも君なら出来るでしょ?」

「お互いの事は僕らが一番分かってるから、コピーも完璧に出来る…ってこと?」


 皆まで言わせるなと、彼が笑う。

 だから僕も釣られるように口の端を上げた。


「「じゃあ、早速今から練習してみようか」」


 右手の拳同士をコツンと突き合わせた。








「座る机、間違えないでよ」

「君こそ、一人称間違えないでよ」

「分かってるよ、君が僕、僕は俺。今僕は…俺は“晋也”でしょ?」

「そう、俺もとい僕が“ユーヤ”」


 階段を上がり、本来は僕が普段なら左手側にいるけれど、今日は逆。ってか、誰も気がつかないのに制服も靴も鞄も何もかも変えてみた。多分、ここまでしなくたって誰も分からないと思う。普段だって二人でどこかに行って、戻ってきたら声をかけられるのを躊躇われる。だからいつも「どっちがどっちでしょう?」ってネタにしちゃってるくらいだもの。ま、外見に関しては気分だよね。

 肝心の、頭の中身と言うか心は変わってないもの。

 「俺」って一人称を出す度なぜか緊張しちゃってるし、今日は晋也だから詩織の手を繋ぎにいかなきゃって、尻込みしそうになるヘタレのお尻を何度も叩いている状態だもの。きっと、逆も然り。晋也は晋也「僕」っていうことにドキドキしてるし、今日は詩織から手を繋いでもらわないといけないって、叱咤激励してる状態だよ。

 教室の扉の前で顔を見合わせた。


「頑張ろうね、“ユーヤ”」

「バレないようにね、“晋也”」


 お互い最後の確認をしてから扉を開けた。

 まずは慣れない席に座る。鞄を下ろして筆記用具を机に突っ込んだ後、ゆっくりと天井を見上げた。


「晋也くん、晋也くん…。晋也くん」


 -----呼ばれてるよ〜って、僕か!!

 ヤバいとすぐさま立ち上がり、笑顔を零す。ドアを見れば、晋也がいつも化学を教えているD組の女の子が立っていた。はいはいと兄のフリをして教科書が広げた。

 なんとなく気配を感じて教科書から目を離した。すると詩織が登校してきてて…


「ユーヤ!! ごめん、今日日直だったの忘れてたのよ!!」

「うん、もうしちゃったから大丈夫だよ」


 -----あああああああ!!

 そういえば今日は月1の楽しみ、詩織と日直当番の日だった。絶対、絶対晋也に計られた!!

 悔しさを噛み締めると揺れる携帯。女の子に謝って開けば兄からのメール<ごめんね、一度詩織と日直したくて>。

 ------ごめんじゃなーい!!

 僕の詩織との二人っきりの時間を邪魔するなんて、なんて兄貴だ。こうなったら僕だって晋也である事を最大限活かしまくってやります。指をくわえて見ているがいい、晋也!! 悔しさでギリリと奥歯が鳴った。


「じゃあ、いってらっしゃい“ユーヤ”」


 ニコニコしながら晋也を見送った。YES!! 今日のお昼休みは日直ってことで先生に荷物を教室に運ぶよう頼まれてたんだよね。

 一瞬振り返る兄に柔らかく手を振って、早く行けと促す。

 ある意味二人だけの空間になって…眉を潜めた。そうだろ? 彼が詩織と二人きりになった状態で何を話しているか、僕は知らないんだ。

 -----どど、ど、どうしよう!!

 やっぱり心までは晋也になりきれなくて狼狽える。しかしそんなこと知らない黒髪の子は急に話を振ってきた。


「ねぇ晋也。昨日の話、あれどうなったの?」

「え?」

「数学の宿題のコピーの話よ」

「あ…」

「もしかして忘れてたの? もう、ユーヤがいる前だと「自分の力にならないからダメ」って怒られるから二人になったときに写させてくれるって言ってたじゃない」

「ごめん。大丈夫、宿題はしてるから…ほら、写して?」


 正直愕然としたね。僕はそんな事詩織と話してるなんて知らない。つまり、これは晋也と詩織の二人だけの秘密ってことだ。こんなの知りたくなかった。知らぬが仏? いや、でも僕が聞いちゃったからもう二人だけの秘密じゃなくなんだよね。

 ------って、ちょっと待って!!

 ということは、僕と詩織だけの秘密も彼が知っちゃうって可能性があるってことだ。ヤバいって、知られたくないよ。

 一人であくせくしていると、さらに焦る事態が襲ってきた。今まで懸命にノートを写していた詩織が顔を覗きこんで、


「晋也、どうしたの? 不安そうな顔して…」


 まるで僕に対するような態度をとってきたのだ。

 ヤバいとすぐに顔をポーカーフェイスに変える。


「いや。携帯の充電…昨日してくるの忘れちゃってたからヤバいなぁって」

「ユーヤも朝そんな事言ってたわね。ふふ、双子だと充電するのを忘れるのも一緒なの?」

「はは。ボディシンクロニシティだよ」


 -----言い訳が一緒なだけだよ。

 何も知らず、無邪気に笑う綺麗な顔を眺めた。



「じゃあ、後でね」


 元気よく手を振って教室から消えていく僕らの想い人を見届けてから、同時に大きくため息を吐いた。しかし、そちらを見る事はなくシャツのボタンに手をかける。今から体育の時間なのだ。


「ねぇ、君抜け駆けしてたでしょ」

「君こそそうじゃないか」

「…お互い様だね。で、どうだった? (ユーヤ)になった気分は」

「日直が楽しいね。これからも定期的に変わってくれる?」

「それはダメ」

「ケチ!! ユーヤのケチ!!」

「ふーんだ、今日日直したからいいじゃないか」

「ユーヤの秘密、詩織にバラすよ?」

「じゃあ晋也の秘密バラしちゃうよ?」


 う〜と牽制し合う。だけどどっちにしたってこれ以上は話は進まない。そんなのお互いが一番良く分かってる。だから同時に顔を背けて、同時に着替えて体育館を目指す。


「とにかく、当初の目的を遂行しようよ。それまで喧嘩はなし」

「だね。でもたまには日直させてね」

「……」

「…黙らないでくれる?」


 この後の体育の時間は本当に面白かった。僕は晋也の、晋也は僕のチームに入ってバレーをしたんだけど、やっぱりというか朝からずっとだけど見分けはついていないようで反対に応援された。一番可笑しかったのはユーヤと晋也のチームが当たった時。もうね、ネット越しに本来は僕への応援だから「応援されてるよ、“晋也”」とか、タイムアウトをとった時も「“ユーヤ”呼ばれてますよ〜」なんて言って、僕らの事分かってない皆をクスクス笑った。いいね、夏のプールのときなんかもっと楽しい事になりそうだ。やっぱりたまに入れ替わるのも面白いと思う。

 

 そして…僕らが待ちに待った放課後になった。

 詩織が最後の筆記用具を鞄に入れる寸前、顔を見合わせた。僕の同じ虹彩を持つ瞳が語りかけてくる…。分かってるよ、どれだけこの時を待っていた事か。大丈夫、いつもならそんな事絶対に出来ないけど今僕は晋也。出来るに決まってる。君こそ、今はユーヤなんだから慎んでよね。

 -----イケルよ、兄弟。

 完璧なアイコンタクト。

 さぁいつでも来い!!

 詩織が鞄を持ち、ゆっくり立ち上がった。


「二人とも、帰りましょ?」


 バクバクという心臓の音を聞きながら、指先を彼女に近づけていく。正直、たった20cmのこの道のりが遠過ぎる。指先は小刻みに揺れているし、なんだか手に汗をかいてきた気がする。

 だけど、どうしても僕から繋いでみたくて…。

 キュッと口を一文字にして、真っ白な指先を包み込んだ。

 -----つ、繋いじゃった!!

 もう、もう心臓が口から飛び出しそうだ。いつもとは違う、晋也に対する彼女の反応が見て取れる。繋いだ瞬間に零れる笑みに、胸がキュンとした。 と…今度は詩織が動き始めた。いつも僕にするようにか細い指を絡ませに行く。ここからは見えないけれど、きっとこの子は晋也に僕に対する反応をしているはず。

 真ん中の頭越しにチラリとアイコンタクト。

 今にもハイタッチしそうな僕らの顔が妙に馬鹿みたいだった。

 そして、いつものように何気ない会話をして下校をする。でも…僕は詩織の右側にいて、彼女の指先を包み込んだりしちゃってる。いつも通りだけど、全然違う世界。耳に入ってくる声も、その体温も、何もかもが新鮮に感じる。いつもなら少し引き気味の腕。だけど今日は晋也だから少し自分側に引っ張ってる。そうだ、きっと晋也と二人っきりになったって違う風景が見える筈。晩ご飯のチャチな話なんかをするんじゃなくてさ…


「ねぇ、喉乾かない?」

「「え?」」


 双子らしく同じ顔で同じ声で反応をする。だけど詩織はそんなの気にしていないようで「二人の分、買ってくるわね」と自販機へ走って行ってしまった。その後ろ姿を眺めながら小さく声を出す。


「どうだった?」

「よかった。君は?」

「同じく。いいね」

「うん。またそのうちしようね」

「完全にバレるまでね」

「じゃあずっとできるね」


 頬が緩む。きっと晋也の顔の筋肉も緩んでる。

 本当に僕らはお馬鹿で阿呆な双子だ。でも、こんなパートナー、誰か他を連れて来いなんて言われたって絶対に無理。

 僕らは唯一無二の存在。

 そして僕らが愛するあの子はそれ以上の存在。

 振り返り、駆けてくる黒髪の美少女に目を細める。


「はい!! ユーヤ、晋也」

「「え!?」」


 突き出された缶コーヒーと言葉に目を剥いた。

 だって、晋也に向かって「晋也」って言って彼のお気に入りの“BOZZ”を、僕に向かって「ユーヤ」って呼んで僕の好きな“JEORJIA”を差し出してきたんだ。

 顔を見れば、イタズラな笑み。


「受け取らないの? せっかく二人の為に買ったのよ?」


 ポカンを開く口。投げられる缶を慌てて受け取り、先に歩き始めた彼女を二人で追う。


「も…しかして気づいて…」

「るわね」

「い…つから気づいて…」

「朝からよ」


 -----騙されていたのは僕たちの方ってこと!?

 いや、でもクラスメイトは皆、本当に気がついていなかったし、僕たちのコピーも目立った粗なんてなかった。

 兄弟で顔を見合わせた。


「何処で気がついたの?」

「雰囲気と言うか、何となくよ」

「それだけ?」

「そうね。あと…制服の着方の微妙な違いよ」


 ねぇ詩織、それってさ。

 上がる口角。

 合図もせず、声を合わせる。


「「詩織が、それだけ僕(俺)らを見てくれてたってことかな?」」


 大きく開いた漆黒の目が僕と晋也を捉えた。

 大好きな顔が見る間に赤くなっていく。


「違う…わよ。ただ見分けられないと声をかけるのが困るじゃない…」

「「へぇ」」


 何をそんなに強がる事があるの?

 ねぇ詩織、それって図星だからでしょ?


「ず、ずっと二人の事見てたわけじゃないんだから!!」






 ピピピ、ピピピ、ピピピ。


「うあ!!」


 耳元で大音量で鳴るアラームにビクついて珍しく飛び起きた。

 見渡すといつもの僕の一人暮らしの部屋で…腕には昨日の夜から付けっぱなしだった真っ黒の腕時計。


「…驚かせないでよ」


 答える筈のない双子の兄に愚痴を零す。

 だけど妖しく光るのが僕には返事に聞こえて、口元を緩めてしまう。

 -----……。それにしてもリアルな夢だったな。

 ふと、先程の夢の事を思い出して呟いた。食べ物の味だってしたし、心臓の音だって、詩織の声だって、動けば体力が減った感覚もあったし。あちらが本当でこっちが夢だと言われても分からない程だ。…彼が生きていたらあんな状況だったのかも知れない。ううん、僕は彼の生きているパラレルワールドに行ってきたのかも知れない。

 -----そんなワケないか。

 ハッと息を切って立ち上がる。お風呂に入る為に相棒を机の上に置き去りにして、また戻ってくる。制服を着て、髪を整えて、鞄の中身を確認して…オールブラックの時計を拾い上げる。パチリとはめると、僕の腕に馴染んでようやく心持ちが落ち着いた。

 鞄を持って靴を履く。

 時間を確認するように向かい合った。


「じゃ、今日もよろしくね。兄弟」


 勢い良く玄関を飛び出した。



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