研修医時代〜シークレットダンスを君と #4〜
数日後。
「お前…本当に噂に事かかない男だな」
「は?」
「知らないのか? お前、こないだより大変な事になってるぞ。あ〜なんだっけ、そう、二宮先輩のカノジョのあさみさんだっけ…あの人と夫婦なんじゃないかって。もしくは浮気で患者に手を出したって」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。ついでに原因を頭の中で検索すると先日の、あさみさんとのやり取りが思い起こされた。
-----あれか…。
チッと舌打ちしながら、腹立たしくカルテを机に放り投げた。するとその様子を見ていた中村くんがさも楽しげに笑い始めた。
「笑わないでよ。もう、一番最悪なパターンなんだから」
「そうだな」
注意をしても彼は対岸の火事で、やっぱりニヤニヤが取れない。
------全く、これじゃswappingじゃないか。
思った瞬間、相手も思っていたようで英単語を口に出された。
本気で睨んで黙らせてからゆっくり部屋を出た。
-----二宮先輩とあさみさんの方はもう、自分たちで処理してもらおう。
もう知っているかも知れないし、二宮先輩のことだから事をすでに納めてしまっているかも知れないけれど…PHS(病院内用)を取り出し、あさみさんと自分、詩織と二宮先輩のことを打ってすぐさま電波を飛ばした。
体の方は急ぎ足で病棟を抜け出して図書に脚を向かわせた。
そう、こちらはこちらで納めなければいけない。他人の心配ばかり僕だって出来ないのだ。分かってると思うけれど、僕の大切な人はこちらの想像以上にヤキモチ焼きだ。ついでに言うと、女の人同士の噂は男同士のそれの10倍は速い。そう、僕が先の噂を耳にしたという事は彼女の耳にも確実にそれが入っているという事だ。正直、恐ろしいよ。図書館に行くのは。だって僕はその噂がたったであろう数日前から家に帰れていないんだ。ついで、電話とメールでしか連絡を取り合っていない。そんなんじゃ鈍感な僕が聡明な彼女の声と文字の演技に気づけるわけない。うん、今日の今の今まで電話とメールで連絡を取った時は…変わった様子はなかったと僕は認識しているんだけどね。だけどそれって“演技”かもしれないでしょ?
-----殴られたらどうしよう…。
嵐の前の静けさかも知れないと身震いした。ついでに胸に入れたあったPHSも揺れた。しかし1回の揺れで収まったからこれは、メールだ。画面をチラ見してみれば予想通りの二宮先輩からのメール。メールボックスを開ければば<こっちは大丈夫>。
よしと気合いを入れて今度は、図書館の扉を開いた。中にはあまり人はいない。だからか、シーンと静まり返っていた。キョロキョロと見渡したがカウンターにも見える場所にも探す人は見当たらない。仕方なくカウンターに座っている顔見知りの詩織の上司に近づくと口パクで「3階の第3資料室」と居場所を教えてくれた。軽く会釈をしてから足先を方向転換する。
図書館のほぼ中心に位置する螺旋階段を昇る。僕の歩く音だけが木霊して、資料室と書かれた扉をゆっくり開ければ古い金属の擦れる音がした。8畳程の埃っぽい部屋は、ラックに段ボールが所狭しと並べ立てられていて目的の人物がどこにいるかをすぐに見つける事が出来ない。仕方なく細い通路を1本ずつ確認しながら歩く。
と、ようやく最後の通路で段ボールを一つ引っ張りだしてファイルと睨めっこしている詩織を見つけた。
「どうしたの?」
「…気配で分かってたんだったら入った瞬間に声かけてよ」
「集中してたのよ。一応、仕事中だもの」
ファイルを段ボールに戻して僕を見上げてきた。あまりにその顔は普通過ぎて、僕は判別出来なかった。怒っているのか、それとも噂を知らないのか。しかし、言わない事には始まらない。
「君、知ってる? 僕の噂」
「どれかしら?」
-----どれって言ってるってことは、知ってるってことか。
怒ってるなと判断し、僕からちゃんと述べる。
「あさみさんと僕のガセネタ」
「知ってるわよ。…それが、どうかしたの?」
「どうかしたのって…。……。…すみません」
「…なんで謝ってるのよ。まさか、事実だから謝ってるの?」
「違!!」
思わず大きな声を出すと「シー」と司書らしく静かにするようにとジェスチャーをして来た。慌てて口をつぐんで、また小さな声に戻す。
「…違うよ」
「じゃあいいじゃない。私は別に気にしてなんてないわよ?」
意外な答えに大きく目を開けた。
しかし彼女はそれさえ気にしていないようで続ける。
「そうでしょ? ユーヤが凛のカノジョに手を出すとは思えないし、あさみさんだって凛一筋なのよ? それくらい分かってるわよ。それに、ユーヤだって分かってるでしょ? 私と凛があんなガセネタな関係じゃない事ぐらい、絶対にならないことぐらい。それと一緒よ。だから私も噂を放置してるのよ、都合もいいでしょ?」
「都合…?」
意味が分からなくて聞き返した。詩織にとって、僕にとって一体何がいいと言うのだろうか? 僕としてはようやく自分のものに出来た君を噂の中だけとは言え、誰か違う人のものになってしまった事が多少なりとも許せないというのに。まさか君はそこにも嫉妬を覚えられないくらい僕の事をもう好きではなくなってしまったのだろうか?
不安な気持ちを隠す事が出来ず、眉をハの字にした。
しかし彼女は正反対に笑みを零してくる。
「好きでしょ?」
眉をひそめれば…夜、僕にしか見せない顔をしてみせた。続ける。
「凛やあさみさんとの噂があれば、ユーヤがまさかここに私に会う為に来てるなんて思われないわ。いいじゃない、都合が。家じゃなくてもゆっくり会えるし、一緒にお仕事もできるし。それに、こういう秘密な関係も、も…もう分かるわよね…」
唇で弧を描いて敢えて言ってみせる「分からないよ」。
名前を呼んで体も呼び寄せて、柔らかいその体をゆっくり包み込む。でも目はしっかり彼女の顔を捉えて…
「言ってよ、分からないから」
見る見る赤くなる様を眺める。決して離さず、笑顔で。
「…秘密な関係も…その…も…」
「関係も?」
「も…新鮮じゃない…」
「ダメ。言うの変えたでしょ。言ってよ。も…?」
「も…もうダメ」
「いいよ、別にダメでも。言えるまでこのままだから。で、次の言葉は…?」
「も…もう離して」
「違う」
「もう分かってくるくせに!!」
「分かってるよ、でも君の口から聞きたいからね」
「!! ……。も、…も」
「わかったよ。夜改めて一人で言わせるから、とりあえず今は一緒に言おうか。ほら、も…」
じっと唇を見つめて、動きに合わせて僕も発音を刻む。
「「燃えそう」」
僕らの秘め事、プチスリルな夫婦生活が始まりを告げました。
本日2010,10/5
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