研修医時代〜シークレットダンスを君と #3〜
自分と嫁の噂を知ってから約2週間が過ぎた。
依然、僕らの関係はバレていない模様だ。そりゃそうだ。運良くというか、悪くというか、僕はかなり急がしくてロクに家に帰っていないもの。それどころか…奥さんそばにも行けなかったんだもん。理由? 理由は忙しかったのもあるけど、なぜか彼女の周りを「ボコボコにする」って言ってた人達がこれ見よがしにウロチョロしてて近づけさえしなかったんだもん。中村くんからも「今は家以外で会うのは止めて置いた方がいい。殺させる」って止められてたし。僕もさ、危険を察知して忠告を守ったよ…我が身は可愛いからね。
だから…もう2週間、寝顔しか見てません。直接お話ししてません。おかげで僕の大切な体は傷一つ負っていません。
でも…僕としてはかなりキツい。笑顔見たいし、話したいし、一緒にポケッとしたいし、並んで買い物も行きたいし、照れさせたいし、一緒にゲームしたいし、ご飯も向かい合って食べたいし、「おやすみ」もちゃんと言いたいし、触りたいし、攻めたいし、アレもしたいし!! そう、嫁さん中毒者としてはもう、我慢の限界寸前です。
沸々と湧いてくる思いを噛み殺しながら治療計画書を書いていく。カチカチと時計が進む音がする。それと同時に自分のペンを動かす音…
-----も、限界です!!
書き終わった瞬間、机に紙とペンを投げつけた。
YES!! ある意味ぶちキレました。
僕の初めて見せる乱暴な動きにその場にいた看護婦二人が目を丸くした。でもそんなものおかまいなしに白衣を脱ぎ捨てネクタイを締め直す。
「山田先生、お帰りですか?」
「…今日の分の仕事は終わったからね。悪いけど他の先生方が来たら言っておいて、僕は山田教授の方に呼ばれたって。いいでしょ? この2週間で家に帰れた時間は24時間にも満たないんだもの。もう、今日は呼び出されても絶対に応じないから。あ、それと僕の担当の患者さんは、今日の当直の上木くんがよくわかってるはずだから、回すならそっちにお願い」
「は、はい」
用件だけ言って部屋を飛び出した。
時計を見れば21時過ぎで…さらに脚を急がせた。今日は遅番だった筈だからうまくすれば一緒に帰れる時間だ。もう、今の僕は暴走状態。多分、ボコボコにするって言ってた人達がいたって構わず声をかけられるね。
その脚でそのまま彼女の職場に寄ってみる。しかし探し人はいなくて、「丁度今さっき帰ったばかり、走れば追いつくわよ」と僕らの関係を知っているおばさんに教えられた。すぐさまUターンして彼女のいつも通る道を駆け足で急ぐ。と、まずは僕の事を彼女の相手だと思っても見ていないであろう先日の看護士さん達を見つけた。この2週間、僕の大切な人の周りをウロウロしていた彼らがいるってことは…近いか!? とさらに前を見据えれば、街灯の下辺りに見慣れた後ろ姿。
迷わず速度を上げた。
左の耳元でこないだの噂とボコボコ話をしているのを聞いて、それを抜き去る瞬間、
「詩織!!」
彼女が振り返った…こちらではない方角に。
そう、今声をかけたのは僕じゃない。彼女と同じ方角を見れば、
-----二宮先輩!!
僕の第2のお兄さんであり、詩織の合気道の先生である人物がニコニコしながら立っていた。
「凛!! 今帰りなの?」
「おー」
嬉しそうに駆けていく詩織に呆然となる看護士達。そして聞こえてくる言葉。
「あれは…しょうがないな」
「んー、二宮さんだからなー。しょうがない。ってかお似合いだからなー」
「つか、逆にボコボコにされそうだしな」
「だよね。あれじゃ勝ち目はないからな。色んな意味で」
「諦める…か」
「だな」
-----ちょっ!!
これってなんて言う状態!?
これってラッキーなの、それともアンラッキーなの!?
すごすご帰っていく男の子達をみて本気で考えた。でもどう考えたって答えは出て来ない。そうだろ、フルボッコは回避出来た。二人がそう言う噂になったのならば僕と詩織の噂が結びつく事はないだろう。だから、僕らは今まで通り生活出来る。
でも、それって…なんか違う。
僕の、僕の大切な人が他人のものだと誤解をされたまま、生活だなんて…それって…
クッと唇を噛み締め街灯の下、心の中で叫んだ。
-----詩織は僕のだ!!
高校時代から僕らは噂になる事が多くて、その度にストレスを感じていた。でも詩織とのそういう噂は心のどこかで少し嬉しくて、否定をしつつもそこまで不愉快な思いはしていなかった。でも、今回の噂はかなり不愉快だ。その噂に僕は擦りもしていないけれど、不愉快極まりない。もうこの噂の根源である看護士達の首根っこを捕まえて逆さ吊りにしてグルグル回してやりたい、穴という穴から血と油を流して死ねば良い(江戸時代の拷問です)。
そりゃ僕なんかより、美形で男でもカッコいいと思っちゃう程の二宮先輩が詩織の相手には相応しいと思う。思う…けどさ…
イライラしながらコインを自動販売機に突っ込んだ。本日何度目かのカフェインを摂取しようとボタンを押そうとしたらトントンと肩を叩かれた。バッと後ろを向くと誰もいなくて…ちょっとビックリした。そう、視線の位置が間違っていたのだ。高かったそれを下げると背の小さい可愛い女の人が立っていた。
「ユーヤくん」
「あさみ…さん」
覚えているだろうか? 誰かと言えば二宮先輩のカノジョさんだ。その人がどうしてここにいるかと、僕がこの大学に研修医として配属される頃、二宮先輩がこの大学病院の薬剤師になったため彼女は通っていた病院をこちらに移したのだ(あさみは元々体が弱い)。それで僕を受け持ってくれている先生があさみさんの担当で…あまり自分から話さない彼女とある程度親しくなった。
どうしたのかと言えば、話があると言う。
イヤな予感は…した。というか、もう会った時点で話す事なんて分かりきっていた。聞けば案の定、予想通りの詩織と二宮先輩の話だった。たまたま今日ナースステーションの前を通ったら聞いてしまったと言う。「あ〜」と間延びしながら、どう落としどころを付けようかと、実は自分もそれについて悩んでいたのだと思いながらチラリと横を向いた。目も剥いた。
だって、あさみさんったら無言のままポロポロ涙を零していたんだもの。
かなり慌てた。
兄と思っている人のカノジョが泣いているんだよ? 僕の大切な人の所存で泣いてしまったし、僕がさっさと本当の事を言えないからこんな事態に陥った訳で…責任を感じてしまった。しかも泣いているのは人の行き交うこの場所で…。
急いでハンカチを出して、
「な、泣かないで下さい」
慰めにかかった。けれどなかなか彼女は泣き止んでくれなくて、僕はしばらく患者さん達に変な目で見られる事となってしまった。
本日2010,9/28
「将来の嫁が俺を殺しにきました」の第5話がリリースされました><
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携帯も可能ですよ^^
ちょっち忙しくて
「みら嫁」の数話前の分から裏話がまだ書けていない状態で申し訳ないです。
明日中にはUPできるようにしておきます(。-`ω´-)>
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