研修医時代〜シークレットダンスを君と #1〜
ボタンを押してランプが最後まで点灯するのを待つ。
中では蒸気が発生したり、紙コップがカタカタ音を鳴らしては完成を逸らせる。機械音を聞いてから、暖かいコーヒーを取り出した。
本日、これが1杯目のコーヒー。酷くない? すでに時刻は17時を過ぎちゃってますよ。全く、研修医には昼休みも人権もないものなのか。ま、それって僕だけじゃなくて周りにいる人も一緒だから仕方ないとは思うんだけどね。ほら、向こう側には今から当直をする先生や看護士さん達、その他にもヘルパーさん達も疲れた体で休息を取っている。
コーヒーをすすりながら、同期4人で突っ立ったまま、職員専用の休憩室でようやく訪れた休息の時間をまったりする。
「あ〜ダルい。俺この後、島教授の巡回に付き合わなくちゃいけないんだよ」
「それは…キツいね」
「だろ? っとに、モテると思って医者になったのに忙し過ぎてカノジョ作る暇がないって意味なくね?」
「思う!! 1ヶ月程患者と看護婦しか話してないからなぁ。誰か女の子紹介してくれ、看護婦と患者以外」
「…薬剤師さんがどっかそこら辺歩いてたよ。捕まえて来ようか?」
「うわ、山田くん最悪。女いるからって余裕こいてんじゃねーよ」
「何!? 山田カノジョいるのか!? 初耳なんだけど!! 見せろ、良い女か!?」
「超すげーぜ!! すぐ見れるから今からいくか? そこの…」
「マジか!! 行く行く!!」
「俺も見たい!!」
「ちょ、やめてよ!! だいたいあの子はカノジョじゃなくて…!!」
今にも休憩室を飛び出しそうな同期達を静止しようとしたら、彼らがドアノブに手をかける前に扉が開いた。見えるのは、良く見知った僕らと同級生の看護婦さんの顔。
「山田先生、あの会いたいとおっしゃってる方がお見えになってるんですが」
男4人でキョトンと彼女の顔を見ていれば、勢い良くさらに扉が開いた。
途端、
「ユーヤ!!」
「うわっ」
勢い良く陰が僕の胸に飛び込んで来た。バランスを崩しながら慌てて持っていたコーヒーを守る。
1歩、脚を後ろに引きながら視線を落とすと、眩しい程の金色の髪と灰色の瞳が僕の事を捉えていた。
-----雪姫ちゃん!?
一瞬マジでわからなかった。だってすでに彼女は僕の胸に顔を埋められるくらいの身長で、数年前に会った時とは比べ物にならない程大きくなっていたから。顔も、幼さはほとんど消え、かなりの美少女にまで成長していたんだもの。さすがハーフなだけあって成長が早いというべきか。これにあと色気が加わったら、ホント色んな意味で危ないと思うよ。
「だだ、誰!? あれか!? アレが山田のカノジョか!? 勿体無さ過ぎだろ!?」
「マジで!? 嘘だろ!? 可愛過ぎだって、羨まし過ぎ!!」
「違う!! だいたいこの子はまだ12歳だよ!? そんなワケあるはずないじゃないか!!」
雪姫ちゃんの実年齢を言うなり3人が固まった。大方どっかそこら辺の、もうすぐ女子大生になる位を想像してんだろうけど、あわよくば僕から紹介してもらおうと思ってたんだろうかけど、残念。そんなことしたら僕も君らも御用になっちゃうよ。
邪心な同期を見下ろして、剥がすように女の子から離れて視線を合わせながら聞く「どうしたの?」。すると彼女は頬を膨らませた。
「ユーヤってばまだ私の事、子ども扱いなのね」
子ども扱いって、十分子どもだから子ども扱いなんだけど…。しかしこれくらいの女の子にはそれは許されない行為なのかも知れない。すぐさま誤ってもう1度聞いた「用事でもあったの?」。すると彼女は今度は顔をパッと明るくさせた。
その場から1歩飛び退いてスカートの端を両手で持った。
「ユーヤがね、結婚したって聞いてたからお祝い言いに来たの!!」
その場がシーンとなった。
昔から知っている先生方も、今年の春から入って来たばかりの看護士さん達も、今の今まで疲れた顔してたヘルパーさん達も皆僕に釘づけで…凍り付く空気。
そりゃそうだ、僕は、僕は結婚しているコトを本当に親しい間柄の人間にしか言っていない。この場にいる人間で知っている人の名前を挙げるならば、雪姫ちゃんの実年齢にショックを受けて今だフリーズしたままの中村くんしか知らない事実だもの。
だけど大人の事情を知らない雪姫ちゃんはおかまいなしに続けた。
「もっと早く来たかったんだけど…まだこれ持ってなかったから。制服好きだって聞いたから、どうしても着てるとこ見せたくて出来るまでお祝いに来るの控えてたの。えへへ。大正学園の中等部の制服、可愛いでしょ?」
視線と言う名の吹雪が風が冷た過ぎる。寒波だ、大寒波だ。体感温度は−30度前後まで下がった。
引くつく頬を必死で押さえて声を絞り出した。
そう、せめて制服好きって誤解だけは解いておかなくてはいけない。
「せ、制服が好きっていうか…しっかりした服装で頑張ってる女の人が好きなだけ…だから、そんな言い方は…や、止めて…」
だけどもう寒波は僕を包んで止まなくて…
この事態というか誤解を収集付かせるのに2、3週間かかってしまった…。