高校生活最後の夜はシャッター音と共に
「…なんで僕がそんな」
「ダメですぅ〜言ってくれなきゃ嫌ですぅ〜。それともアレですかぁ? 私じゃ不満だって言うんですかぁ?」
「そんなことないけど」
「じゃあ言って下さい〜。ほらぁほらぁ」
いつもは大人しい委員長に攻められる。普段ならもうトイレにでも立って逃げる所だけれど、今そんなことしたら…この子は男子トイレまで追いかけてきかねない。そんなことさせられず、仕方なくテンション低く声を出した。
「君の瞳に…」
「キャハハハ、乾杯ですぅ!!」
「はいはい、乾杯」
コツンとグラス同士をぶつけて本日何度目かとなるかけ声をあげてやった。
今、一体何をしているかと言うと卒業式後のクラスで飲み会中だ。それで…みんなで居酒屋にいるんだけどね、またしても末長が暴走して女の子達にお酒を飲ませまくった結果、只今委員長の相手をさせられている真っ最中というわけ。本当に困る、マジで困る。僕と委員長は数分前まで本当に大切な話をしていたって言うのに…。
-----これじゃ将来の話出来ないよ。
項垂れて大きくため息を吐いた。
「あ、何ため息付いてるんですかぁ!? わかりましたぁさっきの話の続きがしたいんですねぇ?」
「…そうだけど、委員長酔っぱらってるからもう無理でしょ」
「よ、酔ってなんかないですぅ。いいですぅ続きを話してあげますぅよ〜く聞いて下さい〜」
はぁと大きくもう1度ため息を吐いたけれど彼女はそれには気がつかず話を始める。
「山田くんは医大生です。私はアメリカで経済のお勉強をしてぇ経済博士の学位取ってきますぅ。それで、それで…」
「僕は今の段階から君の立ち上げる会社に出資と投資…」
「そう、それですぅ!! それで山田くんが院生以上になったらうちの方から資金出すんですぅ」
「研究費ね」
「はいぃ!! あぁ〜年にどのくらい資金出したら良いですかぁ? 私としてはきっと成長してると思いますからぁ資本金の3%〜5%くらいかなぁと思うんですがぁどうですかぁ? 足りないようなら他の方から出しますぅ。山田くんにはパパの会社の…株を買ってもらってるのでそっちの方のあれがアレですぅ。それに製薬する時はうちになるんですからぁ取れる時に取ってもらっていいんですよぉ」
「それはどうも。足りない時は足りないって言うからいいよ。だから…もうそれ以上飲まないで!!」
ガッと腕を掴んでグラスを傾ける腕を押さえつけるけれど、妙に力が強くてギリギリを繰り返す。
と、前から声をかけられた。
「無駄ですよ。お酒に酔った時の委員長は…酔いつぶれるのを待った方が良いんですよ」
「でも…!!」
「大丈夫ですよ、お迎えも来ますし。二日酔いもガッツリ味わえば良いんです」
意外に冷たいようなことを言う坂東にそれもそうだと賛同して手を離した。途端、グラスを一気に開ける委員長。そして「おかわりですぅ!!」と僕らにグラスを突きつけたきた。すると坂東がグラスを受け取り、氷を数個入れ始めた。僕はそれに3割程度酒を酌んでから水を注ぐ。マドラーでクルクル混ぜて坂東が「どうぞ」と手渡すと委員長はまたしても一気飲みを始めた。
もう僕らは彼女を止められない。
またしても突きつけられるグラスを坂東が受け取るのを眺めた。
「坂東も出資するんだってね、委員長の会社の」
「ええ、まぁ。出資と言うか自己投資ですけど」
「自己投資…? まさか…」
「そうですよ。察しの通りですね、大学を出たら多分僕は委員長のとこの会社に行く事になると思います」
そういえば委員長のところはコンピューター関連も扱っていたなと頷いた。
ってことは、ここですでに上司と部下の関係が出来つつあるってこと!? って、僕もスポンサーとクライアント(?)の関係を約束しているけれど…。ま、とりあえず…
「じゃあ君も僕のための出資者の一部になる訳かな?」
「そうですね…。とりあえず目的を達成する前に言って下さい。株、買い増ししますから」
「できたら…ね」
そこは曖昧に答えてからまた委員長のグラスにお酒を入れた。
なんか…将来の縮図を見ている感覚だよね。ま、今の段階でも僕らは委員長に頭は上がらないんだけど…
と、坂東がグラスを机の上に起きながら目配せをして来た。
「もういいですよ。上司は僕が見ておきますから、山田くんは…あそこの大虎達をどうにかして来て下さい」
「んー」
行くのを少し渋る。だって末長と神無月さんと詩織の酔っぱらい3人で何やら良く分からない話を始めてるんだもの。一人はカメラの事を一生懸命語り、一人は保育教育についてをしゃべくり、一人は妖精を見つけたと感動して泣いている。ちょっと聞いてみようか。面白いから。
「あぁ、す、末永くん。うぅ、妖精が妖精がいなくなっちゃうの〜」
「その前に僕が、シャッターを切るから大、大丈夫!! シャッター1/125にf値は…」
「詩織っちそれ捕まえてぁ!! 保育園の子達に見せるよ!!」
「ダメー!! ダメよ、国に返さないと可哀想よ!!」
「だから僕が写真を!! どこだ!? ぴ、ピントが合わない!!」
「早く、衛くん早く!!」
正直に言おう。3人の頭の方が可哀想だ。僕はあんなところに入り込みたくない。入ったらなんだか取り返しのつかないような事になりそうな気がするもの。あんな三重奏…聞いた事ない…。
でもどこかで止めないと、なんだかさらに酷い事になりそうな気がする…。
一度坂東の顔を見て「もしもの時は助けてほしい」とアイコンタクトを飛ばす。すると彼はコクリと頷いてから指先で僕を誘った。
よしと気合いを入れて立ち上がり酒酔いカルテットの方に1歩脚を踏み出した。危うく転ける所だった。なんとか両手両膝をついたまま後ろを振り返ると、
「ちょ、何してるの!?」
寝転がった田畑くんと誠二くんが僕の脚を掴んできていた。しかも多少酔っぱらっているのかこんなことを言う。
「山田くん〜そんなに急いでどこ行くの?」
「そうだそうだ」
「急いでないし、でも離して」
「イヤだ。イヤだよな?」
「イヤだ。俺たちも相手してくれなきゃイヤだ」
「何気色の悪い事言ってるんだよ。良いから離して!!」
上半身を起こし膝立ちした状態でグッと二人の頭を押さえつけて引き剥がしにかかる。しかしさすが男の子と言うべきか、酒の力なのか、かなりの力で太ももにしがみついてくる。
「やーめーてー!!」
大声を出すと、二人はふざけてさらに脚を締め上げてきた。
と、僕の声に反応を示した人が一人…そう、僕の親友詩織だ。
「まっ、待って!! ユーヤ置いてかないで!!」
その反応にヤバい!! と顔を前に向けた瞬間にはもう遅くて…彼女の脚は床から離れていて…物凄い早さで妖精を捕まえるかの如くこちらに向かって飛び上がっていた。一瞬時が止まる。長い髪が後ろに靡いて、スカートがはためき、影が僕の視界を少しだけ暗くした。刹那、時間軸は元に戻り…重力に逆らう事なく、詩織の体が僕に真っ直ぐ落ちてきた。
ドスン!!
「っぅギャーー!!」
あまりの痛みに悲鳴を上げた。
-----い、いい、痛い!!
どうなったか説明しよう。君は1度くらい正座をした事があるだろう。それを膝から下を少し広げた状態でそのまま背中や後ろ頭まで背面全体を床につけるストレッチがあるんだけど…格好的にはまさにそれ。でもあれってゆっくりするから痛くないんであって、ましてや人の体重をお腹に受けながら物凄い勢いで背面を床に着けるようなもんじゃない。そう、無理矢理急にしたから背中も頭も強打、ついでに太ももら辺の筋肉も一気に伸ばされて…とりあえず半端なく痛い。どのくらい痛かって? 詩織の太ももがお腹の上に乗ってあって首上げを頑張ればパンツ見えそうな感じだけど、それさえも出来ないくらい…。ええ、欲望が負けるくらい痛いです。
そしてどこが痛いかも分からないくらいなんか鈍い痛みが体全体を襲ってます。
が、僕はトコトン運のない男。これだけでは済まなかった。
そう、先程まで僕は誰と話してた?
「キャー!! 田畑くんと山田くんが絡んでますぅ、しかも誠二くん付きですぅ!!」
YES!! BL系大好きな委員長がいるんだ。もう彼女は酔いのせいかそれとも卒業でのハイか、とにかく大興奮。ついでに他のBL系大好き女子も大興奮。
「ちょ、カメラ!! カメラだって、末永くん!! これ、コレ撮ってぇ!!」
「撮って、撮って下さいぃ!!」
「よ、妖精か!? さっきの撮り損ねた妖精なのか!?」
「そうだよ衛くん!! 妖精だよ!! 早く、早く撮って!!」
------ひぃいいいい!!
一気に血の気が引いた。
酔っぱらい委員長+数人のBL系大好き女子に加え、酔っぱらいカメラ小僧とそのカノジョが加わって僕の醜態をカメラに押さえようとしている。
必死に抵抗するが、更なる酔っぱらいの田畑くん&誠二くんが倒れた僕に「相手してくれ」とまるで貞子のようにズルズルと腕をひいては押さえつけ、酔っぱらい詩織がお腹の上に乗って「置いていかないで」と泣いている為起き上がれもしない。
末長が神無月さんと転がり込んで来て一眼のピントを合わせ始めた。
-----ひぃいいいいいいいいい!!!!
もうここは頼れる人は一人しかいないと唯一動かせる口を使った。
「たたたた、助けて坂東!!」
今まで類を見ない、必死の懇願だ。
しかし、その願いは、
「すみません、未来の上司の命令で助けられません」
高校生活最後にして最悪の思い出としてシャッター音と共に散った。
カシャリ…。
活動報告にさらに驚くべきことを書いておきました(笑/6月24日現在)
気になる方はクリックvv