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転校の終着点

 右を見れば…詩織がいる。

 いつもと変わらぬ笑顔に交わす冗談、真っ赤な制服。勿論僕も真っ黒な学ランを着て…教室を見渡せば、前には親友末長に坂東、その向こう側には委員長がいて、後ろを向けば悪友田畑くん、1周して視線を投げると神無月さん。他にもこの教室にはたくさんのノリのいい友達がいて、一人一人のロッカーがあって端っこに掃除用具入れ、壁には4月に書いた僕らの目標が張ってあって…いつもの光景が広がっている。

 でもそれも今日で最後の光景。

 僕らの胸にはリボンで作られた小さな花のピンがつけられている。


「さ、皆行くぞ」


 草原先生が教室に顔を覗かせながら声をかけてきた。出席番号順に並んで体育館に入り、拍手で迎えられる。

 校長先生が壇上に上がり、一礼をした…。

 そう今日僕らは大正学園を卒業します。

 転校して、約1年と8ヶ月。ここに転校してくる前は僕は元禄高校に通っていて、イジメを受けた。だけど耐えきれなくなって、この大正学園に逃げてきた。すぐさま末長と坂東が僕に声をかけてきてくれて、そのまま家庭科室に行ったのを覚えている。正直、嬉しかった。同じ年の人ときちんと話をするのは本当に数ヶ月ぶりで、固い返ししか出来なかったけど、でも仲良くしてくれた。そしてそのせいというのか、おかげというのか、僕は詩織に出逢った。帰りの遅い、あの暗い道で警棒を突きつけられた。正直、怖かった。まさかあの時はこの子と親友になるなんて思ってもいなかったし、好きになるだなんて思いもしなかった。それにその後だって、僕は振り回されっぱなしで、詩織のせいで伝説の男の弟に祭り上げられて番長に恋敵と認識された。でも番長は以外に良いヤツで、ああ人は見た目じゃなかったんだと戒められたね。あ、でも、ナルシストなのは未だに頂けない、ついでにニャン語を使うのも。そうそう、番長を僕が倒した事になったから、テンション低く学校に向かってたら委員長が声をかけてきてくれた。大企業の令嬢でおっとりしてるかと思えば実は自分の芯がある子だった。まぁまさかBL系大好きだとは思わなかったけど。そうそう、その後は神無月さんとの出会い。詩織がオリエンテーリングで脚をくじいた時に彼女がおんぶしてたっけ。ああ、ここも予想外だったよね。神無月さんと末長が付き合うようになるっていうのも。


 まだ僕には出会いと思い出がこの学園にはある。

 そういえば、委員長に沖縄に連れて行ってもらって島波涼さんと出会ったし、修学旅行も行った。未だに板倉くんは突っかかってくるし、ロリンにはヒヤヒヤさせられたし、アメリカでの友人、リザと再会した。そうそう、KENさんの他に尊敬する人と呼べる人も出来た。そう、タバコと青いピアスが似合う、詩織の合気道の先生でもある二宮先輩。僕は彼の事が大好きでお兄さんを感じていた。最初で最後のタバコをくれた人でもあるよね。その反対に、僕の弟と思える聡もできた。受験勉強と皆の勉強を見るのでなかなか遊べなかったけれど、実はオンラインゲームでは良くパーティーを組んで出掛けた。

 くくく。そういえば、未だ長い話を続けている校長先生のヅラ…取っちゃったね。

 きっと4月から入ってくる新入生の間にもすぐ広まるから、その事については聡に聞いておこうと思う。


 そして、僕の恋愛史上に割り込んできたあゆむ。あの子には最初から最後までしてやられたね。今は、たま〜に目が合うとお互い笑って会釈するだけの関係。そういえば1度だけ話したかな。「あの期間は契約だったんでカノジョのカウントと入れないでいください。山田先輩の{年齢=カノジョいない暦}に傷を付けたくないので」なんて爆笑していわれた…やっぱりちょっと性格悪いと思う。1年生と言えばA組の子達もだよね。全く初めは僕もどうなるかと思ったけど…今じゃ可愛い後輩達って感じだし。意外に素直であの子達、僕結構好きなんだよね。ああ。ここまでくると脳裏にさえ浮かべたくないんだけど勝手に出てくる彼…青柳くん。嫌いじゃないけど、決してそういう意味では好きになれないね。でも彼のおかげで詩織への気持ちがはっきり出来たし…成長出来たと思ってる。でも絶対好きにはならない!!

 こうして思うと色んな人に僕はこの学園で出会って色んな関係を築いてきた。

 でも僕たちには将来やりたいことや夢があって…ここから旅立たなくてはいけない。すごく寂しいことだけど、でも僕らの関係はこれからも続いていく。

 まずはこの卒業式が終わったらクラスの皆で飲み会だ。それに…僕らは3年後、就職活動でみんなが忙しくなる前に同窓会をする予定だってある。


 僕らの関係は、切れる訳じゃない。

 そう、卒業=終わりじゃない。


 でもやっぱり寂しいね。もう、この学ランが着れなくなるかと思うと。この学園に通えなくなると思うと。大正学園の生徒と呼ばれなくなると思うと。

 壇上の手前で脚を止めて前を見れば理事長と目が合った。


「山田裕也」

「はい」


 卒業証書を受け取って一礼をする。

 振り返れば…皆がいて、少しウルッときた。だけど、前をしっかり向いて瞬きをしないようにしてたら、いつの間にか式も涙の気配も終わっていた。


「卒業生及び在校生、退場」


 そして1、2年生がしきたり通りに僕ら卒業生を見送る為に体育館から靴箱まで列を作っている。

 すでにグチャグチャになった場に行くに行けず、出入り口の隅っこで真っ赤に目を腫らしている親友の横に並ぶ。


「詩織、卒業おめでとう」

「…ユ、ヤこそ、おめで、と…」


 しゃくりあげながらハンカチを濡らすその顔に笑みを零す。

 ゆっくり手を出せばいつもと変わらぬ冷たさが僕の小指を包む。ひっぱれば本体も俯きながらも付いてくる。


「山田先輩、詩織先輩」


 その声は…と振り返れば柴犬が尻尾を振りながらチューリップの花を1本ずつくれた。ついでに赤いハートのチョコレートを1粒。眉をひそめると教えてくれた。これは雪姫ちゃんからで、伝言を預かっていると。


「遊びにいくって言ってたぞ。俺に聞けばわかるからって」

「ああ。今度落ち着いたら連絡するから」


 なんて和んでいたのに、それをぶち壊す背の高いアッシュブラウンでウェーブのかかった髪を持つ男の子。そう、多分この学園の中で板倉くんの次に苦手な青柳くんだ。全く君って本当、湧いて出てくるよね。しかもイヤなタイミングでさ。


「俺も遊びに行っても良いですよね」

「実はさ、僕以外は身長制限があって170cmを超える身長の人は入れないんだ」


 冷ややかな目で少し見下ろせば不思議そうな顔で僕と青柳くんの顔を目で往復するのがチラチラ見える。ついで詩織が頬を膨らませ笑いを耐えているのも。


「山田先輩、空のこと嫌いなのか?」


 多分何も分かっていない聡の前で「そう言う意味では好きじゃない」なんて言えない。でも答えないわけにはいかなくて。

 ニヤニヤしている詩織と青柳くんの真ん中で仕方なく口を開いた。


「…ノーコメントで」

「じゃ、せめて第2ボタンください」


 -----そう来たか!!

 ってか、この子…全然隠す気なんてないんじゃ。ということは聡も彼がバイってこと知っているのだろうか? いやいや、聡は僕と一緒でそういうことに結構疎いから気づいていない可能性が高い。でもさすがにコレは…

 聡の顔を見ればポケーとしているだけ。やっぱり何も気がついていない様子だ。


「先約あるから、無理…かな」


 バッと第2ボタンを隠すと薄ら笑いを浮かべられた。

 そしてスッと指先が近づいてくる。


「じゃあ第3ボタンで」








 最後のホームルームでまたしてもウルっときて、無駄に皆ではしゃいで、まるでまた明日も会うみたいに「じゃあまたあとで」と教室で解散をした。勿論僕の胸には第2ボタンがしっかりとついてある。でも…第3ボタンはない。うん、彼に奪われた。抵抗したよ? けど、なぜか詩織が面白がって僕の事羽交い締めにしたから、ね…。決して僕の意思で上げた訳じゃない、そこの所誤解しないでほしい。

 最後の下校だと言うのに一気にテンション下がったね。小さくため息を零しながら動く影を踏んだ。

 と、少し前を歩く詩織が振り返りながら質問を投げてきた。


「ユーヤ、ボタンの先約って…」

「…君、僕が見栄を張ったと思ってるでしょ?」


 ジロリと睨めば慌てて前を向いている。

 わかってるよ、ほとんどが不思議で少しのヤキモチなんだって事。ほら、だから君はまたすぐに質問をぶり返す発言をする。


「見栄だなんて…でもそんな話聞いた事なかったから興味が湧いただけよ」

「そう」

「…で、誰にあげるの?」


 そんな可愛い顔して見上げてこないでほしいね。卒業祝い貰いたくなっちゃうから。なんて思いつつも、すでにスイッチが入ってしまった僕は口の端を上げながら目を合わせた。

 揺れる瞳が僕でいっぱいになって、瞬きが2回された。


「内緒。でも君じゃない」


 一瞬口をポカンと開けた後、子猫ちゃんは機嫌を損ねた。頬を膨らませて歩く速度を上げ始める。思わず顔の筋肉が緩んだ。そうでしょ? 少し怒ったような顔で不安そうな顔だけど、これって全ては僕の所存、詩織のヤキモチだもの。分かってしまえばペースはこちらのもの。


「嘘だよ、教える」


 ポンポンと花束で肩を叩いて振り向いたトコロを狙って言葉をつぐむ。


「晋也だよ」

「え?」

「ボタン上げる人の名前…」

「しん…や? …男の子!?」

「何か可笑しい?」


 イヤらしく言えばいつか二宮先輩とのやりとりで見せた時のような心底萎えたようなをして口の端をピクピク上げている。

 そのまま詩織に追いついて指を掴む。ついで視線を繋げて…


「関係知りたい?」

「い、いいわよ!!」


 口調は勢いがあるのに俯く真っ赤な顔、でも指先は逃げていかなくて。それどころか、彼女は僕には聞こえていないと思っている呟きに心を揺らされた。

 僕の中で転校の終着点は愛しい親友と並んで向かえる事が出来た。


本編終了後、もくじの並びを整理させていただきます。

それまでは最新の本編が一番下です。

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