夏の本音 #1
「あの、夏休みの間に皆さんで沖縄に行きませんかぁ?」
「え?」
「先日の私が攫われた件でまだちゃんとしたお礼もしていませんでしたし、夏休みなら皆さん予定を合わせやすいかなと思いましてぇ。あ、もちろん旅費は全部うちの負担ですぅ。父がどうしてもと、言っているんですがどうでしょう?」
終業式の日、話はここから始まった。
詳しくはもう委員長が話してしまったように、彼女の父さんからのお誘いで沖縄旅行に行くということだ。
最初は僕たちも躊躇していたが、「どうしてもお礼がしたいという切実な願いを叶えないアホが何処にいる」と末長が僕たちを押した(多分、沖縄=2人の水着姿*という図式からだと思われる)。お金を出してもらうなんて悪いなとは思ったが、高校生である僕たちにそんなお金があるハズもなく、調子に乗ってあやかることにした。
行く場所は沖縄本島ではなく、石垣島。委員長のお父さんが経営している会社のホテルにて2泊3日の旅行になる予定だ。
メンバーは勿論、委員長、僕、末長、詩織、番長だ。坂東も誘ったが何やら夏休みにはいろんな場所でいろんな戦隊ショーがあるとかで断られていた。
沖縄旅行1日目。
朝からロールスロイスのお迎えが来て、飛行機は言わずもかなファーストクラスで広々とした空間で快適なフライトを楽しんだ(寝てた)後は空港に迎えにきていた、またしても高級車に乗ってホテルへと向かった。
ホテルの前では支配人を筆頭にホテルマン達がずらりと並びお出迎えをしてくれた。
「す、すごい。さすが鮎川さん」
末長が感嘆の声を上げる。
しかしそれは序章にしか過ぎなかった。
ホテルの中に入れば、眩いばかりのシャンデリアに丁寧かつ繊細に彫刻されたエントランスの天井、壁には教科書で見たことがあるような有名な絵画に高そうな調度品。敷き詰められた絨毯は柔らかすぎず固すぎず、明らかに高そうな雰囲気だし、ロビーで寛いでいる人達は明らかにお金持ちオーラ全開。しかも何人か芸能人もいるようだ。
場違い。変な汗を流し始める僕の体は、カチンコチンになってしまった。
しかもそんな並みいる金持ち&有名人を差し置いて、僕たちが泊まるのは最上階にあるスウィートルームだという。まぁ委員長の家の所有物なのだから当然と言えば当然なのだろうが。
「海、海!!」
部屋に入るなり五十嵐番長が荷物を放り出しベランダへ向かった。
さっそく心配だ。
スウィートルームなのはいいが、詩織や委員長もここで大丈夫なのだろうか? とても不安だ。
「私たちは東が使いますからぁ、西側のベッドルームはお好きに使ってくださいねぇ」
スリッパをパタパタさせて奥の部屋に入っていく委員長。
「…入ってきたら承知しないからね!」
腰に手を当て人差し指を立てて詩織が怒るように言った。バタンとドアが閉められると同時に鍵までかけられた。
そりゃそうだよな。俺が女の子でもそうするよ。
振り返れば口惜しそうにハンカチを噛み締め涙を流す男が2人。はー。気苦労が増えそうだ。
肩を落として部屋に荷物を運んだ。
「そう言えば今夜、レストランで立食パーティーがあるのですが、行ってみませんかぁ?」
「立食パーティー!?」
「ええ。なんでもどなたかのお誕生日会だとかで、是非にとお誘い頂いたんですがぁ」
内線の電話でスウィートルームの中心にある団らんのできる大きな部屋に呼び出され、委員長からそんな誘いを受けてしまった。「外で食べるなら断りますぅ」という彼女に、全員で顔を見合わせた。
顔も名前も知らない人の誕生会で何をしろって言うのだろうか、断るのも失礼だがそれもどうかと思う。ってか、そんなつもりなんて、コレっぽちもなかったから、服はジーパンにTシャツ、水着くらいしか持ってきていない。さすがにビーサン&短パンで立食パーティーに行くのは憚れる。
「服装のことでしたら気にしないで下さい。地下にブディックが揃ってますので、もちろん父持ちですぅ」
軽くウィンクをしてみせる彼女はどことなくイタズラっぽくて、なんだか軽い感じもOKなパーティーのようだ。ご飯をお呼ばれするぐらいなら行ってもいいような気がしてきた。
「と、いうことは、委員長と詩織さんはドレスになると! そういうこと!?」
「ええ。男性の方はタキシードとかになるかと思いますけどぉ」
「「うぉおおおおお」」
高らかに天に拳を上げて拳と拳をぶつけ合い、気色が悪い程明るい顔で末長と五十嵐番長がハイタッチなどを繰り返す。行きたいということだろう。
肝心の詩織は…
「委員長が行くなら行くわ」
らしい。となると、必然的に僕もかり出される。なぜかって、そりゃあキレる彼女を押さえる為だよ。
横目でちらりと騒ぐ男共を見やった。
-------大変なことにならなきゃいいけど。
僕は頬を付いて何処までも広がる、エメラルドグリーンの海とプライベートビーチを見下ろした。
昼の間に川平湾、鍾乳洞など主な観光スポットに連れて行ってもらった僕ら一行は、夜の準備のため地下で服を着替えさせられた。専属のスタイリストさんだというスタッフさんが一人一人について、似合うだの、もっとこっちの色がいいだの、小1時間の間まるでリナちゃん人形のように着せ替えの繰り返しに付き合わされた。
一体何時になったら終わるんだ!? と目を回しかけていたら、「インスピレーションが湧いたわ!」と真っ黒なスーツに、ネクタイはつけず首元はわざとルーズに開けられ、スーツの襟元に黄色のニコちゃんマークのバッチをつけられた。胸元に赤いハンカチを挟まれ、見えるようにチョイチョイと手直しし「やっぱり、ちょっと遊び心のある方が可愛くて似合うと思うのよ!」とルンルンでホコリ取りを当てながら僕の方を見た。僕はもう、初めて着るブランドスーツに舞い上がってしまって、自分でも似合っているのかどうかもよくわからない。いつもは前に降ろしている髪の毛をワックスで少し斜めに撫で付けられた後、一丁上がりと送り出されてしまった。
とりあえずようやく解放され皆より一足先にロビーで寛いだ。
っとに、こんな畏まったの動きにくくして仕方ないよ。
どっと疲れてしまった肩を揉みほぐしながら待っていると、エレベーターから末長が出てきた。
僕の着ているスーツとはまた色も形も違う。どっちかっていうと、僕とは正反対でカッチリ系。ネクタイもビシっとしているし、灰色のスーツだってフォーマルな感じだ。ベストがなんかかっこ良くて羨ましく感じた。
「馬子にも衣装だね」
「お前もな」
お互いに悪態をつきながら他のメンバーを待つ。
「さっきエレベーターで見たんだが、このホテルには売店がない」
「まー売店がある方が不思議だけど。何か買いたい物でもあったの?」
「SDがな、もうあと3枚しかないんだ」
「それだけあれば十分じゃない?」
「馬鹿やろう!! 今日8GのSDを何枚使ったと思ってるんだ、2枚だぞ!? まだドレス姿も、水着姿も取っていないのに。くっ、天使達が美し過ぎるから…」
どれだけ撮ったんだよ、という突っ込みはもはや愚問。明日の朝にコンビニにでも買いにいこうと落ち着かせる。が、僕の努力は一瞬にして散ってしまった。エレベーターが開くが早いか、カメラを構えた末長はパパラッチのようにシャッターを切りながら色んな角度で2人の人物にフラッシュを浴びせた。そう、委員長と詩織だ。
委員長はノースリーブでフリルが何段階にもなった短めのドレス。ウエストには焦げ茶のベルトを巻いて、首にはキラリと光るチョーカーがつけられていた。髪は緩く巻かれ動く度にフリルと一緒にふわりふわりと動くのがまた可愛い。耳の後ろにある生花の飾りもさらに彼女の可憐さを引き立てているようだ。
詩織の方はというと、委員長と打って変わって大人の雰囲気だった。いつも降ろしている長い髪の毛はアップにされ、ホールネックタイプの真っ赤なドレスで背中がガバッと空いている。その替わりというのか、背の高い彼女がハイヒールを履いているにもかかわらず、ドレスの裾は長く足下ギリギリまであった。他には何もつけておらず、シンプルさが逆にスタイルの良さを際立てている。
普段全くといっていいほど化粧っ気のない2人はうっすらとしたファンデーションにアイライン、マスカラなどをしていてなんだか大人びて見える。
「うひょー!!」
鼻血を出すんじゃないかと思うくらいテンションMAXな末長は、何度もグルグル回っては激写する。
「あぅそんなに撮らないで下さぃ」
顔を真っ赤にして俯く委員長。その姿は恥じらいを持った女の子の中の女の子っていう感じだ。末長、気持ちは分かるよ。あとでこっそりデータを貰う算段をして一人で頷いた。
--------それにしても番長遅いな。
化粧やヘアメイクまでした女子よりも遅いってどうゆう了見だろう? と思っていたら、ポーンとエレベーターの鐘がなり、真っ白なタキシードを着た番長が出てきた。その姿は、そう、今から結婚式に行く新郎のような格好で首には蝶ネクタイ、胸ポケットには真っ白な薔薇。靴まで真っ白だ。
「お嬢様、申し訳ございません。どうしてもこれをと申されたものですから」
一緒にエレベーターに乗ってきたスタイリストさんが本当に申し訳なさそうに深々と頭を下げた。委員長は彼女を冷や汗を流しながらなだめている。そりゃ、スタイリストさんの責任じゃないもんなぁ。
「ふふふふ、どうだ。詩織、惚れ直したか? 見てくれ俺の自慢の肉体にぴったりと寄り添うようなこのタキシード。まるでこの俺を待っていたかの様じゃないか。さぁお手を」
多分番長のことだから、妄想が妄想を刈りてて今は姫を守るナイトか、はたまた結婚式の当日のようになっているんだろう。顔は紅潮して少し目も潤んでいた。
詩織はそれを払いのけることもせず、くるりと明後日の方向を向き「行きましょう」とスタスタ会場の方へ歩いていってしまった。
石像のように固まったままの番長を残して僕たちも彼女の後に続いた。
「あの…似合ってますぅそのスーツ」
いつのまにか僕の小脇の横に立って、顔を真っ赤にした委員長が褒めてくれた。
気が利かなかったな、と反省しつつ彼女にも同じ胸を伝えるとヤカンが沸騰するように蒸気を上げて顔を伏せていた。くぅ、いじらしすぎる。耳まで赤くなった委員長をもっと見ていたいが、パーティー会場の前に着いたらこんな穏やかな心地ではいられなかった。
会場入りする前から来る人来る人全てを振り向かせ、ハーメルンの笛吹きのように男達をゾロゾロ従えている詩織の姿を見つけて、思わず座ってもいないのに立ちくらみを起こしたように、ふらりと足下が揺れた。
今にも彼女にプッツンワードを繰り出さんとする面々に割って入り、腕を引いた。
「…もう少しで血の海だったのに」
彼女はいかにも不機嫌そうな顔をして眉をひそめていた。
どうやら“あの言葉”はまだ出ていなかったようだが、こんな場所でもナンパのように軽口を叩かれたのが気に食わなかったという。頼むから人のホテルで、人の誕生日会をぶち壊すようなマネだけ早めて欲しい。委員長の沽券に関わってくることを話すと、彼女は思った通り僕の隣で大人しくすることを約束してくれた。
ふー、一安心。
「じゃない!?」
思わず口に出してしまった。
詩織に気を取られている間に、今度は委員長の方に黒山の人だかり。ある意味有名人である彼女に大人の策略が見え隠れする言葉や如何にも狙ってないけど?と言った風な言葉で実は攻め落とそうとしている。もーーー!! 沖縄でくらいゆっくりさせてくれよ!!
詩織の手を引き引き、委員長も救出。
端から見れば、モデルのような絶世美女と天使のような可愛さを持つ女の子を引っ張ってある姿は“両手に華”にしか見えないだろうが、僕の心情で言えば、突然性格の違う双子の姉妹の父親になった心境だ。
いつもなら恨みのこもった突っ込みでも入れてくる末長も、舞い上がり過ぎているのかカメラのシャッターを押しながら狂喜乱舞するだけだし、番長は全く使い物になっていない。
小さくため息をつきながら、ボーイさんに会場の扉を開けてもらった。