キレlife カオス会の憂鬱(ユーヤ編) #2
-----ん?
カップを口元から離しながら横を見ると…鼻とサクランボ色の唇をぺチョ〜ンとガラスに押し付けている僕の親友が…
「ゲホ!! ケフッケフン」
思いっきり咽せて、何度も何度も咳をする。
涙目になりながら鼻をすすり、前を向くとアキラくんと目が点になった彼と視線が繋がった。
こんな衝撃的な登場…初めてだ。初めて出逢った時もかなりアレだったけれど、ショックを受けたのはコレが初。両手もビタっとして、高い鼻は潰れちゃって原型もない程口を思いっきりガラスなんかに引っ付けて…せっかくの美貌が台無しだ。マジで。
-----変顔…でもなんか可愛い…。
しかしここはムーンバックス。さすがに奇怪な彼女の行動を観察し続ける訳にもいかず、椅子から立ち上がった。詩織のオデコら辺のガラスをコンと叩く…潰れていた顔が元に戻った。
クルリと後ろを向いてアキラくんを見下ろす。
「ごめん、ちょっと行ってきていいかな? すぐ戻るから」
コクコク頷く彼にもう一度「ごめん」と合唱しつつ、急いで自動ドアを飛び出した。
こちらに向き直る黒髪の美女に走りよりながら声をかけた。ついでにハンカチも取り出し手渡す。
「何やってるの!? 窓に口付けたりしたら汚いよ?」
「だって…ふーはやみへはふう」
受け取ったハンカチで口を吹きながら言っているから何を言っているかさっぱり分からない。ま、どうせ「驚かせたかったのよ」とでも言っているんだろう。
「これ…洗って返すわ」
「いいよ。あーあ…窓にリップついてますけど?」
「…ティッシュ私持って…」
「それもいいよ。こんなことだろうと中から紙ナフキン取ってきておいたから」
定員さんに怒られなきゃいいなと、なるべくレジの方は見ずに付いたリップを拭き取る。クシャクシャと丸めると、その時点でエプロンを着たお姉さんと目が合った。ニコニコする様にセーフだと安堵のため息を吐く。と、何を思ったのか潤んだ目をした詩織がシャツの裾を掴んできてこう言った。
「ユーヤ、後ででもいいから一緒に遊んで欲しいの」
-----か、か…可愛過ぎっ!!
ズバンと心臓を射抜かれて今すぐ「YES」と答えるとこだった。ごめん、アキラくん。危うく僕は君を置いてトンズラするとこだった。危ない危ないと大きく深呼吸をして冷静さを保つ。
「と、とりあえずはね、先約があるからそれが終わってからでいいかな?」
「……」
唇を尖らせて少し俯いてる。
揺れた。また揺れたね、心が。またしても危うく「じゃあ一緒にコーヒーでも…」なんて言う所だった。でもさすがにオフ会だからなぁと視線を外してチラリとムーンバックス店内を見た、ら…
ナナさんが親指を立てて何やら変なジェスチャーをかましてきた。何々…その子、店、入れないと、またオゴリよ…!?
------何それ!?
一体何を画策しているのかと、超イヤな予感がするなと眉が寄る。しかし、しつこいくらい繰り返されるジェスチャー。
「…詩織。後じゃなくてもいいかな?」
「え? それって行ってもいいってこと?」
「なんか君も呼ばれてるし。まぁ君の都合がいいのであればだけど…」
-----ついでに何言われてもいいのであればだけど。
まぁしかし女の子同士だし、滅多な事はないだろうと、何かあればすぐに止めればいいだろうと振り返れば「行く!!」の元気な声がして…するりと指先が絡んできた。
弾むようにはしゃぐ女の子を引いて店内に入り、ナナさんはああ言っていたけれどアキラくんは大丈夫かをお伺いを立てる。
「ごめん、この子も一緒でいいかな?」
「…あ、ああ。いいよ」
よかったと胸を撫で下ろし、奥の席に置いてある鞄を肩にかけながら詩織の席を確保してやる。ついでだと椅子を引いていた時だった。急に、本当に突然にガタンと音がしてナナさんが立ち上がり…親友を殺さんばかりの目で睨み始めた。それに眉を上げ、反応する詩織。
-----な、何!? もう喧嘩!?
まさか一言も発していないうちからそんなことになろうとは。まさか喧嘩をする為に詩織を中に入れようとしていたとは。一触即発。ヤバいと、何かを言おうとした瞬間だった。ナナさんがツカツカと無言で詩織の後ろに回り…
はち切れんばかりの胸を揉んだ。
-----へぁ!?
あまりの出来事に思考回路も体もフリーズした。詩織も、アキラくんも…。
しかしその間にも流れるような動きでナナさんは動き続け、頬を抓り、口をこじ開け、彼女の自慢の黒髪を一掬い取ってクンクンと匂いを嗅いでいる。何をやっているんだ!? と僕の頭も覚醒を始めた時には、なんと…詩織の足下にしゃがみ込んで短パンの下から下着を覗き始めた。
「ふむ…ピンクに黒のレースね」
固まっていた詩織が覚醒したらしく、耳まで真っ赤になってバッとズボンを抑えた。
-----ピンクに黒レース…見えたんだ、履いてるんだ。
想像しちゃいけない事が頭に過った。するとまるで僕の脳内を叱るかのようにアキラくんのゲンコツがナナさんの頭を捉えた。体だけがビクリと揺れる。
「すみません! すみません! すみません!」
倒れ行く茶髪の女の子をバックにアキラくんが物凄い勢いで土下座をペコペコ繰り返す。
「え、あの…わ、私は大丈夫…です。でも…」
-----ちょ!!
心配そうな詩織の目線に導かれ、視線を倒れた女の子に持っていくと今殴られたばかりなのにナナさんは転がったまま親友の綺麗な脚を「アキラ、分かったぞ! スベスベ!!」なんて言いながらサワサワと触っていた…。目を見開きながら飛び退く詩織に、もう1度ゲンコツを喰らわすアキラくん、痛さを喰らうナナさん。そして色んな意味でビビった僕。
「すみません! すみません! すみません!」
「だ、大丈夫です。女の子同士だし」
-----いや、大丈夫じゃないね。
じゃなきゃそんなに肩を小さくなんてしないし、痛いくらい指を掴んでくる事ないもの。まぁ僕はむしろいいですけど。
しっかり役得を味わう。しかし、それ以上がいた…。アキラくんと詩織が何やら話すのを聞き…騒ぐ僕らに視線が注がれ始めたのを懸念して、店内を見渡してから視線を詩織に戻すと……信じられない光景が広がっていた。
僕の目の前で、美少女が美少女の頬にチューしていた。
チュと軽快な音が響く。
「うん、本物だ!! アキラ」
外野の声と視線の真ん中で加害者が当たり前の事を言い放つ。被害者はヨロヨロしながら僕の事を見上げてきた。…なんて言っていいかマジで分からない。しかし言わない訳にもいかないため、声を絞り出す。
「…大丈夫? 詩織…」
詩織もなんて答えていいか分からなかったようで、あげていた顔を俯かせてからゆっくりと頷いた。
-----ナナさん、いろいろと羨まし過ぎだよ!!
照れた顔にフェチを感じ、胸がキュンとした。しかし、親友の事を考えるとそうもいかなくって、ある意味吐血しそうなこの空間に、とりあえずどうにかしようと考えていた時だった。僕と多くの部分で共通点を持つ人物が空気を入れ替えるが如く動いてくれた。ペコリと頭が下がる。
「あの…すみません!! 神前アキラです。今日はユーヤくんとオフ会をしているんです。…よろしく」
「オフ…会?」
「オフ会はね。変態の男達が集まってイヤらしい話をする会なんです。童貞共が!」
-----違う!!
投下されたナナ爆弾。確実に爆発し、詩織が眉を潜め、まるで痴漢をした人間のように睨んできた。
その冷たい目に本気で狼狽える。確かに男なんて繋がれていない犬、変態そのものだけど。僕ら男ににだって節度はあるし、オフ会はだいたいがそんな物じゃなければそんなつもりで集まってもいない。
突き刺さる視線を振り払うように声を出そうとする、と…またナナさんが横に吹っ飛んだ。彼女の立っていた場所を陣取りアキラくんが機関銃のように喋り落とす。
「オフ会はですね…ネット上で知り合った人同士が交流するものでそんな妖しい物じゃないんですよ。この変態で非常識者の大馬鹿野郎はナナというんです、すみません」
勢いに押され、詩織の睨みが緩んだ。
だから彼の援護に負けないように「変な誤解しないで」と、口には出さず表情に乗せて睨み返してやった。目が合うと、彼女は眉をハの字にして「ごめん」という顔をしてきた。
-----よし!!
詩織とアキラくんが互いに挨拶をしている間に帰ったらお礼を言おうと算段し、終わった時を狙って椅子に腰を下ろした。
つられるように次々と座るのを見届けてから話題を変える。
「そういえば、この後ってどうするの? お任せにしておいたから聞いてなんだけど」
質問すると彼は、なぜか眉をしかめてしまった。もしかしたら決められなかったのかもしれない。だったら一緒に今から考えようかななんて思って、携帯を取り出した。
すると、今まで殴られて出来たタンコブを抑えていたナナさんが急に元気を出してきた。
「今日はね、家族風呂に行くんだって!!」
「え!?」
バッと隣の黒髪の少女を見た。お金が云々、家族風呂が云々じゃない。そうだろ? 詩織は女の子だ。僕ら男ならいきなり「温泉に行くぞ〜!!」ってなったって構わない。だけど女の子は、着替えだってボディシャンプーの事だってあるだろうし、化粧品の事もある。ましてや急に入ってきた物だからそんな物を持っている可能性なんてない。そう、女の子はお風呂一つにいくのにだって大変なのだ。
------ああ、だからアキラくんが変な顔したのか。
妙に納得して一人頷く。だけど理解した所でどうしようもない。もう誘ってしまった手前、帰れなんて言えないし。かと言って誘うのも…。
アキラくんと同じような顔をして、ナナさんを見る彼を見た。しかし肝心の子は気にした様子もなくニヤニヤしながら続ける。
「アキラが、自分とユーヤの分を事前に予約したんだよね〜?」
「…いつから知っていたんだ…」
「アキラがニヤニヤしながら、予約のメールを見ているところをバッチリ見ていたからね。だから私も同じ日に予約しちゃった〜。行こうよ〜詩織ちゃん! せっかく会ったんだし!」
「え、でも…」
親友が、心配そうな顔をして見上げてきた。
「おまっ…勝手な事い…」
「化粧水とか貸してあげるから、ね、ね?」
「え。じゃあ…行く!!」
余程嬉しいのか、テーブルの下で犬が尻尾を振るように僕の指先を揺さぶってきた。
こういう天真爛漫なトコロ、本当に可愛いと思う。だから、詩織が「行く」と答えた時は眉がよっていたのが今では自然と「僕は…いいと思う」なんて思ってしまっている。ま、このままトンボ帰りさせるのも悪いと思ってたし、ナナさんと二人ならある意味危ないとは思うけれど一人でいるよりずっといいだろうし。何よりすでに顔に「行きたい」って書いてあるもの。
友達出来て良かったねと祝福すれば、ナナさんが立ち上がった。
「じゃあ、みんなで家族風呂にレッツゴー!!」