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キレlife カオス会の憂鬱(ユーヤ編) #1


「っと、忘れるトコロだった」


 一度玄関まで出ていたのを引き返して机の上に置いてあった真っ赤な洋書を手に取る。金の箔押しされた題名のそれを鞄の中に突っ込んで、今度こそ家から出た。

 本日の予定は、午後からオフ会。そう、モンスターハンティング内で詩織と見間違う程の美女キャラクターを操っていた男の子アキラくんと、ね。実は僕らはあれから何度か一緒にクエストしたりチャットしたりメールしたりして親睦を深めてて、二人で今か今かと待っていたのが今日という日。でも少し緊張してます。ネットではあれだけ、はっちゃけてふざけ合っていた仲だけど、実際会うまでどんな人かは分からないし、会ったらネットとは全然性格違ってました〜っていう可能性も無きにしもあらずだもの。


 電車に揺られ、彼との約束の駅で降り、待ち合わせ場所であるムーンバックスに向かった。

 モカブラックを注文し、キョロキョロと入り口からも見えるけれど落ち着けそうな場所を探す。

 -----あそこでいいか。

 入り口が見えるよう、4人がけのテーブルの奥側に腰を下ろした。鞄の中から朝危うく忘れかけた赤い本を取り出す。うん、これが僕の目印。ついでに待ち時間も潰せるという画期的なアイテムだ。ってか、コレがなきゃ僕たちは会えない。なんでか? だってさ、アキラくんたら『僕はスーパーブサイクだから見たら分かる』なんてメールしてきたんだよ!? 出会った日からブサイクネタで押してきて、ことあるごとに自分を落とし僕に落とさせて来ようとするんだ。正直Mなんじゃないかと思うね。まぁ彼がいいなら良いけどさ。で、そのメールを見て僕は『さすがにそれじゃ分からないから何か目印を!!』って何度も送信したんだけど、余程自分の顔に自信がある(この場合ない)のか、その事については一切返信なしで…現在に至ってしまった。だから彼が僕を見つけて話しかけてくれるしかないわけで、僕は彼と出会えるまでこの本を読み続けるしか道はないのだ。


 ってことで…携帯で時間を確認してから読書を始めた。

 僕は昔から本気で集中し始めると周りの音が聞こえなくなる。名前を呼ばれても早々には気がつかない。あまりに集中し過ぎているともう叩かれても気がつかない事なんてしばしばだったりする。けれど…その鬼の集中も…ある言葉出来れる事となる。


「…あの童貞ぽい男じゃないの?」


 ------ど…!?

 女の人の声でそんな言葉が聞こえてきた。僕は知っている…そんなことを人前で言っても全然恥ずかしげも可笑しくない人を。目線は上げる事なく、しかし視界を広く持てば、ぼやけてはいるがこちらの方を指差す茶髪の女の子が立っているのが分かった。

 空調が利いた空間なのに背中が汗ばんだ。


「こらこら、失礼な事言うな! とりあえず失礼な事をいうなよ。じゃあ、行くよ」


 言いつつ男の子がこちらの方に近づいてきた。

 すぐさま目を本に集中させる。

 -----こっちに一直線ってことは…やっぱりあの茶髪の子はナナさん!?

 二人きりじゃなかったのかと、撒いてきてはくれなかったのかと、まさか僕がナナさんに虐められるのを喜んでいるとでも思っているのかと、嫌いじゃないけど天敵だと思っているのにと、アキラくんのことを多少憎んだ。

 いや、待て。もしかしたら違う可能性もある。一縷の望みを願いに託す。


「あのーー、すみません?」


 本から顔を外して見上げた。

 パチリと目が合った瞬間分かった。この子はアキラくんだ。雰囲気が、オーラがそうだと言ってきている。それに…

 -----たらこ唇にニキビ…ああ、言ってた通りの特徴が…。

 やっぱりこれが詩織キャラを操っていた子だ。身の丈は詩織より少し高い位。顔は…ブサイクブサイクと超プッシュしてきたから僕的には宇宙人クラスを想像して期待してたんだけど、人間だった。うん、ちょっと期待はずれだ。彼の顔は僕の想像力を飛び越せなかった。まぁ確かに普通にブ…整ってはいないけれど。ああ、あとね。顔から読み取れるのはハッキリものを言いそうな感じかな、女の子の決断は出来ないけど…。


「ユーヤさんですか? オフ会の?」

「はい、アキラくんですよね」


 -----やっぱりか。

 本を鞄の中にしまいながらすぐに立ち上がった。すると彼は丁寧にもペコリと挨拶をしてきてくれた。だから僕も礼をする。


「はい、初めまして神前アキラと申します。今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ。山田裕也です。お願いします」

「で、この女性は朝倉ナナです。僕と一緒に住んでいる」

「初めして、朝倉ナナです。今日は、よろしくお願いします…どうてい」

「ああ。初めまして、裕也です。よろしくお願いします」

「ところで、童貞さんの事…何と呼べば良いでしょうか?」


 ここでもまだ言うか!! と、落胆とも取れる心持ちはしまったまま、どうせ無駄だろうけれど抵抗してみた。


「ユーヤでお願い出来ますか?」

「却下。モヤシですね。よろしくお願いします」

「す、すいませんね…彼女は普段こんな事言わないですから…まあ、よろしくお願いします」


 -----絶対嘘だね。

 普段から口の悪い事言ってなきゃ、サラリと童貞だのレイプだの出てくる訳がない。全く、お嬢様風なブルーのワンピースに身を包んでいて…顔もかなり整っていて綺麗な子なのに…本当に勿体無い。ってかさ、アキラくん…フォローするなら彼女じゃなくて僕へでしょ? まぁ別に良いけどね。彼女繊細だって言うし、見た目に反して心はまだベイビーだから近いうち…

 -----丸め込んじゃうし。

 将来の展望を脳裏に展開しながらにっこり笑みを零した。


「じゃあモヤシでお願いします」


 ついで「どうぞ」と前の席に促しアキラくんが「じゃあお構いなく」と答えた瞬間、腰を下ろした。ナナさんがアキラくんの分もコーヒーを買ってくると席を早速外していくのを見てから、アキラくんの上半身部分に目を持っていった。実はさ、さっきからチラチラ目に入ってはいたんだけど、敢えて突っ込まなかった事がある。

 -----BUSAIKUDE NANIGA WARUI…

 白いTシャツにプリントされた文字を心で呟く。…彼は、どれだけ自分の容姿を気にしているのだろうと、ってかどれだけ自分の顔をネタにすれば気が済むのだろうと、突っ込んで下さいと言わんばかりのそれに真性(新生)のどMだなと感じた。


 -----でも、なんか可愛い。

 ロゴも変わってても面白いし、いい位置に文字も配置されてるし、パッと見、すごくいい。ついでに読んで笑えるのがいい。眺めていたらだんだん欲しくなってきた。うん、さすがに彼みたいに着こなす勇気はないけれど、部屋に飾る分には凄く良い感じだ。きっと僕の白黒の部屋に入ってきても違和感なく部屋のインテリアの一部になってくれるだろう。


「…そのTシャツ」

「うん?」

「それ、どこで買ったんですか? 僕も欲しいです」

「いや、これは僕の渾身の作品なんで。ユーヤくんは着る必要はありませんよ」

「え!? 作ったの!?」


 本気で驚いた。だって本当に良く出来ていて既製品にしか見えなかったから。それくらいこのTシャツは完成度が高い。さすが渾身の作品…。

 感心しているとアキラくんがちょっとイヤな笑いを向けてきた。


「まあ、ぶっちゃけナナと一緒に作ったんですけどね。まあ、ユーヤさんは着なくても良いですけどね!」

「着ないですよ」


 -----だって飾るつもりだったし。

 妙にトゲのある物言いに、ニコニコしながら答えた。


「じゃあなんで欲しがったんですか?」

「普通に可愛いなって思って」

「可愛い!!!!!????」


 意外だと言わんばかりに目が点になるアキラくん。もしかしたら、本気でネタで作り上げてしまった物なのかも知れない。と、なるとマジで凄いと思う。センスあるな〜と感心していると、


「だいたいどこらへんが可愛いんだ!?」

「フォントもいいし、全体的にかなぁ。飾るには丁度いいかなって」

「飾る!?....そうだよな。お前がこの服を着る必要なんてないからな...。なんせ、ユーヤ君は自分の顔を気にする必要なんてないからねえ!」

「は!? 何持ち上げてるの!?」


 -----そして何をそんなに拗ねているの!? 

 思った途端、彼が乱れた。

 いきなり椅子から立ち上がり、僕の頭と耳の下辺りを掴んできて…彼の方へ力一杯ガッと引き寄せ始めた。持ち上げられるように体が付いていく。ちょ!! 顔が!!  


「お前の顔!!! 交換しろよ!! 夢見たいに、仮面だろーー! 取れるだろーー!」

「いたい、痛い!! 取れるわけないだろ!? アンパンじゃないんだから!!」


 ひぃいいと心の中で叫びながら彼の腕と肩に手を当て、反対に押しやる。するとさらに力が入ったのか、彼の指先がギュとなって僕の髪の毛をおもいっきり掴んできた…。髪が!! 僕の大事な髪が抜けちゃう!! 

 禿げてたまるかとさらに本気モードで押す。けれどさすがひ弱なオタク同士。決着がいつまで経ってもつかない膠着状態に陥ってしまった。その間も口だけは動き続ける。


「黙れ!! お前にブサイクの気持ちが分かるか〜!」

「わかるよ〜!! 僕だって卑下されて生きてきたんだ!!」

「だまれ〜〜! お前の顔と僕の顔。どっちがブサイクだ!!」

「比べるモノじゃないよ!! だいたいネットではあれだけブサイクネタをノリノリで振ってきたくせに!!」

「僕の事をブサイクって言ったな! 何のためにシャツを着たんだ!!」

「言ってないし!! それにオフ会きたらブサイクネタでいじれって言ったのは君だよ、ブチャイク」

「ブチャイクだと…モヤシ! 調子に乗るなよ!! 死ね!」


 まるで数年来の友人のように、末長との関係のように遠慮なく罵り合う。


「可愛くて良いじゃない、ブチャイク」

「うるせーー! お前こそ女顔したモヤシだろ!!」

「女顔じゃない!!」

「そうだ! 作ってやろうか? シャツ『ONNAGAODE NANIGA WARUI』ってな!」

「やだ! 可愛くないよ!! 『BUTYAIKUDE NANIGA WARUI』こっちにして!!」

「黙れ! お前は、そうだな…。『YOUSEIDE NANIGA WARUI』を作ってやろうか? それともモヤシ?」

「やだやだ、ブチャイクブチャイク!!」


 それはもう、本当に男同士の戯れ合いというかやり取り。ほら、プロレスごっこのノリだよね。端から見たらバカみたいなんだけど当人達は至って真剣というかふざけていると言うか、男同士のちっちゃなプライドのぶつけ合いというか。とにかく熱の籠ったプチ喧嘩を僕らは繰り返す。だから僕らはナナさんが帰ってきた事さえ気がつかない。


「なにーーギャーギャー騒いでるの、モヤシ? お姉さんと一緒に精神病院に行こうか。ねぇアキラ」

「お前な、幼児みたいに叫ぶなや。それにお前の夢は妖精になる事だから。YOUSEI NI NAROUKA BOKUで良いんじゃねえ?」

「別に妖精になるつもりなんてないよ、ブチャイク〜」

「はあ〜、調子に乗るな! このモヤシ! お前な…殺す! 締め付けて殺してやる」


 言った途端、髪と顔を掴んでいた手が素早く動いて喉仏を押さえつけてきた。だけどアドレナリンが出てきた僕も止まれない。


「本物の妖精になれや、ははは」

「かふ…。あき…らくんの、ブチャ…イク…はははは」

「お前な…苦しいのに笑うなんてな! 本気で精神病院に行かないといけないね。妖精君!」


 手が緩んだ隙に腕の中から逃げでして、喉を抑えた。

 確かめるように声を出す。


「は…。首締められた時は笑うと気道が確保出来るんだよ、まだ妖精君」

「てめええ…! お前こそ、まだ妖精のくせに生意気な!!」

「お互い様だろ!?」

「お前なんて、カノジョがいないクセに生意気な!!」

「いたっていなくたって、フェアリーにはちが…」

「黙れ! 二人とも!! よくも私を無視したな!!!」


 あまりにもデカイ声に僕の声がかき消され、アキラくんと顔を見合わせて声の主を見た。瞬間、彼女は拳を握り僕の方へ殴り掛かってきた。


「私を…よくも馬鹿にしたなーーー!!」

「や、や、やめろおお! ムーンバックスだぞ! 落ち着け!!」

「話せ! モヤシを殴らせろ!! 別にモヤシが死んでも誰も泣かない!!」


 -----なんで僕だけ…。

 殴ろうと襲いかかってくるのを懸命に止めるアキラくんを見ていたら一気に冷静になってきて、ぼんやりと考えた。その間にも二人は大きな声を出し、激しく動き続けている。

 -----何やってるんだろ。

 ええ、先程の僕とアキラくんのやり取りと同じです。当人達は真剣なんだろうけど、1歩離れてしまった僕には正直「何をやってるんだろ」としか捉えられない。いや…アキラくんは僕の為に動いてくれてるんだけどね、なんか、早く熱くなった分冷めるのも早かったみたい。

 とりあえず今冷静なのは僕だけなのだし、ナナさんは僕に対して怒っているようだし、頑張ってくれているアキラくんの為にも打開策を探そうと店内を見渡した。

 -----あ。そうだ。

 いつもの手で悪いなとは思いつつも、大抵の女の人はコレに弱いよなと頬緩め呼ぶ。


「ナナさん」

「何!?」

「ケーキ、食べますけどいかがですか? 奢りますよ?」

「け…ケーキ…?」


 怒りに満ちていた顔がミルミル輝きを帯び、力の入っていた体がピタリと止まった。

 よしと心の中でガッツポーズを取りながらもう一押し。ケーキがいっぱいに入ったショーウィンドウに、指先で目線を誘導した。


「好きなだけ買っていいですよ」

「ほんとーーー!?」

「ええ」


 笑うと初めて(?)素直に「じゃあ、遠慮なく」と乗ってきてくれた。

 財布だけ持って彼女の後を追い、ケースの前でジーッとケーキと睨めっこする子に聞く。


「どれにしますか?」

「じゃあ、モヤシ! 私はショートケーキ、ガトーショコラ、チーズケーキ、洋梨のタルト、ロールケーキ、プディング、ムースケーキ、アップルパイを二つずつお願い!」


 -----え!?

 詩織がよく甘いものをビックリする程食べるのを見ていたけど、まさか…と目を大きく開いた。だからあの子と同じことを癖で言ってしまう。


「お腹壊したりしませんか?」

「大丈夫! とりあえず、買って。奴隷」

「じゃあお姉さん、ケースの中のケーキを二つずつ。はい…店内で。あ、洋梨のタルトは3つで。ナナさん、アキラくんは何が好きですか?」

「アキラの分忘れてたわ! じゃあ、私が言ってた奴を3つずつね!」

「……。お姉さん、すみません、全部をさらに一つずつ追加で」


 甘い物は嫌いじゃないけれど、さすがにこの量を見たらしばらく甘い物はいいなと算段しつつ、財布からお金を取り出す。あまりにも量が多いため、お姉さんが後で持ってきてくれるというのを聞きながら両手でとりあえず先に出てきたトレーを両手に乗せた。


「ありがとうね。奴隷!」

「モヤシですよ」


 そしてキッチリ最後は訂正をして席に戻った。と…


「ひいああああああ!!! ナナ、全部食うのか!?」

「大丈夫! アキラの分も来るから!」

「ユーヤ、僕の分って…」

「え? これ全部を1つずつアキラくんの分も買いましたよ?」

「…そうか…」


 なぜだかアキラくんのテンションが下がってしまった。はて…?

 ま、とりあえずは当初の目的であったナナさんを鎮めるという目標はクリアしたよねと、腰を下ろした。するとアキラくんの隣にナナさんが座り、初めて(?)大人しい表情を見せてくれた。

 はー、と大きく息を吐いてから、ヤレヤレとすっかり冷めてしまったブラックモカを口に含んだ、

 なぜか…僕の視界の色がワントーン落ちた。



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