キレlife 妄想彼女にご用心 #2
-----ちょ…詩織着替えを!!
言うが早いか、彼女の脚はグングン加速をして腕を引いてくる。止まりたくても後ろを走る僕は止まれなくて、まるでゴールデンレトリバーに引っ張られる飼い主みたくされるがまま駅の構内へ行かされる。駅に入ってくる電車のブレーキ音が聞こえてきた。仕方なく先日一緒に買ったパスを触れさせ、改札をくぐり抜けて、閉まり始めた車両に飛び込んだ。
「セーフ!!」
ゼイゼイと息を切らし、つり革に持たれる僕の横で詩織が無邪気に審判の真似をしてみせた。
------か、可愛さが伝わって来ない…。
いつもならこんな天真爛漫な動きをされたら、キュンときちゃうトコなのに全くそれがない。いや、僕はどんな女の子だって可愛い動きをすれば可愛いものだと思ってる。だけど…それって輝く笑顔があるからそう思えるんであって…
顔面がサングラスとマスクで覆われている詩織を見た。
少し鼻の奥がツンとした…。
-----あ。
顔をしかめて。すぐさま彼女の腕を引き、箱の端っこへ連れて壁に張られたポスター側を向かせた。そして彼女が動けないように敢えて肩ら辺を後ろ頭の所に持っていく。…ええ、見られてます。めっちゃメチャ見られてます。あの女なんだって目で他の乗客さん達にガンミされてます。違う車両からも見られてました…。だけど詩織はいつも見られていて、やはり視線に気がついていなかったようだ。
「ちょ、ユーヤ。ポスターしか見えないじゃない」
「…うん。次、その映画を一緒に見に行きたいから説明書き読んでおいて」
大きく息を吐きながら、箱に揺られた。
「……」
電車を降りたら、さらに酷い状態に陥った。僕の目の前には、一身に注目を浴びているくせに、改札に行く為の曲がり角からチラチラ行きたい方向を覗いては顔を引っ込める詩織の姿。うん、妖し過ぎる。もう駅員さんが「ちょっといいですか?」って言いに来ないかの方が心配だ。ってか、逆に目立ってるから止めた方が良いかと…。
「よし、今ね!!」
何が基準なのかは分からないけど、キレた時のように姿勢低く僕を引いて走り始めた。
セットで視線を浴びせられる。
------ひぃいいいい。
あれだ、小さい頃やった忍者ごっこだ。でもそれって幼かったから許されてた、今の僕らがやったら可愛いとかそう言うんじゃなくてただ単に変質者。ただでさえ、君の姿は妖しいというのに…。でもこのまま突っ切らずに立ち止まりでもしたら、それこそお巡りさんに「ちょっといいですか?」になってしま…
今、紺色の制服着た、帽子を被った男の人と目が…合った。
ピピー。振り向けば笛を加えた鉄道警察員さんが僕らのことを見ながら走ってきていた。
------NO WAY!!
一気に速度を上げて詩織に並ぶ。
「ちょ、お巡りさんが!! お巡りさんが!!」
「何言ってるのよ。私達なにも悪い事してないわよ? 違う人追いかけてるのよ」
甘い考えに乗せられ、振り返った。
バッチリ目が合った。
笛が鳴らされた。
------詩織のばかぁ!!
絶対に僕たちだと、いや僕たちっていうか詩織だとは思うんだけど、ここで詩織が掴まれば僕だってしょっぴかれるし、僕が連れて行かれれば詩織は確実にノコノコ掴まりにやってくるだろう。そうなるとコンサートに遅れて、コンサートに遅れると姉さんにどうして遅れたかを他の人か僕に聞いて、姉さんは詩織がこんな格好して繰り出しているのを知って…そうなると僕は「詩織ちゃんになんて服装させてるのよ!?」ってお巡りさんに連れて行かれるよりも痛い痛い、強烈玉キックを喰らわされてることは間違いない!! しかも10回…。
------絶対に掴まるか!!
ここは死んでも逃げ切るとすぐさま携帯とパスを取り出した。
「詩織、ヤバい。ちょっとこのまま急がないと開演に…」
「え? 時間は大丈夫な筈よ?」
「…すみません、嘘ついた。トイレ、トイレに行きたいんです。開演前は混むから早めに行きたいんです!!」
「用心し過ぎよ」
爆笑しながらも僕の言葉を素直に聞き入れ、速度を上げてくれた。
------僕、そういう素直な詩織大好きだよ…その格好は頂けないけど。
改札口でパスをポンと置いて駅を脱出した。
「……」
鉄道警察員さんは撒けた、いいことだ。だけど僕はまた無言になってしまう、下を向いて。
隣で詩織が、ニット帽をグイっと深く被り直した。
「何? あの格好」
「花粉症酷いんじゃないの?」
「この時期に?」
「芸能人!?」
「ちょっと変な子だったりして」
「目立ちたいだけじゃないか?」
-----うぅ、悪目立ち。
目頭が熱くなってきた。
言ってやりたい、本当は凄く可愛い誰もが見惚れる絶世の美女なのだと。中身も外見以上凄く可愛くて魅力的で、キレると怖いけど優しくて友達思いで素直な子なのだと。人間は外見なんかじゃなくて、もっと深い所が大切なんだと。
でもそんなこと出来なくて、クッと唇を噛み締めた。だけど…僕には出来る事がある。
パーカーの裾を握った。
「ごめん、ちょっと寄りたい所あるんだけど」
「…?」
脚の動きを柔らかに落としながら紫色になり始めた空を仰いだ。すると、詩織もゆっくり脚を繰り出し始めた。会場までの道の間にある、人がまばらな公園の真ん中で完全に脚を止め、大きく深呼吸をした。
「もっと早く言おうと思ってたんだど、その格好止めよう? それと用心過ぎる行動も…」
「どうして?」
「逆に目立ってるんだもの」
手を外し、指先をフードの端っこに引っかけた。
軽い音が鳴って、今度は僕の手首に詩織の手が掴まってきた。
「だめよ!!」
詩織が大きな声を出す。釣られて僕も大きな声を上げる。
「キレちゃったらどうするのよ!?」
「き、キレたら僕が止めるからいいよ」
「でもユーヤに迷惑かけるじゃない!!」
「迷惑なんて思ってないよ!!」
腕が掴まれたまま、睨み合い、互いに意見をぶつけた。こうなった以上僕は引くつもりはない。きっと意地っ張りな詩織も引かない。もうコンサートなんてどうでも良い。
「そう思ってなくたって、私は怪我をさせたくはないのよ」
「今更じゃないの、そんなセリフ。僕は…」
-----え!?
言葉に詰まった。発する次の言葉が浮かばなかった訳じゃない。言えなかったんだ。僕は…言ってはいけない言葉を、思ってはいけない言葉を、今吐き捨てる所だった。そう、気づいてはいけない事に気がついてしまった。
あまりの衝撃にさらに言葉が出なくなった。
その隙をついて詩織が口を出した。
「何よ?」
グッと左手の拳を握って、声を絞り出した。
「僕は…僕は君の為なら怪我したってかまわない!!」
本当だけど嘘が出た。だってこの言葉の前には付け加えなくてはいけない言葉がある。
それは
-----君の事が本気で好きだから----
でも言えない。僕にはそんな勇気もないし、言ってしまったら親友という立場じゃなくなる…ずっとそばには…
「私は、ユーヤにそばにいてほしいから言ってるのよ!!」
「え…?」
恋に落ちていていたせいか、勢いも落ちて、間抜けな声が出た。そんな僕に感化されたのか、詩織もトーンが落ちた。
「だから、そばにいてほしいのよ。もし大怪我でもして入院でもしなきゃいけない事になったら困るじゃない…」
「僕は別に…怪我はいいし。お見舞い来てよ」
「…そうね。それは責任として行くわよ」
どんどんトーンダウン。先程までの睨み合い言い合いが嘘のように今度は視線を二人とも落として無言状態を続ける。
と、バッと詩織が顔を上げた。
「じゃあ、また賭けましょうよ」
「賭け?」
「ええ。ユーヤが勝てば私は言うように今まで通りにするわ。けど私が勝ったらこのまま…どうかしら?」
「いいけど…何を対象に」
ブラックジャックやポーカーなんかの運を使うものだったらいいなと、そういえば僕の驚異的なギャンブル運はまだ詩織には話してなかったなと、だったら勝ったも同然だと頬緩ませた。
詩織は「んー」とキョロキョロしながら賭ける対象を探し始めた。だから、すぐに口を開く。そう。僕のギャンブル運を使って確実にする為にだ。
「詩織、僕はポーカ…」
「あれよ!!」
阻まれた。大きな声と動作に。
ビシっと指を指すポーズの先に目線を持っていく。
「ちょ、止めなさい!!」
詩織の手を叩き落とした。なんでかって? そりゃ…
「カップルがチューしてるとこなんて見つけて、しかも指差さないでよ!! もう少しで怒られるとこだったじゃないか。何考えてるんだよ、全く」
「だから、アレが賭けの対象よ」