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キレlife 妄想彼女にご用心 #1

「…ごめんなさい、ユーヤ」


 詩織が謝った。俯いて、眉をハの字にして。

 だから僕も眉をハの字にした。けど、口元は緩ませた。

 僕の腕には小さな青タン一つが出来ていて、それを作ったのはキレた彼女。


「いいよ、折れてないもん」


 グーとパーを繰り返して言葉通りだと知らしめた。するといつも通りの可愛らしい笑顔を零してきてくれた。さらに眉をハの時にして苦笑する。

 と、何かを思いついたのか詩織が突然人差し指をピっと立ててきた。


「ねぇユーヤ、遠慮なしに言ってほしいの」

「何?」

「私がユーヤに迷惑かけないようになる、つまりキレないようになる為には私、何を直したら良いかしら?」


 ------何を直したら良い?

 最初言っている意味が分からなくて首を傾げた。しかしすぐさま理解してポンと手を叩く。

 詩織はさ、“美人”だと言われるとキレる人物なんだ。だけど、僕が肌に触れるとそれが治まる。原因は何なのかは未だ良く分からないけれど、まぁキレても対処法(僕)があるから学校に毎日登校してくるようになったみたい。でも聞かないようにすれば良いって分かったからって、詩織がずば抜けて美人であり続ける限りプッツンワードが耳には入ってくる。だから未だこうして彼女はキレ続けているんだ。で、詩織は何が言いたいかって言うのは多分、僕という“後だしの薬”を使う前段階の話をしてる。そう、キレるのを未然に防ぐ為に何か気をつける事はあるか? って聞いてるんだよね。

 ふむ…と思考を巡らせれば、先日オンラインゲーム内で知り合ったアキラくんとの話が浮かんできた。


 あの時は半分愚痴みたいなものだっただけど…妄想の中で僕の愚痴が詩織に受け入れられた事をシミュレーションしてみた。放課後。いつも通り握られる指、顔を上げれば詩織がニッコリ笑って「帰りましょ?」。だけど、彼女は自分の事を良く分かっているから、猫が見えたなんて言って急に走り出したりしないで「猫可愛かったわね」ってキュと指を締め付けてきて優しい笑顔を零す。角を曲がる時は安全確認のために「ね、お願い?」なんて両手を合わせて上目使いでおネダリするような顔してきたりして…。

 -----イイ!!

 あまりの妄想の良さに左手でキュと拳を作った。

 口を開く。


「もっと自分の容姿の良さを自覚して慎重になってほしいかな」

「どういう意味?」

「そのままだよ」


 どうか詩織が考えうる理想の女の子になってくれますように、と願いを込めて渾身の笑顔を繰り出した。

 すると彼女は僕の言葉を噛み締めるが如く先のセリフを繰り返し、首を傾げ斜め上を向いた。瞬き2回、どうやら思考がまとまったようでニッと白い歯を見せてきた。そして毎度の事、今日も僕の指先を探し当てて引いてくる。

 甘い香りのする、靡く黒髪を眺めながら後に続いた。





 


 今僕は詩織のホテルのロビーにいる。うん、今日は二人でお出かけをする約束をしておいたから迎えにきたってワケ。え? これから行く場所? 実はね、平壌駅の近くでチャリティーコンサートがあるんだ。本当は姉さんが行く手筈になってたらしいんだけど仕事が入って行けなくなっちゃったからってチケットをくれたんだよ。で、詩織を誘えって言うし、誘ってみれば行くっていうから…今に至るというワケ。

 ポカンとフロントのお兄さんが電話をしているのを眺めていたら、エレベーターが降りてくる音がした。多分詩織だろうと立ち上がり…


「な、何その格好!?」


 後ずさり、思わず声を上げた。

 僕の目に入ってくるのは、いつもの可愛い格好をした詩織なんかじゃなく…某人気女性アーティストもビックリな程大きな黒いサングラスとマスクをつけ、ピンク色の半袖パーカーのフード部分を白のニット帽の上に被った、超超妖しい出で立ちをした詩織だった。

 面食らうこちらを他所に、詩織がターと駆けてきて指をキュと握ってきた。


「行きましょ?」

「ちょ…まさかそれで行くつもりじゃないよね?」


 まさかね、と。またいつもの冗談で「驚いたかしら?」「じゃ、もう少し待っててね」「着替えてくるわね」なんて言ってくるんだろうと予想してエレベーターの方へ促そうとした。が、


「何言ってるのよ。コレで行くわよ?」

「へ!?」


 大きく目を開けた。

 けれど彼女は至って真顔で続ける。


「慎重になったのよ。ほら、コレなら顔見えないでしょ…だから」


 まさかの事態に息を飲んだ。詩織は本当に素直で良い子だから先日の僕の言ったことを実行してみるだろうなとは思ってた。だけど、だけどさ、僕が望んだのはこんなんじゃない…。僕が想像したのは突拍子もない事はしなくて、何かする前は「ちょっといいかしら?」って伺いを立ててきて僕を振り回したりしなくて、「変な人がいたら逃げちゃいましょ」って舌を出しながらキュートにしてくるちょっと慎重で大人しめな詩織で…こんな…こんな、サングラスにマスクにニット帽子の上にさらにフード被るような滑稽な姿を曝してくる詩織じゃない!!

 じっと慣れないその姿を観察する。

 -----これじゃ可愛い顔も見れないどころか表情も読み取れない…。

 元元の彼女を知らずに街で散れ違ったら絶対に妖しい奴だと思うその服装に、さすがの僕も口を出す。


「あの…今からコンサートに…」

「大丈夫よ、大学のジャズサークルのコンサートなんでしょ? ユーヤも言ってたじゃない、ラフな格好でも入れるって」

「そうだけど…。」


 僕は確かにTシャツジーンズでもOKだと言ったけど、サングラスにマスクにニット帽子の上にさらにフード被ってる格好も大丈夫なんて言った覚えはない。ってか、これは会場にさえで出入禁止にされる可能性が…。

 顔を引きつらせ「でもやっぱり着替えようか」と誘おうとしたした時だった。詩織が僕のジーパンに入っていた携帯を抜き取ってパカリと開け、


「大変、急がないと電車着ちゃうわ!!」


 僕の腕をとって走り始めた。



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