プロローグ〜転校して〜
「ねぇ、山田君って呼んでいいかな?」
「もちろん。君の名前は」
「僕は坂東、こっちは末長っていいます」
眼鏡をかけた方が坂東、背の低いのが末長ね。
軽く会釈をしながら笑ってみせる。うーん、挨拶堅いかなこれって。
「次は家庭科の授業だから教室移動しなくちゃいけないんです。一緒に行きませんか」
「そうなんだ、行く行く。ありがとう」
次々に家庭科の教科書を持って教室移動するクラスメイトに溶け込んで、坂東と末長と他愛のない話を始める。
どうやら坂東は戦隊ものの相当なオタクで話し出したら止まらない性格。しかもレッドの衣装を見ただけで、何時放送された何戦隊までか分かってしまうという強者だ。あと話し方が同い年なのに敬語なのも特徴的。彼が言うには家が厳しいのが原因らしい。
末長の方は、美少女マニアらしい。あ、少女っていってもグラビアとかアイドルとか、この学校の女の子だとかでロリコンって意味じゃない。純粋に可愛い子や綺麗な子が好きなんだと。まぁクラスだけじゃなくて他の学年の女の子まで情報全てを持っているっていうのには驚いたけど、まぁ気のいいヤツだ。
家庭科の授業は席が自由とのことなので2人と同じテーブルに座る。
他にも何人か同じ席に座った奴らもいて、授業中は久方ぶりに雑談をしたり授業を真面目に聴いてみたりと楽しい時間を過ごすことが出来た。
昼休みになっても、次の日、そのまた次の日が来ても僕の学生生活は順風満帆。
普通の高校生ってこうだよね。素晴らしき友、素晴らしき学校、イジメもカツアゲもない正にここは桃源郷だ。ようやく求めていた世界に戻って来れたんだ。
「おはよー」
「っス、末長」
携帯と鞄を置きながら前の席の末長と声を挨拶を交わす。
「坂東は?」
「坂東は今日、日直だろ? 職員室に日誌を取りに行ってるんだ」
まだ転校して間もない僕に黒板の墨にある日直当番の札を指差しながら教えてくれた。
当番は毎日交代性になっていて、順番に回ってくるそうだ。順番は席の隣同士、2人一組らしい。
えーと、坂東の後ろが末長だから。
「月曜は僕の番だね」
「うん、一人でね」
「え!? だって2人一組だろ?」
思わず大きな声を出してしまう。
「そうだよ。けど君の隣の席、ずっと空いてるの気づいてた?」
「気づいてたけど、まさか誰もいないの?」
「いや、彼女は…」
「彼女は島流しになるんではないでしょうか」
「うわ!!」
--------ヌッっと出てくるなよ!!
心の中で急に現れた坂東に突っ込みを入れながら、胸を押さえる。
「し、島流し?」
「あー山田くんは転校してきたばっかりだから知らないのは、当然ですね。末永くん説明を」
「校庭の向こうにA組の校舎があるのは知ってる?」
あー1年から3年までの悪や不良ばっかりを集めた校舎か。そう言えば先生言ってたな。
最近あまりにイジメからかけ離れた生活を送ってたからA組のことなんて、全然頭になかったなー。
末長の顔を見ながらこくりと頷く。
「素行の悪い生徒はもちろん向こうに最初っから入れられるんだけど、実は、態度が悪い生徒とか出席日数や単位が足りない生徒なんかもA組に入れられちゃうんだよ」
「だから島流し」
納得してポンと手を打つ。
僕は態度が悪いなんてことは絶対にないし、無断で休んだりしない、単位だってイケるはず。とにかく普通に過ごしてれば、島流しなんてことにはならないんだ。
「で、僕の隣の人と島流しって関係あるの?」
「話聞いてた? 彼女は、君がこの学校に来てから一度たりと登校してきたことはあるかい? ないだろ。ちなみにその前からも、前学期もない」
「出席日数が足りないってことだね」
「うん、まぁそれもあるけど」
「え?」
「山田くんは『伝説の男』って聞いたことはある?」
もちろん!! と胸を張って言いたいところだったが、何故か末長が声を小さくして身を屈めている。彼に釣られて小さな声で「噂だけは」と、あまり詳しい素振りは見せなかった。すると末長は坂東を目を合わせて、誰もが知っている伝説の男の話をし始めた。
「で、『伝説の男』と隣の席の子とどう繋がるって言うの?」
「僕のデータによると、彼女は何度か暴力事件を起こしているんだ。でも、一度も島流しにあったことはない。不思議に思わないか、何度も問題を起こしているにも関わらず、だ。そこで浮上してきたのが『伝説の男』の兄弟説。実はこの学校にはあの男の兄弟がいて、彼女を庇っているんじゃないかって噂が流れてるんだ。事実『伝説の男』には歳の離れた弟がいるらしいしね。」
「じゃあ、今まで島流しにならなかったのに、なんで急に島流しになるってことになってるの?」
「僕の憶測だけどね、暴力事件を起こしまくって、その上出席日数も足りないとくれば、必然的に単位も足りなくなる訳だよ。さすがに『伝説の男』の弟も庇いきれなくなったんじゃないのかな」
「ふーん、で、肝心の『伝説の男』の弟って誰なの?」
「そこまではわからないよ、何せ僕が興味あるのは女の子だけだからね。『伝説の男』の弟のことなんて、これ以上知る気にもならないよ」
屈めていた体を起こして、両肩をすくめてみせる。
坂東を見てみても同じようなリアクションを取っている。
「つまりは、どちらにしろ山田くんは一人で日直をする確率が高い、という話ですね」
「そ、彼女が来るのが先か、島流しにされるのが先か。もし来たとしても、暴力事件を起こすような人に君が日直当番だからって仕事をさせる勇気があるのかって話でもある訳。ま、僕なら積極的に関わり合いを持ちに行くけどね」
「どういう意味? 末長に出来て僕にできないなんて」
「あるね、彼女は超のつく美人だ。僕は殴られるのさえ楽しみに彼女に話しかけるよ。でも君はそんな人間じゃない」
「ぐ…」
まだちょっとしか一緒にいないのに、なんで僕の性格把握してるんだよ。
悔しいがその通りだ。
「今日と明日で2人分の仕事教えてやるからさ」
「それって、暗に手伝えって言ってるんだよね」
「「そーゆーこと」」
2人の嫌な笑顔を見つつ、僕はその日、次の日と夜遅くまで日直の仕事を手伝う羽目となった。