キレlife のうみつ共同作業(ユーヤ編) #1
「あつー」
まるで湯気が自分から出るんじゃないかと思う程、体温が上がっている。これだから夏は嫌いだ。汗を落とす為にお風呂に入ったって言うのにドライアーで乾かすと熱くって汗がまた出て来てしまう。冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出してコップに注いだ。
時計を見れば22時と寝るには早い時間。だけど誰かに電話するのは気が引ける時間だ。
-----今日は好きな番組ないし。
何をして暇をつぶそうかと部屋に戻った。ふいに目に入るパソコン。
「ネトゲでもしようかな…」
マウスの横側にコップを起きながら電源を付けた。そのままデスクトップに保存してあるアイコンをダブルクリックする。
最近の僕は暇さえあればこのオンラインゲームをやっている気がする。ま、仕方ないよね。だって一人暮らしの夏休みですよ? 誰もどこにも連れて行ってくれないし、特に話す相手も家の中にいる訳じゃない。ええ、カノジョがいない男はこんなダメな生活を繰り返すのが夏休みと言うイベントです。ああ、でも友達がいないってワケじゃない、そこは誤解しないでほしい。詩織や末長、坂東とメールのやり取りはして、たまに外で遊ぶこともある。でもそれってさ、毎日出来ることじゃないじゃない。僕らは言って高校生だ。使えるお金だって限られているし、誘えるのだって限界がある。相手方にも予定ってモノがあるしね。
ってことで、また今日も懲りずにやってきましたオンラインゲーム、モンスターハンティング。これはね、キャラクターにレベルっていう概念がなくて、その代わりプレイヤーがモンスターの動きや自分の力量をあげて攻略していくっていう…まぁ覚えゲーみたいなものかな。他にもモンスターを倒してアイテム取ったり、それでアイテム作ったりも出来る。他にも闘技場みたいなところでプレイヤー同士が戦ったり、クエストっていう任務をコナしていくイベントもあるんだ。ま、とりあえず面白いゲーム。
ログインしてコントローラー片手に画面内を動く。
まずは広場に行って何かしらの情報収集だ。クエストを頼むギルドのお姉さんに話しかける。
-----何かめぼしいものは…あ。
見ていたら、新しいクエストが登場していた。何何、最強のレオリウス希少種(銀)の討伐か…レベルは最難関クエスト。
コップを口につけ、その冷たい水を喉に通す。
「一人じゃちょっとキツいかな…」
カタリ。元の位置に戻して一瞬考える。正直面白そうだし、多分貰えるアイテムも貴重な筈。…行きたい。
ポンと膝を打った。
「よし、誰かとパーティーを組んで行こう」
こういうことはよくする。だってオンラインゲームだもの、醍醐味だと思うね。何も知らない人と組んでさ、まぁネットの中だけど力を合わせて何か一つのものを達成する…いいじゃないか、十分他人と交流してるね。
でもパートナーを組んでくれる人は僕と同じくらいやり込んでるか、僕以上に強い人がいいな。さらに条件を挙げるなら片手剣使いの僕より攻撃力のある人。片手剣は戦闘態勢のまま走ったり罠をはれたりするから扱いやすくて使ってるんだけど、如何せん攻撃力が低いんだもの。そう、だから僕は誰か一緒に行ってくれる人が欲しい。
とりあえず掲示板に先のクエストあげてから、周りを見渡しパートナーを捜す。
-----誰かいい人いないかな。
昔組んだことのある知り合いは、今日はいそうにない。仕方なくさらに広場にいる人を観察した。あの人…はガンナーか。うーん、ハンマー使いもいいよね。あ、あの人はランサーかぁ…。
と、僕と同じようにウロウロしている人が目に入って来た。
「え!?」
計らずも声が漏れた。
視線の先には…ストレートで長い黒髪に漆黒の目、色白で右目の下に泣き黒子がある、外見が僕の親友にそっくりなキャラクターが立っていた…。
-----し、詩織!?
まさか彼女がゲームなんてする訳はないけど、しかもオンラインゲームなんてする訳なんてないけれど、あまりにそっくりなその容姿に本気でガン見した。期待なんてしてない、きっと画面の向こうは全く違う人。でもある意味運命を感じずにはいられない。だってここまでそっくりな人って、ゲーム内だけど、作ろうと思っても多分無理。僕だって無理。ってか僕が作ってたら逆に気持ちが悪い…。うん、親友をゲーム内で作り上げる程変態じゃない。
画面内をチラチラ動く彼女を最小の動きで眺め続ける。もう見れば見る程そっくりだ。あれだ、詩織が大剣背中に担いでるコスプレを見てる感じ。
あまりに見ていたせいだろうか、視線に気がついた相手がこちらを向いた。すると…彼女はその誰もが振り返る程の美貌を見せつけるかの如くゆっくり僕に向かって歩いてきた。まるで数時間前のデジャブのように。
期待なんてしてないくせに、まるで親友が近くに来てくれたかのような錯覚を覚えた。
白い肌に、大きな漆黒の目、高い鼻に端がキュッと端の上がったサクランボ色の唇…全てが完璧な超絶美女が僕の目の前で立ち止まる…。本当に近くで見ても詩織と見間違う程そっくりだ。と、そのキャラクターが交信をはかってきた。だから、コントローラーを膝の上に置いてキーボードに指先を置く。相手が話しかけてきた。
<よろしくっす>
<え!?>
<だから、よろしくっす…>
大きく目を開けた。
-----よろしくっす!?
まさか詩織の顔からそんなオタクぽい言葉が出るなんて、なんかショックと言うか、いつものギャップと相まってちょっとばかし思考回路がフリーズした。
ついで、湧いて出てくる疑問。そう、この口調だ。
<…や、君。えと…女の子じゃない?>
<ん? ああ、男だよ。普通の健康的な学生だよ>
<……。それ、普通じゃないと思うけど…>
<……。…普通ですよ。女キャラは大抵男ですよ>
-----やっぱり、詩織じゃない…。
ま、わかっちゃいたけどさ。僕だって万が一を考えない訳じゃなかったんだよ。それに、わかってた。わかってたとも。ネカマがこの世界に横行しているのは知っていたよ。けどさ…
「詩織の顔で中身男ですとか…」
せめてプレイヤーが女の子だったら、まだよかった。これじゃあ夢もクソもへったくれもない。まぁ下手に夢もって後で「実はネカマでした」なんて言われるよりは数百倍はいいけどさ。
それでも…少しガックリしてしまうのは、少しでも僕が期待してしまった証拠。全く情けないというか、悔しいと言うか。
ため息つきながら、とりあえず返信をする。
<まぁそこまで期待はしてないけどさ、ただ…その外見がね>
<外見がどうかしたんですか?>
<なんでも…>
もう一度深くため息をついた。
言えるわけないよね。まさか「僕の親友にそっくりだったんで見てました」なんて。それに言ったトコロで逆に「嘘付くな」「可愛かったから見てたんだろ、乙」なんてレスされかねない。そうなればさらに悔しい思いをさせられかねない。
<……>
-----あ。
相手が黙ってしまったことに気がついた。
こっちがガン見しておいて…ヤバいとすぐに謝って本来の目的を伝える。
<すみません。で、あの…さっきでたクエストなんですけど一緒に行きませんか?>
<最難関クエストですか?>
<うん。さすがにちょっと一人は無理だし、君大剣使いでしょ? 僕、片手剣だから>
ジッと画面の中の背負われている大剣を見つめた。
-----詩織なら警棒だもんね。
でも、実際にこんな世界があったら彼女はこうやって腕っ節の強いハンターになってそうだから笑える。そうなった場合…あの子も太刀か大剣をやっぱり帯刀してる気がする。ま、向こうではキレないことを祈るけどさ。や、キレた方がいいのか?
<確か最難関クエストは最強のレオリウス希少種(銀)を倒すクエストか。確かに片手剣だけでは難しいですね>
<一緒お願い出来ますか?>
<良いですよ。丁度、そのクエストをやるメンバーを捜したところですから>
よし、と当初の目的を遂行出来たことを素直に喜んだ。
だからすぐに礼儀として自分の名前を先に述べる。
<よかった。じゃ、お願いします。えっとなんて呼べばいいですか? 僕のことはユーヤでお願いします>
<僕はアキラと呼んで下さい。いえいえ、ナナと呼んで下さい>
<え!? どっちですか?>
急なことに面食らう。
ネカマであることをカミングアウトして男名前を言ってきたと思ったら、急に女の名前を言い始めるんだもの。
------大丈夫…?
<すみません。僕のクラスメイトが…いや何でもないです。とりあえずアキラで>
パッと時計を見た。
時刻は22時を過ぎていて…
<…? はい、お願いします>
少し怪訝に思いつつも、彼女もといアキラと一緒にクエストに出掛けることとなった。